第六十三話 承認欲求濃いめ魔法少女 音無 映(おとなしはゆ)の場合
あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いいたします
★★★
「ふっ……!」
「────────ッッッ!」
鋭く吐いた息にあわせて、銀色に光る刀を振り下ろす。
魔力によって自在に振動することで威力を増す私の武器は、手足が妙に長い人型の虚獣に吸い込まれ、右腕を切断させた。
苦悶なのか怒りなのか、虚獣の感情がどういうものかまでは判別がつかないけど、激しさだけは伝わる咆哮が場を支配する。
「……それやめて」
すかさず私は対抗するように刀を振動させ、キィィィンという澄んだ金属音を響かせた。
<いい感じ>
<今日もがんばってるなエコーズ>
<虚獣焦ってるよーいつも通り着実にいこう>
<威勢のいい声が響いてますねぇ~~!! なんと言ってるかは暗号みたいで聞き取れませんけど>
<このキィィンって音いつ聴いても落ち着く なんか虚獣は苦しむし>
「よしよしっ、今日も聴いてるし効いてるわぁクオリアエコーズ。このまま決めちゃいましょうよっ!」
「ん……もちろんわかってるよ、ハイドル」
私の横で、ぷかぷかと空を泳ぎながら気勢を上げるのは、灰色のイルカのようなマスコットハイドル。
彼女の言葉とコメントに後押しされた私は、刀を一度鞘に納め、集中を開始する。
「…………ッッ!!」
直後、音の影響が抜けてきた虚獣がふらつきながらも私に向かって襲いかかる。
まだ魔力を溜めきっていないタイミングに二度三度と打ち込まれる打撃を、私はなんとか身体をよじり、ステップを踏んで避けきる。
<こいつ復帰早いな、大丈夫か>
<攻撃重そうだな、気を付けて>
<回避できてるよ、落ち着いていけるいける>
「……っ」
脳内に流れるコメントに、心配と焦燥が混じったことに内心舌打ちをしたあたりで。
溜めが完了し、鞘越しに銀色の光が輝き出したのを見たのか、虚獣が大きく振りかぶった攻撃をしようとしたところを、一閃。
魔力制御により、完全な無音から解き放たれた居合斬りは、虚獣の身体を両断すると同時にギィィィンと大きな金属音を打ち鳴らす。
<おおおおお>
<かっけえ>
<やっぱ絵になるなあ>
<よく頑張った>
「…………見てくれてありがとう。みんなの協力で倒せたから配信はここまで、お疲れ様」
「みんなぁ、ありがとうね~良かったら配信の感想とか、どんどん呟いちゃってねぇ~~」
────ぷつんっ。
いつも通りの定型挨拶に、いつも通りの労いのコメントが来ることを確認し。
私は、その日の討伐配信を終えたのだった。
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【銀髪日本刀魔法少女】クオリアエコーズを語るスレ PartX
43 名無しさん@魔力炉
今日も安定してたな討伐
44 名無しさん@魔力炉
虚獣の音耐性上がってきた? ちょっとひやってする場面はありましたね
45 名無しさん@魔力炉
カワイイし絵になるけどいつもソロだよなエコーズ、コラボとかしないのか
46 名無しさん@魔力炉
エコーズは孤高に戦う努力型魔法少女だよ
そう言う浮ついたことしない
47 名無しさん@魔力炉
今回の配信で初めて見たんだけど、戦い方かっこいいですね
虚獣相手にも一人で落ち着いて戦えてるし、才能感じる
48 名無しさん@魔力炉
才能なんて軽い言葉でくくるなよ
エコーズに限らず頑張ってる魔法少女は苦労と努力を重ねてるんだ
49 名無しさん@魔力炉
せっかくの新規さんにあまり当たり強いのはやめようね
これから一緒に彼女がどれだけ努力してるかも楽しもう
50 名無しさん@魔力炉
結果出してる子を天才って言っちゃうのは簡単だけどやっぱり俺達だけでもちゃんと頑張りみてやらないとな
『いやエコーズは才能があると思うし、そういうこと言われても不快に思うような狭量な人格では|』
「……………………はぁ」
…………配信後に日課で覗いている、自身のことを語るスレッドで。
思わず書き込んでしまいかけた文章を消しながら、ため息をつく。
「…………いっそ書き込んじゃえば? 変なこだわり抱えるよりはその方が楽かもよ」
「……………………やだ。ていうか画面覗くのやめて、ハイドル」
見られた上、マスコットたる相方にまで自演を勧められたという事実に。
