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ギルド移転物語~ギルマスの俺、交渉でウエメセ貴族にさんざん足元を見られてきたので、ギルドを隣町に移転することにした。うちの経済効果のでかさを舐めんなよ?

 元S級冒険者のフィブレ・ビレージは、今はポロムドーサという地方都市で、冒険者ギルドのギルドマスターをしていた。


 魔獣討伐や遺跡探索など、冒険者の需要増もあって、冒険者ギルドは数あるギルドの中でも安定した収益を上げ続けている優良ギルドの1つだ。


 よってそのギルドマスターともなれば、たいした苦労もせずにギルドを運営していける――はずなのだが。


 ことポロムドーサ冒険者ギルドに関しては、事情が違っていた。

 というのもここの冒険者ギルドは、ギルドの施設の全てをとある貴族から借りて運営していたからだ。


 今もギルマスのフィブレと、施設所有者である商人あがりの準貴族サー・ポーロ士爵――金で爵位を買った――との交渉が行われていたのだが。


「それでは施設利用に関する定例協議を始めるとするかのぅ。なにやらギルドから要望があるのだとか? 言うてみい」


「では当ギルドからの要望をお伝えします。最初に――」


 高そうな椅子にふんぞり返るサー・ポーロ士爵を前に、フィブレは手に持った羊皮紙を読み上げていく。


1、施設利用料の減額


人口が100倍以上違う王都の地価で使用料を計算するのは、あまりに高すぎる。


2,老朽化した施設の改修


資金はギルドが全額出すので改修させて欲しい。

訓練場も手狭なので拡張したい。


3.ギルド内食堂の運営権のギルドへの委託


現在は指定された業者を使っているが「高い、少ない、まずい」と長年クレームが出ている。しかしどれだけ伝えても改善されない。


4.周辺の飲食店の出店規制の緩和


指定業者のみしか出店できないため競争が起きず、高い、少ない、まずいとクレームが出ている。


「――以上となります」


 読み終えたフィブレはサー・ポーロ士爵へと視線を向けた。

 するとサー・ポーロ士爵はコンコンと机を指で叩きながら言った。


「なるほど、改修するための費用はそちらが負担をする、と。つまり金があるんじゃの。君たち冒険者ギルドは、十分すぎるほど儲けているというわけじゃ」


「改修のための費用は何年も積み立てたものであって、決して儲けているわけではありません」


 儲けているのは高い使用料で暴利をむさぼるお前の方だろうが――というセリフを、フィブレはなんとか飲み込んだ。


 事実、冒険者ギルドの利益はほとんどサー・ポーロ士爵によって吸い上げられており、手元に残るのは雀の涙ほどの金額に過ぎない。


 それを何年もコツコツと積み上げて、なんとかまとまった額にしたのだ。

 儲けているなどと言われるのは、心外もいいところだった。


「なるほどねぇ。要望はわかった。では結論を伝えよう。来年からは、施設使用料を2倍に引き上げることとする」


「なっ! ちょっと待ってください!」


 信じられない言葉を告げられ、フィブレは思わず大きな声をあげた。


「なんじゃ、うるさいのぅ」


「申し訳ありません。ですが既に施設使用料は超が付くほどの高額です。要望にも使用料を下げて欲しいとあったはずです。なのにさらに高くするなどと――」


「嫌なら出て行ってくれてもいいんじゃよ? 他にも借し先はいくらでもあるでのぅ。どうぞご自由に。ま、出ていく先があるならだけどのぅ」


 クックックとサー・ポーロ士爵は下卑た笑みを浮かべる。


「く……っ」


 完全に足元を見られているのだが、大所帯の冒険者ギルドをそのまま受け入れられる大きな施設は、近隣に存在しないのもまた事実だった。


 つまり冒険者ギルドが出ていくことができないと分かったうえで、サー・ポーロ士爵はさらに利益を巻き上げようとしているのだ。


「ではこれにて今日の議論は終わりじゃ」

「ま、待ってください」


「待たぬ。君と違ってワシは忙しいのだ。グダグダ言うなら、使用料を3倍にしてやってもよいのだぞ?」


 サー・ポーロ士爵はニマニマと笑いながら、フィブレを追い払うようにシッシと手を振る。


「……失礼しました」


 フィブレは忸怩(じくじ)たる思いを噛み殺しながら、サー・ポーロ士爵の屋敷を後にしたのだった。



 サー・ポーロ士爵と会談した数日後。

 フィブレはポロムドーサの隣町、ノースランドへとやってきていた。


 手狭になったギルドの訓練場。


 その拡張をサー・ポーロ士爵がいつまでたっても認めてくれないない中、ノースランドを領地とするエスコルヌ女子爵(ししゃく)が、訓練場の土地を用立ててくれると連絡をくれたので、()せ参じたのだ。


