第四十二話 花が、芽吹くまで③ 隣の花を眺めてみます
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ただ、遊んで魔法少女の身体を動かすことに没頭する……
そんなスタートを切ったエターナルシーズによる、身体能力特化コーチング。
それはその後も日を追うごとに体操、すり足鍛錬、体捌き稽古と順調に、順当に課題を進化させ続け────
「────だらぁっ! どーおですかぁっ!?」
「…………ええね」
<おーやる>
<がんばった>
<初回からえらく変わったな>
<ふん……及第点か>
<こんな変わるんか、魔法少女すごいな>
<エターナルシーズ戦闘以外もいけるんだなあ>
<まあまだ魔法少女平均よりは下っぽいけど>
その日は、エターナルシーズ指導の一旦の総仕上げとして、全体コーチング初日以来となる体力測定をやり遂げたセレスティフローラの声と。
そんな彼女を何やかんやで讃える方向のコメントが、彼女の配信を満たしていた。
コメントにある通り、彼女が残した結果はまだまだ魔法少女としてはぎりぎり及第点といったところで、憧れには遠いもの。
それでも、前回とは雲泥の差と言える成果に、エターナルシーズは満足そうに頷きながら口を開いた。
「────うん、これなら少なくとも身体能力部分だけは、最低限虚獣との戦いに出してもええって水準にはなったやろ」
「ありがとうございますわ……ぅぅ、まだ身体部分だけですのね…………っ、それで、この後はやっぱり……」
少し悔しそうに現状を噛み締めたあとおずおずと窺う生徒に、少女はさっぱりとした態度でそれを告げる。
「ああ、言ってた通りうちはこの後リアルでやることあるから解散。コーチング自体も今日で一区切りってことで次回からは別の人や。
もちろん、配信なりはずっと追っとくしたまに顔も出すやろうから、生ぬるい動き見せとったら知らんぞ~~?」
「『この先も応援してるから、うちのこと忘れんといて』だってよ────ぐわああぁぁッ!」
わきわきと脅かすように動かしていた手を、シームレスに機密漏洩者への制裁に使った先生の姿。
潰れたゴムまりになったマスコットと下手人に、重くなりすぎない程度に頭を下げながら礼を伝えていると、同じくコーチングを一時中断したシラハエルが寄ってくる。
「……~~~っ!」
「お……っ、ルクスリア……さんっ……」
そしてその横には、やはりピッタリと偏愛のカタチであるルクスリアがくっつき、何故か初対面のときから変わらずエターナルシーズに強い警戒を向けていた。
さらに、そのルクスリアを見たセレスティフローラも、何かを含むような表情で彼女の名を呟く。
『同じ本能型で戦うタイプ同士、より総合的に強そうなエターナルシーズ殿に思うところでもあるのじゃろう』とは、コンジキによるルクスリア評だ。
が、現状特に害があるわけでもないので、しばらくは様子を見ながら慣れるのを待つことにしよう、という方針でシラハエルは気にだけ留めながら目的たる少女たちに挨拶をした。
「予定の時間ですね、エターナルシーズさん、セキオウさん。……もう、この企画中に何度言った言葉か分かりませんが最後にもう一度……ありがとうございました」
「わはは、どういたしまして、ですわ。…………多分、この企画で得して、礼言わなあかんのはうちの方やと思うし……」
「??」
チラチラと見られたセレスティフローラだけが理解できない言葉に、彼女が困惑している間も会話は続き。
そういえば、とエターナルシーズは生徒とシラハエル双方に向けた問いかけをする。
「そんで、うちら……A班のコーチングは終わりってことやけどセレスティフローラは今日どないするん?
いつもよりちょっと早めやけどコーチングや体力測定で全力使ってバテとるやろうし、今日は休んどくか?」
「む…………」
「ええ、そうですね。今日は他の講師役もいませんし、セレスティフローラさんは一足先にあがって次回に備えていただく形で────」
生徒の体力のことなら、すでに本人よりもよく把握しているエターナルシーズの言う事。
当然、シラハエルに二言などあるはずもなく賛成しようとしたところで、待ったの声を上げたのはセレスティフローラだった。
「────あの、それならわたくし、是非したいことがあるのですがっ!」
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「────はい、そこで魔力放出っ! ……タイミングはいい感じです、脚が揃っていて体勢が不安定になっていましたね、もう一度っ!」
「考えることいっぱい、むずかしい~~!」
<うごきはえー>
<当たり前だけどこうしてみるとどっちもすごい強いな>
<レベルたけ~あんなコーチングしてんだ>
<偏愛にあんな構っていいのかなぁ大丈夫かなぁ>
「…………っ」
エターナルシーズのコーチングが終わり、少し経った今この時間。
セレスティフローラが放った『B班……つまりシラハエルとルクスリアのコーチングの様子を間近で見学したい』という要望通り、少女は行儀よく膝を抱えながらその様を目の当たりにしていた。
はじめこの提案をした時は、身体も使わず勉強が出来て、敵情視察……ならぬ気になる同期のチェックもできるナイスアイディアと、本人も自画自賛していたが。
意外にも、その提案を聞かされたシラハエルやエターナルシーズの反応は思ったより好感触でなく……どちらかというと何かを諦めた、あるいは覚悟したかのように了承した姿が妙に彼女の印象に残っていた。
(あれは……どうしてなのでしょう、わたくしがやる気をだして悪いことなんてないはず……何か、迷ってらしたような……?
