16 王都散策
本当にお待たせしました
入学式の翌日、私は朝から悩んでいた。
「どういう服がいいと思いますか?」
「お嬢様なら何でもお似合いですよ」
「そういうことではなくてですね⋯」
聞く相手を間違えた。こんなことセセリアに聞くべきじゃない。
セセリアは全肯定マシーンなんだった。
「お母様!」
「あら、どうしたの?」
お母様の部屋に突撃する。
「今日、マーシャと買い物をするんですがどういった服がいいのか分からなくて⋯」
「そうねぇ⋯」
お母様はこういう相談に真面目に考えてくれる。ちなみにお父様や兄上たちは全肯定マシーンなので話にならない。
「こういう感じの服はどうかしら。動きやすいから疲れにくいでしょうし、あまりきらびやかじゃないからあなた好みでしょう?」
「ありがとうございます」
「お役に立てたなら嬉しいわ」
八分音符が出てそうな顔をするお母様。
私に頼られるとよくこういう顔をする。
「セセリア、この服に合うように髪をセッティングしてくれますか?」
「お任せください」
以前に聞いたのだが、マーシャはあのパーティーよりも前から王都に来ることがあったらしく、私より王都に詳しい。
なので今日はマーシャに行き先は丸投げするつもりだ。
「お嬢様、終わりました。こちらでいかがでしょうか」
「ありがとう。とてもいいですね」
「ありがとうございます」
こういうセンスはちゃんとあるのに全肯定マシーンになってしまうのがな⋯臆せず言ってくれとは言っているんだが⋯
ちなみに朝から準備している理由は、マーシャが昼前に来る予感がするからだ。約束した訳では無いがそんな気がするのだ。
朝食を終えて自室で刀の手入れをしていると、ドアがノックされた。
「お嬢様、マーシャ様がお見えです」
「すぐ行きます」
私は刀を異空間収納に仕舞い、部屋から出る。
「おはようございますわメアリさん」
「おはようございますマーシャさん」
マーシャも多少動きやすさを重視した服装のようだ。
「時間はお伝えしていませんでしたのに、準備万端ですわね」
「なんとなくこのぐらいの時間に来るのでは、と思いまして」
「そ、そうですか⋯」
若干引かれている。なぜだ。
「早速行きますわよ!色々紹介したいお店がありますの!」
「それは楽しみですね」
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マーシャに先導されながら私は王都の大通りを歩いていた。
「この王都ははるか昔、魔王を討伐した勇者が作り上げたと言われていますわ。この国もこの王都から始まったと」
勇者神話⋯みたいなタイトルの童話の話だったか。
魔導書ばっか読んでいたからあまり童話は詳しくない。
それが事実であるかを確かめる必要も無いだろう。
「このマーラカルトは大陸の中央に位置することもあって交易が盛んで、この王都には世界中の物が集まると言われていますわ」
東の帝国、西の共和国。更に東には商業連合国、南には聖教国。
様々な国に囲まれるマーラカルトは文化が多様化している。
この王都はその多様化した文化がよく見える。
「ここはこの王国一の商会ですわ。いろいろなものが買えますのよ」
「へぇ~」
装飾が施された三階建ての建物。人の出入りも激しいようだ。
「利用するのはほとんどが貴族ですが、中には平民向けの商品もありますのよ」
確かに出入りしている人間は貴族ばかりなようだ。
「入ってみますか?」
「そうですね」
「では、行きますわよ!」
いざ突撃、と言わんばかりに店内に連れ込まれる。
店内は広く、様々な商品が並べられている。主な客層が貴族ということもあり、格式高い雰囲気を持たせているようだ。
伝統工芸品や特有の嗜好品、特産品などが並んでいる。あのパーティーで見たものもある。
「これは⋯」
「?珍しいものに興味を持ちますわね」
私が手に取ったのはある豆。そう、コーヒー豆。あのパーティーの時は米に気を取られて忘れていたのだ。
「あまりいい話は聞きませんわね。細かくして湯に溶かすそうですが⋯」
お母様は好奇心で飲みたがっていたが、確かにコーヒーは適当に淹れると美味しくない。ノウハウのないこの世界では好まれないだろう。
「すみません」
