第六十二話 おとなのふゆでぇと 後編
────良かったら、ミリアと呼んでほしい……上目遣いに、けれど精一杯の勇気を込めて伝えられた、少女の言葉に否と言う理由は自分にはない。
「ええ、もちろん。それでは、本日はよろしくお願いします、ミリアさん」
「は、はいっ! よろしくお願いします、シラハさん!」
名前を呼ばれただけで、ぱあっと花が咲くように少女は表情を輝かせる。
が、次の瞬間には思い出したように、眉根を寄せた……少しだけ罪悪感のようなものを感じさせる表情になり、息を潜めて口にした。
「早く会えたのは嬉しいけど……トラブル? で予定より早く帰っちゃったフローヴェールさんにはちょっと悪い気もしますね……それに、エターナルシーズさんも来たかったと思いますし」
「ああ……いえ、ミリアさんが気にされることではありませんよ」
エターナルシーズさんにもコンジキ様は打診したようだが、『まだ無理! 普通の遊びのコーチングなんてうちがしてほしいぐらいや! 次までに研究するから待ってて!』と。
彼女らしい妥協の無さを感じさせる回答が、マスコットセキオウさん経由で返ってきたとコンジキ様はおっしゃっていた……どういうやり取りがあったのか、何故か目頭を押さえていたが。
ともかく、今は眼の前のことだと意識を戻すと、少しだけ悩んだ様子を見せた少女が、おずおずと提案する。
「それなら……もしシラハさんが良ければ、フローヴェールさんが行く予定だったという場所……ゲームセンターから行ってみませんか?」
「ゲームセンター、ですか?」
「はい、私もそういう場所にあまり行ったことがないので、いきなりコーチングからは外れちゃいますが……一緒に勉強するとかもいいかな、なんて……」
もちろん、生徒役として来ているこちらとしても何も問題無い。
彼女に連れられながら、お互い不慣れな足取りながら、近場の電子音と極彩色の光の中に踏み込むことを選んだのだった。
「……っ、と……」
「……ラハ……ん……シラハさん、大丈夫ですかっ?」
入ると同時、一瞬鼓膜を震わせた音にくらっと意識を揺らされる。
ミリアさんも自身が思っているよりも大声を出さないと届かないことに気づき、普段より大きく口を開けて自分に声をかけていた。
「ええ、もちろん大丈夫です。失礼しました、思ったより大きな音だったので面食らってしまったようです」
「そうですよね……びっくりしちゃった、中に入るとこんな感じなんですね」
……実際のところは、魔法少女体で過敏になりがちな聴覚に、この音は中々強烈なものがあったが。
身体強化に使っている魔力の調節で、聴力を一般人に近いレベルに調整することで事なきを得る。
魔法少女体でない彼女と同じ体験をする、という意味でも大事なことだ。
さてどれから試してみようか、どうせなら二人で協力しながら出来るものなどが良さそうだが……と視線を回していると、ミリアさんの方から提案してきた。
「ルール分かりやすいやつがいいですよね……あ、このワニを叩くやつとかどうですかっ!」
「こ、これまだあるのか……Rとかついているが……」
あまり遊びに詳しくない自分でも知っているアレが、未だに現役だった衝撃に思わず一瞬口調が崩れる。
すぐに首を振って気を取り直すと、ひとまずミリアさんが遊ぶところを見てみることにした。
「っ、と……ここ……うん、いけるっ! ……あ、ちょっと早……こっち……! …………………………!!」
最初のうちはこちらをチラチラ見ながら楽しむ余裕もあった彼女。
しかし、レベルアップということで速度が増してからはだんだん口数が減り。
ついには無言で息を切らせながら一生懸命ペシペシとハンマーを振るっていた。
彼女の魔法少女としての武器もハンマーだったが、流石にサイズも何もかも違うこれでも同じように振り回すとは行かないようで。