 フィブレがエスコルヌ女子爵の屋敷に着くと、


「急なご連絡にもかかわらず、ようこそ我がノースランドへお越しいただきました」


 エスコルヌ女子爵は、男なら誰もが目を奪われるであろう美しい笑顔で、フィブレを迎えてくれた。


 エスコルヌ女子爵は20才ほどの美人で、スタイル抜群で、腰まである美しい黒髪が印象的な才媛である。


 そんな若く美しい女貴族の、しかしおよそ貴族とは思えない腰の低さに、


「いえいえ、訓練場の用地を格安で譲っていただけるとのお話をいただいたのですから、急ぎ参じるのは当然です」


 フィブレは少し面喰らいながらも、人好きのする笑顔で言葉を返した。


 2人は軽く世間話をしてから、本題へと入った。


「それで、本当にこのような安い金額で土地を譲っていただけるのでしょうか?」

 フィブレがおずおずと切り出す。


「ええ、先だって書面でお伝えした通りですわ」


「では金銭以外に、何か別の対価が必要なのでしょうか?」


「まさかまさか。先日提示した金額だけで十分ですわ。どうせ農地にならない荒れた土地ですし、遊ばせておくくらいなら有効活用した方がよろしいでしょう?」


「ですがそれにしても安すぎると申しますか……」


 農地に適さない荒野とはいえ、ただ同然で譲ってしまってはエスコルヌ女子爵に何のメリットもないのでは? というフィブレの考えは、しごく当然である。


 何か裏があるのではとフィブレが心配になってしまうのも無理はなかった。


 フィブレは冒険者ギルドのギルドマスター。

 裏方スタッフも含めれば400人を超える大所帯を預かる身だ。


 甘い誘いに乗って、愚かな決断をすることは許されなかった。


「ふふっ、噂通り真面目な方なのですね。そうですね。私があなたに個人的な恩義を感じていると言えば、納得していただけますかしら?」


「俺に恩義ですか?」


「ええ。あれはまだ私が幼い子供だった頃のことです。当時は隠居前の父が領地運営をしておりましたが、領内に大型の魔獣が出没したのです」


 その言葉に、フィブレの脳内にとある記憶が蘇ったっ。


「ノースランド大型魔獣事件」


「フィブレ殿はもちろんご存じですわよね。なにせ魔獣討伐メンバーの一人だったのですから」


「よくご存じで」


 強大な魔獣が都市部に出現するという緊急性が高い危険な案件に、当時のポロムドーサ冒険者ギルドが誇る最強パーティが討伐に当たったのだが。


 その一人が当時、まだ10代半ばにしてS級冒険者となっていたフィブレだったのだ。


「それはもうよく存じておりますわよ。あなたの──“神童”フィブレの活躍は今でも覚えておりますもの」


「そ、そんな二つ名もありましたね」


 当時はかなり調子に乗っていたのもあって、思い出すだけでなんともむず痒くなってくるフィブレである。


「あの時、あなたは先頭に立って魔獣と戦い、戦いの中で子供を数名助けましたよね? その1人が私だったのですわ」


「そういえば、助けた子供たちの中に領主の娘がいたと、晩餐会の時に聞いたような」


 魔獣を討伐した後、先代エスコルヌ子爵が盛大な晩餐会を開いてくれたのだが、当時のフィブレは堅苦しい会が苦手だったため、少し顔を出した後は部屋に帰って寝ていたのだ。


「私も直接お会いして感謝の言葉を伝えたかったのですが、どうしてもお姿を見つけることができなかったのです。そして今回お困りになられているという話をお耳にして、ご助力できればと思った次第なのですわ」


