第六十話 最近、お母様がやけに元気です
★★★
わたくしが並び立とうと憧れたおじさま……魔法少女シラハエル様が主催する、ハロウズアカデミーの教えが一段落つきました。
本当のところはまだまだ……特にシラハエル様から色々教わりたいって気持ちもありましたが、アカデミーの目的を考えるとわたくしにばかりかまける訳にも参りません。
「なにせわたくしはあの、五つの虚念のルクスリア様も倒したわけですからねっ。…………まあ、あの子がおっしゃる通り『バカみたいに上振れた』結果ですが。
ともかく、配信上であそこまでの成果を見せてしまってまた教え続けられるなんて、他にもたくさんいる生徒候補の方に悪いですわよね」
そんな感じでアカデミーのみなさまと話し合い、定例化していたコーチングが一区切りとなったのが少し前のこと。
シラハエル様は申し訳なさそうにしておられましたが、奇跡のような成長が出来たわたくしからしたら感謝しかありません。
おまけにアカデミーの振り返り枠という体で、先日はシラハエル様との虚獣討伐コラボ配信までさせてもらえたのですから。
『────さすがです、セレスティフローラさん。次の虚獣は……攻撃性能が高そうですが、あなたが学んだ防御術がそのまま通用しそうですね、お願いできますか?』
「…………ふふ」
コラボ中、彼がかけた言葉は当たり前のようにわたくしが出来ることを知った上で、活躍を期待するものでした。
討伐自体は何事もなく終わり、配信として見た盛り上がりは正直そこまででもなかった……"普通のもの"だったことは経験の少ないわたくしにもわかります。
だけど、その当たり前を、その普通を。
最弱の魔法少女だったわたくしが、シラハエル様と並んで得ることが出来たということが、たまらなく嬉しくて……
その時の気持ちを忘れないようにと、配信画面を切り取ったスクリーンショットをつい待ち受け画面にしたりもしました。
「ふふ、んひ、ふひへへ…………♪」
そうして締まりの無い笑顔で、夢のようだった時間を画面から反芻している、と。
「めぇーぶーきちゃん。口からカワイイしずくが垂れてますよ」
「やっゔぇ……!」
同じリビングで手元のスマホに熱中していたはずのお母様から、視線を外さないままに指摘をもらい、慌てて拭います。
優しいお母様はもちろん怒ったりしません。
ただ、『おじさまに並び、そして想像を超えていく自分』を目指す者としてあるまじき姿と、わたくしは顔を赤くしながらお母様を見ました。
「~~~♪」
(…………お母様、最近楽しそう……)
ニコニコと笑いながら、わたくしを育てるためたくさんしてるだろう苦労をおくびにも出さず。
ただわたくしが成そうとすることを、応援してくださる素敵なお姿は昔と変わりません。
ただ、そんな中でもうっすら感じていた、ほんの少し寂しそうな影が最近は鳴りを潜めているように思えます。
『────うん、芽吹ちゃんの思ってる通り、私とあの人はお互い納得して……だいぶ前に違う道に行くことを選んでいます。』
アカデミーが一段落ついた直後、周りのことを考える余裕もできて。
子どもの頃からなんとなく分かっていながら聞けていなかった、実のお父様について尋ねたわたくしに返された言葉。
それも、静かな口調ながらどこか晴れ晴れしさを感じるものでした。
(……きっと、変な方向での自信しか持てていなかったわたくしの成長を、母として喜んでくれているんですわね……)
危険が避けられない魔法少女になることを選んで、心配ばかりかけてきたけど、少しは安心して見られる自分になったのでしょうか、と。
少しくすぐったいような気持ちになりながらも、わたくしは改めてお母様への感謝の視線を送り────
「ふん、ふん、ふふっふん、ふっふっふっふっふんっふん……♪♪」
(────にしてもなんか機嫌良すぎません???)
ニコニコとスマホを見るお母様から、らしくもなく鼻歌まで漏れ出ていることにさすがに首を傾げました。
もしかしたら、娘であるわたくしの活躍動画などを見ているのでしょうか。
だとしたら嫌だとまでは行かなくとも、少々気恥ずかしいものがあるので程々にしてほしくはあります。
(……気になりますわね。ちょっと覗いてみたいですけど……)
お母様にもわたくしに話していないプライベートの趣味がおありになる、と。
そう考えるといたずら心に似た好奇心が湧いてしまい、興味が抑えられなくなりました。
ただ、わたくしと違ってやたら万能で、ぽやぽやした雰囲気のくせして視線や気配にも妙に鋭い反応を見せるお母様、新雪千景。
この方に気づかれず後ろを取れた人を見た記憶は、自分を含め一度もありません。
(でも、今ならどうでしょうか。…………ちょっとだけ、試してみましょうか)
「────────っ」
すぅ……っと。
意識して少しずつ呼吸を浅くして気配を抑えながら、まずはお母様の呼吸を感じます。
そこからわたくしが挑むのは、アカデミーでフローヴェール様に教わった、相手の動作や呼吸に自身の呼吸を合わせる技術。
……本来は防御に活かすそれを使いながら、静かに席を立ちました。
(そろり、そろり……っ)
そうして、お母様の意識に自分を溶け込ませるような感覚のまま、足音を立てず近づきます。
シュババババッとやけに手際よく指を動かすお母様に、あえて意識を向けすぎないまま一歩、二歩……規則的な呼吸に合わせて足を進め。
そうして目指したお母様の背中には、同じ部屋に居たこともあり、あっけないほど簡単にたどり着きました。
(ウソ……わたくしお母様の後ろを取れちゃってる……? まさかと思って試しましたが、こんなことまで出来るように……?)
