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第四十八話 花が、芽吹くまで⑥ 散ったカケラを束ねておきます


◆◆◆



「────と、いうようなことが……まあ、ありました……未熟で考え無しで、短絡的だった頃のいわば黒歴史というべきものですが……」


「………………」

「…………っ!」

「あばばばばばばばば……」

「ああ、フローヴェールが久々にパニクったぶー!」


 セレスティフローラの変身が解け、元の姿があらわになるというアクシデントにより。

 コーチングを一時中断し休憩スペースへと戻ったのは、その場に居た魔法少女たちとそれぞれのマスコット、そして偏愛の虚念たる少女。


 魔法少女シラハエル本人の口から過去を聞かされ、顕著な反応を示したのはやはり三人の少女……つまりセレスティフローラ、ルクスリア、フローヴェールだった。


 一人は母親から聞かされた話と一致しつつも、彼の視点からもたらされたすれ違いに納得感と切なさを覚え。

 一体は話の途中からそわそわと身体を動かし、終えたあとは何かをこらえるように苦しげな表情を見せ。

 一人はママに脳を灼かれたものとして、事前準備無しに与えられた供給の多さに、シラハエルに救われる直前のような“こんらん”状態で目を回した。


「以前チラリと漏らしてくれたが、実際はそのようなことが……言いづらい話をさせてすまなんだのう、シラハエル殿」


 その場にふよふよと浮くコンジキが、代表してまとめるような形でシラハエルに頭を下げると、彼はいえ、と手を振って返す。


 実際のところ彼がこの話をしたのは、“芽吹”としての姿と、それに対するシラハエルの反応。

 それにこれまでと大きく違う、動揺……あるいは愕然とした表情で「シラハ……どういうこと……? だって、わたしの姿……関係……あれ……?」と問いかけてきた少女ルクスリアに、大いなる危機感を覚えたため。

 まるで爆発寸前の大型爆弾を思わせるような『偏愛』の様子に、この場を収めて落ち着かせるためにも、と彼は自分の苦い過去を嘘偽りなく開示することを選んだのだった。



「…………はわ~~……」

「えぇぇぇぇ…………だって、そんなのもうどう考えても千景さんからだって……なんなら今からでも……ママが二人、三人……ママァァ~~……」

「ボヘミアンかのう?」

「ダメそうだからそろそろ回収して帰らせるぶー」


 当然、彼が千景に向けていた強い内心まで、赤裸々に伝えた訳では無いが。

 少なくとも母側からの情報を持つセレスティフローラと、そうでなくとも多感な少女であるフローヴェールには、彼が過去取った行動だけで想いの深さは十分に伝わる。


 中でも、もとより持った思慮深さもあって、容量オーバーによるパンクという癖を抱えていた少女フローヴェール。

 無事情緒が破壊された相方の姿に、こりゃ今日はダメだとマスコットアントンは判断し、特に視聴者という目もない今が好都合と雑に引きずっていくことにした。


「それではお先に失礼いたしますぶー、えっほ、えっほ……ああ、そうだシラハエルさん、コンジキ様」


 その最中そういえば、とアントンは思いつきを少し神妙な表情で口にする。


「多分うちの子が正気に返ったら、他のコーチ役の子にも今の過去話をある程度伝えていいかって質問をする気がするぶー。

自分だけ秘密を知ってるって状況で、ラッキーって考えるより他が可哀想じゃないか、出し抜いたみたいに思われないかってビビリ始めるのがうちの子なんで、先にお窺いしておきたいぶー」