さすがに羞恥心が追いついた私は、僅かな頬の熱を感じながら立ち上がる。
そうして部屋にある鏡の前に立つと、映ったのは仏頂面を浮かべた一人の少女……本名音無映、魔法少女名クオリアエコーズ。
ヘッドセットのような大きめのアクセサリーで飾ったナチュラルショートの銀髪に、形の整った切れ長の目、赤い瞳。
振動波形を模したような青い幾何学模様が走るモノトーンの衣装。
スラリとしながらも整っている(はずの)シルエットは、おそらく同年代に比べて大人びた印象を相手に与えるだろう。
……客観的かつ控えめに見ても、見栄えで損をするようなビジュアルではないはず。
配信中、戦っている姿に『絵になる』『華がある』といったコメントをもらったことだって何度もある。
配信頻度は魔法少女の中では多い方だし、討伐も……さすがにエターナルシーズあたりの一線級とまでは行かなくとも、貢献は十分していて。
おかしな炎上やトラブルを起こすこともなく、視聴者数は右肩上がりになっていた。
そんな頑張りの甲斐あって、少なくとも現状普通の虚獣を討伐するぐらいの魔力には全く困っておらず。
私よりももっと苦境にあるだろう魔法少女のことを考えれば、十分恵まれている……中堅程度の立ち位置にはなれている、と言えた。
…………そう、中堅。
配信者としての成長も鈍化しており、コメントをする人も……おそらく掲示板に書き込む人も見慣れた"イツメン"になっていて。
沈むことも浮かび上がることも無い、黙々とソロ討伐をする姿を固定の視聴者相手に見せ続ける、職人気質の努力型魔法少女。
それが、今のこの界隈におけるクオリアエコーズの立ち位置だった。
「……足りない。反響も、褒め言葉も。そもそもカワイイ、見栄えのいい魔法少女なんて…………っ、他にもたくさんいる」
見栄えのいい魔法少女と口にした瞬間、思わず一人の金髪の魔法少女のことが脳裏によぎり、苦い顔で頭を振って追い出す。
そんな私の様子を見て、ハイドルはため息とともに口にした。
「十分愛されてるし胸張っていいと思うけどねえ。努力してるって言われて嫌がるのあなたぐらいじゃない?」
マスコットとして普通と言えるだろうその言葉に、常々考えている持論が私の口からスラスラと展開される。
「……そもそも、天才と言われて気分を害す人の気持ちがわからない。
努力なんて大なり小なりあって当然、わざわざ褒められなくてもやった分は自分で認識ってる。
それより、形の無い才能を認められる方が遥かに希少。他の人がいらないって言うならその分私の才能褒めて」
「…………前も聞いた気がするけど。そこまでちゃんと希望があるのなら、配信上で表明とかしたら……?」
じっとりと眼を細めて指摘したハイドルの言葉にも、私はやれやれと言わんばかりに首を振りながら、希望を返した。
「それはダメ。一度でもそれを言うと、私を喜ばせるためにって考えで言うようになる。
同じ理由で技名とかも決めて無いしファンアートがほしいとかも言ってない、そういうのは自発的にやってほしい。
一番ほしいモノは養殖じゃなくて、天然じゃないと意味がないの」
「ほんっと、七面倒くさいわぁうちのマスター……」
概ねいつものやり取りではあるが、うなだれたハイドルから届いたニュアンスは、いつもより少し険しいと言うか……何かの覚悟を感じるようなもの。
もしかしていよいよ見捨てられたのでは? という不安を自覚すると同時、私は弁明を口にする。
「も、もちろんコメントのみんなにも感謝してる……というか、見てくれるみんながいなくなったら死ぬ。少なくとも魔法少女なんて絶対やれてない。
……ああいや、別に見られたいってだけじゃなくてみんなを守るためにって理念は分かってるつもりで、ええと……」
「…………そういう弱みもちゃんと配信で映せるようになれれば、話は簡単なんだけどねえ……」
何やら小さく呟かれた相方の言葉は、あたふたと続く自分の声にかき消されてよく聞こえない。
気になって聞き返そうとする前に、パンっと両手……両ヒレ? を叩いた彼女は、気を取り直したように言った。
「まっ、いい加減このままじゃあなたも辛いだろうし、考えていたことを始めるとしますか。
悪いけど次の企画はこのアタシ、ハイドルが全面的に決めさせてもらうから。心構えだけはしておいてねぇ」
ヒレを口に当ててきゅいっきゅいっと笑いながら口にしたその言葉。
