第四十九話 花が、芽吹くまで⑦ 刺さった棘と向き合います
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「は……話って……芽吹に……? い、いったいなんで、急に……?」
『わたしと話をして』────突如現れた少女が言い放った言葉に、マスコットブラウネが慎重に返す間、セレスティフローラ……変身が解けた今は新雪芽吹は思考に空白が生まれ一瞬呆ける。
なにせ彼女に話しかけてきたのは普通の少女ではなく、偏愛の虚念ルクスリアである。
これまでは白羽に対して強い執着を向け、天真爛漫な姿でリスナーからも強い支持を得始めていた少女。
そんな少女が直前のコーチング中の事故以降、何かに揺れているような形容しづらい気配を漂わせたかと思えば、突如これまで興味を向けられていないよう思えた自分に話しかけてきたのだ。
そうして、当然のように警戒を見せるマスコットの声も置いて、ルクスリアは芽吹をじ~~っと間近で見つめた。
周りからすれば、そっくりな姉妹が微笑ましく見つめ合っているようにしか思えないその一時の間も、芽吹は内心でだらだらと滝汗を流して固まる。
(こ、こえぇぇ~! クソこえぇですわ~~! わたくしなんでお母様っぽい見た目の人にめちゃくちゃガンつけられてるんですの~~!?)
ある意味では、先程まで彼女が陥っていた陰鬱な悩みごと吹き飛ばしてくれたと言えるこの状況。
もし眼の前の五つの虚念がその気になれば、魔力切れで変身もしていない自分の首などバネ仕掛けのおもちゃのように飛ばされるだろう、と想像し身を震わせた。
おまけに、何やら彼女を見ていると一瞬ノイズのように姿が不鮮明になったり、ぼやけたりするような印象を覚えさせられるような気がした。
これまで見ていた限りではなかった状態に、いよいよ少女の頭に混乱が押し寄せる。
「あ、あんの~~……お話しするってぇ~、お話しはぁ……」
さすがに耐えかねた少女が、おずおずと窺うように口にしたセリフにぱちぱち、とルクスリアは二度瞬きをしてから答えた。
「あなたは、どうしてアカデミーに来たの? ……どうして、今もアカデミーでがんばってるの?」
「────ッ!」
『何しに来たの?』と、まるでこれまでの芽吹を形成した、過去の失望をぶつけられたかのような言葉に、彼女は一度身を跳ねさせる。
だが、そもそもルクスリアの意図がどういうものかも分かっていない段階だ、となんとか気を取り直した少女は、嘘偽り無く答えようと口を開く。
「ふ、ふっ……! 良くぞ聞いてくださいましたっ! それはもちろんおじさ────……っ、えっと…………」
────が、そこで彼女が持つ危機感は、全力でその口を引き止めさせた。
この眼の前の少女がこれまで執着を見せていた相手を考えると、自分が持っていた憧れをそのまま口にすることが、どのような刺激を与えることになるか分からなかったからだ。
(そう、そうだセレス……! 彼女が何を考えているか分からなすぎる……! シラハエルさんたちも居ない今は、この場をやり過ごすことだけを考えよう……!)