「あぁ……なるほど、承知しました。残りお二方に話す分には自分は構いません、お任せします」


 そう、引きずりながら律儀に言質を取っていった、縁の下の理解者であるマスコットにシラハエルは力なく笑うと。

 頭を下げた彼がずるずると去っていくのを見届けたのだった。



 そうして、この場に居るのがマスコットを除き、“千景”と何かしらの関わりを持つ人物のみになったタイミング。

 その場にはほんの一瞬、何をどう言えばいいのだろうかと沈黙が流れる。

 が、口火を切るのは自分の役目だろう、と彼は意を決しながらも慎重に声をあげた。


「…………と、自分が話せることは以上となります。……その上で、自分からも一つ聞かせていただけますか、ルクスリアさん」

「………………………………なぁに?」

「…………」


 たっぷりと時間をかけてようやく、といった具合に返答した今のルクスリアは、口調こそ普段通りを保っているが配信上で見せていた天真爛漫な印象はほぼ無い。

 その様に周りがハラハラと緊張を募らせているのを肌で感じながらも、シラハエルは続ける。


「あなたが今の……自分に関わりのある人の、思い出と同じ姿を取ったのは、やはり────」

「そう。はじめてシラハにふれたとき、シラハの心に二人、大きな人がいた。その中で、わたしが……偏愛が選ぶならこっちだって思ったら、こうなってた。

……このすがたなら、わたしはシラハに愛されて、だいじにされるって思ったから……でも」

「二人…………?」


 直接の関わりの薄い生徒はもちろん、コーチであるシラハエルからしてもここまで自分のことを開示するのは初、と言っていいルクスリアの語り。

 その中で、一つの単語に疑問を覚えたセレスティフローラの方をルクスリアはチラリと見る。


「“でも”……なんですか? 気になったことがあるならなんでもお答えしますよ、安心してください」


 直前の話の流れと、これまでより神妙そうな様子に、なんとなく彼女が危惧していること、言わんとすることへの心構えを進めながら、つとめて柔らかく先を促したシラハエル。

 ────が、意を決したように口に出された彼女の言葉は、この場の誰も想像していなかったものだった。


「………………っ、でも、ね。不安なの。これからはそんなこと考えてられないような……あぶないことになるかもしれないから」

「危ないこと……」


「────五つの虚念(クィンク・ネブラ)がうごき出しそう。

さいきん、どんどん胸のざわざわしたきもちが強くなってる……わたしたち同士は、なんとなくお互いがわかるようになってるの」

「…………っ!!」

「五つの虚念じゃと……!」


 出会ってからこれまで一度も語られたことがなかった、『大敵』の情報が彼女の口から出たことに、静観を続けていたコンジキも身を乗り出す。


「……うん。すぐかどうかはわからないけど。魔法少女をつよくしようってアカデミーは……邪魔だってなってあぶないことになる……と、おもうけど」

「…………っ」


 再度ちらり、と目を向けられたセレスティフローラは、固唾をのみながら一筋汗を流す。

 本当にルクスリアの言う通りの脅威が襲いかかるならば、それに対し最も無力なのは自分だろう、と考えざるを得なかったから。


 ……特に今は、直前のコーチングで見せた防御の……少なくとも彼女が失敗と考えた経験がのしかかっている。