わたくしがルクスリア様を見る目に何か思うところがあったとか……ううん、まさか)
彼女が秘めているものに、ぶつぶつと一人言及しながらも見学を続け……それにしても、と改めて彼女らのスペックに目を見張らされる。
(…………桁が、違いますわね……)
これまで、少女が話に聞いたりアーカイブをチェックしたB班のコーチング。
それはセレスティフローラとエターナルシーズが行ったフィットネス配信に近いような雰囲気の、何かしらの遊びやクイズ形式の企画で情緒を育むものが主体だ。
だが、今少女が見学しているコーチングは、普段よりも実践的で激しいもの。
それをするにあたって、どのような思惑ややり取りがあったのかはセレスティフローラには分からなかったが、少なくとも彼女が覚えたのは直前まであった充実感を吹き飛ばすような現実だった。
「むー、なんで一回も捕まらないの~! 待ってよシラハ~~!!」
「筋力任せで飛びつくのではなく、相手の動きをしっかり見て力を使い分けるッ! “鬼ごっこ”とは言え、考えてやらなければ終わりませんよ!」
『ルクスリアが手のひらでシラハエルにタッチすれば勝ち』、今行われているそんな鬼ごっこは、単純なルールだからこそより彼女たちのスペックを十全に知らしめるものとなっていた。
一瞬溜めるように脚を踏ん張る動作をしたかと思えば、爆発的な加速で真っ直ぐ突っ込むルクスリア。
対して、常人の目では消えたようにしか見えない弾丸がごとき動きにも、予備動作を見極めて柔らかく無駄なくかわすシラハエル。
特にシラハエルが実践するのは、普段以上に集った視聴者の魔力を活かした速度を誇る……ものではなく、むしろ可能なまでに最高速度を落とし、緩急自在に幻惑する動きだ。
それはまるで、今のセレスティフローラに出せる速度を再現するかのようなもの。
さすがにこの時点で見学者がその意図にまで気づくことは無かったが、それでも以前の『羨望』戦を見た少女は、シラハエルにまだ余力があることは読み取れた。
(もし、増えた視聴者の魔力を全開にしたら、もっとすごいってことですわよねっ…………これがあの、『魔力をちゃんと使う器が出来ている』ということっ……)
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「────そういえば、シラハエル様たちのおかげでそれはもうどえらい数の視聴者様が集まっているのですが……もうこの魔力だけで無双出来たりはしませんの?」
コーチング初日、事前告知もあり配信に集った大量のリスナーを見て、シラハエルたちに投げかけた言葉だ。
そんな無邪気な質問に対し、重要な話だと伝わるよう真剣な口調でシラハエルは説明をする。
「とてもいい質問です。結論から先に申し上げますと、魔力は受け取る側にも準備が必要で、それ以上に溢れたものはほぼ無駄となってしまいますね」
そうして、彼は語る。
魔法少女には天性の才能、魔力操作技術、フィジカル、精神性……そういった諸々の総合力が魔力を注ぎ込む器のように機能しており。
この器が広がっていないうちに魔力だけを注ぎ込んでも、十全に活かすことは出来ない……それどころか、制御しきれない魔力は頭痛などの悪影響を及ぼす可能性すらある、と。
実のところ、初めてシラハエルがTS魔法少女として変身し大いにバズったときも。
これまでと全く違う体格で慣れない身体ということもあり、まだその器は今ほど広がったものではなく……ほとんど暴発に近い形で溢れそうな魔力をぶつけた、というのが初戦闘を生き残った真相だったりするのだ。
故にただ人気だけに頼るのではなく、それを活かすための基礎力を高めることは魔法少女として必須となる、というシビアな現実を彼は少女に叩き込んだ。
「なるほど……つまり、今のおちょこ程度の器では、せっかくの皆様の気持ちを活かしきれないっ……それは由々しき事態ですわ~~! さあさあ、それでは早速コーチングを始めて────」
直後の体力測定で半死半生となる前の少女は、特に深刻に受け止めずに自身の可能性に想いを馳せることに夢中だったが。
ともあれ、そうしてセレスティフローラは自身の歩みが平坦なものにならない、ということを教えられたのだった。
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(…………っ)
初日やエターナルシーズから受けたコーチング、そして今目の当たりにした光景に、改めてこのシステムの重さを少女は認識する。
圧倒的な身体能力をもつ五つの虚念の少女と、その力をより引き出し……そして、思い通りにいかない適度なストレスを与えるシラハエルの、妥協の無いコーチング。
当然、リスナーたち素人目から見ても、現状のセレスティフローラとの差は顕著と再認識せざるを得ないものだ。
「ええ……わかってますとも、今はまだ比べるのもおこがましいと……この先、追いつくためにわたくしはやれることをやるだけっ……、しかし……っ、…………?」
そうして、セレスティフローラは自身を鼓舞する、いつもの“正しい自己認識”を口にしようとして……何故かエターナルシーズとのコーチングを思い出し、胸に何かつっかえたような妙な苦しみを覚えた。
今まで覚えがあまりない、その感覚の正体を掴めずに困惑している間も、彼らのコーチングは進行し続ける。
(あと、割とちゃんと厳しく教えるのですのねっ……いえ、それでこそなんですが)
また、意外と言うべきかそうでないと言うべきか。
コーチングに精を出すシラハエルの表情は、傍から見ても生徒以上の真剣さを感じさせる、普段の穏やかに何でも肯定するような雰囲気は微塵も感じさせないものだった。
これまで見たことのない姿を興味深く思うとともに、今の自分ではあの表情を引き出すことはきっと……と考えると、やはりルクスリアに対してどうしても思うところはあったりして。
(まだまだ、ですわね……もっと、もっと頑張らねばっ……!)
