第六十一話 おとなのふゆでぇと 前編
途中の彼女の反応の理由なんだっけ? と思った方は以前投下した三十四話をどうぞ
────それは、今より少し前。
初めてのアカデミーで、セレスティフローラさんとルクスリアさんへのコーチングに邁進していた冬の話。
『せっかくの日』でもあるということで、アカデミー・魔法少女の活動いずれも完全オフが決まった日を前に、自分は時間の使い道を迷っていた。
先日ファンミーティング直後にオフが挟まれたときもそうだったが。
何もせず休めという時間は、これと言った趣味を持たない自分には、どうにも持て余しがちなものになる。
趣味……強いて一つ上げるなら、それこそ魔法少女のための魔法少女としての活動だ。
どうせならそれに繋がるものを、と考えていた自分に、コンジキ様は一つの提案を投げかけてきた。
それは、関わる魔法少女の今どきの趣味や遊び方に触れてみる、というもの。
すでにある程度は勉強しているつもりですが、と僅かな躊躇を見せた自分に、コンジキ様は用意していたかのように答えを返す。
「それはそうじゃが、ぬしは実際にそういった体感を重ねたわけではなかろう。この先も様々な子に関わり、自身の考えを共有しようとしているなら。彼女たちへの解像度を高めることは無駄にはなるまい」
「それは……確かに。それでは、明日のオフに向けて今から学ぶ形で────」
早速席を立とうとした自分を、まあ待て待てとコンジキ様が押し留めた。
……どうやら何やら企みがあるようだ、と続きを待つ自分に、予想通り相方は告げる。
「せっかくの機会じゃ。アカデミーの理念を実践するために、ここは"相互互助"といこうではないか。今回はぬしが生徒、コーチングしていただくのは……魔法少女じゃ!」
自身の理想を引き合いに出したコンジキ様から、まさか否とは言うまいなと。
そんな無言の圧を感じた自分は、苦み走った顔で頷くしか無かった。
実際のところ、こちらのやるべきことを後押しするために積極的に動いてくれる相方には、複雑な気持ちはあれど感謝しなければならないだろう。
「…………くふふ。これで魔法少女シラハエルと彼女たちの特別な様子を収めて、後日写真やショート動画をVlogとして載せればファンサービスも万全。
当日の様子を配信してしまうと大混乱を招きかねんが、これなら完璧……あとは魔法少女に許可を……はや、もう返事きた。結果は知ってた速報────」
「…………」
ぶつぶつと"キツネ"の皮算用を始めた様子は見なかったことにして。
自分もまた、明日の準備に取り掛かるのだった。
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(……とりあえずこんなところでしょうか。魔法少女体の服装を改めて選定するというのも、妙な気分ですが……)
(ワシ的にはもっと派手にしてもいいと思うがのう、下もスカートでなくパンツスタイルじゃし。
他にももっと腕とかにシルバー巻くとかよ)
そうして、オフ当日。
自分は高司白羽……ではなく、魔法少女シラハエルに変身した姿で、待ち合わせ場所に立っていた。
当然、普段の白を基調とした魔法少女衣装は目立ちすぎるので、そこから服を着込んでいる形だ。
上はタートルネックニットに、下はスラックス風のパンツ。
魔法少女体は温度変化に強いため実際の所不要だが、目立たないための薄めのコートを羽織っている。
全体的にぎりぎり男性でも着られそうな衣装を選んだのは、まだ残っている羞恥心の影響もあるのだろう。
金色に輝く長髪もそのままだと目立ってしまうので、後ろで一つに束ねておいている。
どうせならフードなどで完全に隠すのもありかと思ったが、そこはコンジキ様から『これから会う子のためにも』とストップがかかった。
「あ、お待たせしました……ぅ、きゃーママかわいいーっ!」
そうして、きっちり約束の5分前にやってきたのは、今日"一人目の"コーチである少女……本名風見取衣、魔法少女名フローヴェール。
上は白を基調としたニットカーディガン、下はチェック柄のプリーツスカートに青いカラータイツ、と。
