17 戦争の気配
私が屋敷に着くと、門の前に軍の馬車が停まっていた。
横を通り門をくぐる。軍の馬車が来ている理由はなんとなく察せる。
範囲を広げていなかった魔力探知でも分かったぐらいの魔力だ。
魔力に敏感な人間なら魔力探知が出来なくても分かるぐらいだろう。
「おかえりなさいませお嬢様」
「ただいまセセリア」
「少し前に商会から荷物が届きましたが⋯」
「えぇ私のです。それより、あの軍の馬車はなぜ?」
「緊急事態が起こったとこちらに来られていたフェル様に伝えに来たようです」
軍は拠点間においては即時連絡手段を持っていると聞く。あの魔力を感じてからは30分も経っていないが対応を始めているのがその証だろう。
「あぁメアリか⋯」
エントランスで部下らしき軍人と話していたフェル兄上の方から声をかけられた。
「ただいま戻りました。何かあったのでしょうか」
「あぁ⋯国境沿いの要塞が⋯」
「フェル様、それは機密事項です」
「⋯そうだったな」
あの魔力放出で要塞でも吹っ飛んだのだろうか。あと機密をしれっと言いかけないでほしい。
「本当はメアリの学園入学を祝して今晩はここで過ごすつもりだったのだが⋯」
「私のことは大丈夫です。騎士団長であるフェル兄上にはそれよりも優先しなければならないことがあるはずです」
「⋯⋯そうだな」
なにか諦めたような、吹っ切れたような表情をしたフェル兄上が私の頭を撫でる。
「行ってくるよ、メアリ」
「⋯お気をつけて」
「あぁ」
フェル兄上とその部下が馬車に乗っていってしまった。
私にできることはない。そんな立場ではないからだ。
できることは軍属のフェル兄上やルレイ兄上が無事に帰ってくることを願うことだけだ。
⋯神殿に行ってみるか。
「セセリア、私少し出かけてきます。すぐ戻りますので」
「え?はい、分かりました。夕食までにはお戻りください」
「えぇ、分かっています」
屋敷から出てすぐ私は気配を消して屋根伝いに駆けていく。
時間をかける理由も無いしさっさと終わらせよう。
「ちゃんとした神殿に来るのは初めてですね⋯」
王都の神殿は常に開かれていて、聖騎士が交代で常駐している。司祭は昼間にしか居ないが。
「君は⋯ひとりか?」
「えぇ」
「こんな時間に神殿に祈りに来たのかい?」
「えぇ。すぐ終わりますので」
「そうか⋯暗くなってしまうから急ぎなさい」
「はい」
聖騎士というだけあって警察官みたいなことを言う奴だ。
神殿というだけあって神聖さを感じる真っ白な礼拝堂だ。
キリ◯トの礼拝堂みたいだ。
私は礼拝堂の最奥に置かれた像の前に立った。
『⋯⋯⋯』
「なんですねてるんですか」
確かに五年ぶりとかだが⋯用が無いのだから仕方ない。
『場所も違いますし⋯五年も⋯』
「神からすれば五年なんて昨日今日の話でしょう」
『私はまだ正常な感覚なんです』
まだ神になって浅いのか?今まで会った神なんて時間感覚が狂ったやつしか居なかったからな。
『⋯それで、なぜわざわざ?』
「あなたの意見を聞きたくて」
『意見?』
「ミレーヌ家の家宝だった剣について」
私がそう言うと神は黙りこくってしまった。
『お察しがついてるかもしれませんが、あれは神器の一つです。人が使うにはあまりにも強大で⋯危険です』
「そんな物がなぜミレーヌ家に?」
『ミレーヌ家には適正者が生まれません。はるか昔にそういう祝福という名の呪いを受けています』
まずそんな物を現世に残すなと言いたいが、ああいう神器はめんどくさい。管理したがる神は少ない。
『はい⋯あの神器も元々はこの世界の物ではありません⋯押し付けられたといいますか⋯』
思ったよりこの世界の地位は低いらしい。まぁ私が居た世界ですらこの世界より上位世界だったんだ。この世界は相当苦しい立場だろう。
「もし⋯あの神器が私の望まないことをしでかすとなったら⋯」
『⋯⋯⋯』
「あなたへの影響、世界への影響を考えずに破壊します。もちろん無条件に、とは言いません。ある程度まで配慮はします」
『そう言っていただけるだけでもありがたいですね。それに⋯⋯いや、これはお伝えできませんね』
神というのは色々能力が違うが⋯未来予知でも持っているのか?