相方のブラウネも全霊で囁く通り。
プライドなど、このアカデミーに来る前からとうに投げ捨てたと豪語する少女は、いつも通り“今”を精一杯生きることに全力を注ぐ。
それが最善で、きっと誰もが望むことだと分かっていた。
「────おじさま。高司白羽様に憧れて。
母から聞かされた、子どもの頃から強く自分を通す彼のように、そして彼の横に在るにふさわしい自分に近づくために。
成りたい自分を目指し、頑張ってる途上ですの」
「せ、セレス……!?」
「……………………ふぅん」
そう、分かっていたはずなのに。
少女の口から自身も驚くほどに淀み無く出たものは、やっぱり嘘偽りのない言葉だった。
「こわくないの?」
なぜ、どうしてその言葉を吐いたのか……芽吹本人の思考が発言に追いつく前に、ルクスリアにかけられた言葉。
それは、眼の前の自分のことを言っているようであり、アカデミーを続けることに対してでもあるように感じられて。
それでも、そのどちらに対しても、と彼女の口は思考より先に答えを返す。
「怖い……ですわ。痛いのも死ぬのも、また失敗して失望されるかもと思うのも。
……でも、それでも……ああ、そうですわ……多分、わたくしはきっと……“今、その怖いこと全部より怖い何かが、できている”。
だから、わたくしはどんな脅威が来るって知っても、きっとアカデミーを辞めません……やりとげ、たいのです」
「……君は……っ」
芽吹が漏らした、整理しきれておらずたどたどしい、だけど不思議と力強い言葉にブラウネが呆然とする。
そして、それらの言葉をじっと聞いていたルクスリアは、そのまま感情を覗かせない表情で数秒固まった後。
ふぅっと目を閉じて息を吐くと一転、晴れ晴れとした印象で笑いかけた。
「……ん、そっか。辞めたりする気はないんだね……それなら」
それなら、と一度切ってくるりと回転しながら距離をおいた少女は。
「────それなら、頑張ってたくさんの人たち……リスナーさんに見てもらわなくちゃね。がんばってね」
そう、背中を向けて顔だけは覗き込んだ姿勢で、最後に励ますような言葉を伝えると。
初めてシラハエルと出会ったときの力任せなそれとは違う、スムーズな魔力移動でその場からたんっと飛び去ったのだった。
「…………はふぅ……」
「わ……だ、大丈夫セレス……? もう、いきなりあんな無茶するなんて……」
ぺたん、と座ったまま後ろにもたれかかるように手をついた芽吹に、ブラウネは心配の声をかける。
相方に言われるまでもなく、今自分がとんでもない無茶をしたことは自覚できている少女は、それでも不思議と後悔のような気持ちは全く湧かなかった。
「心配をおかけしてすみません、ですわ……
ただ、なんとなく、なんとなくですけれど……あの方が今話しかけてきたのは、悪意からではなかった……そんな気がしますの。
いえ、そうあってほしいってだけの、ただの願望なのかもしれませんが……」
心配をかけた相手に、なんとなくの直感で思ったことをそのまま伝えるも。
根拠のないその内容にもやはり自信が持てず、少女は考え込む。
「……それでも、どうしてわたくしはあんなことを言ったのでしょう……死ぬかもしれなかったのに……」
もしや、直前の失敗で自分が自暴自棄に陥っているのではないか、と思考がよぎり一度背筋をぶるっと震わせる。
それぐらい、今の彼女は自分自身のことが信じられなく、そして分からなくなっていたのだ。
「…………っ」
そこまで自覚して、ルクスリアに話しかけられる直前に考えていたもの……これからどうやって自分に自信を持ったらいいのかという問題に、再び直面する。
先ほどマスコットコンジキに指摘された通り、疲れもある今は早く帰って寝るのが一番だ、と分かっていながらも。
自身が周りに隠そうとしていた弱さをさらけ出してしまったという不安で、少女はどうしてもこの先をナーバスに捉えざるを得なかった。
「……うん、よし。それなら今からでも一度相談しに行ってみよう。
コンジキ様、シラハエルさん……もちろんこれまで当たってくれたコーチでもいい。誰に相談しても邪険になんてせず、良い答えを返してくれるはずさ」
「…………それは……そう、ですわね……うん……そのはず……っ」
ぱんっ、と目を覚まそうとするかのように手を叩いたブラウネの提案。
彼の言葉に最もだと頷いた少女は、よろりと立ち上がって前に向かって歩こうとする。
……ただ、その傍らで彼女には一つ思考がよぎった。
(今、相談しようとする方々は……みんな、早くから頭角を現した強い方たち。
だからこそ、わたくしが持っていない視点からの素敵なアドバイスを聞かせていただけるかもしれない……そのはず……なんですが……)