「あの時は急用で席を外してまして……ですが、それが理由なのですか? 個人的な恩義で、ここまで良くしてくれると?」


 サボっていたと答えるのがなんともバツが悪かったフィブレは、昔話から今の話へとさりげなく話題を変えた。


「もちろんそれだけではありませんわ。私は経済政策として、ぜひ我が町に訓練場を誘致したいと思っているのです」


「と言いますと?」


「冒険者ギルドが生み出す経済効果が大きいからですわ。ある意味、それが一番の対価と言えるでしょうね」


「経済効果……あまり聞き慣れない言葉ですね?」


 フィブレは己の無知を隠すことなく、素直に尋ねた。


 無知を馬鹿にされることも少なくないが、知らずにいることよりもまだ、バカにされても教えてもらう方が良い結果に繋がるというのが、フィブレが冒険者として培ってきた信念だ。


「簡単に説明しますと、一部とはいえ冒険者ギルドの施設が移転してくれば、それと連動して多くの人間がこの街にやってきますわよね? 飲食店や武器防具屋、薬草屋、アイテム屋など色々な方々がやってくるはずです」


「当然そうなりますね。冒険者ギルドをサポートする人間が必要です」


「人が増えれば商売も活発になりますでしょう? 衣食住も人が増えた分だけ必要になります。それが経済効果ですわ」


「なるほど」


 フィブレはふむふむとうなずいた。

 無知ではあってもフィブレはバカではない。

 説明してもらえればすぐに理解できるだけの頭は持っている。


「それに治安もよくなりますわね。これはギルドの質にもよりますけど、ポロムドーサ冒険者ギルドのように指導が行き届いている優良ギルドであれば、屈強な冒険者が衛兵代わりとなって、周辺の治安が良くなるのは間違いありません」


「それは盲点でした」


「空いた衛兵を他の地域に回せば、さらにその地域の治安まで良くなりますし」


「いいことずくめですね。まさに正のスパイラルだ」


「そうなのですわ。まぁ、できれば訓練場だけでなく、冒険者ギルドそのものが移転してくれれば言うことはないのですが、さすがにそれは高望みというものでしょう」


 フフッと上品に笑うエスコルヌ女子爵だったが、その言葉を聞いたフィブレの中には一条の稲妻が駆け抜けていた。


 頭の中では「それ」を行った場合のメリットやデメリット、問題点や可能性などが様々に浮かび上がっては消え、浮かび上がっては消え――そしてフィブレは1つの結論を得た。


 スー、ハーと深呼吸をしてから、(はや)る気持ちを抑えながらフィブレは言った。


「エスコルヌ女子爵、改まってご相談があるのですが」

「はい、なんでしょうか?」


 エスコルヌ女子爵はピンと立てた右手の人差し指を口元に持ってくると、わずかに小首をかしげながら、優雅にほほ笑んだ。


「今おっしゃったギルド移転の件ですが、実現してみる気はありませんか?」


「もぅ、フィブレ殿はご冗談がお上手ですわね」


 エスコルヌ女子爵は最初こそ、まともに取り合おうとしなかったのだが、


「本気で言っています。うちのギルドをこの街に移転させる気はありませんか?」


 フィブレが真剣な顔でもう一度告げると、エスコルヌ女子爵はハッとしたような顔になった。


「移転する意思がおありなのですね?」

「あります」

 フィブレは余計なことは言わずに端的に答えた。


「そういえばサー・ポーロ士爵と冒険者ギルドの関係が上手くいっていないという噂を、耳にしたことがありましたわ。なんでもサー・ポーロ士爵はギルドの要望をまったく聞き入れてくれないのだとか」


「実際に上手くいっていません。要望は聞く耳すら持ってもらえず、賃料は王都なみに高額で、我々には自由もなければお金も残らないのです」


「そうだったのですね。であれば、移転の話も一気に現実味を帯びてきますわね」


 エスコルヌ女子爵は、軽く握った右手を口元にやりながら思案顔でつぶやいた。


「訓練場と冒険者ギルドの施設を併設できれば当然、我々は便利になりますし、そちらもさらなる経済効果を見込めるのではありませんか? なにせ大所帯の冒険者ギルドがそっくりそのままやってくるのですから」


「当然、そうなりますわね」


「建設費はなんとか用意してみせます。全額一括は無理でも、冒険者ギルドは本来、結構な収入があるので、返済は十分に可能なはずです」


「なるほど」


「冒険者ギルドを完全移転させるための土地を、追加で譲ってはいただけませんでしょうか?」


 フィブレの言葉に、エスコルヌ女子爵はしばし黙考すると、ゆっくりと言った。


「丸ごと移転ということでしたら、経済効果は計り知れません。土地と建設費用は私の方から提供いたしましょう。ぜひとも、冒険者ギルドを我がノースランドに移転させてくださいませ」