まぁいい。火の粉が降りかかるのなら払うだけだ。
『⋯気を付けてくださいね。今の貴方には⋯あの神器は荷が重いでしょうから⋯』
最後に神のふざけた戯言が聞こえたあと、私は神殿の像の前に戻ってきていた。
「荷が重い?バカバカしい。俺をナメすぎだ」
神というのは無意識に人を侮る。だからあまり神は好きじゃないんだ。
女神像に冷ややかな目を送ってやった後、私は神殿を出る。
「気をつけろよ嬢ちゃん」
聖騎士の声を背に私は屋敷に戻る。
国境沿いに感じた神器とやらの魔力を探してみたが、今は小さくしているようだ。もしくは要塞を吹き飛ばしてクールタイムにでも入っているか。
感じれない以上、今すぐにどうこうといったことはないだろう。
「おかえりなさいませお嬢様」
「ただいまセセリア」
屋敷に戻るとずっと待っていたらしいセセリアに出迎えられた。
「ずっと待ってたんですか?」
「はい。お戻りが遅ければすぐに探しに行けますので⋯」
セセリアは侍女だが戦える。というか戦うほうが元々本職だ。
お母様の大ファン⋯所謂追っかけと言うやつでこの家に従事している。
私が生まれるまではお母様の専属だったのだが、お母様から私に付くように言われ、私の専属になっている。
が、多分今は自分の意志で付いている。
推しが増えたというものだろう。そのせいでセセリアは過保護だ。
お父様以上に。
「そういえばお嬢様、ゼバスがこれをお嬢様にと渡してきたのですが⋯」
執事長であるゼバスを平然と呼び捨てにするあたり、本当に忠誠心が推しにしか無いのが分かる。
にしてもゼバスには特になにか頼んでいないのだが⋯
「これは⋯」
手回しコーヒーミルだった。
「一体どこでこれを⋯」
「お嬢様宛に届いた品物を見たゼバスがそそくさと買ってきていました。必要だから、と」
確かにあれば便利だが。コーヒーミルなんてコーヒーが普及していないこの国で売ってるわけが⋯
「ゼバス曰く、世界中の変な品物ばかりを商品にしている商人が知り合いに居るそうです。その方から購入したそうですよ」
変な商人がいるものだ。だがこれはありがたいな。
「ゼバスにはお礼を言わなければいけませんね」
「⋯⋯」
少しムッとした顔をするセセリア。出し抜かれたのが気に食わないらしい。
「⋯もう少ししましたらご夕食の準備が出来ますので、ご自由にお待ち下さい」
不機嫌を完全に隠さないあたり、ちゃんとした従者ではないといったところだ。
私は部屋に戻る前に届いたコーヒー豆を確認しに行き、少しだけ取った。
夕食前だが早速飲んでみよう。
私はコーヒーミルに豆を入れて砕き始める。
思ったよりハンドルが固い、というより私の筋力が低いのだ。元の身体の感覚で考えていた。
身体強化魔法を使いながら、豆を砕いた私は、異空間収納からコーヒーフィルターを取り出す。持っていてよかった。
魔法でお湯を作り、淹れる。
「まず⋯」
炒りすぎだこれ。豆に合っていない。
確か半分は生のままだったな⋯
面倒なので窓から飛び出て倉庫に向かう。
「あったあった」
生豆を手に取り、部屋に戻る。
「これよりも浅めに⋯」
火魔法を上手くコントロールして焙煎する。
炒り終わって風魔法ですぐさま冷まし、早速ミルで粉にする。
「うん。ちゃんと美味しい」
ノウハウが無いというのは怖い。それが原因で本当の良さが隠れてしまう。
まぁ広める気はあまりないが⋯お父様は広げそうだなぁ⋯
「お嬢様、ご夕食の準備が出来ました」
「あ、セセリア。ちょっと入ってきてくれますか?」
「はい」
先にセセリアに飲んでみてもらおう。飲めといえば嫌な顔一つせず飲むだろう。
「どうぞ」
「お嬢様⋯これは?」
「コーヒーですよ。ゼバスがミルを買ってきてくれたので早速淹れてみたんです」
「コーヒー⋯⋯」
顔をしかめるセセリア。コーヒーの悪名のほうが若干勝るらしい。
「騙されたと思って飲んでみてください」
「⋯⋯」
まだしかめっ面だが、恐る恐るといった様子で一口
「おい⋯しい?」
「でしょう?」
「一体どうやって⋯これは⋯」
「ふふ、秘密です。さ、行きましょうか」
私が飲みきって部屋から出ると、慌てて飲み切って追うようにセセリアも部屋から出てきた。
「コーヒーは苦いだけの飲み物だと思っていましたが⋯あんなにも美味しいとは⋯」
「その辺で売っているのは不味いと思いますよ」
「では⋯お嬢様がなにか⋯?」
「えぇ、まぁ少しだけ」
夕食の後、お母様たちにも飲んでもらった。
お父様とニーシャ兄上は嫌がっていたが、お母様が絶賛したことで後に続いた。私はもみくちゃにされた。




