第四十三話 花が、芽吹くまで④ 小さなつぼみを守らせてみます
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「────はいはーい、迷える子羊どもぉ、元気ぃー?
あんたらのご主人、フローヴェール先生の配信が始まったよー」
<先生バージョンきちゃあああ>
<うおおおおお>
<今回は雑魚呼ばわりじゃない…コーチングだからか?>
<ガキが……ご教示おねがいします>
<今回はフローヴェールか、ほんと豪華だなこのコーチング>
<ほう 親娘教師スタイルですか 大したものですね>
<史上最強の弟子になれ、セレスティフローラ>
その日配信を始めた魔法少女、フローヴェール。
いつも通りを少し変えた挨拶に、いつも通りの反応をしてくれるリスナーの存在にうんうん、と頷いて。
あとは、彼女自身初めてとなるコーチングを全うしようと、その生徒に向き直ろうとし────
「…………で、なんか落ち込んでるように見えるけど、大丈夫……?」
「すみませんですわ……シラハエル様からお説教を、お説教をいただいてしまいまして……」
────コーチング中以外の活動はもちろん個々人の自由ですし、今なら魔法少女として常人以上の体力があることは事実ですが……
それはそれとして、良い子はちゃんと寝なさいっ!!
配信企画でプレイした高難易度ゲームで、登っては落ち登っては落ちの繰り返しにあったまり、文字通り熱中しすぎたセレスティフローラと、止めきる前に引っ込められた監督不行き届きを自覚するマスコットブラウネ。
そしてこの結果に繋がることを勧めた手前、ということで一応自主的に正座したコンジキの3名に、おとなの雷が落ちたのがつい先ほどのことだった。
<初手心配安定のメスガキ>
<もうメスガキキャラやめな?>
<かわいそうはかわいい>
<セレスティフローラ何したん?>
<シラハエルのお説教はかわいそうじゃないだろ>
<すみませんそのオプションいくらですか?>
この日に備えて配信でしっかり事前勉強した印象より、どんよりとした雰囲気の生徒に早速調子を外された少女は、コメントうっさいと返しながら気を取り直す。
「ま、大丈夫そうならいいわ。せっかくだからコーチングのスタンスっていうか当面の目標をあんたにも、リスナーにも共有したげる。
私様が目指すひとまずのゴールは、『虚獣の攻撃を受けられる技術を学ぶこと』、つまり私様の得意な防御を学んでもらうことになるわ、いーい?」
「────はい、問題ございませんわっ! 戦うのも人気魔法少女を目指すのも、命あっての物種ってやつですわ~~!」
そういうことよと頷いたフローヴェールは、エターナルシーズと同じく誰かに何かをコーチングするなんて経験は初だが。
それでも要領の良い彼女は、誰よりも対策とシミュレーションを経てここに立ち、その努力に恥じない段取りの良さで早速彼女たちの信頼を得ようとしていた。
「よし、なら早速いくわよ、最初は理論……よりもまずは実践のほうがやりたいって顔してるわね。
いいわ、なら一旦何も考えず私様の動きを真似することに集中しなさいっ、ある程度身体に馴染ませてから理論を詰めて調整するわっ!」
「承知いたしましたっ、精一杯ついていきますわ~~っっ!!」
「────じゃ……まずはどれほど“ズレ”があるか、からね」
「?」
直後小さく呟かれたセリフが耳に入ったセレスティフローラだったが、疑問を覚える前に与えられた課題に思考を流される。
ともあれそうして、フローヴェールの防御コーチングが始まったのだった。
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「さて、ここで一つ自分個人の事情となるのですが……実を言うと自分は、セレスティフローラさんの変身前プロフィールの一切を把握していません」
コーチング開始前のとある日。
フローヴェールとシラハエルが対策の打ち合わせをしている途中、彼が言い放った言葉がこれだった。
「…………それはもちろん、ママたちが何も調べずにコーチングをしているってわけじゃないよね」
魔法少女であり配信者、という自身の存在に、シラハエルに負けないほど深く向き合う彼女ならではの確信をもった問いかけに、シラハエルははい、と頷く。