さっぱりとした口調ながら、どこか有無を言わせない圧を感じた私は、小さく返事をして待つしかなかった。
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「企画の話。前に一度提案した"アレ"が出来るなら話が早いんだけど……まだ無理?」
数日後、魔法少女としての活動日に、さあどういう企画で動こうかというタイミングでのハイドルの問いかけ。
私は思わずうっ、と声を詰まらせる。
「……ハロウズアカデミーに参加するっていうやつ……? それは……その、さすがに……いや、企画はハイドルが決めるって言ったけど……ええと」
「あーごめんごめん、アタシもいきなりそこまでやれとは言わないわぁ。あなたからしたら、行きたくない理由もちゃんとあるんだし」
────ハロウズアカデミー。
"色々と話題"な魔法少女シラハエルが主催する、魔法少女を育成するための新しい試み。
そこに入るということは、私が評価されたい才能よりも、努力という側面を強く見られるということで……どうしてもためらう気持ちはある。
ただ、そんなことよりも遥かに大きな問題は、当のアカデミーに名を連ねている……一人の魔法少女の存在だ。
その魔法少女の名は、フローヴェール。
彼女……私よりも一日遅れてデビューしたほぼ同期と言っていい魔法少女は。
視聴者の需要にこれでもかと向き合うようなキャラクター性、私の銀髪と対になるようなキレイな金髪、宙を舞い三次元的に戦う華麗な立ち回り……
と、地べたで黙々と仏頂面で戦う私が持っていないような、"華"全部を持っており、あっという間に上位層に飛んでいった。
そんな彼女を、コメントや紹介記事なんかが時折形容する言葉、それは────天才。
彼女の存在を意識してから、私はずっと比較をしてきた。
純粋なフォロワー数や配信後の感想ポストの数……勝てない。
総配信時間あたりのフォロワーの増え幅……勝てない。
一時間あたりの平均コメント数……勝てない。
配信の空気感が違うから、リスナーとの向き合い方が違うから、戦闘スタイルが違うから、ビジュアルが違うから。
ありとあらゆる理由付けから、ありとあらゆる条件で自分は負けてるんじゃなくて差別化をしてるんだ、って根拠を探して。
最後は、応援してくれているリスナーのSNSを見て、どういう職業なのかだとか収入は……だとか考えそうになった自分に気づいて。
吐き気を催す自己嫌悪に、比較の不毛さを悟った。
それ以来、私の努力は彼女の配信や数字は意識して目に入れない、という方向に切り替わった。
……多分、向こうからしたら私など認知すらされていないだろう。
そんな私が今さらハロウズアカデミーに入ったらどうだ。
(フローヴェールの後追い……どころか、講師としてやっていけるような実績も経験も無い私は、仮に参加出来たとしても彼女の生徒止まり。
ましてや他にもいっぱい人が居て、関係性が構築されてるところに飛び込むなんて、そんなこと出来るならもっと積極的に色々やってるっ……!)
無理、さすがに無理すぎる。
リアルやSNSで友だちづくりが苦手な私でも、もしかしたら見てもらえるかも……なんて。
きっと誰よりも浅い動機で始まった魔法少女が、そんな状況で続くわけがない。
「────はいはい、そんな注射打たれる前の子犬みたいな顔しなくても、そこまでのハードルを超えろなんて言わないから。今日の企画の説明をするわぁ」
思考の渦に陥った私を引っ張り上げるように、ハイドルから声がかけられる。
子犬扱いに言いたいことはあったけど、今の気分を切り替えさせてくれるなら、と無言で頷いて続きを待った。
「と、言ってもこのまま同じような活動をするだけじゃ、あなたの望みが叶わないのは事実……テコ入れはどのみち必要よね。
そんなわけで、今日は────クオリアエコーズ初の、コラボ配信をしちゃいまーす!」
「ぅ……ちょっと予想してたけど、やっぱりやるんだね……」
自分としてもこのまま同じファン層に閉じたコンテンツを提供するばかりじゃ厳しい、というのは分かっていた。
ただ、そこまで理解していながら躊躇していた理由もあるわけで、一応考えのすり合わせという体でぶつぶつと反論する。
「ただ……どうだろ、今見てくれている人は私が寡黙で真面目なスタイルだから気に入ってくれているかもだし……こう、ブランディング? っていうの?
