第五十八話 誠意とは言葉ではなく、偏愛(みかえり) 前編
活動報告、トップにも書きましたが書籍版まほおとの書影やレーベルなどが公開されました
特典SSの数がやたら多かったり
なんかいきなりアクリルフィギュアがついていたり
辺境の地の性癖作品にありがたい期待をいただいているようです
◆◆◆
────ピッ。
<む>
<きt>
<なんかきた>
<唐突ぅ>
<突発ってことは討伐か?>
<ルクスリア戦で配信切れた時以来か>
<あれ、外じゃない なにするんだシラハエル>
<誰もいないし準備中?>
配信通知を受け集った、彼らが待つこの場の主……すなわち、魔法少女シラハエルの配信スタイルは概ね二つに分けられる。
一つは虚獣を確認次第、魔力を借りながら戦うための討伐配信。
こちらはある程度偶発的に現れるという虚獣の生態上、突発となることが多い。
そしてもう一つは事前に時間を予告した上で雑談やコラボといった企画を行うもの。
企画の一環として虚獣を探しに行くというものもあるが、ともあれシラハエルの性格もあって、告知が出来るときは欠かさないというのが常であった。
だから、事前予定に無いながら外配信でも無い、普段の雑談用背景だけが映っているという珍しい光景に、しばし困惑し。
それでもすぐにいつもの、凛としたTS魔法少女の声から固い口調で説明がなされるだろう、と予測していた彼らに飛び込んできたのは。
ほんのわずか、緊張に上ずった声色による快活な挨拶だった。
「すぅ────…………っ、こんにちわっ! みんな、見えてる? 声は聞こえてるー!?」
<え>
<わあ>
<!!?>
<だ、だれ>
そして同時、画面にぴょこんと飛び込んできたのは、シラハエルとは違う少女。
透き通るような白い肌、すとんと真っ直ぐ落とされた白い髪、どこか禍々しさを感じさせる黒い瞳で配信カメラを見据えていたのは────
これまで配信上で見せていた清楚な格好とは違う衣装に身を包んだ、一つの虚念の姿だった。
<ルクスリアじゃねーか!>
<うおおおおお!?>
<え、これ大丈夫なやつ?>
<キョネンがやってきたぞっ>
<あ、ドラムじゃん>
<なんだこのシャツ!?>
<服で草>
<なんておこがましいシャツだ>
<いやいややばくね? また敵対?>
白地に"益獣"と黒くデカデカ書かれたTシャツを着た偏愛の虚念『ルクスリア』。
彼女は帽子も外したそのやたらとラフな格好も含め、驚きに沸き立つコメント欄に仰々しく口を開く。
「というわけで、みんなだいすきシラハの配信はここでおしまい。偏愛の虚念がジャックしたここはわたしのあそび場、無法地帯となりまーす。
まずドラムっていった人はあとでアイに行くからDM空けといて────」
「こりゃっ」
早口で不届き者を脅し始めたあたりで、ぴこんっとおもちゃのハンマーで虚念にツッコミを入れるという、どこか時代を感じさせる演出とともに。
横からマスコットコンジキと魔法少女シラハエルが現れると、改めてコメントに頭を下げた。
「お待たせいたしました、シラハエルです。今回は、先日色々とお騒がせいたしましたということで、ルクスリアさんが皆さんに見せたいものがある、と突発コラボ配信となりました。
色々不安かもしれませんが、自分も付いていますので肩の力を抜いて見ていただけると幸いです」
結局当初の予測通り、固い口調で説明したシラハエルのいつもの様子に、大多数のリスナーは胸を撫で下ろし。
ひとまず、ある程度緊張を解くことが出来たのだった。
------------
「ふむ……『配信でなにかをしたい』、ですか……」
魔法少女協会が用意した、簡素だが日当たりの良い面会室で、シラハエルが目の前の少女の言葉を繰り返したのは数時間前のこと。
シラハエルの"お仕置き"を経て、彼らに降った偏愛の虚念ルクスリアは、ひとまず魔法少女協会の預かりとなっていた。
それ自体はさらに前に敗れ、瓶詰めとなった羨望のインヴィディアと同じだが、彼に比べるとルクスリアに与えられた自由は大きい。
配信で見せた姿と、偏愛などの感情を生命維持として欲する彼女の生態、そしてシラハエルたちアカデミー勢の意向が反映された結果だ。
当然、今話している通りシラハエルとの繋がりが断たれることなく、むしろ虚念という未知の解明のためにシラハエルたちに裁量の大多数が与えられることとなっていた。
……とはいえ、万事が順調ばかりというわけではない。
インヴィディアよりはよほど協力的だが、それでも気分屋であるルクスリアの回答はいまいち信憑性が薄い印象を受け手に与える。