「もちろん、彼女の人となりはコンジキ様にしっかり裏取りしていただき、その上で問題ある人物でない、と太鼓判をいただいています。
ならば、自分は必ずしもそれ以上を知る必要はない……何故なら、結局のところ配信上のほとんどの人が見るのが、魔法少女セレスティフローラの姿だけなのですから」
「…………大多数の方に目線を合わせたいってこと……?」
「はい、大正解です」
しばらく考えてから言い当てたフローヴェールに、さすがだと言いたげな表情でシラハエルは返した。
「配信上で見られる魔法少女以上の人となりを深く知れば、その分認知に何かしらのバイアスがかかります。
ただ強くなるのが目的ならそれでもいいですが、配信の人気も生存に直結する魔法少女は、どう見られるか、どういうキャラで行けばいいのか。
より視聴者に近い目線からも認識を持つことの大事さは、フローヴェールさんもよくご存知でしょう」
キャラ付けありきで人気を得て、またそのキャラに押しつぶされかけていた記憶も新しい魔法少女、フローヴェール。
彼女が神妙な顔で頷くと、シラハエルはさらに続ける。
「もちろん、これはセレスティフローラさんにも伝えており……その上で彼女自身がもっと知ってほしい、と希望したならばすぐさま確認するでしょう。
ですが現状、彼女もその希望を出していないため、そのお言葉に甘える形であえて一線を引いた形でコーチングさせていただている、というわけですね」
そんなシラハエルのスタンスを聞かされ、フローヴェールは納得しながら首を縦に振り、返した。
「なるほど、同じ配信者としてその大事さを知るママだから、よりフラットに冷徹な視点で彼女を見ることが出来るってわけね。
うんうん、さすが。裏取りもママのマスコットのコンジキ様なら問題ないだろうし、冷静な仕事人二人、良い分担だと思…………どうしたの?」
「…………ええと、すみません……」
が、感心したようにフローヴェールが讃えだしたあたりで、途端に気まずそうな雰囲気を醸し出した大人の姿。
さっきの『大正解』とは正反対のリアクションに困惑していると、天使の魔法少女は赤くなった顔を背けながら、小さく呟いた。
「その、冷徹とかそういうのでなく……さっきまで話してたのも、半ば言い訳みたいなものでして……
自分の場合は、コーチング相手の事情や人となりを深く知れば知るほど情が抑えられる気がしなくてですね……
これだけいい子で頑張ってるうちの子に未熟だのなんだのっ……! なんて下手したら視聴者に怒ってしまう姿すら想像出来るので、知りたくても知れなかったというか…………」
「ああ…………」
冷徹な判断どころか、情に溺れないための恐ろしく苦肉の策だったことを聞かされた少女は、驚くでもなくただ納得と頷く。
なにせ彼は初コラボ相手の魔法少女のために虚獣に怒りを見せ……その後は配信上で“吸われる”なんて大事件を起こしても、こうして付き合いを続けてくれている人なのだ、と。
「……えっと、フローヴェールさん、かなり苦い顔されてますが大丈夫ですか……?」
「いやあ、あはは……なんでもないデス、ママ」
(ぅああぁ~~っ! ……せっかくのママの恥ずかし顔だったのに……ミーティングだから配信出来ないのもったいないぃっ……!!)
ただ、納得はするがそれはそれとして。
眼の前で弱みを見せる貴重なシラハエルの姿を前に、彼女は今この場で配信アーカイブとして保存出来なかったという現実を。
配信者としてのプロ意識と、“灼かれた”情動の双方から、強く感じざるを得なかったのだった。
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(…………なるほどね)
そんなことを思い出しながらも今日、少女セレスティフローラが必死に真似しようと食らいついている姿を自分の目で見て……改めて確信を深める。
すると彼女は、すぅっと集中に目を細めると、生徒の少女に向けて微弱な魔力を飛ばし始めた。
(そのまま聞いてちょうだい、セレスティフローラさん)
(ふぁっ、フローヴェール様……? あ、普通の会話じゃなくて念話ですのねっ、どうされましたか……?)