ゲーム自体に不慣れということもあってか、終始微笑ましさを感じるプレイのまま、少女はゲームを終える。
「ふぅ、はぁ……これ出来てたのかな……いや、全然ダメっぽいですね……次はシラハさん、やってみてくれますか?」
「む……それは構いません、が。自分の場合は魔法少女体なので不公平となってしまいますね」
「いえ、むしろそれがいいです! カッコいいところまた見たいですっ! あ、そうだ写真写真……動画のほうがいいかな……!」
今日の主役はあくまでミリアさんだ、と遠慮を見せたが、当のミリアさんはすでに期待を胸にスマホを構えている。
コーチのリクエストとあらば、と薄く笑って返すとハンマーを手に魔力調整を始めた。
ある程度以上の人気と魔法少女としての器を手にした今は配信が無くとも、普段身に溜めている魔力だけで筐体を破壊しかねない。
そうならない程度に力を抑えた上で、期待に応えられる速さは維持できる……求められるのはそんな調整力。
……ルクスリアさんへの指導で、自らもまた精密動作に向き合った今なら難しいことではない。
「────ふっ……!」
ワニの出どころを強化された動体視力で見切って、適切な加速で機械のように打ち続ける。
そうして叩き出した……一度彼女のプレイで予習出来ていたこともあって、おそらく理論値となるスコア。
ミリアさんの喜ぶ声に、気恥ずかしさとともに自分もほんのりとした満足感を覚えたのだった。
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ワニのゲームを終えた後は続けて別のゲームを……と考えたが、ミリアさんの顔色がほんの僅か陰りを見せていることに気づく。
どうやらこの環境への不慣れが影響しているようなので、ゲームセンターコーチングは早めに切り上げることを提案した。
「す、すみませんシラハさん、……わざわざ予定を変えたのにすぐに出ちゃって……うう、フローヴェールさんなら絶対ちゃんと出来たんだろうなあ……」
「とんでもないです。不慣れなのは自分も同じですし、今回は皆さんなりの遊び方で楽しむのが趣旨です。無理せずいきましょう」
恐縮しながら頭を下げた彼女は、本来の予定であるという本屋に向かおうと足を進める。
当然自分もそれに着いていこうとする……が、ここでミリアさんはもう一度自分に申し訳なさそうに口を開いた。
「その……次は書店……なんですけど。すぐ近くじゃなくて、少しだけ離れた所に行きたいなって思ってるんですが……大丈夫、ですか?」
「あ、はいそれはもちろん大丈夫です。そちらのほうが品揃えがいいとかでしょうか?」
そういうわけじゃないんですけど、と前置きすると少女はそのまま続ける。
「えっと、この辺は大丈夫なんですけど。少し離れたエリアは最近虚獣の目撃情報が増えてるって報告があって。
せっかく魔法少女が向かうならそっちの方がいいかなって……あの、すみません……! 普通逆ですよね、せっかくのオフなのにわざわざ危険な方に行きたいなんて……」
「いいえ……いいえ。とても……本当に素晴らしい提案です。ありがとうございます、是非行きましょう」
一人の少女として、オフの時間を大事にしたいと思いながらも、どこまでも魔法少女としての意識を見せる彼女に。
自分はコーチングとは全く別の形での感動を覚えながら、快諾するのだった。
そうして足を運んだエリアは、これまでいた場所に比べると、道行く人の気配もこころなしか控えめであるように感じられる。
その静寂もあえて選んだ彼女の覚悟に心地よさを感じていると、目的の書店にたどり着いた。
店内は紙とインクの匂いが漂う古書店……とはいかない、各本ごとへ包装が施された、比較的新しく綺麗な内装だ。
興味深い本もいくつか目を惹くが、今回はミリアさんがどういったものを買っているか……という教えを賜る時間。
(む……?)
