第6話:しゃべれないので、通訳を猫に頼みました
ギルドの片隅に、新たな“住人”が現れた。
「にゃぁ」
白くて、もふもふで、
ふてぶてしくも愛らしいその猫は、リリアの膝の上で丸くなっていた。
「えっ、リリア様……その猫、いつの間に……?」
「スキルで召喚したんじゃ……?」
「なるほど。あれが噂の“喋らない使い魔”か……!」
(ただの野良猫ですけど!?)
リリアはカウンターの中で小さくため息をついた。
数日前、ギルド裏の木箱に捨てられていた子猫。
放っておけず、こっそりミルクをあげていたら、なつかれてしまったのだ。
今では出勤すると自動でついてくる“常連”となり、
冒険者たちからはなぜかリリアの使い魔として崇められている。
「ねえ、その子の名前って決まってるんですか?」
珍しく、ギルドの受付仲間エマが話しかけてきた。
(名前……)
リリアは少し考えてから、黒板にこう書いた。
『しろまる』
「しろまるくん……あ、かわいい!」
「“沈黙の猫”って感じがする!」
(ちょっと意味がわからない)
だが、その日の昼下がり、しろまるは思わぬ“才能”を見せ始める。
ギルドに来た新人冒険者の青年が、リリアに質問しようと近づいたその瞬間――
「……ッ」
しろまるが無言でリリアの黒板を引き寄せ、
彼女の代わりにペンを転がし始めたのだ。
『武器強化の依頼なら、掲示板の左上をご確認ください』
「えっ……えっ!? え!? 猫が!? 書いた!?!?」
(ま、まさか……!)
リリア本人も目を丸くした。
……そう、実はこの猫、前世でリリアが飼っていた猫の生まれ変わりである可能性が高かった。
スキルの暴走により「過去に縁のある存在」が、わずかに引き寄せられる副作用があり、
しろまるはリリアにしか聞こえない、微弱な“意志の声”を発していた。
(しろまる……あの頃みたいに、通じ合えるの……?)
「にゃあ」
しろまるは、誇らしげに胸を張った。
そしてその日から――
リリアの黒板代筆&筆談通訳を、しろまるが担当するという前代未聞の“猫の通訳制度”が始まることになる。
「おい見ろ! しろまる様が何か書いてるぞ!」
『本日の危険依頼:Cランク以上の経験者限定』
「ありがてぇ……リリア様の意志を、猫を通じて受け取れるなんて……!」
「すげぇな……使い魔どころじゃねぇ、“聖猫”だ……!」
(なんでそんな信仰方向にいくの!?)
しろまるの通訳は正確で早く、リリアの負担も減った。
だが同時に、冒険者たちの妄信は加速していく。
「今日のしろまる様、やたらクッキー食べてたな……甘い物を食べれば強くなれるってことか!?」
「いや、アレは“糖分で魔力回復”の暗喩じゃ……」
(ただのオヤツですけど!!!)
そんな中、ギルドの掲示板に一通の封筒が届いた。
【王都魔術省より正式視察依頼】
「沈黙の守護者 リリア=エルミナ殿」宛
リリアは一瞬、しろまると目を合わせる。
(これ……絶対に、ろくでもないやつ……)
「にゃあ(無理なら逃げよう)」とでも言いたげに、しろまるは彼女の腕を舐めた。
(……そうだね。何が来ても、“普通の受付嬢”でいたいだけなんだ)
だが現実は、ゆっくりと――
“普通”を壊しながら、彼女を引き込んでいく。