変身後のイメージと近い色合いながら、あまり派手派手しくならない計算も感じさせる衣装に身を包んだ金髪の少女は、黄色い声を上げた。
声の内容に、周りが一瞬ぎょっとして振り返った視線を感じながら、自分は身を縮める。
「あの、フローヴェールさん……! 外ということもありますし、ここはですね……」
「ごめんなさいママ……シラハさん! 気をつけてたはずなんだけど、姿見た瞬間脳が沸騰しちゃって……」
潜めた声で注意をお願いすると、周りに何事もないとばかりに二人揃って愛想笑いをして。
ともかく、彼女によるオフのコーチングは幕を開けたのだった。
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「改めまして。本日は急なコンジキ様……もといこちら側の要望に馳せ参じていただきありがとうございます。
このような日のお呼び立てとなってしまいましたが……大丈夫でしたか? ご家族と過ごす時間などは……」
「え、今家族と過ごしてるけど? ……冗談です。
このコーチングは午前までってことなので大丈夫。夜は例年通りパパと過ごすわ」
まずは腰を落ち着けて話せるところで────と。
どちらかというとこちらの内心を汲み取ったような希望を出したフローヴェールさん……この企画の間は衣さんと呼ぶよう強い要望を出した少女に促され。
自分たちは今、カフェで向かい合って座っていた。
「それに、今回の企画はシラハさんのお役に立てるってだけじゃなくて、配信者としてもすっっっっごく美味しいイベントだもの。
後日写真や動画のショートを上げていいって話、シラハさんにも通ってるよねっ。はぁ……今からどんな反応あるか楽しみ。みんなぜっったい喜ぶわっ……!」
「あはは……」
せっかく時間が空いたタイミングで舞い込んだ、こんなイベントを逃すなんて配信者じゃないわっ、と力説する少女に乾いた笑いを返しつつ。
貪欲にリスナーを楽しませようとする、相変わらずブレない姿勢に自分は頼もしさを覚える。
「だから遠慮とか、勉強のためだとか固いこと一旦抜きでっ。せっかくだからシラハさんも楽しんでくれたら嬉しいわ。
お礼をしたいって言うなら、そういう姿を見せてくれることが一番の……あ、ほらスイーツ来たっ!」
「わ……これはまた」
運ばれてきたのは、てっぺんにクリームとフルーツが乗った二つのパフェ。
赤と白をベースに、色鮮やかな層が重なるそれに、思わず生唾を呑み込みそうになる。
が、早速食べよう……と思ったら待ったをかけてきたのは眼の前の少女。
彼女は配られたスプーンではなくスマホを構えると、それを真剣に覗き込み始めた。
「今どきの子の楽しみ方。それは食べ物はまず"映え"を楽しんで、共有すること。インフルエンサー名乗るなら、自分ひとりで食べて満足なんて時代は終わってるの」
「な、なるほど確かに……魔法少女に限らず、配信者がそうした活動をしているところは目にしますね」
ほら、シラハさんもやってみて、と。
促されるままスマホを構えた自分は、コーチに指導を受ける。
「そうそう、真正面からじゃなくて角度をつけて上から……真上からっていうのもあるけど、やっぱり斜め上が基本かな。
今回はグラスのロゴや模様じゃなくて、中身にピントが合うように調整して……そうそう、あとは自由に撮ってみてっ」
「ふむむ……こうですか?」
眉根を寄せてスマホの角度を調整していると、ふと周りから感じた視線。
見ると、周りの客や店員が露骨にならない程度の横目で、微笑ましそうな……まるで、姉妹かなにかを見るように眺めていることに気づいた。
「と、撮れました、どうぞ……」
「うむ、よろしい。……ふんふん、なるほど……」
羞恥に頬が少し熱を持ったことを自覚しながら、その視線から逃げるように写真を撮って渡す。
それを見た衣さんは、ニコニコと口角を上げながら品評した。
「うん、私に言われたことちゃんと出来てる、さすが。あとは……ふふ、パフェがきっちり真ん中にあるのシラハさんらしいね。