彼女はシラハエル相手はともかく、世界そのものに対して心を開ききったわけではない、というのがここまでの協会の見解で、だからこそシラハエルの協力が不可欠だった。
そんな現状にある虚念の少女は、シラハエルのオウム返しを受け肯定を示す。
「うん。だってここにいても聞かれたことに答えるばっかりで退屈だし、ずっとそうしてたらみんなからどうとも思われなくなっちゃうかもしれないし。…………それに」
「それに?」
一度口ごもった少女の姿に、どこか期待を含ませた声色で続きを促すシラハエル。
その感情の色を知ってか知らずか、ルクスリアは少し間を置いて続けた。
「…………っ、それにほら? シラハのリスナーたちに、わたしが無事だって姿はまた見せたほうがいいんじゃない? わたしが改めて配信でも安全だってわかったら、シラハに悪口いう人だって減るし? Win-Winってやつ、おとなはすきなんでしょ」
「…………むむむ……」
そう、開き直ったかのようにぶっきらぼうで、計算高さを滲ませる語り口は、アカデミー生として猫を被っていた姿よりは、本性を現した時のものに近い。
そんな彼女がした提案は内容もあって、まずマスコットコンジキが難しい顔で相方に念話を飛ばすこととなった。
(むぅ、彼女からすれば存在にも関わる欲求でメリットも提示している以上、ただ突っぱねるのも難しいが、未だ自分本意な提案であるという見方も出来る。
前回のような問題が起こる可能性も捨てきれないように思えるがシラハエル殿、ぬしはどう見る……?)
(────では、ここは任せていただけますか?)
「……ふむ、承知いたしました。そうですね、それなら────」
一方で念話とともに返したシラハエルの言葉は、コンジキからしても少し意外なほどにあっけらかんとしたものだった。
------------
そうして今、始まったのはルクスリア主体の突発的な雑談配信。
これまで見てきた『シラハエル』を考えると、おそらく了承はするだろうと思っていたコンジキだったが、それでも当日すぐに始めようとするとは、と少し緊張しながら配信を見守る。
(当然、シラハエル殿は楽観的なばかりでもない。あえて事前予告無しのゲリラ配信とすることで、リスナーが集まりすぎたり不安視する時間を減らしておる。
これなら少なくとも、前回の反則結界のような事態は起こらないはずじゃが……)
これまでルクスリアを見てきたシラハエルの判断を信じ、尊重しながらもコンジキの懸念は続く。
それは、ルクスリア自体への疑念と言うよりは、むしろ────
<虚念配信かぁ、大丈夫なんだよね?>
<なんだなんだなにをするんだ>
<これは大丈夫 理由は益獣って書いてるから>
<楽しみだけどちょっと不安か>
<セレスティフローラは居ないの? 一応居たほうが良くない?>
<まあ尻叩きで反省見せてたしいけるってことだろ>
<シラハエルいるから問題無いって判断でしょ ビビりすぎな>
<あの変な結界またされない?>
(むむむ……)
そう、前配信の記憶が色濃く残る視聴者が想起するのはやはり、配信システムそのものに干渉する偏愛の権能。
前回とは状況がまるで違い、魔力の受け取り手も居なければルクスリア側の動機も薄い、というのは事情を深く知るシラハエルたちだからこそ分かることだ。
そんな状況だからこそリスナーも、そしてコンジキもルクスリアが次に何を言うのか、この場で何をしようとするのかと、固唾を呑むこととなっていた。
「あ、|わたしと、あなただけいればいい《サクラリウム・メウム》のことなら安心していいよ。だってもう"いらなく"なったもん」
そんな神妙な空気を晴らすように言い放ったルクスリアは、画面の向こうが戸惑いを覚える前に明るく続ける。
「アレはわたしが、偏愛の虚念として『そうあれ』って言われて、そうあるために身につけた……ってわかんないよね。
かんたんに言うとね、みんなからの見られ方が変わったから、違うことが出来るようになったってこと。
だからそれをみんなにも見せてあげようと思ったの」
<なるほど……なるほど?>
<本当にござるか~~?>
<ほな大丈夫かあ>
<光堕ち能力変化……ってこと!?>
説明を受けてもやはりというべきか、まだ懐疑的な空気が占めるコメント。
ルクスリアはそれをしばらく無言で眺めて、何かを考えながらうん、うんと頷くと。
突如、シラハエルとコンジキの方を振り返りながら口にした。
「ただし、それにはシラハとマスコットの……えっとそう、コンジキちゃんと、何よりみんなの協力が必要です。
と、いうわけで二人ともこっち来て映って……うん、そうそう。で、シラハはそのまま動かないでね……よっとっ」