「本当ですか!?」


「実を言いますと、以前からサー・ポーロ士爵は気に食わなかったのです。近隣貴族の集まりに顔出すとすぐに言い寄ってきて、さりげなく身体を触ろうとしたり、性的な発言をしてきたりと、不快なことこの上ありませんでしたから。いつか痛い目に合わせてやろうと常々思っておりましたの」


「つまり……私怨?」


「もちろんありますわ。逆にお尋ねしますけど、あなたは彼に私怨は抱いていないのですか?」


「いいえ、つもりに積もったものが爆発寸前です」

「でしたら問題ありませんわね。この際、サー・ポーロ士爵には徹底的に私怨をぶつけて差し上げましょう」


 にっこりと極上の笑みを浮かべながら、エスコルヌ女子爵が右手を差し出した。

 フィブレはそれをしっかりと握る。


「ギルドの移転計画が漏れるとサー・ポーロ士爵に邪魔をされるかもしれません。そちらでなるべく秘密裏に、施設の建設を進めてもらうことは可能ですか?」


 もちろんサー・ポーロ士爵とて馬鹿ではないので、どこかでバレるのは間違いないとフィブレも思ってはいる。

 だがそれが遅ければ遅いほど、妨害工作もやりにくくなるはずだった。


「こうみえて私は結構なやり手で通っておりますの。欲深い準貴族を出し抜くくらいは、ちょちょいのちょいですわ。どうぞ大船に乗ったつもりで、完成の一報をお待ちくださいな」


「期待してます」

「命の恩人のためです。全力で応えてみせましょう」


 こうしてギルド移転計画が、秘密裏にスタートしたのだった。



 エスコルヌ女子爵と密約を交わした後も、フィブレはいつも通りギルマスの仕事を続けていた。


 方々から集まってくる様々なクエストを各パーティに適正に割り振り。


 リーダー研修や新人研修を定期的に主宰し。


 ギルマスの寄り合いで情報交換をし。


 施設や食事に関して冒険者たちから上がってくるクレームに「もう少しだけ待って欲しい」と頭を下げる。


 サー・ポーロ子爵との定例会議でも、


「嫌なら出ていきたまえ。ククッ」


 相も変わらずウエメセで好き放題言われながらも、内心では「今に見ていろ」と牙を研ぎつつ。

 しかしそれを見せることなく、フィブレはじっと静かにその時を待ち続けていた。


 そうして9か月がたち、ついにフィブレの元にエスコルヌ女子爵からの一報が入った。

 ギルド移転に必要な全ての施設が完成したのだ。


 こうなればもう、ぐずぐずする理由はなかった。

 フィブレは即座に移転の決行日を決めた。


「時は来た。1週間後、サー・ポーロ士爵との定例会議がある。そこが決行日だ」


 すぐにフィブレは、事前に厳選していた口の堅い冒険者たちに、必要な資料や道具を新居となるノースランドの冒険者ギルド施設へと運び移す指示を出した。


 だけでなく、自分も実際にノースランドへ行って新施設を確認した。


「外観も室内も各種設備も、素晴らしいという言葉しかありません。まさに理想の冒険者ギルドです。ありがとうございますエスコルヌ女子爵。どれだけ感謝してもしきれません」


 自ら施設の案内を買って出たエスコルヌ女子爵に、フィブレは何度も感謝の言葉を伝えた。


「そこまで喜んでいただければ光栄ですわ。頑張った甲斐があったというものです」


「このご恩は一生かけてお返しします。なにかお困りごとがあれば、冒険者ギルドが全力かつ最優先で協力するとお約束しましょう」


「でしたら今日は我が屋敷に泊まっていかれませんか? いいワインが手に入りまして、誰かと飲みたいと思っていたところなのです」


 エスコルヌ女子爵はそう言うと、フィブレの腰にそっと手を回しながら体を寄せてきた。

 エスコルヌ女子爵は命の恩人であるフィブレのことを、それこそ助けられたあの日からずっと心の中で想っていたのだ。


 フィブレもまた美しく聡明で、移転に協力してくれたエスコルヌ女子爵のことを、再会してからずっと憎からず想っていた。


 密約が成就するとともに2人がそういう関係になるのは、これはもう必然のことだった。



 そうして迎えた一週間後。


「さぁ勝負の日だ。俺もいい加減にうんざりしていたからな。積年の恨みを晴らさせてもらうぞ」


 ワクワクする自分をフィブレは朝から抑えきれなかった。


 病気で引退した先代ギルマスに懇願され、冒険者を引退してギルマスになってから今まで、一度も感じることのなかった高揚感を覚えながら、しかしフィブレの頭はどこまでも冷静だ。