たった一度意識をぬえたというだけで、これまで見えないほどに遠いと思っていた人に一瞬でも追いつけたような。
そんな大げさな感傷にじ~~ん、と身を震わせたあと、やってる場合じゃないと首を振ります。
(ちらっと、ちらっと見るだけですからっ……ごめんなさいお母様、でも見られてるのが自分だったら恥ずかしいですし、止める権利ぐらいはありますよね……?)
自身でも妙だと思う言い訳を唱えながら、いよいよお母様のスマホ画面に焦点を合わせます。
スマホが映していたのは、わたくしが予測した通り、魔法少女たちが映った配信アーカイブ。
わたくし……魔法少女セレスティフローラも居るその配信は、アカデミー企画の中でも特に話題に残るルクスリア様と対峙した日のもの。
その中でも一シーンをすっ、すっとやたら何度も早戻ししている様子を注視しますと。
そこにあったのは娘たるわたくしが死力を尽くし戦っている誉れ高き場面……ではなく。
そう、配信で最も大きな反響があった、シラハエル様とルクスリア様の伝説のシーン────
「…………自分の顔した虚獣がケツぶっ叩かれてるシーンじゃないですかッッッ!!!!」
「わっ…………!」
よりにもよって、にも程があるシーンを繰り返し見ていた様に思わず汚い声をあげたわたくしに。
お母様は一瞬スマホと肩を浮かせると、そのまま振り向きます。
「あら芽吹ちゃんっ、忍び寄るのが上手くなりましたね……アカデミーでたくさんのことを教わったんですね、素敵ですよ」
クスクスと口元に手を当て目を細める姿が平常通りなのか、それとも動揺を誤魔化しているのか。
その判別もつかないまま、わたくしは泡を食って返しました。
「あ、ありがとうございます……ではなくっ! ミュートだからってリビングでなんっちゅうもん観てんですかっ! そもそも一体どういう感情でそのシーンを……!」
「あら、それ聞いちゃいます? そうですねえ……」
さり気なくスマホを伏せながらに、姿勢を正したお母様は言い聞かせるように口を開きます。
「私が一番に感じたのは……変わったなあって驚きで。二番目に思ったのは、変わってないなあって懐かしさですね」
「変わ……なんて?」
思わず素で問い返した娘に、こんな言い方じゃ分かりませんよね、とお母様は笑って続けました。
「白羽は……以前芽吹ちゃんに話した通り、真っ直ぐだけど不器用で固いところがあって。思い込んだらこう、と突っ走っちゃうところもある人でした。
だけど今は、配信ってたくさんの人の事情が絡む世界の中で、自分がやりたいこと、求められていること、本当にやるべきこと。
全部を俯瞰して見れる……大人の男の人になりました」
「…………っ」
あの流れから真面目な感じになるんですの……? と浮かんだツッコミも野暮に思えて、わたくしは自然と姿勢を正します。
「そしてそんな人が、私と似た顔で……そしてあの時の私のように、離別の道を辿ろうと孤独に決意してしまった子を。
力強く引き止めて、救ってあげられたことに……どこか私も救われたような気持ちになったんですよ」
「お母様……」
静かに語るその言葉に、お互いの善意ですれ違ったままだったお母様とおじさまの過去を思い返します。
するとお母様はでも、と区切りながらそんなわたくしを真っ直ぐ見て口にしました。
「でも、本当に一番嬉しかったのはやっぱり芽吹ちゃんの、魔法少女セレスティフローラとしての成長ですよ?