そう思い黙って彼女の動向を見ていると、ふと気づくことがあった。
彼女の身体……特に指先あたりで、極僅かな魔力が明らかな規則性を持って……まるで円を描くように動いている。
それは、魔法少女体である自分が注視して、ようやくたまたま気づけた程度のささやかな舞いだ。
魔法少女であるなら、変身体で無い状態でも身体に僅か魔力の残滓があるのは不思議なことではない。
しかしそれが動いているのはどういうことか……とかすかな異変に思案していると。
いくつか興味を持つ本が見つかったらしい彼女が戻ってきたため、一旦思考から追いやる。
「ふむ……学校の勉強用の参考書に、人気配信者のエッセイ……コーチングの技術書などもありますね。
なるほど……せっかくなので意図も伺ってよろしいでしょうか?」
ある程度察しはついていながら、考えを言語化するのもこの企画の趣旨に沿ったものになるだろう、と。
静かな書店ということもあり、少し顔を近づけ声を潜めて尋ねると、少女はびくんっと身体を震わせた。
「は、は、ハイッ……! えっと、ですね、その……わわ私が天使様にこれを見せた動機といたしましては……!」
「……と、失礼しました」
少々近すぎたようで、緊張に声がうわずった少女に頭を下げる。
これは良くない、とより適切な距離を取ると一段落ち着いたテンションで、ミリアさんは話し始めた。
「しまった………じゃなくて、えー。おほん。
参考書はそのまま勉強用です。元々勉強はあまり好きじゃなかったんですが……魔法少女を始めて成績が落ちたなんてことになったら皆に迷惑かけちゃいますし。安心してみんなも応援出来ないなって思って」
「なるほど……素晴らしいことですね」
勉強自体の意義……ではなく、魔法少女のために勉強も頑張る、と。
そんな一生懸命な彼女らしさを微笑ましく感じつつ、続きを聞く。
他の本もやはりというべきか予想通り、魔法少女としての活動を続けるための学術書、技術書として選んだもののようだ。
……自分が賭けているアカデミーの講師として、コーチングにまで備えてくれているいじらしさに、脆くなった涙腺が少しだけ刺激された。
「……っ、それでは自分も、せっかくなので同じものを買ってみようかと思いますが、よろしいでしょうか? 後日感想会という形で共有することで今回のコーチングの締め、とするというのも面白いかなと……」
「あ…………はい、はいっ! もちろんですっ!」
少し表情が歪みかけたのを誤魔化すように軽く首を振り。
自分は、満面の笑顔を見せる少女を背に購入を済ませ、店を出た。
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「今日はお疲れ様でした、シラハさん。本当はもっと色々ご案内できたら良かったのですが、遠いところまで連れ出しちゃったから……。
というか今さらですけど、配信とか勉強のための本を買うだけなんて、全然シラハさんが知りたいような今どきの子の過ごし方じゃないですよね…………」
そんなこと、と否定の言葉を返すが彼女の曇りは晴れない。
何か悩んでいることでもあるかも知れない、と感じた自分は空気を変えるために疑問をぶつけることにする。
すでに魔法少女として一定以上の成功を収めているところから何故ここまで頑張るのか、何か目指しているところがあるのだろうか、と。
そんな自分の質問に、彼女も真面目な雰囲気を察したように答えた。
「……少し前、"天使様"の配信で見ました。天使様とエターナルシーズさんと……五つの虚念の戦い」
「────っ」
考えをまとめるのに集中しているのだろう。
呼び方がおそらく普段の彼女のものとなっているが、周りの目もそう多くないということで余計な口を挟まず聞く。
「今までの虚獣と全然違うような強くて、悪くて、怖い敵。
私から見て雲の上だった天使様や、『修羅』なんて言われてるすごい魔法少女の全力でなんとか撃退出来た相手。
……天使様に助けてもらっても、魔法少女として強みも特徴も無い今の私のままじゃ……きっと足りないんだってショックでした」