「はい!なにか御用でしょうか!」
「この豆ってどれくらいありますか?」
「そちら⋯ですか。少々お待ち下さい」
私は従業員に声をかけ、豆の在庫を確認してもらうことにした。
「か、買うんですの?」
「まぁ、在庫次第ですが」
どうせ買うなら大量に買ってやるほうが商会も助かるだろう。
他の商品を見ていると、従業員が戻ってきた。
「お待たせしました。箱一つほどがありますが⋯」
「ではその箱一つ、買わせていただきます。いくらになりますか?」
「えっ、あっ、はい!ありがとうございます!」
買われると思ってなかったのか、かなり動揺している。
値段も流通の薄さと通商路を考えると、ほぼ利益はないものだった。
「流石に持てませんから、ネーデル家の屋敷に届けて頂けますか?メアリの名を出せば受け取ってくれると思いますので。もちろん追加で料金も払いますよ」
「お買い上げありがとうございます!屋敷の方には今日中にお届けさせていただきますね!」
「はい。お願いします」
朝にコーヒーが飲みたいという欲望のままに大量購入したが、淹れ方だけではどうにもならないぐらい美味しくなかったらどうしようか。
まぁその時はその時で考えるとしよう。
「と、とりあえず次行きますわよ」
流石のマーシャもコーヒー豆の大量購入は引くらしい。
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「ここは冒険者ギルド、隣は魔法師ギルドですわ。魔術学園を卒業したら魔法師ギルドに登録する人がほとんどだそうですわ」
「そうなんですね」
私は登録するなら冒険者ギルドの方だが。だが登録できるのは15歳からなので今はこうしてギルドを見るしかできない。
「メアリさんは学園を卒業したらどうするおつもりですの?」
学園を卒業したら⋯か。
「今はまだ決めてませんね。学園生活の間で決めようかと」
「そうですか。私は魔法師になろうと思っていますわ。ギルドに登録するかはわかりませんが⋯」
王国軍の魔法師になるというのも悪い選択では無いだろう。支配者の魔力はどちらかといえば対人戦向きだからな。
まぁ私はあまりそういう魔法の使い方は好きではないが。
「そろそろ良い時間ですしお昼にしませんか?私、あなたに紹介したいお店がありますのよ」
「そうなんですか?それは楽しみですね」
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「ここですわ」
紹介されたのは、侯爵家の娘が行くとは到底思えない、小さなお店であった。
「意外そうな顔してますわね」
「顔に出てましたか?」
そんなつもりはあまり無かったのだが⋯この身体だと思ってるより表に出てしまうようだ。
「以前から言っている通り私の家族は私に関心を持っていませんわ。ですが、私にずっと仕えてくれている人がいますの。このお店はその人が教えてくれたんですのよ」
「そうなんですね」
パーティーの時も一人後ろに控えていた侍女が確かにいたな。
ネーデル家に居候していた間もうちに居たな。
「それに、単純にこのお店の味が好きなのもありますわ」
「あんまり出入りしていたら影でなにか言われそうですけどね⋯」
「うっ⋯そ、そのうちひっくり返してやりますわ」
少し性悪な言葉だったな。まぁ臆してないからマーシャはほんとに強い奴だが⋯
「ささ、入りますわよ」
「はいはい」
マーシャの言葉に従い、私もお店に入る。
「おぅマーシャちゃん。久しぶりじゃないか」
「お久しぶりですわマスター」
どうやら店主とは気安い仲のようだ。
「マーシャちゃん久しぶりだなぁ。二年ぶりぐらいか〜?」
「おやっさん、あなたいつ来ても居ますわね⋯」
「注文が無けりゃそんなもんよ!なはは!」
仮にも侯爵家の娘であるマーシャとここまで気安いのはなかなかだな⋯
「そちらのお嬢さんはマーシャちゃんのお友達か?」
「えぇ。こちらは⋯」
「メアリ・ハル・ネーデルです」
マーシャが言う前に私が自ら名乗り、軽くお辞儀をする。
「こりゃ驚いた。ネーデル侯爵家のお嬢さんとは。失礼な態度をしてしまいました」
「構いませんよ。私はあまりそういうのは気にしませんから。母も元冒険者ですし」