 ならば、と彼女はその気持ちに押されるままに想いを吐こうとした。


「…………その、ですの。もし先生方にとって、わたくしが────」

「────待った。今日はコーチングでも色々あった上に、白羽殿の大事な話もあってみな疲れておるじゃろう、フローヴェール殿の反応もある種当然じゃ。

今は虚念のことにしろ今日の反省にしろ、誰もが正常通りといかんうちは急いで結論を出さず、一度解散するべきじゃと思うがいかがか」

「さ、賛成、です……っ今日は頑張ったんだし、君ももう休もうよ」


 おずおずと出てきたマスコットブラウネの促しもあって、少し考えたあとコクリと頷いたセレスティフローラ。

 そんな少女とルクスリアに向けて、引き継ぐようにシラハエルが口を開く。


「それでは、本日はここまでと致しましょう。セレスティフローラさん、ルクスリアさん、お二人ともありがとうございました。

特にこれまで見たことのない技を見せてくれたルクスリアさんと、企画当初ではなすすべも無かったそれを防ぎきったセレスティフローラさん、どちらも素晴らしい姿でした。

”まずは一歩進めたことを喜んで、自分を褒めてあげてください”」

「────はい、ですわっ。本日はありがとうございます、ルクスリア様も。それでは、お先に失礼いたしますわ」

「………ん……」


 そうして、何かを思い出すように強く言い含めたシラハエルの言葉に、それぞれが反応を見せ。

 生徒の少女たちが去っていったのを確認すると、ふぅ、と息をつきながらシラハエルは隣に語りかけた。



「……ありがとうございます、コンジキ様」

「よいよい。セレスティフローラ殿の自認はこの企画における最重要項目じゃからの。

これまでのコーチングを無駄にせんためにも、ワシも細心の注意を払うぞ。

……しかし、いつかは来ると思ったが五つの虚念……来るのは自罰か、別の一体かそれとも……いずれにせよ、セレスティフローラ殿は落ち着いたあと、果たしてどうされるのかのう」

「…………」


 口にした言葉への返事代わりに、難しそうな顔で考え込むシラハエルを横目で見ながら。

 コンジキは、相方が語ったこのコーチングの全容を、改めて思い出していた。



------------



「────メンタル面の問題、じゃと……!? 偏愛の虚念ルクスリアならともかく、セレスティフローラ殿がか……?」


 アカデミー設立に伴い、魔法少女セレスティフローラとの面接を終えてしばらく経ったあとのこと。

 深く思い悩む時期を経てから、強い決意で少女の採用を宣言した白羽の説明に、まさかと言った具合でコンジキが聞き返した。


 コンジキからしても、面接で見た少女の姿は『乏しい才覚と不器用さにあがきながらも、明るく前向きに改善を目指す精神性』……それこそが武器であるとしか受け取れなかったからだ。

 だが、そんなコンジキの発言にも白羽は想定通りとばかりに頷くと、順を追って説明するために立ち姿のまま姿勢を正す。


「自分の説明の前に……コンジキ様が考えられる、セレスティフローラさんの改善すべき点とは何か、窺ってもよろしいでしょうか?」

「う、うむ。それはなんといってもやはり身体制御からになるじゃろうな。……あー、これは彼女の問題に関わることとなるゆえ、言ってしまってもいいじゃろうか? 彼女は────」

