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第4話:乙女ゲーの王子様が視察に来ました

その日、冒険者ギルドの扉は、いつもと違う――どこかきらびやかな音を立てて開いた。


「おうっ!? な、なんだこの雰囲気……?」


「え、誰だ今の……?」


空気が変わった。

否、変えられた。


目も眩むほどの銀髪と宝石のような青い瞳。

上質な白金の軍服をまとい、背筋を伸ばして歩くその青年は、周囲の空間すら支配しているかのような威圧感を持っていた。


「――あれは……まさか、王子殿下!?」「マジで来たのか……!」


ギルド中がざわめく。


そう、彼こそがこの国の第二王子にして、乙女ゲーム『聖華のキスと異世界の涙』の攻略対象No.1――


ユリウス=ヴァルガルド=アルセリオ


高慢で、完璧主義で、他人の本質を見抜く天才。

それが“ゲームの中”での彼の設定だった。


そして彼の視線が、受付の一角に座る少女――リリアに向けられる。


(……最悪、なんで王子がここに……!?)


リリアの背筋が、ピンと硬直した。


かつてゲームで何十周も繰り返した彼のルート。

その中で、モブ令嬢に過ぎないリリアが関わることは一度たりともなかった。


……なのに今、ユリウス王子は、まっすぐ彼女のもとへと歩いてくる。


「――君が、沈黙の守護者だな?」


(やめてぇぇええ!! こっち見ないでぇぇぇ!!!)


リリアは震える手で黒板を取り出し、こう書いた。


『……はじめまして。私はただの受付嬢です』


王子はそれを一瞥した後、ふっと小さく笑う。


「謙遜か。なるほど、真に力ある者は、自らを飾らないという」


(違うの! 本当に、ただの受付嬢なんですってば!!)


「私は王都から、君の評判を確かめに来た。正直、信じがたかった。が……」


ユリウス王子は一歩、リリアに近づいた。


(近い近い近い!!! 物理的にも精神的にも近すぎる!!)


「君は確かに――本物のようだ」


(なにが!? なにが本物なの!?)


「沈黙を貫きながら、誰よりも多くの命を救い、人々の尊敬を一身に集める……その姿。まるで神話だ」


(やだ……ゲームで一度も起きなかったイベントが進行してる……!?)


「ならば――」


王子が、ひざまずいた。


「その手を、我が王都に迎えたい。共に歩もう、“未来の妃”よ」


(…………え??)


ギルド中が、時を止めた。


え?

え??

プロポーズ!??


(……いやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!)


リリアの思考は一瞬で沸騰し、心臓の鼓動が耳の奥で爆音のように鳴り響く。


(違う、違う、違う!! 本来このイベントは!! ヒロインのレイラが攻略するはずで――)


だが、リリアは言葉を発せず。

言えず。


震えるまま視線を下げて、ギリギリまで顔をそむけた――


その瞬間、


ズゴオォォォォン!!!


再び爆音。

周囲の床が大きくえぐれ、風圧で家具が吹き飛ぶ。


「うわっ!? な、なんだ!?」


「また沈黙の守護者が動いたぞ……!?」


王子の背後で、さっきまでいたギルドの壁が綺麗にくり抜かれている。


魔力の衝動による反射的スキル発動だった。


リリア「(やっっっばあああああああああ!!!!!)」


だが――王子は立ち上がり、目を細めて呟く。


「……なるほど。これは……“拒絶の魔眼”か」


(!?)


「私の未熟さゆえ、君は心の奥底から拒絶の意思を……これほど鮮烈に、静かに、だが確実に示すとは……!」


(違う違う違う!!! 目を合わせたくなかっただけなの!!!)


「だが……ますます惚れたぞ、沈黙の守護者。次こそ、真の覚悟を携えて君のもとに参ろう」


ユリウス王子はそう言い残し、衛兵を連れて静かにギルドを後にした。


そして彼の背中を見送りながら、ギルド中が再びどよめく。


「マジかよ……王子殿下を拒絶したのか……」


「やっぱすげぇなリリア様は。相手が誰でも態度を変えない」


「そりゃあ“本物”だわ……」


(あぁぁぁあああああぁぁぁぁぁ……)


顔を真っ赤にしながら、リリアは黒板に一言だけ書いた。


『……ギルド辞めたい』


だがその文字を見た誰かが叫ぶ。


「リリア様が“次のステージに進まれる”って意味かもしれないぞ!!」


「まさか、王都入りの伏線じゃ……!」


(やめてお願いお願いお願い黙っててえぇぇぇ!!!)


こうしてまたひとつ、リリアの伝説に新たな章が刻まれた。

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