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第四十一話 自認最弱魔法少女 新雪 芽吹(あらゆき めぶき)の場合


★★★



 “わたし”は、なりたい自分になりたかった。



「おかーさまは……ええと、“こうかい”? ていうの、したことってありますか?」

「まあ……!」


 ある日、本で覚えたばかりのむずかしいことばを使ってくれた、と大げさなほど喜んでくれたお母様。

 まだ小さかったその時にした、なんとなくの興味本位でしかなかった質問がよほど嬉しかったのだろうか。

 あまり自分の過去を語ることがないお母様は、その日は一度だけ饒舌に話してくれた。


「後悔……と言ってしまうのも少し違うのですが。

そうですね、もし、違う未来を選んでいたらどうなったのだろう……と考えたことはありますね」


 そうして、お母様はわたしに語る。


 子どものころ出会ったその人は……とても真っ直ぐで、だけど不器用な男の子だったこと。

 その子は間違っていると思ったことには、何であろうと立ち向かうような意志を持っていたこと。

 身体が弱かった時ということもあり、出来るだけ波風立てず迷惑をかけずとばかり生きていた自分にとって、彼の生き方は眩しく映ったこと。

 でも、家の事情だとかややこしい問題が色々あって……結局、その子とは離れることになった……自分でそれを選んだ、ということ。


「そんなすごいひとが今、おとーさまだったら良かったのに」


 少しだけ寂しそうに話し終えた直後、わたしが無邪気に言った言葉に、お母様はあははと困ったように笑う。

 いわゆる名家に嫁いだ、とされながらわたしはお父様のことをよく分かっていなかったけど、お母様のその態度を見て。

 ……見た記憶も無くて、周りもお母様にその話題を出さないこととかも考えたら、それ以上話題にはしない方がいいような……多分面白い話にはならないんだろうな、とそんな気だけはなんとなくしていた。


「でも、最初も言いましたが後悔はしていませんよ。だってこの人生を選んだから芽吹ちゃんと、世界一の娘と出会えたんですもの」

「うぇへへー♪」


 そう、大好きなお母様から『世界一』と言われた時、わたしは笑った。


 学校の成績は、いつもトップクラス。

 同学年の子よりも大人びていて、そのくせ人あたりもよく朗らかで敵を作りにくい。

 習い事だってどれも器用にこなし、社交の場に出ればいつも褒められる。

 