「────変身前の姿と差異がある……もっと言うと、変身前は変身後に比べかなり小柄な少女の姿、ということでしょうか?」


 コンジキの気遣いにあえて被せる形で言い当てた白羽に、コンジキは気づいておったのか、と意外そうに肯定した。


「やはりそうだったのですね、お気遣いありがとうございます」

「ふむ……ぬしの希望により、変身前の少女としてのプロフィールは把握しない方針じゃった。つまりこれはワシのみが持っている情報のはずじゃ。

そうなるとぬしが気づいたのは面接時、ということか?」


 コンジキの問いかけにおっしゃる通りです、と返した白羽は看破した経緯を口にする。


「まず、セレスティフローラさんが面接場に来るまでの話や、事前に送られた身体を動かしている動画を見たときから違和感はありましたが……

特に分かりやすかったのは、『歩幅が合わず』に椅子を蹴っ飛ばしてしまったことですね。

『上手く動かせず』でも『焦って勢い余って』でも無く、とっさにこの言い回しが出た以上、おそらくそういうことなのだろう、と」


 メガネを押し上げながら考えを伝えると、白羽は一度息をついてから少し苦笑するように伝えた。


「あとは……まあ、自身の経験則もありますね。自分も元の姿と変身後でだいぶ違うクチだったので。

ちなみにですが、自分のように変身後が元の姿より小さい場合は、普段の調子で大股で踏み出そうとしてコケそうになりがちです。

初変身後から必死で調整したものの、初の本格実戦となるミリアモールさんとのコラボなんて、いつ配信上でズッコけるか自分もヒヤヒヤものでした」

「ああ……確かに今と比べると、変身直後や初コラボの初動はぎこちない動きがあったような気もするのう。

それでも実戦の中ですぐに調整出来たのは、ぬしが過去に修めておった空手の経験や、身体制御の才覚などもあったのじゃろうな」


 納得したように返すコンジキに頷くと、白羽は話を戻します、と続ける。


「さて、確かにセレスティフローラさんが抱える問題は今おっしゃったものが分かりやすいですが……

こちらに関しては慣れの問題なので、諦めずに身体を使っていれば解決するはずです。

それよりも自分が気になったのは、彼女が面接時に繰り返し口にしていた言葉の方でしょうか」

「彼女が言った言葉……繰り返し? そんなに特定の言葉が目立ったという印象は無かったが」


 困惑しながら返したコンジキに失礼、と白羽は説明不足を謝った。


「正確には特定の言葉ではなく、傾向ですね。

……“ド貧弱能無しミソッカス魔法少女”、“ドカス”、“こんな有り様”、“一番出来が悪い”……彼女が自分を形容するときは、ほぼ必ず卑下の言葉がついていましたが、こちらはいかがでしょう」

「よく細かく覚えとるのう……しかし、確かに言われてみれば頻度は多かったが、今の彼女に足りないものがあるのは事実。

そしてそのままではいない、という意思も同時に見せておったことから、彼女はむしろ正確な自己分析と向上心を持つ、と精神性の強さを買っていたのじゃが……違うのか?」


「いえ、正しいです。彼女の問題の難しいところは、おっしゃる通り彼女の精神自体は間違いなく強い、ということです。

ただ、強いがゆえに“心の置きどころ”を間違えてしまっている……自分は彼女に、そんな印象を覚えました」

「心の置きどころ?」


 聞き馴染みの無い言い回しに首をひねったコンジキ。

 白羽からしても難しい説明になると分かっているからこそ、息をつきながら言葉を選び、核心に向けて話し出す。


「自分は……過去に色々あって出来るだけ人を見よう、として生きていた結果、歳を重ねるにつれ一つの事象を強く意識するようになりました。

それは、()()()()()()()()()()()()()()、ということです」

「む……なるほど」


 白羽が言わんとしていることがなんとなく分かり始めたコンジキは、少し姿勢を正しながらさらに彼の言葉を待った。


「一度頼りがない、ポカが多いと思われた人は、まるでそう在ることが自然であるようにミスをするようなキャラとして定着し。

逆に多少の背伸びをしてでも出来る人……例えば『定時に仕事を終わらせるキャラ』と周りに認識され、そうあろうとした人は少し見ない間に苦も無く終わらせられるようになっている……

個々人の適性や努力だけだと言うには、あまりに顕著と言える結果が出ているところを自分は数多く見てきました。

もちろん自分も、魔法少女シラハエルとして見られることによる影響は、気付かないところでも多分にあるでしょう」

「…………あるな。ぬしが前にケーキ……ごほん。

ともかく、人に見られた魂のエネルギーで戦う魔法少女は当然、そうでない一般人も『どう見られているか』は人格すら変えうるもの……

そうか、ならばセレスティフローラ殿は、いわばとんでもない縛りプレイをしてしまっているのじゃな」


 コンジキの同意の言葉を受け一度息を吸うと。

 白羽はあの面接の日から出していた……そして過去の経験からの地続きとなる一つの答えを、パートナーに伝える。



「ええ。“彼女が力を出しきれない最大の要因は、彼女自身が今の限界を決めつけ、それを喧伝しているから”……自分はそう認識しました。

過去に何があったのかは存じませんが、自分を『カス』だと断じるのは、そんな中少しでも強くあろうとする彼女自身が、周りに傷つけられないための鎧であり、彼女の成長を阻む最大の壁。

