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第七十五話 そして彼女は目を開けた

ここまでが五章導入となります


◆◆◆



「エターナルシーズさん、セキオウさん。大変お待たせいたしました、お入りください」

「あ、はいー。どうもです……シラハエルさんの配信途中やったけど、まあ終わりそうな雰囲気やったしええか、あとでアーカイブ見よ」


 ソファに腰掛け、スマホを食い入るように見つめていると、スタッフの女性に少し固い声をかけられた少女、エターナルシーズ。

 返事とともに立ち上がった彼女と傍らのマスコットは、5体目の虚獣を無事討伐し終えたというところの、シラハエルの配信視聴を切り上げた。

 そのまま手にしていたスマホも預けた上で、複数の認証を要する重々しい扉をくぐる。


 彼女が足を運んでいる場所────先日シラハエルたちも訪れたばかりの協会施設。


 その中でも、ひときわ厳重なセキュリティ対策が施された部屋の中には、さらに厚い透明な壁の仕切りがあって。

 そのまた奥には、一転してありあわせで用意された"当初"のままの、シンプルな作りの瓶が置かれていた。


 そして、エターナルシーズ自身も記憶に新しい、その瓶の住人とされている黒いヘドロは。

 来客を察するともぞもぞと動いたのち、げんなりとした声を上げたのだった。


「…………なんだ、また君かよ。まあ、そろそろ来るかと思ってたけど」

「わかってたんならちょうどええわ。ルクスリアは吐いた……もとい教えてくれたで。あんたもさっさと言うこと言ってもらおうか────羨望のカタチ『インヴィディア』」



------------



 もとより、懐柔でなく捕獲だったという経緯もあり、偏愛(ルクスリア)に比べ非協力的な態度が目立った羨望(インヴィディア)。

 ルクスリアが味方となったと知ったあとは多少は口数も増えたが、それでも情報を落とすペースは微々たるもの。


 そんな中でも、戦いで苦手意識を植え付けられたからか、はたまた別の理由でもあるのか。

 彼女たちの前だけでは固い口も比較的緩む、と協会の要望で協力していたエターナルシーズ。


 そんな彼女が今回来たのは当然、先日ルクスリアから共有された新たな五つの虚念(クィンク・ネブラ)の裏取りと、更なる情報を期待してのもの。

 オブリビオンという具体名は一応伏せながらも、それを伝えられたインヴィディアは怒るでも嘆くでもなく、やれやれと薄い嘲りを声に乗せた。


「ルクスリア、ね……全く、ぼくより後に生まれ(カタチになっ)た、偏愛のいい子ちゃんは協力的だこと」

「いい子ちゃん……ってそこまで嫌そうに言うほどか? 一回はうちらと戦ったわけやし、今も全員に協力的ってわけでもないはずやし……言うたら、うちはともかく他の魔法少女(こ)らもみんなええ子やん」


 黒い泥のような物体なだけに表情は読みづらいが、それでもことさら苦そうに吐き捨てる様子に、少女は疑問を返すと。

 インヴィディアは、不服そうな声色と裏腹に淀み無く答える。


「いい子としてあれ、と愛され生まれてきた人間、魔法少女が光なのはまあ……ずるいけど普通だ。ただ、アレは虚念として、ネジ曲がった偏愛として"そうあれ"と生まれたくせに、その当たり前をさらにネジ曲げ正道にしがみつこうとした。

舗装された道を歩くばかりの君たちより、あれがいい子ちゃんでなくて、なんだっていうんだ?

