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第17話 墾田永年私財法

 ──翌日、昼過ぎ。

 部屋の窓から見える空は、ちぎれ雲がいくつかあるだけの晴天。

 きょうでいろんなことが片づきそう。

 そんな気持ちにさせてくれる青空。


 ──コン! コン!


「……アイリお嬢様、ルドです。面会希望者が来ております」


「フフッ……いよいよ来たわね。会うわ」


「ですが、その……。お会いになられないほうがよろしい風貌の男です。門扉の外で待たせておりますが……」


「どういう格好かは、おおよそ察しついてる。大丈夫よ。わたしが出迎える」


 屋敷の玄関、その真正面にある黒い鉄格子の門扉。

 身分差という厚い壁を兼ねた鉄格子の向こうには、あちこち土が付着した作業着に、無精ひげを顎に並べた興貴の姿。

 農作業からそのままやってきたという様相──。


「──来たぞ、アイリ。これが俺の……農家の正装だ」


「フフッ、いいじゃない。泊まりの登山から帰ってきたときのあなたを思い出すわ。十分アリよ。ルド、門を開けて」


 本当に大丈夫なんですか──?

 そんな視線をちょくちょくわたしへ向けながら、複数ある錠を解いていくルド。

 この子には鉄格子の向こうの興貴が、犯罪者かケダモノにでも見えているんでしょうね。

 ま、犯罪者はともかく、ケダモノは当たってるかも。

 わたしたちこれから、濃厚なセックスをするんですもの──。


 ***


 ──事後、ベッドの上。

 体を繋げてみてわかった。

 わたしたち……やっぱりまだ夫婦だ。

 言葉じゃない、理屈じゃない。

 恋人時代から夫婦生活までの繋がりが、意識にしっかり刻まれてる。

 それは三年ぶりだった興貴のほうが、より痛感してるはず。

 そこにアイリがもたらした、甘美な快楽と極上のビジュアル。

 興貴はベッドの縁に腰掛けて、じっと背中を見せてるけれど……。

 気持ちを大きく揺さぶられたのは、間違いない。

 わたしは横たわったまま、片肘で頬を支えてその様子を伺う。


「……アイリ」


「なあに?」


「農道の件だが……。立ち退き料と代替地、あるのか?」


「もちろんよ。代替地は森を切り拓いて均すところまで、業者にさせるわ」


「助かる。金だけ渡されてもどうしようもないからな、この領の農家は。農民は農業以外で働いてはいけないことになってる」


「……士農工商みたいな制度でもあるの、ここ?」


「どちらかというと、墾田永年私財法こんでんえいねんしざいほうか。土地で農家を縛ってる感じだ」


「よくそんなの覚えてるわね……。わたしそれ、転生関係なく忘れてるわ」


「俺もだったよ。でも、そういう知識を記憶から掘り起こしてフル活用したから、なんとかやれてこれたんだ」


「じゃあわたしの記憶も、いまのエッチでかなり掘り起こされたでしょ?」


「……ああ。おまえはやっぱり、()()()だ」


「それだけわかってもらえれば、いまは十分よ。立ち退きを受け入れるってことは、反対運動なんかはしないのね?」


「農村部じゃあ農道も直売所も、歓迎ムード一色さ。おまえがカホへ言ったように、ここの農家は子、孫、その先の代まで見据えて、土地と向き合ってる。うちだけ反対なんてできっこない。それに……」


「……なあに?」


「いまの畑は、しょせん他人の土地。しかも怠け者夫婦のものだったから、土壌にも区分けにも難がある。一から自分の畑を作ってみたい……って、思いはあった。まあ、渡りに船と考えるさ」


「華穂も同じ?」


「……いや。あいつは現状維持を好む性分だから、将来のいい畑より、いまある微妙な畑にこだわるだろう。だから俺としては、強制的に追い出されるほうが、正直気が楽だ。いまのは、ここだけの話な」


「わかってる」


 華穂、遠くの一万円より足元の百円タイプ……ね。

 その点、登山好きの興貴はアグレッシブで新しいもの好き。

 アウトドアグッズの新商品が出るたびにねだられて、断るのにどれだけ苦労してきたことか……フフッ。

 思えば興貴の浮気、新しいもの好きが災いしたのかも。

 そして華穂は、「子ども部屋おばさん」のままの自分を抱いてくれる興貴に依存。

 その、共依存のような関係も……ここまで。

 アイリの肉体を得たわたしは、興貴にとってきっと目新しい存在だもの。

 興貴と華穂の間に亀裂が生じて、どんどん広がっていきそうねぇ……フフッ♪

 ……………………。

 ……あれっ?

 農道を吊り橋に見立てた、関係リセット計画……。

 ほぼほぼ、達成してる?

 あとは……華穂にきちんと謝らせるだけ?


 ***


 ──セックス後のお風呂。

 ごつごつした男の体を堪能したあとで、もちもちお肌の全裸ルドが、背中を流してくれる。

 この落差……ちょっとばかし、いいのよね。

 元の世界じゃ、絶対に経験できなかったことの一つ。

 これからはこっちの世界の楽しいことにも、目を向けていきたいわ。


「……お嬢様。前を失礼します」


「えっ……? 前はいいのよルド? 自分で洗うから」


「いいえ。あのような薄汚れた男と交わったあとです。つま先からつむじまで、しっかりと流します」


「いや、ほんといいから……って! 正面に回り込まないでっ!」


「あぁ……お嬢様の美しい乳房に、太い指の痕がくっきりと赤く……。粗暴な男だったのですね……。石鹸でしっかりと……清めます」


「ちっ……違うの。あのね、夫は転生前から胸が好きで、ノっちゃうと手に力が入ることもあったのよ。これは許容範囲っていうか、愛情の裏返しっていうか……って! 掌で直に石鹸ヌルヌルやめてぇ!」


「ハアッ……ハアッ♥ お嬢様の乳房の滑らかさ、柔らかさ、芯の頑なさ……。いくら遊びを重ねても、未通娘おぼこのように抵抗感を失いませんね……。本当に……すばらしいお体です……」


 ちょっ……ルド?

 キャラ変わってて、なんだか怖いんだけど────っ!?

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