普通の魔法少女がやるような企画に迎合するのって、裏切りみたいに思われないかなって……」
「まあ、確かにソロだけじゃないと嫌だって。こうして一人で黙々と戦うクオリアエコーズだけが理想なんだってファンも中には居るかも知れないわぁ。
でーもー? そもそも現状が理想じゃないってあなたの想いが第一にあるわけだし。なら、ファンの方があなたのステップアップに合わせるべきよ。
あなたは何も悪いことなんてしてないんだから」
「……っ!」
ゆるく、どこか達観したような言い方をすることが多かったハイドルが、珍しくピシャリと言い切ったことに息を呑む。
少し気圧された様子の私に気付いたのか、それに、とまたゆるく笑うとPCを操作し始める。
「それに、真面目とかブランディングっていうのも過度に気にする必要は無いわぁ……これ、見て」
ハイドルが見せてきたのは、普段私たちが活用している配信サービスのトップ。
視聴者数上位だったり、注目度が高い魔法少女の配信タイトルがずらりと並ぶ様を、私は目にする。
タイトル:【コラボ回】すみません、突然ですが本気でママ欲しいので募集します;; TS魔法少女 金髪 ヤンママ
タイトル:たまには家族サービスしろと言われました。討伐配信コラボ /Withフローヴェールさん
タイトル:【おしゃべり枠】そういえばソロ雑談とかしたことないですわ~~~【話のネタ全部募集】
「ほら! 基本真面目系でやってる人だって、時にはみんなが喜ぶならってフザケるものなの! 魔法少女シラハエル、知ってるでしょ?」
「た、たしかに……コラボ相手のフローヴェールにタイトルの空気合わせてる……実際配信観ても、全然荒れてない……」
フローヴェールの配信には意識して焦点を合わさないようにしながらも、私は確かにと頷く。
コラボにこそ積極的だが、本人の方からこういうネタを出すイメージが無かった……密かに目標の一人だった魔法少女の"あそび"は、私にとっては中々に衝撃的なものだった。
「わかった……約束もあるし、とりあえず一度試してみる……それで、コラボ相手は? …………まさかフローヴェールじゃないよね……?」
「彼女は見ての通りコラボ中でしょ、別の子よ。……ただそうねえ、相手はあえて言わないわ。現地で直接絡むから、早速出る準備してねえ」
有無を言わさない様子に準備を進めていると、ハイドルが何事か小さく呟いたのを感じながら。
私は、流れに追い立てられるように外に飛び出したのだった。
「さて……ある意味虚獣より手強い相手、"承認欲求"。この子とのコラボで、攻略の糸口ぐらいはつかめるかしらぁ?」
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────相手のことを知ったら変に意識してキャラを作ったり、いらない気を回すでしょ、せっかくの機会なんだからあなたも普段と違う姿の一つぐらい見せてみなさいな。
当事者の私に事前情報を伏せられたことに、なんで、と問いかけてスラスラと返された言葉。
それで大丈夫なのかと不安になりながら魔法少女用道路を駆けると、ハイドルから少し緊迫した声が投げられる。
「……っ、合流後に虚獣討伐に行く予定は変更。すでにコラボ相手と虚獣の交戦が始まったわ、急ぎましょ」
「わかった。戦闘スタイルは普段通りでいい? 相手に合わせる必要は?」
「っ……! 大丈夫。支援と防御が得意な子だから、あなたの攻撃がメインになるわ、あとは────」
「十分。加速するね」
攻撃が得意でないというのなら、すぐ倒されはしないまでもジリ貧になっている可能性がある。
必要な情報は得たと、会話のリソースも惜しんで加速した私は、何やらハイドルが満足気に頷いているのを横目で見た。
その真意はわからないが、ともかく今は────とたどり着いた場所は、廃ビルが立ち並ぶ再開発地区? の一角。
まだ日が沈んでいない時間帯にもかかわらず、妙な薄暗さを感じるその場所をよく見ると、何やら不自然な霧が立ち込めていた。
「その霧はコラボ相手の能力よぉ、魔法少女には無害だから飛び込んで大丈夫」
「……この霧……う、うん、わかった」
この霧、どこかで見たことが……というか知ってる気がする。
そう記憶の片隅に引っかかった光景に、ハイドルに言われるまでもなく私は飛び込む。
そうして最初に目についたのは、今まさに巨大な鎌のようなものを一人の魔法少女に振り下ろす、フードを被った死神を思わせる歪なシルエット。
とっさに鞘から抜き放った私の刀は、重量感ある鎌と真正面からぶつかり合い、ギィィンッと甲高い音を立てた。
武器の両断こそならなかったが、予想外の衝撃に体勢を崩した虚獣を横目に、魔法少女の無事を確認する。
「え、あ……!」
「あ……来てくれたんだーありがとう。クオリアエコーズちゃんだよね、はじめましてー」
虚獣との戦闘の只中でありながら、どこか気の抜けたような話し方でその人物はにへらと笑う。
大きな一つの三つ編みで括られた黒い髪を揺らし、先端の丸いオーブに三日月のような文様が刻まれた杖を両手に持った小柄な魔法少女。
「ルナシルヴァって言いまーす、今日はよろしくお願いしますねー」
「────っ、……」
フローヴェールとも関わりが深く、フローヴェールとシラハエルの初コラボで救われたという話題性もあって。
私がおそらく一方的に認知していた魔法少女が、その名を名乗ったのだった。
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