ずきり、と。
彼らの成功者としての才覚を考えれば考えるほど、大好きな母の姿が脳をよぎって痛む胸を抑える。
────才あるものへの諦観。
“自分とは違う”という彼女からしても卑屈だと、考えるべきでないとするその本能を。
なんとか振り払って顔を前にあげた少女は……一人の人物が目の前に居ることに気づいた。
「…………ぇ…………?」
強い魔力と自信に溢れ……だけどこれまで出会った人たち以上の親しみを感じさせる立ち姿は、先ほど去ったばかりのルクスリアではない。
派手派手しくなくも王道で安心感ある魔法少女姿のその人物は、呆気にとられる芽吹たちに声を掛ける。
「えっと……はじめまして、セレスティフローラさんとマスコットブラウネさん……ですよね」
「ぇ……あ……!」
あっけにとられた芽吹の反応に、声をかけた相手が自分のことを知っていることにほっとした表情を見せると、そのまま少し照れを見せながらに続けた。
「『前日、突然の連絡、失礼いたします』────なんて、あはは……。
おほん、明日のコーチングを担当する魔法少女、ミリアモールと申します。もし良かったら挨拶がてら今……少し、お話し出来ませんか?」
まるで、彼女にとっての“神話”を再現するかのような。
そんな語り口で切り出した人物の名前など、名乗られる前から知っているに決まっている。
芽吹の憧れである高司白羽……シラハエルの最初のコラボ相手にして、最も大きな変化を手にしたと言える、象徴のような魔法少女。
0に等しい苦境から諦めずに戦い続けた、少女の望む理想の一つが今、眼の前で手を差し伸べていた。
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「────わっかる~~~!」
「わ、わかりますか……!? 本当に……!?」
すでに人気魔法少女として、シラハエルとのコラボという形で他魔法少女を何度も支えるなど、華々しい活躍を見せている魔法少女ミリアモール。
当然芽吹からすれば、エターナルシーズやフローヴェールと同じ高みにある魔法少女……そんな常識的な畏れは、彼女が持つ異様なまでの親しみやすさにより、あっという間に剥がされてしまい。
気づけば少女は、今抱えている言葉にしきれなかった悩みの全てを、眼の前の相手にぶちまけてしまっていた。
ルクスリアと話していた河原のまま、再び座り込んで話す少女たちを夕焼けの赤が優しく撫でる。
「わかるよ……! 間違いなくちゃんと前に進んでいる、やれることをやってるって思ってて、周りにもそう見てくれている人がいるのに。
一つ良くなかったなってことがあると、それがかき消されたみたいになっちゃうんだよね。二歩も三歩も進んでるのに一歩下がったらおあいこかそれ以下みたいになる感覚。
これって理屈じゃない、みんなが感じる当たり前のことだと思うの」
「……それは……確かにそういう感覚は、ありますわね……」
力強く見せたミリアモールの共感の言葉に、生徒は同意を返す。
それに気を良くしたように彼女はさらに自身の経験を遡るように深堀って……表情だけは笑ったままに、絞り出すように続けた。
「────特に、私は。一人か二人ぐらいしか見てくれる人が居ないって時期が長かったから……その中での失敗は本当に応えたなあ……私いる意味あるの? って鏡の前やベッドの中で何度も何度も……ふふ、ふふふふっ……」
「ぴぇっ……み、ミリアモール様……?」
「あれ、これどっちが励ます流れ……?」
「なんて、冗談は置いておきます」
(本当に冗談ですの……?)
思わずブラウネも口を挟んだほどの、底しれぬ深淵から這い出たようなナニかを感じさせたあたりで、ミリアモールはスンッと気を取り直して続ける。
「それで、セレスティフローラさんの悩みは失敗したこと……そのものじゃなくて。
その失敗の原因が、今までの自分を形作ってきた自意識みたいなところから来てるから。
どう対処したらいいのか、そもそも今の自分がちゃんと前に進めているのか分からない、てなっている……ってことであってるかな?」
「は、はい……その、通りだと思いますのっ……自信を持て、自分を否定するな……言葉にすれば簡単なはずなのですが、今のわたくしにそれが出来るのかどうかっ……」
たどたどしい説明を、先輩魔法少女がまとめてくれたことで浮き彫りになった悩み。
実際に言葉にして考えれば考えるほど、解決の取っ掛かりが分からないと少女芽吹は沈みかける。
「…………うーん?」
────が、相談された当のミリアモールはそれと対称的に、深刻さを感じさせないながらも、納得がいかないといった表情で首をひねる。