ならば、その壁を打ち砕かせることこそが、自分たちがコーチングでやるべきことだと……自分は、そう思ったのです」

「おお…………! ぬしの魔法少女に向き合う姿には常々驚かされていたが、今回ばかりは言葉もでんわ。よくぞこのような問題まで……!」



 そう、白羽が力強く放った方針に、畏怖すら覚えながらもこれならいけそうだ、とコンジキは高揚を見せた。

 もとよりセレスティフローラを買っていた相方はそれならば、と勇んで白羽に提案する。


「確かにかなり難しい問題じゃが、言われてみればなるほど……ならば、早速彼女に伝えてあげるか? 面接の合否とともにわしから話してもいいが、どうじゃ……む?」

「……………………」


 つねに魔法少女のためとあるコンジキのその言葉に、再び難しい顔で一瞬考えこむのは白羽。

 しかし、もとより決まっていた答えだ、と彼はコンジキに対して返した。


「いえ……自分は、彼女に直接伝えるのは本当の最終手段にしたいと思っています。

理由は、これが魔法少女のコーチングだからです」

「ふむ……?」


「『あなたにはこれから、自分を卑下する言葉を禁じていただきます』……確かに彼女の問題を手っ取り早く解決するなら、これが最も確実でしょう。

しかし、このような上から押さえつける形の矯正は、本当の意味での理解には至らない可能性が高いです。

これが趣味のゲームなどで一度きり上手くなる、というぐらいの目的ならそれもいいかもしれません……が」

「命をかけて戦う魔法少女ではそうはいかん、か」


 はい、と返した白羽にコンジキも納得したように頷く。


教示(ティーチング)ではなく、導く(コーチング)。一番大事なことは、彼女が自分で気づくことに意味があるのです。

だから、彼女自身への決まりごとの代わりに、自分を含めたコーチに対し一つのルールを設けようと思います。

ルールは、“セレスティフローラさんの自分を卑下する言葉を一度も肯定しない”こと。

そうして、何度も繰り返し成功体験を積ませることで、彼女自身が卑下する理由を無くし殻を破る……それを、このコーチングの理想のゴールとしたいのです」

「……………………なるほどな……だが、それは……」

「……何か、現時点で気になることでも?」


 彼が秘めていた想いを受け止めるとともに、手放しで賛同するばかりでなく慎重に考え込むコンジキ。

 そんな相方の姿に自分の見落としの可能性を危惧しながら、白羽は窺った。


「ああいや、ぬしのスタンスに文句があるわけではない。

ただ、一つ残った懸念があるとするなら、セレスティフローラ殿のその癖が出来た経緯じゃろうか。

もっと言うと、そもそも先に自信がへし折られるという因果があったからこそ、ぬし(いわ)く自分を守る鎧が出来たのではないか、と思ってな。

そうであるなら、彼女が魔法少女という立場を上手くやりきれるかどうか……その素質の壁に当たって、やはり自分などと……となる可能性も高いのではないか、と」

「…………」


「……それを踏まえて、最後にぬしに問いたい。アカデミーに編入させるのは必ずしも彼女である必要はないが、ぬしは彼女を選んだ。

ぬしはセレスティフローラ殿の弱点ではない、一体どのような素質を見出したのじゃ?」


 コンジキにしてみれば白羽の計画はもとより、ともすれば少女そのものの否定に繋がりかねない直接的問いかけ。

 白羽がそれにどういう態度を見せるかも心配になりながら、コンジキは恐る恐る様子を窺う、と。

 予想に反して彼は、ホッとしたような明るい表情で相方の質問に返す。


「ああ……それでしたら問題ありません、コンジキ様も先程おっしゃった通りです。……彼女が、“推せる”からですね」

「推せる……?」


 これまでの真面目な雰囲気と少し離れた、俗っぽい言葉をあえて使った白羽に、コンジキはおもわずオウム返しをする。


「彼女が過去に苦しんできた世界については存じませんが、魔法少女とは自身の存在全てが魅力という一つの力になり、視聴者から応援されることで成り立つ存在。

そんな中にあって彼女は、まだアカデミー生の募集もしていない自分たちに対し臆さず打診して、道化になることをいとわず自身をさらけ出し、コンジキ様の目を惹きました。