彼女が飛ばしたのはシラハエルがコンジキやエターナルシーズに対し行ったような、魔力を使った会話。
配信中でもリスナーに伝わらない、このコンタクト手段をわざわざ取った意味を考えた生徒は、そのまま念話で返事をする。
(ぶっちゃけて聞くけどあなた、変身前と今とで少し……いえ、全然違う体格や姿をしてたりするわよね?)
(ぅ…………はい、その通りですわ……さすがはフローヴェール様ですわね)
少女の素直な肯定と賛辞に、まあ体格の違いについてはエターナルシーズとともに、元の姿を知るコンジキ様から共有はされていたのだけど、と内心補足しつつもあえて訂正はしない。
その事前情報が無くとも、魔法少女として割と身長高め……少なくともコーチ陣の誰よりも体格だけなら“大人”な。
そんな彼女の動きを間近で見たフローヴェールからすれば、違和感は一目瞭然だったからだ。
……なぜなら。
(お察しの通りわたくしの動きがダメダメな理由は、変身前との齟齬も多分に影響しております。
マスコットブラウネは、成りたい理想との食い違いが強すぎて、魔法少女体を活かせていないのかもしれない、と分析しておりました。
うぅ、本気で隠していたわけではないですがやはり気まずいと言うか……お恥ずかしいですわ。こんな、無理して背伸びしている……ぶ、無様な姿に皆さまを付き合わせ────)
(ああ、それは勘違いね)
(えっ…………?)
自嘲するような念話を、スパッと切って捨てたフローヴェール。
普段の配信はもちろん、短い時間での触れ合いでもプロ意識が伝わる相手が見せた予想外な反応に、セレスティフローラは意表を突かれる。
(『魔法少女になりたい』なんて思う子は、みんな多かれ少なかれ何かの理想……“なりたい自分”を求めてなってるんだもの、私はもちろんママだってそうよ。
理想に追いつこうとあがく姿を、無様なものだなんて魔法少女は言えないし、絶対に思わないわ)
(ぁ…………っ)
そう、フローヴェールもまた、『みんながなんとなく喜んでくれそう』という曖昧な出発点だったものの、なりたい自分を追い求めてここまで歩んできた少女。
むしろ現実と理想のギャップに人一倍苦しんできた少女だからこそ、今のセレスティフローラが抱える違和感や齟齬を見逃すことは、無い。
だから。
「────はいはい、集中切れてるわよ、ちゃんと染み付くまで真似を続けるっ! 私様のコーチングで気を散らすなんていい度胸じゃないっ!」
「は、はいぃぃ! すみませんですわっ!」
<草>
<しっかりしろー>
<さすがプロだ。ちがうなあ…>
(ひぃぃっ、念話飛ばしてきたのは先生のほうですのに~っ!)
(ふふん、サボっていいなんて言ってないわ。実戦でも念話しながら戦う機会はあるんだから、慣れてかないとね。……期待してるんだから、しっかりやんなさいな)
必要な話はリスナーに漏れないようにしつつも、『念話という形で配信上の沈黙が続く』という事態もしれっと回避しながら尻を叩き。
その後もフローヴェールは自身が持てる防御技術を、彼女に段階的に教え続ける。
「今日もフローヴェールは“プロ”だぶー。…………僕ら裏方だけで終わるぶー」
「頭が下がります、本当に……」
初コーチングであるはずの彼女の器用極まる立ち回りに、相方のアントンが誇るように口を開くと、同じくマスコットブラウネもしずしずと同意を返したのだった。
────そうして、誰の目にも順調なフローヴェールのコーチングが始まった。
「…………っ」
「……? どうしたの?」
「い、いえ……大丈夫、ですわっ。よそ見してる暇は無いですわね。ダメなわたくしはもっと、もっと頑張らないと……」
素直な生徒の少女が、すぐ近くで力を振るうルクスリアに対し目を向ける頻度とその感情の複雑さが。
不思議と彼女が上達を見せるにつれて増しているという不協和音に、本人を含めた誰も気付くことがないまま。
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