第六話 Meteor And Destruction.
★★★
<ありがとうありがとうありがとうありがとう> ポロンッ
<シラハエルから> ポロンッ
<うおおおおおおお> ポロンッ
<シラハエルから> ポロンッ
<LETS FxxKING GOOOOOOOO> ポロンッ
<おおおおおおおお> ポロンッ
<新種虚獣やばすぎwwwww やばすぎ……> ポロンッ
<生きててえらい 本当に> ポロンッ
<もうだいじょうぶだ 私とかが来た> ポロンッ
<これ単独で抑えてたってマジ? リスナー一人とか二人で?> ポロンッ
<もうひといきじゃ パワーをミリアモールに> ポロンッ
ポロンッ、ポロンッ、ポロンッ。
ポロロロロロロンッ。
未だに現実に思考が追いついていない私の脳裏に、聞いたこともないようなペースで鳴り響く、コメントの読み上げと通知音。
……この通知設定は、いつでも切ることが出来る。
ここまでの数になってくると、さすがに戦いに支障をきたす、ということで他の人気配信者がするように切るのが正しいんだと思う。
「あ……はは……はは、は……っ」
だけど、今の私は。
生まれて初めて提案してもらえたコラボで、雪崩のように押し寄せてくるリスナーの感情を……全部、全部受け止めたくてたまらなくて。
いけないと分かっていながら、力なく笑い、浸っていた。
「はぁぁっ!!」
そんな私の前で、この場に現れ……いや、降臨した魔法少女シラハエルさんが、体勢を整え襲ってきた虚獣たちと戦う。
デビュー戦のような拳や蹴り技、ときに羽で縦横無尽に戦う彼女。
その姿は、他の魔法少女が使うわかりやすく派手な武器とも違う、芸術のような美しさを感じさせる、一つの舞いだった。
もちろん、その一撃はさっきまで私が放っていたインパクトとは、次元の違う威力だ。
とてつもない魔力に後押しされた高速の打撃は、多数いる分裂虚獣に分裂を許さず、次々と浄化させていった。
それは、すごく強くてかっこよくて素敵で、私が憧れていた姿そのものみたいで……だからこそ、ちらっと、こんな考えが生まれる。
────あのひと一人でいい。
弱い私は、要らないんじゃないかって。
そんな、あまりにも身勝手に澱んだ意識を自覚しかけたのと、全く同時。
「あ、危ないッッ!」
シラハエルさんの死角から、虚獣が奇襲してきたことに気づいた私は。
彼女が現れてからずっと呆けて固まっていた身体を、無我夢中で動かした。
(あ、だめ、魔力調整出来てないっ、ほとんど力入れられてないっ……!)
あまりにも咄嗟だったため、ほとんど手なりで放ってしまったハンマーの一撃。
これまでの経験を考えると、怯ませることすらも難しいような手応えとなってしまった、私の雑な攻撃は。
────パァァァンッ、と、軽快な音を立てて、分裂体を弾けさせた。
さらに分裂は……しない。
許容値を超えた一撃だったためか、そのまま粒子となって消えていった。
「あ……え……?」
<ないすううううう> ポロンッ
<やっっっっる> ポロンッ
<いいよいいよお> ポロンッ
<"成"ったな……> ポロンッ
困惑と同時、流れてきたコメントでようやく。
今の私を後押ししてくれるリスナーたちが、想像よりずっと多くの魔力を送ってくれていることに気づく。
(す、すごい……これなら、もし────)
「ありがとうっ! 助かりました!」
「い、いえっ……! 大丈夫です!」
私が期待を抱いたと同時、シラハエルさんからお礼の言葉がかけられ、返答する。
その言葉を追うようにありがとう、たすかる、なんてコメントが送られるのだからもう、嬉しくてたまらない。
そうだ、とんでもない強さに見えたシラハエルさんだって、決して無敵な訳では無い。
今みたいに不意をつかれることはあるんだ、と、私は一瞬視界を切った直後に、もう一度シラハエルさんの方に目を向ける。
「……っし」
……すると、シラハエルさんが気づかれないようこっそり、神々しい天使のような姿からは想像もできないような。
力強い……言うなら、男性的なガッツポーズをしていたのを、私は目にしてしまった。
(────は、わ……ぅわっ……!)