全く君らは運まで良くてずるい存在だ。アレがもう少しま(・)と(・)も(・)に(・)育(・)っ(・)て(・)た(・)な(・)ら(・)、本性を顕した時にどれだけ対処できてたと思う?」

「……………………そう、やな」

「……おめえの言う一般連中の道が舗装されてるばかり、なんてのも極論ではあるがな」


 これまでと比べて、やけにインヴィディアの口数が多く、素直なものになったということ。

 そしてまさか、こいつを通してルクスリアの善性に目を向けることになるなんて、という意外さに二つの意味で驚かされた少女たちは、それぞれ消極的な同意を返した。


 そんな声色が伝わったのかそうでないのか、彼はふんっ、と息を吐くと、もう一度薄く煽るように続ける。


「一方、君たちが知っただろう虚念……忘失のカタチ『オブリビオン』は真っ当に膨らみ、その暴を振るうことをためらわない虚念中の虚念だ。

話は変わるけど、君たちはここ最近の世間を騒がせているだろう、新しいタイプの虚獣とはもう戦ったのかい?」

「変質型虚獣のことやんな? …………やったよ、一回」

「…………こんな場所に居てもその辺りまで把握してやがんだな」


 虚念の方から質問までされることに、これまでにない手応えを感じつつも、彼女が返した声は重いもの。

 その色に目ざとく気づいたインヴィディアは、少しだけ機嫌良さげに笑った。


「はは、その様子だとさすがの君でも簡単にはいかなかったようだね」

「ふん……言うてちゃんと、ソロでぶっとばしたったわ。まだあんた入りのヴァニタスとやった時のが本気やったよ」

「そりゃどうも」


(実際、十五夜跳兎(じゅうごやはねうさぎ)だけやなく、春嵐花霞(しゅんらんはながすみ)から蓮華花火(れんげはなび)まで出すハメにはなったからな……。他の魔法少女がコラボとか無しで倒し切るんは、相当大変やろう)


「さて本題だ。なんとなく察したと思うが、忘失のカタチ『オブリビオン』。やつはそんな変質型虚獣の上位互換……というか、彼らの生みの親だね。

先に言っておくと、やつはぼくの乗っ取りやルクスリアの『わたしと、あなただけ(サクラリウム・)いればいい(メウム)』みたいな特異な権能はぼくが知る限り持ち合わせていない。

ただ、変質型虚獣と同じように見た行動全てを楽しみ、膨大すぎる出力で思うがままに対処する……それで十分、やつの消費という欲望は全うできるからだ」

「……一度見た技(コンテンツ)が通じないなら、魔法少女は必然、配信上で多様な戦い方を強いられる……そうすりゃ視聴者の目を通して消費感情、つまり新鮮な忘失を稼ぎ放題ってわけかよ」

「ほんっっっまロクでもない生態しかしとらんなお前ら……」


 インヴィディアの言葉に、危機感をつのらせながら納得を見せたセキオウと、心底げんなりとした表情を見せるエターナルシーズ。

 期待していた以上の情報を得ることは出来たが、これが本当なら大変だ……と感じたところで、ふとよぎった引っかかりが少女の口をついて出る。


「……しかし、ルクスリアのことといい、今日は急にえらいいっぱい喋ってくれるやん。変な嘘ついとるんちゃうやろな? こいつあかんわってなったらうちらの判断でミキサー送りになること忘れてないやろな?」

「そんなすぐバレる嘘つくかよ……ぼくはあくまで羨望で、嘘は別に好きじゃないと以前言っただろ?

喋ったのはカタチになったオブリビオンの出力が予想以上だったからだよ。君らも気に食わないが、あいつの一人勝ちがもっと困るのは、僕の生態を見ればわかるはずだけど?」

「誰もオブリビオンを倒せないままだったら、魔法少女たちに向けられている羨望の虚念も無くなって実体が危ぶまれる……か。なるほどな」

「……ごめん、やっぱけっこー難儀な生態やなあんたら……」


 油断ならない相手とは言え、芽生えた若干の同情心とともにつぶやく少女だったが、インヴィディアはどうでもいいこととばかりにふんっ、と黙り込む。

 さすがに今日はこれ以上の情報は望めないか、と判断した魔法少女たちは、備え付けのカメラに合図を送ってこの場を締めることを選んだ。



「さて、帰る前に今ちょっとだけ……もう配信終わっちゃったかな────って、なんやこの通知の数。変な炎上でもしとらんやろ……な……────────っ」

「…………っ、っ……!? マジ、かよ……っ!!」


 そうして部屋から出て、手にしたスマホを受け取ると、彼女がまず訝しんだのは口に出した通りの、異様なほどの通知数。

 その殆どが、ミリアモールを始めアカデミーで知り合った魔法少女たちからのものであることに続き。



 魔法少女シラハエルが、オブリビオンを相手に敗北したという報せを、彼女たちは受け取ることとなったのだった。



------------



 ────『光陰の矢』……初手から強力な一撃を叩き込むのは変質型虚獣への有効策だが、私たちからしたら見慣れたつまらないもの……"興味なし"、次。

 