それはまるで、このことに悩んでいること自体が不思議だ、とでも言うようなある種の楽観視を感じるもの。
その様に、自然体な態度にどこか救われるという想いとともに。
もしかしたら自分の問題の根深さがちゃんと伝わっていないのかも、会ったばかりで自分のことを知らないのだからそれも仕方ないか、と少女は困ったように笑った。
「あはは……えっとですね、わたくしは……」
「────ねえ、セレスティフローラさん。あなたの問題って……本当にそんなに解決が難しいものなのかな? ……もっと言うと、もうほとんど解決してるものだったりしないのかな?」
「────っ」
それなら、改めて自分の問題をちゃんと伝えよう……そう思って口を開いた矢先に、投げかけられた質問。
少女は訳がわからないとばかりに、思わず素に近い態度のままで返答する。
「えっ……と、それは、どういうこと……です、の……?」
「んっと、そうだね……それに答えるために、一つ質問させてもらうね。
今考えている問題、自分を卑下する言葉……例えば自分はダメだーなんて言う癖についてだけど……あなたが前、配信中に言っちゃったのって、いつだったっけ?」
「へ……そ、そんなのもちろん最近……」
さらに重ねられたのはまたも想定していない問いかけだったが、今度は簡単だ、とすぐ返そうとする。
なぜなら自分はずっと本能のように卑下して生きてきたのだから、前回のセリフも……そう記憶をたぐろうとして。
「……………………あれ……?」
────思い、出せない。
少なくとも面接の時や、コーチング初日の体力測定のときはスラスラと口をついて出ていた言葉。
『能無しミソッカス』『ドカス』『終わりきっている現状』……そんな文句で自分を下げたのは、確か。
…………いつだろう?
「……使って、無いよね。少なくとも私が何度も見たコーチング配信では、ここ最近では全然確認できなかった」
「え……わたくしの配信をそこまで見ていただいて……で、でもそんなはず……そうです、最近も『無様な姿』だとか『劣等生』って言葉で自分を……いや、あれは……」
そう、『会ったばかりでよく知らない』どころか、眼の前の少女がそんな細かいところまで配信をチェックしていたことへの驚きもあるが。
それ以上に少女の思考を釘付けにしたのは、ミリアモールがした指摘。
ここしばらくで芽吹が使った言葉は今言ったものぐらいだが、それもフローヴェールとの念話に対する返しだったり、配信外でのコンジキへの相談だったり。
少なくともミリアモールが観測した配信上では言っておらず、思い返してみればそれらの言葉もなんというか……口にすることに強い引っ掛かりを覚えながら無理やり出したものに思えた。
「…………っ!」
彼女の質問の意図が、彼女が自分に何を言いたいのか……それはまだはっきりとは分からないけど。
なんとなく今、自分が今まで時間をかけて積み上げてきたコーチングと同じか、それ以上に大事な何かに触れているような気がして。
少女はこれまでの疲れも忘れ必死に頭を巡らせる。
「わたくしは……いつの間にか配信上で、言わなくなっていた……? でも……どうして……」
「そう、配信上で。どうしてだろうね」
どうして、という少女の困惑に助け舟を出すように、ミリアモールは少しだけ気まずそうに頬をかきながら口を開いた。
「それと、もう一つ……ごめんね、さっきのルクスリアさんとの話もちょっと聞いちゃってたんだけど」
「え、ええ……」
「……変身しているのは、セレスがルクスリアに何かされたら、すぐ助けられるよう見ていてくれてたんだね……」
補足の言葉を挟んだブラウネに「あはは……」と肯定の照れ笑いを浮かべると、彼女はともかくと続ける。
「セレスティフローラさんはあの時、危ないよ、降りたほうがいいよってあの子の意志をちゃんと受け止めたうえで。
それでも降りないってきっぱり返したよね。あれは、どうして? 死ぬかも知れないこと以上の何が怖かったのかな?」
「あっ……あぁ…………!!」
その彼女の言葉が耳に入ると同時、ビリっと電流が走ったような感覚とともに全身が粟立った。
つい先程、ルクスリアとの会話が終わったタイミングでは分からなかったそれが今、直前の会話の流れと符合する。
「わたくしは……わたくしは……! そうです、さっき脅かされたときも、配信で自分を卑下しようとしたときも……
何かが引っかかって、何かが怖くなってそのセリフを出すことが出来なかった……理由は……どっちも同じだった……!
そして、わたくしにその言葉を言わせなかった理由はっ…………」
「言えなかった、理由は?」
「────恥、ですわっ……!
