8 社交界デビュー
幼少期はすぐに終わらせるとは何だったのか
「お待ちしておりましたネーデル侯爵」
王城に着くと近衛兵に出迎えられた。
王城配属の近衛兵はえらくきらびやかな鎧を着けてるものだ。
実用性は二の次か、もしくは催事専用か。
「シャル、メアリ、私は先に謁見しなければならない。先に案内されておいてくれ。あとで合流する。」
「分かったわあなた。行きましょうかメアリ」
「はい。お父様、また後で」
「あぁ」
近衛兵の案内で控室に入る。
ネーデル家の侍女たちがテキパキと紅茶を入れている。ネーデル侯爵領は紅茶の産地だ。なかなかに美味しい。
「メアリは昔からストレートが好きねぇ?」
確かにストレートしか飲んでいないな。この世界のミルクや砂糖があまり美味しくないというのもあるが、元々ストレートが好みだ。
それに、ネーデル領産の紅茶はストレートの方が良い。
「そうですね⋯ネーデル領の紅茶はストレートで飲むのが一番美味しいので⋯」
「小さい頃からそうよねぇ」
小さい頃からストレートは確かに子供っぽくはないか⋯
「最近、隣国で流行ってる飲み物があるらしいのよね。まだマーラカルトでは流通が薄くて手に入れられないのだけど⋯」
「どういった飲み物なのですか?」
「豆から出すらしいのだけど、とても苦いそうよ」
それコーヒーでは?この世界にコーヒーに類する物があったのか。
「それは⋯気になりますね」
「そうなのよ。それでその飲み物、このパーティーで提供されるそうなのよ」
いいことを聞いた。紅茶よりコーヒーのほうが好きだ。ぜひとも飲みたい。
「二人とも待たせたな」
そんな話をしているとお父様が入ってきた。なぜか第二王子殿下も一緒に。
「ギース、彼の処遇が決まった。謁見の間にて言い渡すのだが、お二人にもご同席願いたいのだ。」
お父様は私の望みならできる限り叶えようとしてくれるが、今回ばかりは難しいかもしれないな。
私たちは同席を快諾し、謁見の間へ向かうこととなった。
「メアリ嬢、謁見ではあるが君はまだデビューしていないから多少の無礼は許されるだろう。あまり緊張しなくてもよい」
「お気遣い感謝します殿下。できる限り無礼の無いようにはします」
「うむ」
殿下は割とフランクに接してくる。だが学園や今回のパーティーでそう接されると面倒を生みそうだ。
「父上、お二人を連れてきました」
「うむ。入ってくれ」
謁見の間の扉が開く。真正面には似顔絵で見た陛下と王妃がいた。
お父様とお母様に倣って跪く。
「構わぬ。面をあげよ」
「失礼いたします」
陛下の言葉に従い、立ち上がる
「そなたがメアリであるか?」
陛下が私を見て言う。
「はい」
「そうか⋯まずはルークに迫っていた危険を未然に防いでくれたことに感謝をしたい。ありがとう」
陛下が私に頭を下げた。一国の王がたかが侯爵の娘に頭を下げるなよ⋯
「頭を下げられるようなことはしておりません陛下。私は家族のためにしたまでです。第二王子殿下を救う形になったのは偶然に過ぎません」
実際偶然でしか無いのだから頭を下げられるようなものではない。
「そうか⋯しかし結果的に助かった以上は何か感謝を示したいのだが⋯」
「⋯一旦保留でお願いします」
「そういうのならば⋯そうしよう」
偶然なのだから別に報酬もいらないのだが⋯あまり拒否するのも無礼だろう。
「それでは本題に参ろう。あの男を連れてこい」
「はっ!」
あの男、とはギースのことだろう。兵士が部屋の外へ出ていった。
「主犯格の男⋯ギースといったか。メアリ嬢はあの男を従者にしたいと聞いたが⋯」
「はい。そのとおりです陛下」
ギースには色々聞きたいこともある。そして訓練相手にも。
「陛下、連れてまいりました」
「うむ、ご苦労」
半日ぶりにギースと再会した。拷問ほどではないがそれなりの尋問は受けたようだ。ところどころ腫れている。
「すまないメアリ嬢。できる限り丁重にとは言ったのだが⋯」
殿下が小声でそういった。
「別に気にしていません。生きてたらそれで構いませんから」
生きてさえいれば治せるから気にすることでもない。殿下はまだ気にしているみたいだが。