 ────と、獣のような動きか……一度しか見せていない切り札を早期に切る判断よし、飛行能力で放つ『青天の霹靂』を絡めた、緩急自在の立ち回りも他じゃ対処できないだろうが……大体覚えた、"悪くない"、次。

 

 ────『金華玉条』……今のは視聴者イメージを利用して、天使の輪に見立てた光輪を作って飛ばしたのか……! 獣の動きを布石にして、配信で見せたことの無い対抗策を忍ばせていた……やるよ、いきなり身体を削り取られるとは思わなかった。"いいね、高評価だ"、次はあるかな?


「…………ッッ!」


 シラハエルが送られたという、魔法少女の受け入れ先となる病院に向かうエターナルシーズ……いや、魔法少女体を解いた四季織巡。

 通知相手とのやり取りもそこそこに、移動に使った電車の中で、彼女が食い入るように確認していたのは、件の戦いの様子を映したアーカイブだ。


 ……当然、少女が最初に浮かべたのは、彼の安否に関する心配だ。

 メッセージの温度感から、深刻な怪我などはしていないと判断したが、それでも実際に目にするまでは心身両面への不安は尽きない。

 しかし、シラハエルと同格あるいはそれに次ぐ魔法少女として、彼女はあらゆる不安を呑み込んで真っ先に対策の手を進めなければ、と考えた。

 以前、虚獣の能力の影響によってアーカイブを消すことになった、ルナシルヴァのような例があるならばなおさらだ。

 本当にまずい状態なら続けてそういう情報が飛び込んできているはず……そう祈るように信じながら、巡は自らの責務を果たしていた。


「ぐ……ぎ、ぐっ……!」


 しかし、そんな鉄の覚悟をもってスマホ画面に向き合う彼女も、魔法少女体でない今ですら、両手に持つスマホを砕きかねないほどの力みを抑えることが出来なかった。

 アーカイブに映っていたのはあくまで機嫌よく、まるでショート動画をスワイプで流すかのように……憧れの人の渾身を、気軽に消費する虚念の姿。

 特に、自分の運命を大きく変えたといってもいい獣の立ち回りを、一瞬でどうでもいいものに変えられたと感じた少女は、沸騰してどうにかなりそうな感情を必死に封じ込める。


(腹立つ、許せん、ガチでいますぐにでもぶっ殺し……っ、ああ落ち着け、落ち着け……! 今うちが崩れてどうする、シラハエルさんで負けたなら、すぐ魔法少女らの防波堤になれんのはうちだけかもしれんねんぞ……!)