気付いたと同時、顔と胸に、これまでとは違う得体のしれない熱さがこみ上げ、私は居ても立ってもいられなくなる。
(い、今のピンチ……わざとだ……! ぼーってなってた私が動く理由を用意して……見せ場、作ってくれたんだっ……!)
ここでようやく、この地に立った彼が提案したのが『交代』でも『救済』でもなく、『コラボ配信』だった理由を悟る。
配信者としての人気が、リスナーの魂の動きが力になる魔法少女は、ただ一方的に助けられるだけでは、今は助かっても先が無い。
それが分かっていた彼は私の"今"と、そして"明日"までをも救うような、そんな配信にしようとしてくれてるんだ、と。
すでに人気となった配信者が、リアルでの縁があるわけでもなんでもない、弱小無名の魔法少女と絡んで得をすることなんて一つも無い。
なのに、この人は、そういう計算が一番出来るはずの大人な、この人だけは。
すべてを度外視して、子どもの私を助けることは当たり前とばかりに、身を尽くしてくれている。
そして、それが上手くいきそうなことに、大人のこの人は、子どもみたいに素直に喜んでくれている、と。
(ず……ずるい、こんなの、ずるいよお……! いっいや、でも……!)
自分の中の何か……根本的な価値観とかそういう大事なものにヒビが入っているような、嬉しくも取り返しのつかない感覚に、ぶるっと背を震わせる。
ただ、今考えるべきはそのことじゃなくて、この虚獣を相手にしてリスナーと……そして、彼の期待に応えることだ、と。
ようやく我に返った私は、さっきの一撃の手応えを思い返す。
「そうだ、さっきの一撃……ほとんど魔力をこめた感覚が無かったあれを……もし、今の全力で放てたらっ……!」
「────その通りじゃっ!」
なんとか回った頭で、敵の様子を見渡し始めた私に、突如聞き慣れない声が飛び込んできた。
声が聞こえたのは、私が手に持ったハンマーからだ。
「ぇ……あ……こ、コンジキ様!? そっか、あれからシラハエルさんについてらしたんですね!?」
「そうじゃ! これまでよぅ耐えたなっ! ミリアモール殿、ハクシキ! ワシも手伝うぞ!」
驚きの声をあげるハクシキと一緒に、私の武器に入るコンジキ様というらしいマスコット。
シラハエルさん覚醒時の映像にも居た彼、あるいは彼女も、私に手を貸してくれると意気込む。
「で、でも……インパクトを撃つにしても、誰を狙えば……あの完成虚獣に、その……当てられるのか……」
「いや、狙いなど、適当でいい! 見ろ!」
まだこれまでの経験から自信を持ちきれない私に、コンジキ様が指し示したのは、分裂虚獣たちが一番多くいる場所の中心地だ。
「……っ、さすがに、数がっ多い……!」
<ちょっと苦戦してる?> ポロンッ
<あの戦い方だと多人数はちょっと大変か> ポロンッ
<完成虚獣の動きも怖いな> ポロンッ
ちょうど、私たちの狙いを後押しするかのように、シラハエルさんから声が上がり、コメントも流れる。
……私たちやコメントに聞かせるようなシラハエルさんの声が、微妙に不慣れな感じにうわずっているのは置いておいて、数が多いのは間違いが無さそうだ。
それならば、こんな私でも、少しは彼の役に立つことが出来るというのであれば。
「あの辺りに、今出来るおヌシの全力をたたき込んでやれっ! ワシらの見立てが確かなら、もはや直接当てる必要もないっ!」
「……やろう、ミリアさん! 今のあなたの想いを全部乗せて、ぶつけてみよう!」
「…………うん、わかった!」
<うおおおおお> ポロンッ
<さっきより強いのくる?> ポロンッ
<やってみせろよ、みせてください> ポロンッ
彼女たちとコメントに押された私は、だんっと足に込めた魔力で跳躍した。
その姿を見上げ、迎撃態勢を取る虚獣の群れを前に、ハンマーを構える手に緊張がこもる。
ただ、そんな中でもこれまで何度も、何度も続けてきた魔力の調整は、完璧に集中して行った。
増えた力に振り回されず、衝撃の瞬間に爆発させるイメージを、忘れないように。
……そのうえで、ハクシキが言ったように、想いの力を乗せた、最高の一撃。