 一時期重い病を患っていたけど、それも引っ越した先の大病院でしっかり治療することが出来たあとは、身体も健康そのもので。

 もしそこからでもスポーツを始めていたら、少し遅咲きの才能として一角の成績を残していたかも……なんて言われたりする運動神経で。

 極めつけは、その才覚を周りにひけらかすこともしないで、ただありのままの周りを愛する人柄。


 誰から見ても万能で……もしかしたら完璧といっていい人なのかもしれないという人物評は。

 全部、ぜんぶわたしじゃなくて、周りから聞かされたわたしのお母様のお話。


 お母様から一度だけ聞かされた男の人の話もすごくかっこよかったけど。

 それでも、その時のわたしが一番なりたい憧れは、なんでも出来てカッコイイお母様の方だった。


 そして、そのお母様の才能の……多分、どれか一つたりとも。

 『世界一の娘』のはずのわたしに引き継がれることは、なかった。


「芽吹ちゃんは本当に可愛くていい子。あなたは何も心配せずに自由に、ありのまま育っていいんですよ」

「……んぅー?」


 才覚の代わりのように繰り返し与えられたのは、今のままで大丈夫、何も気にすることはないという肯定の言葉。

 当時のわたしはその言葉の意味もよくわからず、言われずともこれがありのままの自分だ、とやりたいように日々を過ごさせてもらっていた。


 お母様みたいになりたくて、お母様が上手くこなせてたという習い事を、自分も希望してやってみた。

 娘としてたくさんの期待とともに迎えられたわたしは、お母様と比べると不器用で物覚えも悪く……

 そのくせ、周りの期待の目がわずか失望に変わる色だけは敏感に感じ取り、毎日毎日周りと、何よりもお母様への申し訳なさでいっぱいだった。


 お母様みたいになりたくて、別に出なくてもいいと言われた付き合いの社交場に勇んで出撃した。

 必死によく見られようと背伸びしたつもりの、わたしの努力に与えられた勲章は、『微笑ましい』『おっとりしていてかわいらしい』という言葉。

 お母様なら言われていたはずの『利発な子』『しっかりしている』なんていった、わたしが欲しい言葉は一度だってもらえなかった。

 もらった言葉だって、お母様が隣に居た手前気遣われた言葉だったとすると、内心はどれだけ……と考えるとぶるっと何かが込み上げてくるものがある。


 その後も挑んだ勉強、スポーツその他諸々……何をやらせても並かそれ以下のわたしは、その度に周りの目から期待が失われていくのを感じ取って。

 自分がお母様のようになろうとするのはとても難しい、少なくとも今は全然なれていない、ということが幼心に理解できた。


 そして、そんな現実を知った、わたしは。


「なら、もっともっと頑張るだけですよねっお母様! さ~て、もういっちょ頑張りますかぁっ!」


 そう、特に折れたりすることもなく切り替えて、自分を鼓舞することを選んだ。


 才能がないなら、心の強さで努力を続ければいい。

 物覚えが特別良くなくとも、毎日何かを学べてはいるのだから、それさえ続けられればいつかは届くかも知れない。


 大変なのも苦しいのも、時には痛いのだって平気のへっちゃらばっちこい。

 わたしは新雪芽吹、最高のお母様の世界一の娘なのだから。


「────はい、ごめんね芽吹ちゃん。……ドクターストップです。ちょっと落ち着いて、休もっか」

「……………………」


 ……体力と器の限界が来る寸前、強制的に習い事を休止されることになって。

 まだ出来る、と納得のいかないまま迎えた次の日から、糸が切れたように高熱に見舞われてしまったわたしは、熱にうなされながら二つのことを学んだ。


 学んだのは、“努力にも環境だとか身体の頑丈さだとか、そういうなにかの才能がいる”、ということと。

 ……もう一つは、“自分はお母様にはなれない”、ということだった。


 その日は、少し……本当に少しだけ。

 ベッドの上で、泣いた。



------------



 なりたい自分は、少し形を変える。



「お母様っ。以前お話しいただいた『思い出の人』について……わたくしにもう一度お聞かせいただきたく思いますの」

「えぇ~、若かった頃のこと改めて話すのって恥ずかしいですよぉ~……って、可愛い話し方ですねぇ芽吹ちゃん」


 恥ずかしいと言いながらデレデレと身体をくねらせたお母様は、わたくしの喋り方の変化を特に深堀りすることもなく話してくれる。

 以前と全く同じその語りは、以前とは違う心持ちになったわたくしにとって、ずしんと響くものとなった。


(あのお母様が、自分にはないモノを持つと憧れ……もしかしたら恋い焦がれたかもしれないお人……。

お母様になれないわたくしが目指すべきは、器用でなくても強い信念で道を突き進んでいける、そんなお方。

もっと言うと、そんなお方と並び立てる自分なのではないでしょうか……?)


 まるで、お母様の恋慕を譲り受けたかのように、わたくしは会ったこともない人に理想の男性像を重ねて。

 そして、そんな人と一緒に居られるような“大人”で“高貴”で“自我の強い”、創作のお嬢様のような自分に恋い焦がれるようになった。


 それはもしかしたら、お母様でも捕まえられなかったその人と自分が一緒になることで、ほんの少しでもお母様に勝てたと言い張れる……

 そんな、失礼で自分勝手な意趣返しの気持ちもあったのかもしれないけど。

 ともかくわたくしは、そんな新たな希望を胸に自分に出来ることは無いかと探し続けた。


 あてもなく形の無いモノを探す難しい道だとは分かっていたけど、悲観する気持ちは全く無かった。

 なぜなら、一度挫折を経たことでわたくしは新たな、わたくしだけの強みを身につけることが出来たのだから。


「ええ、────は現状全くこれっぽっちも出来ませんわっ! だから是非、浅学浅薄無知蒙昧せんがくせんぱくむちもうまいたるわたくしにご教示いただけると助かりますわっ!」

「そう、わたくしは見ての通り────はからっきしのヘタレナメクジ! だからこそ学ぶ楽しみがそこにあるのですわっ!」

「『口ばっかり』? ……っ、ええ、その通りっ! 今のわたくしに出来ることがそれだけなのですものっ! 行動が伴うようになる日まで、是非見ていてくださいませっ!!」


 身につけた武器の名は、()()()()()()()()()()()()

 ダメなわたくしへの期待でがっかりさせてしまうのなら、いっそ自分からダメだと真実を伝えてしまえばいい。

 その上でこのままで居るつもりはない、上を目指し続けるという本心もしっかり伝えれば誰も傷つかず、ありのままのわたくしを見てくれるようになる。


 実際これをするようになってから、今まで以上にたくさんの人と臆せず絡めるようになったし、見守られ、可愛がっていただくことが増えた……はず。

 そうして開示した、ありのままの自分をゆっくり焦らず高めていけば……ダメな自分でも、目指す自分に近づいていけると、そう信じていた。


 だから。


「や……やる、やるやる、やりますわっ!! 来た、やっと来たっ……! わたくしはやっと、やるべきことを見つけられたっ…………!!」


 『魔法少女になれる才能がある』────魔力という目に見えない素質がある子のみが足を踏み出せる、その道を指し示されたわたくしは、一も二も無く了承し最初の変身をした。


「……………………そう、ですのっ……わたくしは…………」


 今度こそ、と思ったその変身の結果生まれたのが、“とある理由”により最弱の魔法少女であったとしても。

 自分がどこまでいっても、器用に物事を運べる才能が無いのだと突きつけられたとしても。

 わたくしがやることは、目指すものは変わらない。

 プライドも、今の自分への期待もとうに捨て去ったわたくしは、なりたい自分になるために、出来ることを全部やるだけなのだから。



 ────だからどうか、お願いします。


「…………ふぅ、すぅ~~っっ…………! 頑張れわたくし、面接ならチャンスはあるはず……この機会を死んでも逃すな、魔法少女セレスティフローラ…………!」


 痛いのも怖いのも、バカにされるのだっていくらでも受け入れます。

 独りよがりで自分勝手な動機で魔法少女になったわたくしに、他の方のような強さが無いことも納得しています。


 でもこの道だけは、無理だって、お前には出来ないって取り上げたりはしないでください。

 これしか出来ないわたくしの、精一杯の背伸びを許してください。


「よし、いきます────わたくしっ!! 参っ上っ!!!! ですわっっ!!!!!!」



 この憧れもダメだったらどうしたらいいのか……バカなわたくしにはもう、わからないのです。



★★★


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