自分のプライドなんてとっくに捨てていたはずのわたくしは、それでも魔法少女として頑張っている自分をみんなの前で下げることが我慢ならなかった……!
だって、だってそんなことしたら……応援してくれている視聴者も、信じて教えてくれた魔法少女も、みんなダメって言ってるようなものだって思ったからっ……!
わたくしは……もう、とっくにダメじゃなかった……! プライドを、持っていたんですわっ…………!!」
そう、言葉にした瞬間。
「────っ」
────かちりっ、と頭の中で何か噛み合うような、スイッチが切り替わったような。
そんな不思議な感覚に、少女は叩かれた気がした。
「せ、セレス……君はっ…………!」
ぶわっと視界がクリアになり、温かい高揚感で身体が包まれたと同時、感極まったようなブラウネの声がかけられる。
その声に驚き以上の、ついに、ようやくといった感慨深げな色を感じた少女は、合点がいったと頷いた。
「ああ……そう、でしたのね……ブラウネ……というより、みなさんわたくしの問題を分かってて……
それでも、気づくまで黙ってこのアカデミーで成長する姿を見守ってくださっていたのですね……発案者は、おじさまでしょうか……?」
言葉にならず、ぶんぶんと首を振って頷くマスコットにふふっと笑ったあたりで、少女は高揚と同じくらいの畏敬を覚え始める。
一体、このコーチングの裏にある、どれほどの深慮に自分は見守られてきたのだろう。
今考えると、ルクスリアという対極の存在が置かれたことも、この答えにたどり着くために必要なモノだったようにすら思える。
(おじさまは……本当にすごい、すごすぎますわっ……)
そうして、ルクスリアの攻撃という負荷に晒されて、自分に残っていた最後の弱さ……トラウマという膿も出して、問題を自覚できたこのタイミング。
初めてシラハエルに救われた、最もシラハエルの理念を知るだろう少女ミリアモールが、まるで彼の代弁者かのように現れて、最後の一押しをしてくれた。
あまりにも出来過ぎとすらいえる流れに、芽吹はさらに強く感じた高揚に身を任せるまま……
ミリアモールの後ろにいる、憧れの相手の期待に沿えるような力強い宣言を口にするのだった。
「────ありがとうございます……もう、大丈夫。
わたくしの道は間違いではなかった……ですけど、わたくしの心の置きどころが違っていたのですわねっ……!
これまでの、弱さを口にしていた自分は捨て去り、自信を持って事にあたる……そうして、魔法少女として高みを目指すのが、このアカデミーでわたくしがやるべきこと……そうですわねっっ!!」
そんなキラキラとした言葉に対し、少女から見た、シラハエルの代弁者として現れたミリアモールは。
「…………うーんと、それはどう、なのかな……」
「え、えぇ……!?」
────全く想定していなかったことに、またも納得しきっていないかのような微妙な反応を返したのだった。
何故、シラハエルはもちろん、コーチであるミリアモールとしてもこれ以上に喜ばしい話はないはず……
てっぺんまで昇った瞬間梯子を外されたような感覚に再び混乱に陥った少女に、ミリアモールは少し考えたあとうん、と頷くと。
突如、ぎゅっと芽吹の両手を力強く握りしめて、その考えを口にした。
「確かに、天使様がみんなに伝えたように、ずっと自分を卑下する言葉ばかり使うのは良くないと思うよ。
……でもね、同じぐらい私思うの。『その個性、全部否定してまるっと捨てちゃうの、もったいなくない?』って。
セレスティフローラさんのそれ、せっかくすっごくキャラ立っててカワイイのにっ!」
「ふえぇっ…………!!?」
「んんんっ……!?」
そんなバカな、今までの話はなんだったんだ……芽吹はもちろんブラウネも漏らした困惑。
それに対し頷くことで寄り添いながらも、ミリアモールは続ける。
「そうだね、これまでの話からその癖は欠点だって思う……それも当然だと思う。
でもね、思い出して。セレスティフローラさんの思うがまま盛り上げたりしてるとき……視聴者さんたち、楽しそうじゃなかった?