想い……今の私が強く意識するのは、最初の憧れだったクラリティベルと……そして、今はもう一人。
まるで私を救うために神様が遣わしたような、あの白く輝く流星が、目に焼き付いて離れない。
理想をイメージするのは、あまりにも簡単だった。
「────メテオインパクトォッッ!!!!」
虚獣たちが立つ中心めがけて、天空から振り下ろされた、その一撃は。
着弾と同時、地を震わすようなド派手な魔力音と魔力光を、雲まで散らすような勢いで炸裂させる。
「ぁ……はは……! わ、わぁ……!」
……そして、光が晴れたときには。
あれだけ居た分裂虚獣たちは。
ただの一体足りとも残さず、消滅させられていた。
<わああああああああああ> ポロンッ
<やばすぎwwwwww> ポロンッ
<LMAOOOOOOOOOOO> ポロンッ
<全部消し飛ばしてて草> ポロンッ
<えーすみません視聴継続確定と> ポロンッ
<死ぬほどスッキリしたwwww最高> ポロンッ
<おおおおおおおおおおおおおおおおおおお> ポロンッ
<こんときすっげ~いたかったゾ> ポロンッ
<うお……それは"""成"""りすぎっ……> ポロンッ
濁流のように押し寄せるコメントを受けても、今目の前に広がった光景を見ても。
この自分が、こんなことを出来たのが全然信じられなくて、両手をぐー、ぱーと閉じたり開いたりする。
「────いまのが、あなたの本来の力です」
「ぁ……あ、シラハエル、さん……?」
気づけば横に並んでいた、この舞台の本当の立役者が。
今の一撃の余波を受け、怯みながらもただ一体健在な、完成虚獣を油断せず見据え、語る。
「あなたがまだ、《《見つかっていなかった》》ときも、くさらず、折れず。
戦い続けるために磨いた技術があったからこそ、この一撃が放てたのです。
もちろん、自分にもあんな攻撃は出来ません。……本当に、よく頑張りましたね」
「ぁ……う、うぅ……ううぅうっ……!」
<それな> ポロンッ
<今俺が言おうとしたわそれ> ポロンッ
<ミリアモールよかった、ほんとうにほんとうによかった> ポロンッ
それは、今までの私の道のり全てを包み込み、肯定する大人の言葉。
彼の初めての配信を見て、「私は何がダメだったんだろう」なんて呟いた今日というこの日に、当の彼から与えられた、天上の祝福。
私にはもう、この喜びをどうやって伝えたらいいのか、言葉すら思い浮かばない。
もし、今配信をつけていなかったら、堪えきれずに顔を覆って号泣していただろう。
そんな、最後の意地みたいなものでギリギリ立っている私に、彼は仕上げとばかりに声をかけた。
「さあ、残ったのはあの虚獣だけです。手強い相手ですが、今のあなたなら、きっと────……?」
そう、どこまでも私を立たせてくれようと、引っ張るように手を差し出すシラハエルさん。
そんな彼の手に、私はそっと手を乗せると。
困惑する彼にふるふる、と首を振った。
……今までなら、言われるまでもなく、私は戦っていた。
魔法少女としての仲間も、頼れる相手もいなかった私が、出来るところまでやらないと、と思ってたから。
でも、もし。
もし、こんなに都合が良すぎる、夢のような時間に、もう一つ……あともう一つだけ、甘えさせてもらえるとするのなら────
「シラハエルさん、私、"今日は"ちょっと、疲れちゃいました……
だから、最後、お願いしてもいいですか?
任せちゃって……いい、ですか?」
「────っ」
私の言葉に一瞬、彼は宝石に天使の輪を刻んだような青紫の瞳を、丸くさせる。
そして、すぐ後には力強く……それ以上になんだか、嬉しそうに応えた。
「……ええ、ええ、もちろん。お任せください。
願い、承りました。ここからは、自分の仕事です」
ドンッと、少女の姿に似合わないちょっぴり古くさい動作で自分の胸を叩いた彼は、少し柔らかい笑顔を私に向け、直後。
「────ッ」
スゥっ、と、スイッチが切り替わったかのように、眼の前の完成虚獣にその鋭い視線を向けた。
(あ、やばい。こわれりゅ)
その、冷たさすら感じるギャップある横顔を見た私は。
自分でもまだよくわかっていない、大事な何かが終わる気配を感じていた。
★★★