「パーティーまで時間も少ない。すぐに判決を言い渡すとしよう。」
死罪にならないことを祈ろう
「ギースよ。貴様は王族の暗殺計画を企て、ネーデル侯爵家暗殺未遂の罪となっている。これは到底許されることではなく、本来ならば死罪が妥当とされる。が、侯爵令嬢であるメアリ嬢の願い、そしてネーデル侯爵からの嘆願を考慮し、貴様はメアリ・ハル・ネーデルの奴隷とする。異論は無いな?」
「⋯⋯⋯はい」
意外だ。すんなりと私の従者になることになった。なぜだ。
「ギースを倒したのが君だからだ。制圧した君本人からの要望だったから父上も認めたのだ。」
殿下がそう教えてくれた。
「⋯⋯うっ!」
ギースに奴隷紋の刻印がされている。魔法で刻印するのだが、されるときはかなり痛いのだそうだ。
「メアリ様、主従契約のために血が必要なのですが⋯」
「構いませんよ。どうぞ」
血が必要だと言うので手を差し出す。器用に痛くないところを切られた。すぐに治癒魔法をかけられた。
「これで完了となります」
なんとなくギースと魔力的つながりを感じる。これが奴隷契約か。今まで奴隷を持つことはなかったな。
「よろしくお願いしますね、ギース」
「あ、あぁ⋯」
半日でえらく元気がないな。おそらく治癒されているだけで相当なことをされたんじゃないか?殿下も知らないところで。
「はぁ⋯『ヒール』」
腕を生やしてやったときよりも見た目をうるさくして治癒してやる。ついでに一時的なバフもかけたから、ある程度の元気は戻るだろう。
「これで大丈夫ですか?」
「相変わらずだな嬢ちゃん⋯」
知っているギースの声色に戻った。これでいいだろう。
「ではこれで以上とする。ネーデル侯爵家の皆はパーティーに備えてくれ」
「失礼いたします」
私たちはギースを連れて控室に戻る。
「ネ、ネーデル侯爵」
「何だ?」
「お助けいただきありがとうございます」
部屋につくとギースがぎこちない敬語でお父様に言った
「私ではない。礼を言うのであればメアリに言いなさい。私はメアリの要望に応えたまでだ」
「では私からお父様に感謝をしておきます」
「メ、メアリ⋯」
いたずらっぽくなったがお父様に感謝しているのは本当だ。
「セセリアさん」
「お呼びでしょうかお嬢様」
「ギースを整えることは可能ですか?置いていくのもなんですからパーティーに連れて行こうと思うんです。」
「メ、メアリ!?」
「あら、いいじゃない。いい虫よけになると思うわよ?」
私の専属メイドのセセリアにギースを整えるようお願いした。
治癒したとはいえ元冒険者だ。髭とかが生えている。
貴族のパーティーに連れていくのは流石に問題がある。
のでぱっと整えてもらうことにした。
「これでよろしいでしょうかお嬢様」
お願いしてからわずか五分で仕上げてきた。早いな。
「あら、いい男じゃない」
「シャル!?」
お父様がお母様に遊ばれている。だがたしかにそれなりの見た目なのは間違いない。
「な、慣れないな⋯」
「まぁでもこれでパーティー会場に連れていけるぐらいにはなりましたね」
セセリアに任せれば間違いない。私の着付けもしてくれた。
あとは⋯⋯
「ギース、少しこちらに」
言われるがままギースが近づいてきた。
「少し失礼しますね」
「ちょっ、嬢ちゃん何やって───」
パキンッ
響きのいい砕ける音が部屋に響き渡った
「メアリ!?何をしているんだ!?」
何をしたのかと言うと、奴隷紋を破壊した。というより隷属関係を切った。
「私のほうが強いですしこんなものは必要ありませんから。それに奴隷は主人に本気を出せないでしょう?」
「あのなぁ嬢ちゃん⋯」
戦闘訓練相手になってほしいというのに、本気を出せないというのは困る。だったら隷属関係など必要ない。
「お父様、ギースのことは私が責任を持ちます。奴隷紋も見た目だけは残しておきますので」
「ううむ⋯はぁ⋯わかった。ギース、貴様も分かっているな?」
「はい」
「ならばよい。メアリの言う事を聞くように。表向きはメアリの奴隷なのだから」
これで一件落着といったところか。あとはパーティーをちゃんとしないとな⋯