「むぎゃぅっ。なんじゃなんじゃ、ワシに乱暴する気なのかっ、ここからは良い子は見れないメン限配信なのか────」
むんずとルクスリアの両手で、無遠慮に抱え込むように持ち上げられたのはキツネのマスコットだ。
害意は感じられなかったためワチャワチャと手足をばたつかせ戯言を繰る余裕はありながらも、それはそれとして困惑も見せるコンジキを意に介さず。
虚念の少女は手に収まったソレを掲げると、シラハエルの頭の上にそっと置いた。
「んん……?」
「なんじゃあっ……?」
「これでよし、しばらく動かないで配信のコメントでも読んでてね────さて」
そうして出来たのは、シラハエルの目の覚めるような金髪の上に、これまた金色の体毛のコンジキが保護色のように重なった姿。
元々のシラハエルのビジュアルに加え、もふもふとした小さなマスコットが頭に乗った光景に、ルクスリアは満足そうに頷くと。
「────みんな、"どう思う"? かわいくない?」
そう、コメント欄へ笑いながら反応を促した。
<かわいいかわいいかわいいかわいい>
<はいかわ>
<ケモミミっぽくていい>
<なんかわからんけどよし!>
<疑似狐耳か あざとい>
<コンジキ様いるところめっちゃいいにおいしそう……>
<私は いいと思う>
<コンジキ様が上手く隠れたら本当に獣耳っぽくなるんじゃない?>
(ほう……なる、ほど?)
当然、視聴者は煽られるまでもなく理屈抜きの感情をコメントに乗せる。
直前にあったルクスリアへの疑惑も塗りつぶされた様子に、コンジキはコメントの熱に応えるように、シラハエルの上で耳をピコピコ動かしながらわずか感嘆した。
(ワシらマスコットからしたら、自身が配信に出しゃばるのはどうか、と一歩引いて考えがちじゃ。
そして自身を『カワイイ売り』することへの羞恥を残すシラハエル殿は当然、こんなあざとい真似は発想もせんじゃろう。
そうなると遠慮のないルクスリアだからこそ作った新たな魅力とも言える……ただ)
一定の納得はありながらもただ、とコンジキは内心で首をひねる。
確かに視聴者にはウケているが、どちらかというと送られるのは偏愛を始めとしたシラハエルへのみの感情だ。
もちろんそれはそれで、シラハエルに向けられた偏愛も糧にできる彼女からすれば満足なのかもしれないが、これまでとそう変わらない状況の後押しとも言える。
「…………」
そして、そんな疑問を共有できないかと相方を見下ろして見れば、同じような考えに至っていてもおかしくない彼はただ照れたように笑う。
それは思考を放棄しているのではなく、むしろ逆。
より深く考えた結果、期待感を持ってこの状況を受け入れているようにコンジキには思えた。
────多分ですが、大丈夫です。あまり色眼鏡でルクスリアさんのやることを見ないためにも、詳細は控えますが。
そんな、配信が始まる前に口にした相方の、ルクスリアをアカデミーに入れた時と同じある種の開き直りを想起していると────
「…………うん、来たね」
「……む……?」
ぽつり、とルクスリアが静かに呟いた。
「わたしは……偏愛として自分ともう一人だけの世界に生きようって。"そうあれ"って思われたから、あの結界が使えた。
そうあれってきもちは、みんなが思ってるよりすごく、すごくつよい……世界だって変えちゃうほど」
そのまま少女は訝しむコメント欄にも伝わるよう、どんどんとトーンを上げながら続ける。
「わかるよ、今のみんなの気持ち。伝わってきたよ、純粋で貪欲で身勝手でネジ曲がっててドロドロで……わたしのだいすきな『こうあって欲しい』って偏愛が。
そんな、みんなの想いを使って少しだけ世界を変える……それがわたしの力────」
「────|わたしと、あなたたちが見る世界っ!」
「のわぁっ……!?」
<おいおいこれ>
<なんだ……アレは!? また結界なのか!?>
<く、くる>
<なんの光ぃ!?>
以前の結界を思わせるような力強く、仰々しい言葉とともに放たれた淡い桃色の光。
思わずシラハエルの上からコンジキが転がり落ちてしまうという一幕を挟みつつ、光がやんだあと視聴者が最初に見た光景は。
「……と、これ、は……本当に?」
「わおわおわおわお、なんじゃこりゃマジかマジか」
<えちょ>
<うおおおおおおおおお>
<ええええええええ>
<え、本物? かわいいかわいい>
<か……官能様が…………!!>
コンジキが模していたものとは違う、本物にしか見えない立派な狐耳を、自由にピコピコと動かす。
比喩表現でない獣属性をねじ込まれた、魔法少女シラハエルの姿だった。
◆◆◆