「…………変身を解除していても、魔力を動かされているのはその訓練の一環、ですか?」
「っ!!」
隠れた努力をあえて口に出して取り上げるべきか少し迷ったが、もし彼女がまた自信を無くして無理をする兆候が出ているなら、見逃すわけにはいかない。
そう考え自分がした控えめな問いかけに、彼女は大きく目を見開いた。
「えっ……あれ気づいてたんですか……! えっとそ、そうです。魔力が少なかった頃から、少しでも活かせるようにって練習続けてて……最近は結構いい感じに動かせるようになったんです。
……というかすごい……やってるって言われて見てもわからないぐらい小さな魔力なのに……ほ、本当によく見てくれているんですね……っ、あ……!」
隠していたことを言い当てられたような気恥ずかしさを感じたのだろうか。
彼女は赤くした顔でキョロキョロと周りを窺うと、目に入ったソレに駆け寄ってふにゃりと緩んだ笑顔を見せる。
「天使様見て、クリスマスツリーですっ……キレイ……。魔法少女として全然ダメだったとき、こんな素敵な気持ちで今日を迎えられるなんて全然────」
と、その時だ。
「────ッ、うわぁッッ!!」
突如、彼女はもちろん自分のものでもない、男性の緊迫に満ちた悲鳴があがった。
『虚獣の目撃情報が多いエリア』────事前情報が頭に入っていた自分は来たか、と身体に魔力を流し、即座に状況の把握につとめる。
(ッ、近い……!)
突如物陰から飛び出してきた二足歩行の虚獣。
サイズは小型だが俊敏な動きで、悲鳴を上げた男性とミリアさんのちょうど間にあたる……どちらにも即座にその悪意を振るえそうな位置で跳ねる。
直前のミリアさんの行動により、物理的に距離が空いていることもあって、自分は危機感のままその虚獣の排除に動こうとし────
「────ふっっ!!」
瞬間、ミリアさんが鋭く息を吐く音とともに……自分は見た。
傍から見れば無造作に振るわれた彼女の『右腕だけが』信じがたい速さと的確さで変身し。
同時に現れたハンマーが虚獣に命中し……断末魔の声も上げさせないままに消滅させた光景を。
「きょ、虚獣だッ、だれか────……あ、あれ、虚獣……? え、いたような……気のせい……あれ…………?」
「シラハエル殿、虚獣が出ッ……! たけど、今ぁ……えーと消えました、もう反応ありません。はい……お邪魔しました、ごゆっくり……」
悲鳴を上げた男性と、現れたコンジキ様が消え入るように引っ込んでいったのを、冷や汗とともに確認すると。
ほっ、と息をついた少女のあどけない笑顔が自分に向けられる。
「ふぅ……強くない虚獣で良かったですね、天使様っ! 今日は私がコーチですし、天使様の分もがんばります!
あ、それと途中で切れちゃいましたけど────」
そう、一旦切った少女は直前の出来事が無かったかのように、もう一度ふにゃっと緩んだ笑顔で口を開いた。
「メリークリスマス、です天使様っ! 私、こんな素敵な日を魔法少女として迎えられてすっごく嬉しい……改めて、ありがとうございますっ!」
自分が手を出すまでもなく、まるで常在戦場を体現するかのような切り替えの早さと。
自分でもまだとても出来ないだろう部分変身という魔力制御を、こともなげに見せた眼の前の少女。
すでに、彼女自身が口にした『修羅』に片足以上突っ込んでいるんじゃないか、というツッコミも呑み込んで。
自分は、少しだけ乾いた笑いを返すのだった。
少々遅れましたが12/25、無事にまほおと一巻が発売されました
大変ありがたいことに初日時点からX上で
ご好評いただく声を多数観測出来ております
噂によると新規の方から見ても
書き下ろしエピソード『離した手が掴むものは』がイチオシで良かった、という声が多いようです
特にミリアモール編に灼かれたという方にオススメなので、ご興味がありましたら手にとっていただけると幸いです
各特典詳細
https://blog.over-lap.co.jp/tokuten_mahooto1/