「そろそろパーティーの時間だ。宴会場に行くとしよう」
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宴会場はきらびやかに装飾され、数多くの料理が並べられている。立食パーティーというものだ。部屋の半分がダンスのために何も無いぐらいか。
「いろんな料理がありますね⋯この国のものじゃない料理まで⋯」
「そうね。今年は第二王子殿下も参加されるから特に豪華なのよ」
お父様は挨拶まわりに行ってしまったので私の近くにはお母様とギースしか居ない。
ギースはあまりの料理に圧倒されているみたいだが
「ギース、別に常に私の側に居なくても結構ですから、執事長のゼバスに所作でも聞いて食べててくださって結構ですよ?」
「いいのか?」
「ええ」
「ありがてぇ」
そそくさと会場の端に待機しているゼバスの元へ行ってしまった。
「ふふっ、優しいのね」
「この料理を前にして我慢しろというのは酷でしょうし⋯」
「そうね」
そう言いながらお母様は白ワインを飲む。なかなか様になる画だ。
「あなたはだめよ?」
「わ、わかってますよ」
見つめていたらそんなことを言われてしまった。この世界の成人年齢は15歳でお酒もそこからだ。推奨は18からだが。
「あなたは挨拶まわりも無いのだし、お料理食べてていいのよ?」
「コルセットが結構キツイので食べると苦しくなりそうで⋯」
「あらあらセセリアったら⋯」
そう言うとお母様は私のコルセットの紐を服の上から少し緩めてくれた。
「これで緩くなったかしら。社交界デビューとはいえまだまだ育ち盛りの10歳なのよ。女の子でも食べなくちゃ」
「ありがとうございます。お母様の分も取ってきますね」
「あら。じゃあお願いしちゃおうかしら」
お母様から離れ、料理が並べられているテーブルへ向かう。
異国料理も含めさまざまな料理が並んでいる。これは悩むな⋯
ん?あれは⋯
米だと⋯!?なぜこんなパーティーの場におにぎりが並んでいるんだ。あまりにもシュールすぎる。しかしあまり人気が無いようだな⋯
「手で直接持って食べる、というのは貴族としてはあまり褒められたものではないからね」
「で、殿下。いきなり背後から声をかけないでください⋯びっくりしました」
「ははは、すまない。でもまじまじと米握りを見ているものだから」
この世界だと米握りというのか⋯具は入っているのだろうか。入っていなくてもいいのだが。
「食べ方が食べ方だから貴族からはあまり人気がなくてね。労働者の間では人気なんだけどね」
「ではなぜここに?」
「東方の国の料理人が作ってくれたんだ。米握り以外は好評のようだ」
確かおにぎりの他にも白身魚の煮物だったり様々な料理がある。ん?あれは!
「ああそれかい。東方の国では味噌汁と呼ぶんだったかな。豆をはっこう?とかなんとかしたものを溶かしているとか。私にはよくわからないが⋯」
鮭のような魚の塩焼きもある⋯これなら⋯
あまり好ましくないがおにぎりを魔力でスキャンしてみると、具は入っておらず塩にぎりのようだ。
「ふむ⋯米握りに味噌汁、それに魚の塩焼き。まるでセット料理のようにしているが⋯」
「そのとおりです。これがセットなんです。こうでなくては」
「そ、そうかい」
私の様子に殿下が押されている。あまりにも定食すぎてテンションが上がってしまった。
「あらおかえり。米握りなんて珍しいものを選んできたわね?」
「貴族には人気が無いそうですが⋯」
「そうねぇ。基本ナイフとフォークを使う貴族にはこの料理は好ましくないかもしれないわね」
そうか⋯箸も大陸には無いんだった。
「でもまたこのテイショクを見るとはねぇ。不思議なものね」
「食べたことがあるのですか?」
「冒険者だったときに東方の国には行ったことがあるわ。その時に食べたのよ。ここに黄色い扇形のものがあれば完璧ね」
たくあんか⋯あそこには無かったな。でも確かにほしい。
「確かアイテムバッグに⋯」
お母様はそう言うと肩がけのポーチを探り始めた。冒険者時代から使っているアイテムバッグを忍ばせているらしい。
