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第八十話 おとなのたくらみ 前編


 "その結論"に至るまでに、自分に影響を与えたものは、多い。


 まず前提としてあったのは、変質型に代表される虚獣の強力化に、マスコット方がうっすらと感じられている無力感、そしてアカデミーだけでは一手足りていないんじゃないかという焦燥感。

 自分たちを取り巻くそんな状況は、確かに克服すべきマイナスと考えられたが、この頃の自分を満たしていたのは決してそれだけではなかった。


「魔力は……"そうあれ"という世界の想いは。もしかしたら今自分たちが考えているよりも、もっともっと……常識外れの可能性を秘めているんじゃないのか……?」


 アカデミーを通したセレスティフローラの躍進、ルクスリアの虚念由来の結界。

 そしてその後、『裏切った敵』から『改心した虚念にしてセレスティフローラのライバル』と存在を再定義されたルクスリア。

 極めつけは雑談配信で彼女が見せた、視聴者の想いを世界に介入させ、姿まで変じさせたあの一幕。

 それら鮮烈な体験を経た自分の中に、うっすらと沈殿していたそれ……すなわち希望は、以前の魔法少女協会案内時の言葉で、一気に顕在化することになる。


「忘失のカタチ『オブリビオン』。

羨望(インヴィディア)はもちろん、偏愛(わたし)や虚飾(ヴァニタス)なんかよりずっと、ずっとつよい、無尽蔵ってくらいのちからがあると思うから────」


(────────永久機関ッッ!!??)


 説明され危険度の理解が追いついたセレスティフローラも、口にしたルクスリア本人も。

 深刻な表情を隠せなかったその場面で、自分はリスクをひっくり返して余りある夢想に、まるで少年時代のような胸の高鳴りを自覚していた。


(ネガティブな感情由来でないからこそ、世にコンテンツが存在する限り続く虚念……だから強く、だから無尽蔵。確かに危険だ、厄介だ……だが、もしそんな力まで魔法少女のために引き入れ、使うことが出来たならッ……!?)


 応援から魔力を得て戦う、魔法少女という存在。

 彼女たちそれぞれがどれだけ強くなっても、それを観る視聴者の数が有限である以上、どこかでパイの奪い合いが発生するのは、構造上避けられる問題ではない。

 だから、アカデミー企画として五つの虚念の一角(ルクスリア)を引き入れた時のように、界隈外まで少しでも浸透するような活動を続けてきたわけだが……もし、もしその魔力に別の供給源が出来るようなことがあったなら。


「っ、ふぅ────……」

「っ? シラハエル殿……?」


(……っ落ち着け、ルクスリアのケースが上手く行ったからと、今回も同じと考えるにはまだ不透明な部分が多すぎる。

オブリビオンの実際の脅威、性格、取り巻く視聴者感情……全てを"観た"上で慎重に検討すべきだ。

当然、仮に上手く引き入れても、在り方が変わる以上無尽蔵な力とはならず、制限がかかる可能性もあるだろう。

これは皮算用に終わるプランと見越して、当然そのまま倒し切る方策も考えておくべき……っ、理解(わか)ってはいる、がっ……!)


 だが、簡単に諦めるには……成功のリターンがあまりにも大きすぎる。

 

 そんな抑えきれない熱は、オブリビオンが実際に戦いを挑んできたときですらも、変わらず抱えていた。


 彼ないし彼女が忘失を満たすという目的のため、シラハエル(じぶん)を見定め、観察していたように。

 自分もまた、オブリビオンという相手に引き入れる余地があるか、一挙手一投足を全力で観察していた。


 リスナーや周りの人たちに、苦戦する姿を見せることへの心配は小さなものではなかった。

 だが、オブリビオンが前言に違わない力を持っており、何より『手段はどうあれこちらと一緒に楽しみたい』という考えに触れられたのも、自分にとってはそれ以上のプラスとなっていた。