中身は何度も冒険者をやってきた人間なんだ。かしこまって接される方が慣れない。
「そうか⋯ならまぁ⋯」
「私と同じように接すれば問題ありませんわよ」
「そうは言うがなマーシャちゃん。難しいもんだ」
「私だって侯爵家の娘なんですのよ!?」
「そうだったけか?ははは!」
「もう!」
マーシャはマスターにはかなり気を許しているようだ。私の両親にすら少し警戒を残していたぐらいだったのだが。
「それで?昼を食べに来たのか?」
「えぇ、そうですわ。何かおすすめはありますの?」
「おう。すぐ作るから適当に座っててくれ」
マーシャがおやっさんと呼んでいた男の隣に座ったので私もマーシャの隣に座った。
「マーシャちゃん、学園には入学したんだろ?」
「えぇ。昨日入学式でしたわ」
「社交界デビュー⋯だったか?その後二年も顔を出さなかったのは何かあったのか?」
「ずっとネーデル侯爵領に居ましたのよ。メアリさんにいろいろ教えてもらってましたの」
「そうだったのか。いやー、二年も顔を出さなかったのは初めてだったからマスターも俺も心配してたんだよ。よかったよかった」
この男がマーシャが来た時に必ず居るのはそんな心配からなのだろう。
「で、武器は要らないか?魔法師でも持っておくべきだろう?貴族は剣も嗜むって聞くし出来ないわけじゃないだろ?」
「学生の間は要りませんわよ⋯」
「そう言わずに」
「ひどい押し売りですわ⋯」
まぁ心配だからといっても普通は必ず居るなんて不可能だ。つまり暇なのだろう。
「軍からの大規模注文も今はないし暇なんだよ。頼むよマーシャちゃん」
「すみません、何かサンプルになるようなものとかありますか?」
「サンプル?」
「あぁ、あなたの打った剣か何か今持ってないかと思いまして」
「おぉメアリさん、いいぜ。このナイフでいいか?」
「ありがとうございます」
思わずこの世界にない言葉を使ってしまったが大丈夫だろう。
私は男から渡されたナイフを鞘から取り出す。
ふむ⋯どうもこのナイフ一本すらちゃんと打っているようだ。それに腕もいい。
「マーシャさん。この後、この方のお店に行ってもいいですか?」
「え?構いませんけれど⋯おやっさんに頼むんですの?」
「店に行ってから決めます」
「ほんとか!?マスター!ふかし芋頼む!」
「あいよー」
そんなに嬉しいことなのか⋯実は見かけた武具店には目を凝らして見ていたのだがなかなかこのレベルは無かったのだ。
「メアリさん、ほんとに良いのか?注文も無いような鍛冶師の店で」
「剣は自分の命を預けるものです。自分で見て自分で信じた物を持つべきだと思っています。私は自分の目を信じています。それと別にさん付けじゃなくて大丈夫ですよ」
学園では帯剣が認められており、貴族たちはそれぞれ家の権威を示すためにゴテゴテの飾りが付いた使いにくそうな剣を持っている。
私は純粋に使うことを考えて帯剣したいので実用性重視だ。
「紹介が遅れたが俺はジークだ。よろしくなメアリちゃん」
「はい、よろしくお願いします」
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マスターのおすすめメニューを食べた私たちは、ジークの工房へ足を向けていた。料理は美味しかった。
「相変わらず分かりにくい場所の店ですわね⋯」
「悪かったな分かりにくくてよ」
「マーシャさんは来たことあるんですか?」
「何度かありますわ。ただの暇つぶしでしたけれど。あとあの子がこの店を懇意にしているというのもありますわね」
あの子、というのは例の侍女だろう。
「あの人か。いつもうちで注文してくれて助かってる。剣じゃなくて調理器具だけどな」
「侍女が剣なんか注文するわけありませんわよ⋯」
うちの侍女は剣の発注もしているけどな⋯
「ここが俺の工房だ。置いてる武器は好きに見てくれ」
武具屋らしく壁には剣がところ狭しと掛けられている。
素朴なものから華美なものまで様々だ。
「これは?」
私が指さしたのは樽の中に雑に刺された剣の束。
「あーそいつはなまくらだ。ぶっちゃけタダでも良いような剣だ。遊びで使うと良いぞ」
その割には質が高い。他の武具店の安物よりよっぽど質がいいだろう。
私は壁に掛けられている剣を試しに抜いてみる。