「あったわ。はいメアリ」
バッグから出てきたのは箸だった。
「これは⋯」
「お箸よ。向こうの人達はこれで食べるのよ。こうやって持ってね」
こっちの世界の人間だと言うのにお母様の箸持ちは完璧な持ち方だった。
見様見真似に見せかけつつ箸でおにぎりを一口食べる。手で持ってそのままいってやりたいが我慢だ。
これは意外。なかなか美味い米だ。これは普段から食べたいな⋯
「ゼバス!」
「お呼びですかお嬢様」
「このお米、家でも食べたいのですが」
「わかりました。調べておきます」
「あらあら。気に入ったのね。確かにいいお米ね」
味噌汁も一口飲む。
「ゼバス、味噌もお願い」
「承知いたしました」
これはいい。朝から味噌汁が飲めたら最高だろう。
「皆のもの、今日はこの祝賀パーティーへよく来てくれた!」
私が和食に舌鼓を打っていると、国王陛下が出てきた。
「今日は各貴族家の子供の十歳、そして第二王子である我が息子の十歳を祝うパーティーでもある!例年より豪勢にさせてもらった。皆もぜひ楽しんでほしい」
大人たちから拍手が起こる。
「七回目だけれど、毎年ああやって言葉を出すのは大変だと思うわね」
ここに七回も参加している猛者が居た。どういう感想なんだそれは。
陛下の挨拶と共に音楽が流れ始めた。この国随一の音楽隊なのだそうだ。
「君は父上の言葉でも動じないね」
苦笑いしている殿下がやってきた。
「殿下、先程から私に話しかけてきていますが⋯他の貴族令嬢からの目が痛いのですが⋯」
「む?あぁ。気にしなくて構わないよ。少なくとも私はこの場でパートナーを決めるつもりはないからね」
お強いことで⋯私からすると迷惑だが⋯
「むしろ私が君に話しかけていれば、私は囲まれなくて済むからね。助かるよ」
「私は視線が痛いんですけどね」
「ははは」
こいつちゃんと王族だな。
「ふふ、気に入られちゃったわね?」
「け、決してそういうのではありませんよご夫人」
そういうのであったら大変困る。
「メアリもそんなことには興味無いそうですから大丈夫ですよ」
「そ、そうか」
お母様はちょっと悪戯なところがある。面白い人だ。
「あなたがメアリさん?」
唐突に声をかけられた。よく殿下に割り込もうと思ったな⋯
「はい。私がメアリですが⋯」
「私はマーシャ。マーシャ・ハル・ミレーヌですわ」
「メアリ・ハル・ネーデルです。ミレーヌ家というと魔法師で有名な⋯」
「ええ。あなたほどでは無いかもしれませんが」
ずっと空中に浮かせているお盆を見ながらそういう。嫌味か貴様。
「ご挨拶が遅れました殿下」
「別に構わないよ。学友となる者とは対等に居たいからね。気にしないでくれ」
殿下はずっとこのスタンスだ。ここに居る貴族の七割はマーラカルト学園に通うことになる。だからこそここでパートナーを決めるつもりがないのだろう。
しかし、マーシャがわざわざ声をかけてきた理由がわからないな。ここに参加している子供が挨拶まわりなんてしないのだから。ここは一つ実力を測ってみるか⋯
ふむ⋯ミレーヌ家の人間にしては魔力量が多くないな⋯というか平均と比較しても少ない。
⋯⋯⋯⋯まさかの魔力特性だな。これは面白い。なるほど。
「メアリさん、殿下。二年後の学園ではよろしくお願い致しますわ」
「あぁ、よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「では失礼いたしますわ」
そう言ってマーシャは離れていった。強かな奴だ。
「二年後か⋯すぐに迎えてしまうだろうね」
「そうですね」
その後パーティーはつつがなく進行し、殿下は私をダンスに誘うという爆弾行動をしてくれやがったが丁重にお断りした。
受けても断っても貴族令嬢のハンカチは噛まれるから同じことではある。
私の社交界デビューは貴族令嬢に目をつけられる形で幕を閉じた。お母様は終始いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
文字数の増減がひどいですがお許しください