「……そうあれという虚念(おもい)に押され襲ってきた口で、ずいぶんな言い草に思えますが」


 …………途中、コンジキ様を始めとしたマスコット方を公然と侮辱された瞬間は、喜びを忘れた激情を発露してしまいはしたが。

 ともかく、自分は実際にオブリビオンと対峙したことで、ますます人々の想いの強さを目の当たりにし────



「私は、みなさんに"そうあれ"と望まれ生まれた……魔法少女と、みなさんの盾となるための。

そして何より、忘失のカタチ『オブリビオン』を討滅し、この世から消し去るための────人造魔法少女にして戦うマスコット、アイギスケープ、ですっ」


 ついには、"そうあれ"という想いが、マスコットとして人造魔法少女素体に宿り、活動を始めたことを知ったタイミングで。

 マスコットたちが感じられているのと同じかそれ以上に、彼女に……そして、"そうあれ"という想いに希望を見出した自分は、腹を決めたのだった。



(…………オブリビオンの引き入れ、目指してみよう……本気で。出来れば、彼女とも協力して……!)


------------


「────そうして、オブリビオンを引き入れるために、ルクスリア殿のわたしと、あなたたち(サクラリウム・)が見る世界(オムニス)の力を借りる相談をしたのが先日……というわけじゃな。

最強の敵が現れたと聞いた瞬間からリソースとして引き入れることを考える……ワシもそうじゃが、ルクスリア殿ドン引きしておったのう……大人がみんなぬしのようじゃと誤解をさせていなければよいが……」

「……それには返す言葉もありません」


 アイギスケープたちとのカフェでの会合を終えた直後、自室にて。

 魔法少女体でない、成人男性としての身を少し縮めながらも振り返りを終えると、コンジキ様はからからと笑って続けた。


「冗談じゃ。魔法少女のための魔法少女……何があっても初心を忘れぬぬしじゃからこそ、ここまでの道を歩むことが出来たのじゃ。

リスクだの倫理だの考えるべきことは当然山程あるが、かといってその方針に文句など誰にも言わせぬよ。

以前エターナルシーズ殿も言うておったが、虚念など無茶苦茶してばかりの存在、たまには働かせてやるぐらいでちょうどいいわ」

「…………良かったです」

「わはは、少しでも気が軽ぅなったならよし、じゃ」


 自分の『良かった』はどちらかというと、ここしばらく塞ぎ込まれがちだったコンジキ様が、平常運転に近づいていたことが大きかったが。

 気づいていないか、あえて知らないふりをしているのかはともかく、自分は"この先"に改めて目を向けることを選ぶ。


「次に、オブリビオンをどう引き入れるかですが……ここはおそらく、一度は戦いで五分の力を見せる、あるいは上回る必要はあるでしょうね……」

「ここは頭の痛い問題じゃのう……ただ、ぬしはそこにも何か考えがあるようじゃったが」


 自分が意識して深刻な態度を見せていないということもあり、少し期待するような目を向けるコンジキ様。

 そんなパートナーに、自分は考えをまとめながらも口にした。


「まず、どう勝つかに関しては……そうですね、こちらは当(・)面(・)の(・)配(・)信(・)者(・)活(・)動(・)に(・)も(・)関(・)わ(・)っ(・)て(・)く(・)る(・)話(・)なので、あとでまとめて話したいと思いますが……