 さらに、普段ならこんな時に落ち着かせる声をかけるパートナーマスコットセキオウも、今回に限っては何も言わない、言えない。

 実体化せず、彼女の中からアーカイブを目に映しつつも、何事かを必死に考えることしか出来ない彼と、歯ぎしりしながら耐え忍ぶ少女。

 彼女らの心情など知るよしもなく、昼下がりの電車は、ただ静かに役目を果たし続けたのだった。



------------



 ずんずん、ずんずんと早歩きで歩みを進める少女、巡。

 鋭く細めた眼光を携え、ひたすら前だけを見て歩く少女の姿は、大の大人でも本能的に道を譲らざるを得ない。

 しかし、周りの人間が想像したそれと違い、今の巡を占める心境は、電車の中で募らせた怒りだけ……というわけではなかった。


「…………っ」


 早く行かなきゃいけないのに、病院に着くのが、怖い。

 結局最後どういう形で負けたのか、彼がどういう状態で病院にいるのか、確認する前に目的の駅に到着してしまった。


 それに、仮に五体満足で居られたとしても、彼が魔法少女として敗北したのは今回が初のはず。

 大人で責任感が強く、視聴者たちや界隈からの期待も相応にのしかかっていた彼が、この敗戦で受けたショックは尋常なものではないだろう。

 もしかしたらこの一戦で張り詰めていた糸が切れ、それこそ先日悪夢で見たばかりのような引退という道を選んでも……誰も責めることなんて出来ない、とすら少女は思う。


「────っ!!」


 それでも、とブンブン頭を振って弱気を追い出すと、いよいよたどり着いた病院に入ると同時、覚悟を決める。


(魔法少女(ほかのこ)らも先に病院(ここ)着いとるはず……もしかしたら一緒にお通夜みたいな雰囲気になっとるかもしれん。

ならうちがしっかりして、戦うモチベを取り戻させたり、手段の一つ講じるぐらいの真似してみせんなあかん……! 今まで散々メンタルケアしてもらってきた、うちが……!)


 そうして、彼女は院内ということで速度を緩め、事前に聞いていた番号の部屋に向かう。

 魔法少女用ということで、他の患者が寄り付かない階層にあるその部屋へ、彼女は意を決して足を踏み入れ────



「────と、ここまでが初回の戦闘で得たオブリビオンの特徴となります。まずはこちらの考えの前に……何か打てる手の案はありますか?」

「はいはい、やっぱりいにしえからの超最強戦術、ここにいるみんなで囲んで棒でぶっ叩くのが一番確実ですわ~~!!」

「んー……普通の変質型ならそれで十分すぎるけど、ママの配信で見せた対応速度なら、生半可な攻撃は逆効果になりそうね。反撃で魔法少女がリタイアしたら感情にも悪影響出ちゃうし……」

「逆に、前のルクスリアさんの時みたいに、一人の配信にみんな集まってもらって魔力を注ぐとかは出来ないかな? 天使様とかエターナルシーズさんとか、もちろんやれるなら私だって……!」


「────もう対策会議始まっとるーーーッッ!!?」


 少女の心のままのツッコミは、幸い他の利用者がいないそのフロアに響き渡ったのだった。



------------



「エターナルシーズさんまで。わざわざありがとうございます、ご心配をおかけして申し訳ございません。

────ええ、そうですね、もちろん負けたことは残念ですが……念のため検査も受けましたが特にダメージや影響はありません、問題ありませんよ」


 合流してからすぐ、まずは大事ないかの確認を入れた少女に、笑いかけたのは魔法少女シラハエル。

 関わりの深い魔法少女たちが詰めかけて来ている、ということもあって、自身も変身しているその姿は、少女から見ても平常通りのそれだ。

 まずはその事実に少女は胸をなでおろすとともに、改めて周りの様子も見渡した。


(セレスティフローラにフローヴェール、ミリアモールもおんねんな。みんなも大丈夫って聞かされたからか落ち込んだりしてへんみたいや……け、ど)


「他の虚念みたいに変な能力無しで強いってのが問題なのよね……ダメージも通ってたけど、だからこそ正面から上回る必要があるって思わされる。視聴者からのイメージもそう固まってると、次はもっと強くなってるかも……ああもうっ、面倒なやつねほんとに」

「そうだねフローヴェールさん。配信とかで出した技は学習されるっていうなら、本当なら今すぐにでも倒しきりたいんだけど……っ、天使様との戦いを切り上げた時、『また対策を積ませて消費を楽しむ』みたいなこと言ってたよね。危機感を煽るのが目的だったなら、しばらくは現れないってことなのかな?」

「ど~せ、んなこといって、実際はおじさまの次の手あたりでワンチャンやられそうってビビってたに決まってますわ~~! お望み通りもっと殴る手段持ってけば問題なしっ!! エターナルシーズ様もそう思いますわよねっ!?」

「お、おう……?」


(なんか……みんなちょっとだけ、血の気多いような……? まあ、シラハエルさんやられたらそうもなるん……か?)