こういうのは左とかにちょっと寄せて、余白を見せるっていうのもあったりするけど……」
けど、と一言切ったあと、そのまま満足そうに彼女は締める。
「けど、今回の目的は正解の写真を撮ることじゃなくて、どういうことをやってるかって考えの共有だもんね。
『目的を決めて、ちゃんとそれが出来ていたら成功って褒める』……これって、これからやるコーチングでも大事な考えよね?」
「────ええ、おっしゃる通りです」
その上で、間近に迫った自身の出番に備え、認識合わせをする如才無さに自分の口角も上がる。
現在はエターナルシーズさんによる体力錬成中だが、それを終えれば彼女が戦闘技術を教える……という流れは決まっていたからだ。
「それでは、いよいよいただきます……が、食べ方や食レポなどもVlogを意識したものにするべきでしょうか?」
「んーそれもいいけど、せっかくの私たちの初デートだし? コーチングは一旦十分ってことで楽しみましょ」
初デートを強調する言い草に承知しました、と苦笑しながらパフェに意識を移す。
さてどこから崩そうか、と考えていると眼の前の少女は目を閉じて指を立てながら、独り言のように呟く。
「それに、読者を唸らせるぐらい美味しそうに食べるっていうのも割と技術か、天性って言える適性が必要だったりするのよね。
シラハさんはこういう今どきのスイーツはあまり食べ慣れてなかったりするだろうし、無理せず自然な……それこそ真顔……で、も────っ」
「────~~~~♪♪ …………おや、どうされました衣さん?」
この魔法少女体だからこそ感じるパフェの美味しさに、つい没頭してしまっていると。
ふと見上げたタイミングで、眼の前の少女がプルプルと身体を震わせながら、何故か再びスマホを構えていることに気づいた。
「こ、これ……Vlogっ……絶対バズ……いやだめ……まだ早い、人類には……もう少しっ、慣らすまでは……」
「なにごと!?」
ほとんど聞き取れない何かをぶつぶつ呟きながら、葛藤に悶えるような少女の額には、真冬とは思えない滝汗がびっしりと浮かんでいたのだった。
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「えー……この後もゲームセンターなどの予定はありましたがー……脳が煮立ったため、フローヴェールはここまでとなりますぶー。大変申し訳ないぶー」
「あ、はい……お大事にしてください……」
フローヴェールさんのマスコットであるアントンさんが、彼女をずるずると引きずって去っていくのを眺めながら。
自分はフローヴェール殿への注意喚起忘れとった……とコンジキ様が頭を抱えるのを、何のことだろうと聞いていた。
「ぬしは気にしなくて……いや、気にしないほうが良い、そのままなのが武器なのじゃ」
「そ、そうですか……ともかく、彼女が大丈夫そうならいいとして……多少繰り上がりましたが次のコーチの方が来られる、ということで合ってますか?」
と、そんな会話をし始めたあたりで、とととと、と小走りでこちらに近づく軽い音が耳に入る。
予定変更の連絡がいったのは本当につい先程のはずだが、まさかと思ったと同時、その少女は姿を現した。
「お、お待たせしましたっ! 天……シラハエ……えっとシラハさんっ!」
「と、とんでもないです。全く待っていません……急かしてしまって申し訳ございません、結城さん」
「はぁ、ふぅ……大丈夫です、呼んでいただいてありがとうございますっ! あ、それと……」
息を整えた少女……クリーム色のケーブルニットに、膝下あたりまでのスカートに茶色のタイツ、きちっとボタンを留めたダッフルコートを纏った栗色の髪の彼女は。
こちらまで暖かくなるような満面の笑顔で、希望を伝えたのだった。
「良かったら、ミリア……ミリアさんって呼んで欲しいですっ。ハクシキも友だちもそう呼んでくれて……魔法少女としての自分を感じられる、だいすきな呼び方なんです!」
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