なんとなく、このままじゃダメだ、というこれまでより強い焦燥感が胸に灯ったのを自覚した少女は。
ぺちぺち、とまたも間の抜けた音で頬を鳴らすと、新たな決意とともにB班のコーチングを見届けたのだった。
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「────コンジキ様ッ! 次のコーチング予定日まで待ちきれませんわっっ!!」
「く、来ると思った~~~!!」
そうして、コーチングの見学が終わったその日、当日。
まだシラハエルとルクスリアの話し合いが続く最中にロケットのように飛び込んできた少女に、マスコットコンジキは大袈裟なリアクションを取った。
コーチング内容などに相談ごとや不安があるなら、シラハエルか自分のもとにいつでも飛び込んでくるように、とは言っていたがこうも物理的になだれ込んで来るとは、とコンジキは苦笑半分で熱意を受け取る。
「わかっていただけているなら話が早いですわっ! わたくしが現状……っ、どこに出しても評価されない魔法科アカデミーの劣等生なのはご存知の通りっ!
コーチング日程は先生のご予定もあるので仕方ありませんが、差を埋めるために何か出来ることがあるはず……わたくしにはそれが必要なのですっ!!」
「まあまあ、急く気持ちは分かるが、コーチングを受ける二人が同じペースとならんことは誰もが承知のこと。
短時間でフィジカルをここまで仕上げた疲れもあるじゃろうし、今はゆっくり疲労を抜くのが最善というのがワシやシラハエル殿の見解じゃ」
「…………っ!」
「……が、そう口で言われても納得するのは難しいじゃろうなあ、精神的に焦りを抱えたままでは休まるものも休まらんのも道理……と、なると」
睨むように、そして祈るように真っ直ぐ見つめる少女を前にふむむ、と腕を組むキツネのマスコット。
B班のコーチングを見学したように、引き続きコーチングのアーカイブや他魔法少女の配信を見て勉強、というのも一案ではあるが。
コーチングを見た結果持ったこの熱は、何かしら彼女自身が行動を起こさないと鎮火させられない種類のものだ、とも感じていた。
そう判断を下すとコンジキは、ピンっと耳を立ててその提案を口にする。
「……うむ、そうじゃな。ならばコーチング期間以外に魔法少女として強くなる方向性で考えてみよう。
たとえば、ゲーム配信などをやってみるのも良いかもしれぬな……無論、激しい運動はしないやつじゃぞ?」
「ゲーム配信、ですの?」
首を傾げる少女に、コンジキは魔法少女として戦うなら視聴者からの応援したい、という気持ちや熱の入り方も大事であるという説明をする。
特にエターナルシーズのコーチングで見せたような一生懸命な姿は、彼女のキャラクター性を活かした活動として大きな需要が見込めるかも、と考えていた。
無論、まだ彼女は注がれる魔力を使いこなせるほどの器に至っていないが、それでも後々を考えれば無駄になることも無いはずだ、と。
「特にぬしならやりごたえのあるゲームに挫けず挑戦する姿なども……おほん、まあこのあたりはブラウネ殿と相談したり、他の人気配信者の企画を参考にするのもいいじゃろう。
ワシの勧めなど気にせず、色々自分にあったものを探されるとよい」
「なるほどですわ~~~」
サブカル好きとして感じる彼女の資質に気が高ぶったコンジキは、喋りすぎたとばかりに早口に締める。
コーチング外のことまであれもこれもと指図するような形になるのは、相方であるシラハエルの意向とも逸れるし自身としても本意ではないからだ。
ともあれ、むんむんっと両拳を握ってやる気を見せている少女にコンジキは満足そうに頷く。
この分なら、同期であるルクスリアにあてられて少し張り切りすぎの兆候があったところに、良い気分転換となるじゃろう────
そう考えたマスコットは、しばらくはアカデミー周りの作業やらで配信は見れないが、後日のアーカイブを楽しみにその場を後にするのだった。
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タイトル:【樽おじ初見クリア耐久】早く終わりすぎたら別ゲーも考えますわ~
ライブ中 配信時間 14:34:56
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