 自身もあの虚念にヘイトを向けている自覚はあったが、それでも眼の前の少女たちがいつもより早口で話し合う……強い剣幕すら感じさせるその様子は、彼女にとっても意外なもの。

 魔法少女体でない今、戦闘狂などと呼ばれながらも素の部分を覗かせた少女は、無意識に安心を求めるかのように大人のもとへ身を寄せる。


「いやぁ……みんな前向きっていうかすでにやる気すごいですね。うち時間なくて、配信の戦いんところだけ飛ばし飛ばしで観たんですけど、みんなは全部観たんですか?」

「ええ、そうみたいですね。みなさんもショックはあるでしょうに、気丈に意見を出し合う姿に、大変助けられています」


 やはりというべきか、そんな彼女たちを一歩引いた大人な目線で見守っている、あまりにも平常通りな姿に少女は息をつきながら続け────


「良かったです、配信や活動に影響出るような変なことにもならんかったみたいで。マスコットの子らも静かですけど、裏でみんな対策と、か────ヒュッ……!」

「────────ッ。……ええ、配信も大きな影響はありません、対策もこれから進めていきますよ」



 ────そして、ほんの一瞬だけ。

 彼女の鍛えられた動体視力で注視して、ようやく気づけてしまったほどの刹那の時間。

 眼の前の大人が、魔法少女シラハエルが……獣となって戦ったときともさらに違う、明確かつ強烈な怒りを宿した目で虚空を見つめたところを、彼女は目にしたのだった。



------------



 マスコット、コンジキは夢に見る。


 人々のため、魔法少女たちのため、"そうあれ"と生まれた自分たちが、その本分を果たせる日を。

 人間の身で、たくさんの重荷を背負う魔法少女たちの、その誰もが健やかに笑って暮らせる未来を。


 その未来のためなら、我が身を惜しむマスコットなどコンジキが知る限り存在しない。

 だから、その身に至らぬところはまだあれど、それでも『魔法少女の役に立つ自分であれること』は彼らの誇りであり……存在意義そのものだった。



 ────ガガガガガッと、暴力的なまでの弾幕音が響き渡る。

 以前、虚飾のヴァニタスが手を網のように伸ばしたり、羨望のルクスリアが竜の顎(あぎと)のような手をカタチづくったように。

 初邂逅のその日、忘失のオブリビオンがシラハエルを相手に取った手段は、大小さまざまな武器を模しての銃撃戦だった。


「~~~♪♪♪」


 鼻歌交じりに二丁拳銃をリズムよく打ち切ったかと思えば、身の丈に合わないガトリングガンを片手に構える。

 天使の羽に弾幕を防がれていると見るや、強烈な貫通力を伴うライフルで狙撃を始め、危険を悟ったシラハエルが回避行動を取るとバズーカで広範囲を薙ぎ払う。

 

 そうして打ち出された弾も、武器のカタチを構成するのも全ては無尽蔵の魔力からなるもの。

 ぽいっ、ぽいっ、ぽいっとばかりに気軽に躊躇無く、腕ごと切(・)り(・)捨(・)て(・)ながら、気まぐれに振るわれるそれらは。

 中堅以下の魔法少女なら、そのうちの一発だけで為すすべ無く破壊されかねない暴力の嵐だった。


 …………そして、それら弾幕すらも、オブリビオンの本命というわけではなく。

 体勢が崩れたシラハエルのもとに、腕を切り離しながら身軽となった虚念が、一呼吸で間合いを詰め一撃を放つ。


「────ッッ!!」

「っ……忘失のカタチ『オブリビオン』……! ぬしの虚念は、このような戦いの中でしか満たせぬものなのかっ!? 何も血みどろの闘争だけが視聴者が望んだ楽しみでもあるまいっ! ならば────」

