第2話:喋れないので、筆談でお願いします
「リリアさん! 昨日は本当にありがとうございました!!」
朝、ギルドの扉を開けた瞬間、カイルくんが感激の声を上げた。
彼の手には、昨日の魔獣討伐で崩れた外壁の石片が握られている。
どうやら、“聖遺物”として保管するらしい。
(……やばい……なんか、すごい誤解されてる……)
受付カウンターの中で、リリアは椅子に縮こまりながら、そっと視線を逸らした。
だがそれすら、カイルくんには“意味深な沈黙”として受け取られる。
「えっ……今の沈黙は、“己の力を恐れるな”ってこと……ですか!?」
(違いますぅ……!)
とは言えず、リリアは黙って机の中から小さな黒板とチョークを取り出した。
前世の100円ショップで大量買いしていたアイテムの一つが、転生時にスキルの副作用で手元に残っていたのだ。
『おはようございます。昨日はすみませんでした。ご迷惑をおかけしました』
緊張で文字が震えている。
だが、それを見たカイルくんは――
「は、はいっ! こちらこそ! あのとき、ギルドにいてくださって本当によかったです! リリアさんは……本当にすごい人です!!」
(普通に謝っただけなのに……褒められた……!?)
筆談の一言すら、英雄の御言葉のように扱われるのが、今のリリアの現状だった。
その日から、リリアの筆談生活が始まった。
黒板は大小数枚を使い分け、伝えたいことを書いて渡す。
冒険者たちはそれを読み、「深い……」とか「これは比喩か?」と勝手に解釈し始める。
──例①:
『依頼の用紙を、正しく記入してください』
→
「正しく……ってことは、この依頼には何か裏があるということか!? お、おい! こっちは罠解除スキル持ちを連れていこう!」
──例②:
『今日は風が強いですね』
→
「今日の風……風属性のモンスターが出る前兆か!? さすがリリアさん!!」
(なんで!? なんでそんなふうに解釈されるの!?)
そんな誤解が続くある日の午後。
ギルドの奥にある休憩室で、リリアはそっと頭を抱えていた。
「(……このままじゃ、いつかバレて嫌われる……)」
元々、彼女の目標は“モブのまま静かに生きること”。
だが現状は、ギルドの誰もがリリアを高位魔術師だと勘違いし、“言葉に重みがあるからこそ沈黙している”とまで思い始めている。
(しゃべれないだけなんですけど!!)
そのとき、ガララッ、と扉が開いた。
「リリアさん、お疲れ様です~」
現れたのは、もう一人の受付嬢・エマ。明るく社交的で、リリアとは真逆のタイプだ。
「ねえ、噂聞いた? 王都の魔法省の人が“沈黙の守護者”に興味を持ってるって話……」
(魔法省……!?)
嫌な予感が、背筋を凍らせる。
「そろそろ、ほんとに“上”が動くかもね~。あんた、これから忙しくなるかもよ?」
(……うそ、でしょ……)
リリアの目が泳いだ。
“しゃべれないだけの受付嬢”が、勝手な誤解で王都の注目人物になろうとしていた。
彼女はそっと黒板にひとこと書いた。
『普通に生きたい』
そしてそれを、誰にも見られないように、机の奥にそっとしまった。