自分も同じ気持ちです、彼女が持つ人間性はそれ以外の弱点全てを補って余りある」


 そう続けた白羽は、一度すぅっと大きく息をつくと。

 最後にこれまでで一番に楽観的な、夢想と情動(ロマン)を信じる笑顔で言い切った。


「魔法少女配信者というものに素質があるとするならば、セレスティフローラさんが持つそれは、疑う余地もありません。……どう考えても才能の塊ですよ、彼女は」

「…………!」


 彼女の言う通りアカデミー生としての成功は確定しています、あとは自分たちがそれを実現させるだけ。

 息を呑むコンジキにそう伝えた白羽はそう付け加えると。

 最後にさらなる理想を望み、会話を終えたのだった。


「……その上で、彼女自身がアカデミーの途上でその問題に気づければそれは、本当に、本当に素晴らしいことです。

長い目で見たいとは思いますが、きっと彼女ならいつかは────」



------------



「────わたくしはきっと……自分で自分を、縛っていたのですね……」

「…………っ!」


 白羽の過去話を聞き終えた、その日の夕暮れ。

 少女は、コーチング中の事故により戻った新雪芽吹としての姿のまま、帰り道で見かけた河原に座り込み、口を開く。

 すでにコンジキから共有を受け、同意のもとコーチングを見守っていたマスコットブラウネは、その声に身体を跳ねさせた。


 まさか、という彼の意識が伝わったように、少女は自身の想いのたけを吐き出す。


「お母様……の姿をしたあの方、ルクスリア様の攻撃を防ぐ寸前になって……かつて投げかけられた『口ばかりだ』という言葉が、わたくしを縛りました。

……いえ、正確には言葉のせいではなく、きっとあのとき縛ったのは、その言葉を受け入れてしまっていた自分自身……それは、分かりました。

…………分かったの、ですが……」


 だが、自身の問題に気づいたと言う少女の表情は、晴れない。

 彼女の唐突な独白に、まだブラウネの頭が追いつけないでいる間も彼女は言葉を続ける。


「……分かっていても……分からない。自分の精神の問題だとして、それならどうすればいいというのですか。

自分が出来ないやつだ、期待出来ないやつだって思われるのが怖くて、自分から壁を作って逃げ続けていたようなわたくしが。

今回もまた、その癖のせいでトラブルを起こして、おじさまの言いたくなかったであろう過去話までさらけ出させて。

一体、わたくしはどうやって自分に期待すれば……!」

「…………セレス……」


 これまで出会ってきた中でも一番……いや、むしろ初めてと言っていい、怒りという感情を滲ませた少女が苛立たしげに吐き捨てる。

 彼女の怒りの向かう先が当然自身であることがわかるブラウネは、まずは落ち着かせこれ以上自身を卑下する言葉を言わせないためにも、と自身の疑問をぶつける。


「待って……その前に、君がこのタイミングでその問題に気づけたのはどうしてだい?

僕たちは……少なくとも僕なんか言われるまでは全く予想だにしなかったこの問題、もっともっと気づけるまで時間がかかるはずだって思ってて、まずそこに驚いているんだ」

「…………それは…………」


 言われて、彼女は言葉をつまらせる。

 言われてみればどうしてこのタイミングで気づけたのか……確たる答えが彼女自身も出せていなかったことに気づいたからだ。

 ならば、とこれまでの人生とコーチングを振り返ることで、なんとかその疑問の答えを探そうとして────



「────ねえ」


「っ!?」

「うわァッ!?」


 突如、いつの間にか隣にいた少女。

 自分と、そして最愛の母の小さかった頃とそっくりな、だけど今はその誰もがするようなものとも違う、無機質な表情で佇むそれに声をかけられた。


 一体なぜ、どうしてここに────彼女たちの混乱が声となって出る前に。

 底の見えない瞳で真っ直ぐ、偏愛のカタチルクスリアは、“初めてセレスティフローラに声をかけた”のだった。



「ちょっと、わたしと話、して」



◆◆◆


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