先に簡単に言いますと、自分たちも"そうあれ"の想いを積極的に活用しよう、と思います。……これまでの流れもちょうどいい布石になるかと」

「ふむむ、やはり鍵はそこになるか。分かった、では────」


 コンジキ様の同意をいただいたことを確認し、自分はより大事となる方策に話を進める。


「はい、では肝心な部分……オブリビオンを引き入れることが可能かどうか、の話を先に。

ここに関しては、実際に戦ってみた所感となりますが……コンテンツに飢えた概念という特性もあり、その方面での話は通じると考えました。

勝てるという可能性、もっと言うなら魔法少女という存在の可能性を見せることが出来れば、こちら側に興味を持ってくれる公算は高そうに思えます」

「ふ、む…………」


 自分の言葉に思案しながら頷くコンジキ様に、ゆっくりと間を置きながら自分は続ける。


「それが叶ったら、ルクスリアさんの結界も使って引き入れる……その後は、ルクスリアさんのように協会の研究室に協力してもらうか。

あるいは、魔力や直接力を借りられるようなことになれば、大きなメリットとなる……はずです」

「そこに関しては、やつが戦いを経てどう転ぶか分からん以上、どうしても不透明となるのう……だが、概ねの方策には異存は無い。

あとは、これからのやつの出方次第で固めていくことになりそうじゃな」


 オブリビオンとどう決着を付け切るかを結論づけるには、まだ彼ないし彼女について知らないことが多い。

 そんな曖昧さを自覚しながらの自分の発言に同調したか、コンジキ様も頷きながらに次の話題に移る。


「そして、アイギスケープ殿が秘めておる問題……つまり、オブリビオンを討滅する存在として生まれた彼女は、役割を果たすと同時、供給源たる魔力も失われる……これについてじゃが」

「これも、オブリビオンの引き入れにより解決させます。完全討滅でなく、引き入れという形で生存させたなら、獅子身中の虫として危機感という感情は視聴者にも残るはず」

「普通なら問題になりかねん……が、アイギスケープ殿の生存という意味では、それがむしろメリットとなるわけか」


 すでに意図を理解されているコンジキ様にええ、と頷くと、自分はこの先の展望を口にした。


「虚念であるオブリビオンが生存する以上、アイギスケープさんには抑止力、という役割を期待された視聴者から魔力が送られるはず。

その時間を活かして、こちらとのコラボ企画などを通して視聴者に再定義してもらい、オブリビオンだけに依存しない個として自立してもらう……そんな形を目指そうと思います」

「ルクスリア殿と近い結論に持っていく、というわけじゃな……うむ、確実とまではいかんが十分勝算はある……はずじゃ」


 口にしている自分も自覚している、希望的観測がこもった細く険しい道。

 コンジキ様も同じ思いに至ったのか、難しい顔で考え込んだ上で……ふと、ぽつりと呟く。



「…………白羽殿、一つだけ。これは念のための……"余計なこと"とわかっていての質問となるわけじゃが────」

「む……なんでしょうか」


 ここまでの会話の中でも最も重い空気を感じさせる問いかけに、自分が思わず背筋を伸ばすのを見て、コンジキ様は口を開いた。


「オブリビオンを倒して引き入れる……これは言うまでも無く難易度の高い試みじゃ。

その上で、アイギスケープ殿自身がすでに受け入れている運命まで覆すとなると、そのリスクは跳ね上がると考えるのが自然。

……その辺りを自覚しているであろう彼女が口にした"必ず迷惑がかかる"という言葉は間違いではない。

そしてそれを、ぬしが必ずそれを背負わなければならないなんてことはない……配信上で絡んでいないなら、なおさらじゃ」

「…………」


 そして問いかけられた、窺うような、それでいてどこか罪悪感のようなものを滲ませながらのパートナーの言葉。

 自分が無言で続きを促すと、コンジキ様はそのまま続ける。


「ワシらが同じマスコットとして彼女に共感しておるのは隠せぬ事実じゃが、ぬしらがそれに縛られる必要はないんじゃぞ?