コメントのみんなは驚いていたようですけど、コーチング中もあなたをずっと見ていた私は、きっと出来る、と信じてました。
きっと白羽も同じことを思ってくれたからこそ、怖い結界を出されても全然動揺していなかったんでしょうね」
「……お母様、嬉しいですわっ……! わたくしをそこまで……っ!」
ずっと自分のダメなところばかり見せてきた相手からの、慈愛に満ちた信頼に。
感極まったわたくしはひしっと抱きつきました。
「あっ、やっゔぁい」
「ん?」
それと同時、足元で鳴ったカチャッという音とわたくしの頭上から漏れ出た声に、クエスチョンマークを浮かべると。
今の音が、お母様の手にあったスマホが落ちてしまったことで出たモノだと気づきます。
吸い寄せられるように目を向けてみると、操作したのか弾みで切り変わったのか、お母様のスマホはホーム画面を表示しているようでした。
ホーム画面……デフォルトのもので無いなら、先程わたくしが設定したように。
一番大事で繰り返し見たい画像が設定されるはずの画面。
「あら、お母様がものを落とすなんて珍しいですわね……よっこいせっと」
ならば先程の話から、お母様が設定しているのは当然────全く疑いもせずに私はそのスマホを手渡そうと拾います。
「…………やっぱ映っているのおじさま────しかも自分似の女に押し倒されているところじゃないですかッッ!!」
「………………~~♪」
苦みばしった半笑いで顔を背けた母のスマホに設定されていたのは、セレスティフローラの影も形もなく、倒れこんだおじさまがこちらを見上げているような一カット。
「ふふふ……それはだって、ねえ? やっぱり昔仲良くしてくれた人が今見せてくれる、カワイイ顔……興味がないなんて、嘘になっちゃいますよねえ?」
再び泡を食って叫んだ娘にお母様は微笑みかけると、そう頬に手を当ててのたまいます。
さらに、バレたからにはと今度は開き直ったかのように続けてきました。
「ところで芽吹ちゃん……アカデミーも無事に終えたことですし、そろそろ私も母としてシラハエルさんやコンジキさんにご挨拶をしたいな、なんて思うのですが……
空いている時間にでも、どこかで慰労を兼ねたお食事会でもいかがでしょうか? なんなら家に呼んでくださっても構いませんよ、芽吹ちゃんのこともたくさん話したいですし、ね」
そう、頬を僅か紅潮させた笑顔で提案する眼の前のその様に。
────瞬間、わたくしの脳裏に溢れ出したのは存在しない記憶。
娘であるわたくしを完全にダシに使いながら、今度こそはと迷いなく詰め寄る母の姿。
当然、わたくしはルクスリア様が本性を表した時とも全く別次元の、おぞましい危機感に総毛立ちながら叫びました。
「ひぃぃぃ~~!! お母様が元気になって良かったはずなのにっ! それはそれとして同じ人を巡って"女"を感じるのがものすげー嫌ですわ~~!! 謹んでぜぇったいお断りですわ~~!!」
「ふふふ、大変ですねえ芽吹ちゃん……いえ、魔法少女セレスティフローラさん。
…………欲しいものがあるなら、ちゃんと手を伸ばさないとすーぐどこかに行っちゃいますからねー」
ポツリ、とお母様が最後に呟いた、やけに実感がこもる言葉にこの話をすること自体の恐怖を覚え。
言われなくても分かっていますっ! と、反骨心を胸にその場を後にすることを選びます。
「まったく……なんかエモくなりそうな流れで誤魔化されるところでしたわ、油断も隙もないっ」
肩をいからせながら振り返ったわたくしは、後ろから聞こえる楽しそうな声をかき消すように。
ドカドカと足音を鳴らし、おじさまと健全に、また二人で並び立つための算段をつけに行くのでした。
★★★
◆◆◆
「────ふぅ。……なぁんて、もちろん冗談ですよ、芽吹ちゃん」
静寂に包まれたリビングに、一人残った千景。
彼女は娘が去った方向にしばらく目を向けたあと、柔らかく笑った。
「…………ちょっと、露骨に脅かしすぎたでしょうか。こういう嘘をついちゃうのは初めてなので、ちゃんと出来たか自信が無いですね」
千景が芽吹に語った想いは、嘘ばかりではない。
魔法少女という形で、以前と違いながらもどこか懐かしさを覚える……そんな表情を見せるシラハエルを愛らしく思ったのも事実で。
そして……自分と同じ顔をしたルクスリアが辿った顛末に、焦がれるような羨望をわずか覚えたのも事実だ。
それでも、やっぱり。
今の彼女が選ぶのは、娘である芽吹の成長を喜ぶ気持ちと……彼女が選んだ道を応援したい、という気持ちの方。
「私に似ちゃうと、変なところで遠慮するかもしれませんからね。
多少は危機感……と言いますか、対抗心を持ったほうがあの子は燃えるでしょうし、これくらいはいいですよね?」
もちろん白羽に関わる他の魔法少女たちも、アカデミーを通して好ましく思ったがそれはそれ。
母親として娘に肩入れすることへの葛藤は当然無く、彼女は手に持ったスマホに再び目を向けた。
「芽吹ちゃん……後ろを取ろうとして私に気づかれるなんてまだまだ、と言いたいところですが。
半分偶然、あの子に意識を回して気づけたようなものなんですよね……成長はやっぱり嬉しいものですね」
芽吹の動きを察知した瞬間、彼女を焚きつけることを思いつき、急いで変更したホーム設定。
魔法少女シラハエルがこちらを見上げている画面に、少し名残惜しげに指を走らせると、"本来の彼女のホーム画面"が現れる。
「~~~♪♪」
新雪千景が待ち受けに選んだその場面────同日の配信の最後、画面中央でセレスティフローラとルクスリアが煽り合う様と、それをシラハエルたちが微笑ましく見ているワンカット。
その様に、先程演技で紅潮させていたものとは違う、陽だまりのような頬の熱を僅か自覚しながら。
再開された鼻歌とともに、彼女は日常に帰るのだった。
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