「強い相方が珍しく苦戦して焦ったか、何か勘違いして出しゃばっているのか────どちらにせよ、黙っててくれるか?」


 爛々と目を輝かせながら戦いに臨み、今シラハエルの腹部に強烈な掌底を叩き込んだ彼ないし彼女が。

 次にマスコットコンジキを見下ろした時の目は……一転濁った、ただただ価値のないモノを観る蔑みに沈んだものだった。


「どんな弱い魔法少女より、変哲のない人間より、お(・)前(・)た(・)ち(・)マ(・)ス(・)コ(・)ッ(・)ト(・)が(・)一(・)番(・)つ(・)ま(・)ら(・)な(・)い(・)。ただ"そうあれ"と望まれた役割にすがって、裏でちょろちょろ動くだけの装置風情が、私たちの時間を取って食おうなどと────ッ!?」


 そう、吐き捨てるような言葉の途中、反射的に身を捩った虚念の背面を、光輪がえぐり取る。

 思わずオブリビオンが目を向けた先、そこにいた天使の魔法少女は、咳き込みながらもギラリと見上げた。


「『金華玉条』。……っ、ふぅ、遠距離攻撃は光陰の矢だけでは、ありません、よ。……けほ、あなたの虚念としての権能はイマイチ分かりかねましたが、戦闘中につまらないブーメランを投げるのがそうなのですか? ……そうあれという虚念(おもい)に押され襲ってきた口で、ずいぶんな言い草に思えますが」

「ふふ、ははっ!」


 コンジキの前に出るような位置を取ったシラハエルの、疲労を滲ませながらも彼本来の激情を滲ませた口ぶりに、もう一度オブリビオンの表情が喜色に染まる。

 感情の昂りにあわせてぎゅるぎゅると高速で仮面を回しながら、彼は今の一撃……金華玉条と呼ばれたそれを分析し、称賛させられた。



 その後も、猛攻……インヴィディアが口にした通り、特殊な権能に頼るでもなく、ただただ肉体スペックからなる弾幕と身体能力のゴリ押しで。

 オブリビオンはもちろん、それに耐えるシラハエルも、コンジキを気にかける暇など無い激しい戦いが展開され────


「……うん、さすがにここまで、だな……ふぅ、悪くない、初戦ながら十分な戦い(コンテンツ)だった」


 突如、ふっ、と身体の力を抜いた虚念は、周囲の仮面も緩慢な動きに戻すと、一度だけ大きく息をついて見下ろし、告げる。


「これで分かったように、あなたたち"魔法少女はこのままじゃ私たちに勝てない"。要求は一つ、死ぬ気でコンテンツを増やして、磨いて備えること。

しばらくしたらまた来るから、一緒に楽しませてくれるうちは、他の魔法少女の命も保証しておくことにする。理由は当然、炎上され尽くしたら困るからだ。

とはいえなんの進歩も見られず、消費の価値すら無くなったら────まあ、あなたならわざわざ言う必要はないか」


 そう矢継ぎ早に告げると、用事を済ませた嵐のような虚念はすんっ、とした無表情をカタチ作ってから姿を消し。

 後には、見上げながらも何事かを深く考え込むシラハエルと、うなだれるコンジキが残されていた。



------------



 そして、今。

 病室へ駆けつけた魔法少女たちも解散し、検査のためと残った、シラハエルとコンジキ。

 事後処理に追われるマスコットは、PCの小さな打鍵音を鳴らしながらも、激戦を終えたパートナーをちらりと横目で見やった。


 魔法少女体のままで目をつむり、一定のリズムで深呼吸をしながらストレッチをするシラハエル。

 思考に集中しているその様子は、これまでも何度か見たものであり、敗戦の直後と考えるとあまりにも平常通りすぎるように思えたが、その内心までは果たしてどうか。


 ショックを受けていないか今すぐ問いかけるべきか、今日はそっとしておくべきか。

 そもそも今日の敗北を経た世間の反応はどうなっているのか、どうすればあのオブリビオンに対し有効な手立てが打てるのか。

 事後処理で手一杯だからと後回しにしていたそれらは、本当は恐ろしくて直視できなかっただけなのではないか、と。


 今、コンジキはここ最近の無力感と、オブリビオンに突きつけられた"そうあれ"という在り方もこなせなかった、アイデンティティの揺らぎで。

 おそらく、パートナーのシラハエル以上に平常通りでいられていない、という自覚を持っている。


(…………っ! 情けなし、自己憐憫に酔っておる場合か、命をかけて戦っているのは魔法少女たちなんじゃぞ……っ!)