 優れた冒険者とは、熱い心と冷静な思考を同時に成立させられるものなのだ。


 フィブレは高揚感とともにサー・ポーロ士爵の屋敷へと向かった。


 定例会議が始まるとフィブレは言った。


「やはり施設利用料を2倍にする提案は、受け入れられません。考え直してはいただけませんか?」


 いつものように下手に出るフィブレに、


「前にも言ったであろう? 嫌なら出ていきたまえ。君たちがいなくてもワシは少しも困らんからのぅ。借り手はいくらでもおる」


 サー・ポーロ士爵はいつものようにニヤニヤと笑いながら、ウエメセ全開で言ったのだが――。


「分かりました。では出ていきます。今までお世話になりました」

「……は? 今なんと?」


 フィブレが満面の笑みとともに発した言葉に、サー・ポーロ士爵は驚きのあまりあっけにとられてしまった。


「ですから出ていくと申し上げました。そんな暴利と呼ぶべき金額は、とても払えません。よって冒険者ギルドは現施設から出ていきます」


「な、何を言って……そ、そうか! ワシから譲歩を引き出そうという作戦だな? その手には乗らんぞ! ふん、出ていきたいのなら出ていくがよい。出ていけるものならなぁ。はははは――」


「はい。出ていきます」


「……えっ」


 繰り返される「出ていく」というフィブレの言葉に、サー・ポーロ士爵は動揺を隠せなかった。

 まさか本当に出ていくとは思ってもいなかったからだ。


「ですから出ていきます」


「だからそんな脅しには乗らんと言っておるだろう! だいたい出ていく先などあるわけがない。冒険者ギルドは大所帯、受け入れられる施設などないではないか!」


「実はノースランドに新しい施設を作っていたんですが、先日それが完成しましてね」


「ノースランド? たしか冒険者ギルドが新しく訓練場を作ると言っていたような」


「その計画は変更になりました」


「変更だと? そんな話は聞いていないぞ!」


「そういえば伝えてませんでしたか。訓練場だけでなく、冒険者ギルドごと引っ越すことにしたんですよ」


「なんだと……?」


「訓練場が隣町だと遠距離で不便ですからね。冒険者ギルドに併設してあれば、いつでも利用できますので」


「待て。さっきから何を言って――」


「既に建物は完成しています。必要なものもあらかた運び終えました。あとはギルドの人員が移動すれば、晴れて引っ越し完了というわけです」


「いや、あ、いや、え……」


「完成した施設を見てきたのですがね。新しくて綺麗で使いやすくて、実に素晴らしい施設でした。これならギルドの冒険者たちも大満足してくれることでしょう」


「ま、待て! そんなことをされては困る! 冒険者ギルドが移転など、この街にどれだけの影響があるか――」


「おや? いくらでも貸して欲しいと言っているところはあると、常々仰っておられたような?」


「それはその、言葉の綾というか……」


 サー・ポーロ士爵がもごもごと言い訳をするが時すでに遅し。

 今や形成は完全に逆転していた。


 実際問題、現施設は老朽化が激しく、使用料も高く、無駄に大きいだけの施設である。


 そんな使いにくい施設を利用し続けることができる大規模団体など、実のところポロムドーサの街には、冒険者ギルドを除いて存在しないのだった。


 フィブレもそれは分かってはいたが、出ていく先がなかったために、我慢に我慢を重ねて居続けただけなのだ。


 新たな施設が完成した今、もはやフィブレがサー・ポーロ士爵に忖度(そんたく)する必要は、猫の額ほどもありはしなかった。


「今後はどうぞその『新しい方々』と仲良くやってください。隣町から見守っております」


「あ……う……」


「それではもう話し合う必要もありませんので、今日の定例会議は終わりとさせていただきます」


「ま、待ってくれ! 今、冒険者ギルドに移転されたら、この街の経済損失は計り知れない! 大変なことになる!」


「いまさら何を言っているんです? 何度も言いますが、出ていけと言ったのはサー・ポーロ士爵、あなたの方でしょう?」


 フィブレはサー・ポーロ士爵に背を向けて歩き出した。


「待ってくれ! 話せばわかる! だから考え直してはくれまいか。頼む、この通りだ!」