少なくとも、この試みが叶わずアイギスケープ殿が……っ、消える……ことになったとしても。ワシらも、そしてきっと彼女自身も誰かを恨んだりはせん。

なぜなら彼女は厳密には魔法少女でない、ワシらマスコットに連なるもので────魔法少女のために役立てることこそが、その本懐なのじゃから」

「────確かに、余計でしたね」


 あえて突き放すような、それでいて自嘲するような姿に自分が言葉を返すと、コンジキ様はビクッと耳を震わせる。

 自分は失礼、と頭を下げてからパートナーの暗雲を振り払うようにつとめて明るく口にした。


「余計というのは……自分の伝達不足で、余計な気を遣わせてしまいました、という意味です。

大変失礼しました……オブリビオンやこの世界の構造に目が行ってしまい、つい当(・)た(・)り(・)前(・)の(・)大(・)前(・)提(・)の共有が漏れてしまっていましたね」


 そう言いながら自分は、魔法少女体────シラハエルの姿に変身をする。

 コンジキ様にとってもすでに見慣れただろうこの姿を、どこか誇るように自分は胸に手を当て、目を閉じて紡いだ。



「まず、以前コンジキ様はおっしゃいました。『魔法少女たちのため、我が身を惜しむマスコットなど自分が知る限り存在しない』、と。

その覚悟はとても大切でありがたいものと思いますが……改めて、一点反論をさせてください。

『目的を同じとし、ずっと一緒に戦ってきたパートナーであるマスコットの身を惜しまない魔法少女もまた、自分が知る限り存在しません』。

魔法少女のため使い捨てられるべき存在でも、ましてやオブリビオンが宣(のたま)った"装置風情"でも断じて無い」

「────────っ」


「ならば、コンジキ様もアイギスケープさんも、使い潰すなんて選択肢は、最初から自分たちに存在しません。

まだまだ配信者として若輩で何が起こるかも分からないこの先、あなた方が消える前提で動かれるのは大変困ります」


 そうして一度、すぅっと一瞬息を入れると、自分は最も大事な想いをそのまま言葉に乗せた。


「だから、何も憂えず胸を張ってください。"そうあれ"の想いが必要というならば、最後まで伴(とも)にあって欲しい、という想いこそが自分たちの"そうあれ"です」


 話しながら興奮してしまったか、少し直情的に声を張ってしまっていたことに気づき、熱を感じる頬を冷ますように息をつく。

 すると、コンジキ様はしばし顔を背けながら少しその身を震えさせたかと思うと……こちらに向き直り、自身の身体を抱きしめながら後ずさりした。


「…………っ、……もしかしてワシも攻略しようとしてる? 今からワシのルートに入ろうとしとる??」

「ちょっと何を仰っているのか…………」


 大事な場面で起こすことは基本的にないはずのパートナーが、このタイミングで起こした"発作"。

 これは多分、コンジキ様なりの照れ隠しなのだろう────そう理解した自分がいつものように流すと、コンジキ様もわはは、と笑う。


「…………ありがとうな、シラハエル殿」


 そして、最後に後ろを向きながら小さく、ぽつりと呟いた言葉に、コンジキ様からは見えないと知りながら笑いかけることで返答とし。


(…………それに)


 自分は、あえて口にしなかったもう一つの理由に想いを馳せた。


「────この世界の誰もやらないのなら自分が、"魔法少女のためだけの、魔法少女"になってやるっ!」


「────私は、みなさんに"そうあれ"と望まれ生まれた……魔法少女と、みなさんの盾となるための、人造魔法少女にして戦うマスコット、アイギスケープ、ですっ」


(彼女を見捨てることは……自分の否定だ。そんなこと他の誰が許しても、自分だけは許されない)



 密かに、だけど強く感じていた激情(シンパシー)とともに、改めて決意を強く固めていると。

 完全にいつも通りに戻ったコンジキ様が、空気を振り払うように、ぱちんっと手を叩く。


「うむ、ぬしの考えは改めてようわかった。決まったならば、次にやることは当然────」

「ええ。魔法少女たち(みなさん)に考えを共有し、協力をお願いします。

まずは第一段階、アイギスケープさんの興味と執着を、虚念の討滅だけにしないために働きかけていきましょう。

……これは申し訳ないですが、多少迷惑がられようともやめる気はありません」

「前途ある若者へのおせっかい、冷や水は年長の特権じゃのう」


 わはは、と再び笑うコンジキ様の言葉に薄く笑い返すと、自分たちはその企みを本格的に開始するのだった。

 

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