 それでも、これまで自身を成り立たせてきた魔法少女のための存在としての矜持から、まずは自身がやるべきことをこなすことに集中しよう、と目を向け────


「っ……なんじゃ……? セキオウたちからメッセージ……『すぐみろ』? これは、配信URL……?」

「?」


 小さく呟いたセリフとともに、何事かと一緒にPCを覗き込むシラハエルとともに、コンジキは送られたURLを開く。



 ────映し出されたそれは、一人の魔法少女の戦いの佳境、という場面だった。



 戦い方として目がつく特徴は、生成された巨大な盾を用い、攻撃を受け止めては魔力弾や光線を放つ堅実な戦いぶり。

 かと思えば、小柄な体格ながら果敢に虚獣の懐に潜り込み、盾での殴打を含めた打撃戦を行う引き出しの広さも惜しげ無く見せる。

 戦いは一進一退ながら魔法少女が優勢に見え、配信をつけていることからコメント欄も驚きの声を送っていた。


「なっ……ぁ……!?」

「っ…………!!」


 しかし、コンジキたちが驚愕に目を見開いた理由は、戦い方とは別に二つある。


 一つは、彼女が単身相手にしているのが、強力な変質型虚獣であるということ。

 そしてもう一つは、その姿がつい先日まぶたに焼き付いた姿と酷似しながらも、それとは少しだけ違っていた……新人魔法少女だった、ということだ。


 リスナーたちは一体何者かという困惑とともにただ沸き立つが、当然彼らは彼女を知るはずもない。

 淡く、柔らかそうな植物をイメージさせるペールグリーンの髪に、今は初めて見た時には確認出来なかったヤギのようなヒツジのような二本角をクリンっと生やし。

 以前のシンプルなワンピースとは違う、修道女をイメージさせる服装ながら、頭に被るウィンプルはつけずに、肩を覆うケープをなびかせる少女。


 まさかこの子は、とコンジキが頭に浮かべた瞬間、直前の行動に対応した変質型虚獣が、これまでに無い動きを見せると、突如少女の華奢な左腕に食いついた。

 一転、重傷を負わされたと悲鳴を上げるコメント欄に押されるように、まずい、とコンジキも口にし────


「いえ────」

「────大(・)丈(・)夫(・)、(・)で(・)す(・)」


 シラハエルが半ば確信をもって呟いた直後、引き継いだような少女の呟きとともに。

 するっと切り離された手首が、以前セレスティフローラが魔力花で行ったそれのように。

 バチバチと音を立てながら発光すると、虚獣の口の中で大爆発を起こした。


 そして、変質型虚獣の消滅を確認すると、唖然とするコメント欄と、配信の前の視聴者たちに向け。

 A.E.G.I.Sの素体を動かす"ナニか"は、眉一つ動かさずに身体の再構築を進めながら、口を開く。


「みなさん、はじめまして。……えっと、私は見ていただいた通り、普通とは少しだけ違う魔法少女です」


 そう名乗りを上げて一旦切ると、これまでの激しい戦いぶりからは一転、ふわりと包み込むかのような柔らかい笑顔でもって。


 少女は、宣(・)戦(・)布(・)告(・)を(・)叩(・)き(・)つ(・)け(・)た(・)のであった。



「私は、みなさんに"そうあれ"と望まれ生まれた……魔法少女と、みなさんの盾となるための。

そして何より、忘失のカタチ『オブリビオン』を討滅し、この世から消し去るための────人造魔法少女にして戦うマスコット、アイギスケープ、ですっ」



◆◆◆


本日、書籍版『魔法少女はおとなのつとめです。2』が発売されました!

一巻に引き続き書き下ろし特別編エピソードもあります

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更新お疲れ様です。 なるほど…計画の『成れの果て』だった存在は、自身の存在と『成れの果てのその先の未来』を確立して新たな魔法少女として新生した訳ですか。頑張れアイギスケープ! それでは今日はこの辺…
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