 サー・ポーロ士爵の情けない声を背中に聞きながら、しかしフィブレは振り返ることなく退出した。

 とても晴れやかな気分だったのは、言うまでもない。



 それから数日でポロムドーサ冒険者ギルドは完全移転し、新しくノースランド冒険者ギルドとして運営を再開した。


 冒険者たちの評判は上々だった。


 美しく綺麗な施設。

 清潔な宿泊施設。

 安価で量が多く、美味しい食事。

 広々とした訓練施設。


 前のオンボロ施設と比べれば、それこそ天と地ほどの差で、文句の出ようなどあるはずもなかった。


 そして冒険者ギルドの隣町への移転に伴い、大移動が始まった。


 まずは冒険者ギルドを一番の商売相手とする武器防具ギルドがノースランドに拠点を移した。

 道具ギルドや薬草ギルドなどもそれに続く。


 すると雪崩を打ったように次々とギルドがノースランドへと移転を始めた。


 金融ギルド、大小無数の商工ギルド、馬車ギルド。

 皆が皆、次々とノースランドへと移転していった。


 ギルドの移転は、ギルド構成員の家族の移転も意味する。

 ものすごい人口の移動がごく短期間に発生し、その結果ポロムドーサの商業区からは賑わいが消え去り。


 逆にノースランドは施設や家屋の建築ラッシュもあって、空前の好景気に沸くこととなった。


 ◇


 それから5年が経過した。


 今やノースランドは一地方都市から地域の顔となる大都市へと変貌を遂げつつあった。


 そしてフィブレはというと、エスコルヌ女子爵の婿養子になり、冒険者ギルドのギルマスをしながら、ノースランドの領地経営にも精を出していた。


 近々、第一子が生まれる予定である。


「冒険者ギルドが移転して、今日でちょうど5年。想像以上の経済効果でしたわね。税収は当時の10倍を超えて、なおも上昇中ですわ」


 フィブレの執務室に来ていたエスコルヌ女子爵が、当時を懐かしむように笑った。


「損して得取れとは言うけど、正直ここまでとは思わなかった」

 フィブレも当時のことに思いをはせる。


「来年には王都と直通の乗合馬車も運行を始めますわ。さらに忙しくなりますわよ」


「俺もそろそろ手一杯だから、せめてギルマスは後進に譲らないとな。子供も生まれるし、領地経営がどんどん忙しくなってきて、そろそろ身が持たないよ」


「嬉しい悲鳴ですわね」


 などと幸せを噛みしめる2人だった。



 そんなある日、とある人物がフィブレに会いにやってきた。

 サー・ポーロ士爵である。 


「今日は提案を持ってきてな。今なら半額、いや1/4の使用料で以前の施設を使わせてやらんこともないのだ。改修や食堂の運営権も認めよう。どうかのう?」


 この期に及んでなおウエメセで、魅力のない提案をしてくるとか、何を言ってんだこいつは? とフィブレは心の中で苦笑した。


「我が冒険者ギルドは、自前の施設を持っています。離れた街に大きな施設を借りる必要はありません」


「そ、そこをなんとか。ほれ、使用料を下げて欲しいとずっと言っておっただろう」

「そもそもの話、もうあそこを使用する必要はないんです。そこはご理解ください」


 大小さまざまなギルドがごっそり移転したせいで、ポロムドーサが大変な状況になっていることを当然、フィブレは知っていた。


 街からは人気が失せ、空き家に流れ者が住み着いて治安が悪化し、それがさらなる人口流出を招いていた。


 サー・ポーロ士爵も別荘を売り払い、使用人にも次々と暇を出していると聞いている。


「どうしても無理かね? ワシらは長い付き合いではないか」


「ええ。長い間、搾取され続けてきました。仰る通りです」

「ぐっ……」


 フィブレに皮肉たっぷりに返されてしまったサー・ポーロ士爵は、言葉をなくして顔を俯かせた。


「どうぞお引き取り下さい。俺も忙しいので」


 その言葉に、サー・ポーロ士爵はすごすごと執務室を後にするしかなかったのだった。


(ざまぁ! 完)


カクヨムコン用の短編だったのですが、落選。

長編にアップデートできそうなので、評判が良ければ長編化したいな、と!


というわけで(っ ॑꒳ ॑c)


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