第5話:ギルドの壁、また壊しました
「リリア様ァァァァァッ!!!」
朝一番から、外の通りで誰かが叫んでいた。
扉が勢いよく開かれ、興奮した冒険者――筋肉ゴリゴリの男、ランディが駆け込んでくる。
「や、やりましたよ! あのAランククエスト、沈黙のご加護のおかげで無事達成できました!!」
(……なにそれ初耳)
受付カウンターの内側でリリアは静かに目を伏せた。
昨日、依頼用紙の傾きを直すために視線を一瞬合わせただけの件だ。
それが今、“沈黙のご加護”として認識され、依頼の成功率が爆上がりしている。
「これ、少しですが……感謝の品です」
ランディが差し出したのは、手作りのクッキー。
見た目はゴツいが、意外と器用で料理好きな彼が作ったらしい。
(あ、これは……ちょっと嬉しいかも)
リリアがそっと受け取って会釈すると、ランディの目が潤む。
「うっ……あの伝説の受付嬢が、俺のクッキーを……! ありがたや……!」
「いいなー!」「俺も依頼成功して渡しに来ればよかった!」
そんな声が飛び交う中、ギルドは朝から賑わいを見せていた。
が、その空気を破ったのは――
「緊急警報だ!! 西の森から、魔獣の大群が押し寄せてきている!!」
扉を蹴飛ばして飛び込んできた連絡係の声だった。
「またかよ! 最近、魔獣の動きが活発すぎるだろ!」
「このままだとギルドまで来るぞ!?」
「魔術師は!? リリア様に頼むか!?」
その声に、リリアは顔を青ざめさせた。
(やだやだやだ……! わたし関わりたくない……!)
当然だ。ギルドの外には数十体のB〜A級モンスターが押し寄せているらしい。
冒険者たちの戦力だけでは明らかに足りない。
リリアは、逃げようと――いや、物陰に隠れようと、そっとカウンターの下へしゃがみ込もうとした。
だが、その動きが。
「……!? リリア様が身を屈めた……!」
「これは……まさか“構え”か!?」
「スキル詠唱モーションだッ!!!」
(違う! 違うから!! ただ怖くて隠れようとしただけだから!!)
冒険者たちがざわめき、皆が息を飲んだその瞬間。
ギルドの西壁――つまり、魔獣が押し寄せる方角の壁が。
ズバァアアアアアアン!!!!
爆風と共に、きれいに吹き飛んだ。
その直後、地鳴りが止まり、モンスターたちの気配がピタリと消える。
「……まさか……」
「また……守ってくださったのか……」
「沈黙の守護者が、ギルドを……!」
(やだぁぁぁ……また壊したぁぁぁ……!!!)
リリアは両手で顔を覆い、ガタガタ震えていた。
彼女のスキル《視認対象完全排除》は、本人の意思とは関係なく恐怖感情によっても発動する。
結果、西壁ごとモンスターを殲滅するという、あまりにも完璧な成果を出してしまった。
その夜。
ギルドの壁修理業者が、もはや“定期便”として現場入りしていた。
「また来ましたよ、沈黙の聖域修復任務……」
「もうこの建物、フレームしか残ってないっすよ」
タッグス(ギルドマスター)は、ため息をつきながら言う。
「まぁ、命より安いと思えば……。なぁリリア、また頼むな」
『……ごめんなさい』
リリアは小さく黒板に書いて、うつむいた。
だが、それを見た者たちはこう解釈した。
「謝罪の姿勢すら美しい……!」
「いや違う、“気にするな”という暗示かもしれんぞ!?」
「さすがリリア様、我らに沈黙の勇気を教えてくださる……!」
(違うの……違うのに……)
リリアは、今日もまたひとつ、伝説を更新してしまった。