もう、ダメだな~なんてコメントしながらでも、みんなで支えて応援しようって流れてきた魔力、あなたはきっと感じたと思うの」
「そ、それは……そう、かもしれませんが……だからって、いいのでしょうか……? この問題を解決するためのアカデミーだったのでは……?」
「もちろん、さっきも言った通り全部に対して卑下する必要はないよ。
でも例えば、初めて挑戦することだったり、まだ自信が無いと感じることだったり。
そういうことに対して最初のうちは言っちゃって、みんなで応援してって空気を作る……こういうやり方の魔法少女だって、あっていいと思うの」
「……っ!」
彼女の言わんとすることが腑に落ちると、先程の高揚感とは別の、不思議な暖かさが身体に入ってくるのを感じる。
魔法少女セレスティフローラとして以上に、人間、新雪芽吹としての在り方が肯定されたよう。
そんな感覚に、まさかこれもおじさまの代弁者として……そうよぎった内心を見透かすように、眼の前の相手は口にした。
「────ここまでわーって言っちゃったけど……実は私たちがシラハエルさん……天使様に伝えられたのは、あなたの癖を治すためのお話だけ。
だから、これは今までの配信を見た私が、今あなたを見て、あなたの返しを聞いて思った私の意見なの」
「なっ……! それは、よろしいのですか……!? だって、あなたは……」
そう、このアカデミーを掲げたシラハエルの理念のもと、集ったコーチとしてあるまじきとすら言える独断。
ましてや“おじさま”への信頼が絶大なものだった少女芽吹は、眼の前の魔法少女もまた彼を絶対視しているものだと思っていたからこそ、この行動に驚愕を覚える。
「あはは……確かにすぐ言っちゃう前に、本当は天使様に相談してからのほうが良かったかも……でもね、仮に相談していい反応をされなくても多分説得しようとしたと思う。
だって、私は魔法少女のキャラ付けで苦労した経験なら、天使様よりもずっと上だって思うもん。
だからこそ、今あなたが完全に無かったことにしようとしているものが、すごくもったいなく感じたの」
「ぁ……ぅ……」
少し自嘲気味に笑うと、すぐに力強く言い放ったミリアモールの姿。
それに、芽吹がまだ信じられないと呆けた表情をしていることに気付いた彼女は、代弁者たるコーチではなく、“魔法少女ミリアモールの考え”を伝えた。
「天使様やコンジキ様は……誰よりもたくさん、一生懸命私たちのことを考えてくれているけど、それでも一組だけで出来ることには限界があって。
そういうのをなんとかするために、このハロウズアカデミーを作ったんだと思う……あ、ちなみにハロウズアカデミーっていうのは名付けに困ってた天使様に私が提案したんだけどね?
……ともかく、アカデミーが相互に助け合うためのものなら、天使様たちが気づかないようなところもそれぞれが気づいて、補い合える関係であることが、あの人が望むことだと思う」
しれっと早口で自慢話を挟んできたことはともかく、それ以上に彼女の発言に感じた理を、芽吹は咀嚼する。
────そうだ。
彼が……高司白羽がこれまでたくさん迷って、悩んで、間違えながらここまで積み重ねて生きてきたというのは、先程聞かされた過去の話で分かっていたことじゃないか、と。
ならば、間違いなくこのアカデミーで一番お世話になった自分がやるべきこと、目指すべきことは────
「おじさまに憧れてばかりでいるのではなく……おじさまの想定すら超えられる自分を目指すこと。
自分の癖を捨て去らないというやり方でも、それ以外でも出来ることを考え続ける……その先にわたくしが本当に目指すものがある……?」
少女が漏らした小さく……だけどこれまでで一番力強い呟き。
それに頷くと、ミリアモールは最後にかしこまりながら一つの事実を告げたのだった。
「……明日、私とのコーチングは、虚獣との実戦を予定しています。失敗したらもちろん、命の危険があります。
あなたの状態次第で、どこまで手を貸すかは私が決めていいって言われているんだけど……どうかな?」
「……………………わたくし、は────」
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「────きいて。五つの虚念のうごき、わかった。明日、くるよ…………ほんきでやるつもり、みたい」
少女たちとは別の場所にいる、シラハエルたちのもとに舞い戻ったルクスリア。
彼女が口にした凶兆が、アカデミー関係者を駆け巡ったのは、芽吹が口を開こうとしたときと同じタイミングだった。
◆◆◆
次週は木、金と続けて二話投稿予定ですわ~