剣の重心はズレておらずこのままでも十分に振れるだろう。
剣そのものの質も非常に高い。耐久性も高そうだし、長く使えるだろう。
剣は刀と違い、叩き斬るといった使い方をするので、斬れ味よりも潰れない刃と折れないことが重要だ。
ジークの打った剣はその重要性をよく理解して作られている。
「マーシャさん。どうしてジークさんのこの店は人気が無いんですか?」
「他の店と比べて斬れ味が高くないというのもありますし、一本が高いからですわね」
「値段は下げないぞ」
ふむ⋯本質を分かっていない奴がそんなことを言って評判を下げてるとかそのあたりか。
「⋯この店は固有の紋章とか持っていたりしますか?」
「紋章?あるにはあるがこの中に刻印してるものはないぞ」
「そうですか」
⋯⋯とても気に入った。元々学園で持つための剣は買おうと思っていたのだ。さっさと買わないとルレイ兄上かフェル兄上が用意してしまいそうだから、剣の購入は急務だった。
「ジークさん、ちょっと奥で話しましょう」
「え?」
「マーシャさん。ちょっと奥でジークさんと話してきますね」
「え?えぇ⋯わかりましたわ」
私は半ば強引にジークを工房の奥に押し込んだ
「話ってなんだ?メアリちゃん」
「剣の注文です。二本」
「なっ───」
ジークは思わず声が出そうになったのを咄嗟に抑えた。
「ほ、本当か?本気か?」
「本当ですし本気です。実際にこの店であなたの打った剣を見て、お願いしたいと思ったんです」
「そ、そうか⋯それで?二本ってのは⋯」
「マーシャさんの分です」
私一人で二本は要らない。もう一本はマーシャに、だ。
「マーシャちゃんに⋯か。でもマーシャちゃんは俺の打った剣は要らないと思うぜ?流石にそれぐらいは貰ってるだろ」
「私が色々注文をつけて特注したものであれば彼女も受け取ってくれると思いますよ。それにおそらく家からはそういうのは貰ってなさそうですし」
「そうか⋯」
露骨に悲しそうな顔をするジーク。マーシャの家庭事情は知っているようだし、マーシャとも仲が良いようだから同情しているのだろう。当の本人は全く気にしていなさそうだが。
「それで?どんな注文をつけてくれるんだ?」
「それは───」
私は金に糸目はつけず注文をつけ、店内に戻る。
「ちょっと、と言うには長かったですわね」
「剣を注文してまして」
「おやっさんに頼んだんですの!?」
「おい」
「まぁ腕は確かなようですし、勝手に飾り付けとかしなさそうですから」
他の店だと私の身分が身分だから勝手にそういうことをされそうなのだ。たまったものではない。
「そうですか⋯おやっさん、変な剣を打ったら承知しませんわよ」
「分かってるさ。流石に侯爵家の娘さんの剣だ。手は抜かねぇよ」
信頼できそうで何よりだ。
ジークは早速制作に取り掛かるとのことなので、マーシャと二人で店を出る。
「学園で持つ剣が欲しかったのでしたら言ってくださればよかったのに」
「剣は自分で選びたいんですよ」
「そうですか⋯」
命を預けるものだ。自分で決めたいのだ。人に頼ることはない。
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「今日は付き合ってくださりありがとうございましたわ。あなたに紹介したい場所も紹介できましたし、満足ですわ」
「こちらこそありがとうございます」
私たちは日の傾くまで、王都を歩き回った。
マーシャも満足しているようだ。私も剣の発注が出来たので概ね満足している。
「ではまた明日、学園で」
「えぇ、また」
私も帰るとしよう。もしかしたらコーヒー豆が届いているかもしれない。
コーヒー豆を大量に買ったわけだが、飲むのは当たり前として他にはどうしようか。
この世界に来てからは全くしていない料理に使うか。
料理チートをする気はないから身内にだけだが。
そんなことを思いながら道を歩いていると、魔力感知に大きな魔力を感じた。
これは未だに発見に至っていないミレーヌ家の家宝である魔剣だろうか。
位置的には帝国領だが国境沿いだ。きな臭いな。
そもそもあの魔剣は人を選ぶという話だ。完全解放はされていないようだが、まさか帝国が盗んだのだろうか。
───戦争のために
私は屋敷へ急ぐことにした。




