第3話:沈黙の守護者(サイレント・ウォッチャー)と呼ばれはじめました
朝、ギルドの扉が開くと、冒険者たちがなぜか一斉に立ち上がった。
「リリア様、今日もよろしくお願いします!」
「おはようございます! ご機嫌いかがでしょうか!」
「……ははっ、今日も沈黙だ。ありがてぇ……」
(……なんで!? なんで正面から出勤しただけで起立されてるの!?)
リリアは受付カウンターへ向かう足を、無意識に速めながら首をすくめる。
彼女の内心では不安が渦巻いていた。
ギルド内の誰もが妙によそよそしく、敬語が過剰になり、距離も遠い。
(これ……確実に……「怖がられてる」やつ……!!)
違う。
少なくとも彼らの認識は、“畏怖”ではあるが“恐怖”ではない。
むしろそれは、信仰に近い尊敬である。
昼前。
依頼掲示板の前に集まる冒険者たちが、何やらざわついていた。
「見たか? この依頼、A級モンスターの追跡依頼だ」
「昨日、リリア様がこの依頼に一瞬だけ目を向けてたんだ。……これってつまり、選ばれたってことじゃねぇか?」
「沈黙の目線が与えられた……つまり、我らが行くべきはそこ!」
(あのとき……掲示板の端に貼り直された紙が斜めになってたから、直そうと思って見ただけ……)
当然そんなこと、誰にも伝わらない。
だが、彼らは確信していた。
「沈黙で導く……まさに“沈黙の守護者”だな」
「“サイレント・ウォッチャー”って異名、王都の兵士が言い出したんだってよ」
「いいじゃねぇか、かっけえし」
(やだ……ついに異名ついた……!? 公式化された!?)
リリアは黒板に、
『そのような呼び名はお控えください』
と書いて控えめに示したが――
「この文言は……“謙遜”!?」「やはりリリア様は高みにいる……!」
→ 通じなかった。
その日の午後、ひとりの中年冒険者が受付にやってきた。
手には小さな木製の箱を抱えている。
「こ、これは……僕たちの“信仰”の印でして……あの、受け取っていただけないかと……!」
差し出されたのは、リリアの姿を彫った――木彫りの像だった。
(!?!?)
つぶらな目と小さな黒板を掲げたポーズ。
リリアが普段している仕草そのままの“御姿”だ。
「これ、ギルドの隅に置いて、朝晩拝んでるんです。依頼に行く前に見ると、何かこう……勇気が湧いて……」
(怖ッッ!? なにそれ信仰!?)
「リリア様……いえ、守護者さま。これからも、どうか我々を見守っていてください……」
そう言って、深く頭を下げられた。
リリアは、無意識に黒板を取り出してこう書いた。
『……無理のない範囲で、頑張ってください』
すると――
「ありがてぇ……」「これは祈りの言葉だ」「明日からも頑張れる……!」
その場の冒険者たちが次々に涙ぐみ、彼女の“言葉”を写し取っていった。
夕方。ギルドマスターのタッグスが事務所から顔を出した。
「リリア。今日も混乱、よくおさめてくれたな。さすがだ」
(えっ、私、混乱起こしてる側じゃないの……!?)
「やはり、お前が受付に座っているだけで、皆が安心するんだよ。……このまま伝説になってくれていいぞ」
(いいの!? 伝説になっちゃっていいの!?)
リリアは真っ青になりながら、内心でひたすら願った。
(頼むから……普通に生きさせてぇ……!!!)
だが、この日を境に“沈黙の守護者”という異名は、ギルド全体に、そして街の外へと――確かに広がり始めていた。