第四十話 花が、芽吹くまで② 育てる種と向き合います
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「────と、ここまでが自分の考えなのですが……いかが、でしょうか」
「はぁ~…………! 五つの虚念をコーチングで育てよりますか……
いやあ、前もうち言いましたけど、やっぱシラハエルさんが魔法少女でいっちゃんすごい夢追ってますよねぇ」
「……それには返す言葉もありません。自分一人が夢を追うならいいのですが、間違いなくアカデミーに関わっていただく方たちにリスクを背負わせることになるのは……」
これまでどれくらい悩んだのだろう。
やはり、と苦しそうに考え込もうとする天使の姿に、話を持ちかけられた少女、エターナルシーズはいやいやいやいや、と慌てて続ける。
「確かに夢やけど、ええ夢なんやからみんなで見たらええやないですか。
うちは賛成ですよ、そもそも虚獣どもなんて普段無茶苦茶しよるんやから、たまには働かせたったらええんです。
……なあセキオウ、インヴィディアの方もまだアレなんやったっけ?」
「ああ、そうだなめぐる。コンジキにも共有してるから聞いてるとは思うが、捕獲した『羨望』からの情報収集もイマイチ進んでねえ。
そもそも人の意志だとか虚念だとかの曖昧な存在、何をやったら消えちまうのかもわからねえ以上強気な尋問や実験も出来ねえんだ。
ルクスリアって名乗った偏愛を手懐けて話が聞けるなら……まあ、戦力面を抜きにしても大助かりだろうよ」
信頼する魔法少女と相方の同意に、シラハエルは安心したように目をつむると、礼を返した。
そんな彼の姿に、役に立てたと内心胸を弾ませながらも、少女は少し真剣な顔で問いかける。
「……そんで、ちょっと今さらな確認なるかもしれないんですけど。シラハエルさんのこの企画の目的っていうのは以前と同じで────」
「ええ、大前提としては先程お伝えした二人の少女……魔法少女セレスティフローラさんと、偏愛のカタチ『ルクスリア』さんを教え導くこと。
そしてこの企画は是非とも、界隈の内外にまで話題が届くような大きな成功を目指したい、と強く思っているのが正直なところです」
「お、おお……そこまで、ですか」
魔法少女のために行動する強い理念があるとはいえ、企画自体にここまで……言うなればギラついたように成果を求める印象は無かった、と。
少女が少し圧倒されていると、得心したようにセキオウが返した。
「この企画が大成功となりゃ、一般連中も大盛り上がりでアカデミーのことをSNSやリアルで話す……他にも似た企画がねえかって風潮も生まれるだろうよ。
その反響を見た他の魔法少女は当然こう思うわな、『自分たちでも出来ないか?』『これをやれば大盛りあがりで自分たちのためにもなるんじゃ?』ってな。
おめえさんたちがやりてえことはこれだろ? 先に需要を作って、あとは放っておいてもコーチングしあう“流れ”を作る……そのためにも第一回は大きなインパクトと確実な成功のどちらもほしいってわけだ」
「……全部言われた。ワシ全然喋ってない」
機会を今か今かと窺っていた解説したがりのしょぼくれた合いの手に苦笑しながら、シラハエルは肯定する。
「おっしゃる通りです、つきましてはエターナルシーズさんのお気が変わっていなければ、ですが。
もし可能なら予定通り、講師枠として参加いただく予定の信頼できる魔法少女二人に一度ご挨拶を────」
「…………っ、あ、あ、あの、シラハエルさんっ…………!」
『まだ他の魔法少女は信頼出来ないが、シラハエルさんが信じた講師役の子になら教えられる』……以前した彼女の発言をもとに予定を乞うシラハエルに、汗を浮かび上がらせながら意を決したように呼びかけたのは当の少女。
彼女はコンジキのどうした? と訝しむ表情と、シラハエルの黙って真っ直ぐこちらを見る目に何度か深呼吸をすると……それを、口にしたのだった。
「シラハエルさんの……うちを救ってくれた人のこの企画にかける想い、わかりましたっ……!
……それ、なら……うちはっ……!」
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そうして、第二回コーチング配信日となる今日。
緊張するセレスティフローラの元へ、それ以上の緊張と覚悟を携えて現れたエターナルシーズ。
『直接教えられるなら、その方がいいに決まってますよね』……問いかけ、肯定された動機を胸に、少女はその一歩を踏み出すことを選択した。
自身もつけた配信を爆速で流れる、驚愕と心配と杞憂のコメントに緊張を後押しされながら、少女は息をついて口を開く。
「ふぅ…………あー、はじめまして。本日コーチング役をやらせてもらいます、エターナルシーズ言います。
……もしかしたら配信やら切り抜きで見られたことあるかもしれません、“戦闘狂”やなんて言われとるうちが相手っていうのは当然思うところあると思いますけど、なんとか────」
「ふあぁ~~~~っ!!!!」
「そう、不安に思うのも…………ふあぁ?」
挨拶もそこそこに張り始めた、最強格の少女による必死の予防線。
その線をやすやすと踏み越えるように魔法少女セレスティフローラが発したものは、歓喜のため息だった。
「もっっちろんっ! 存じ上げておりますともっ!!
何を隠そうわたくしにコーチングの打診を決意させた最大の要因は、エターナルシーズ様とシラハエル様の戦いなのですものっ!」
「え、そうなん……!?」
(そうだったのか…………)
ルクスリアを見ながらに、念のため聞き耳を立てていたシラハエルも知らなかった事実に、エターナルシーズは目を丸くした。
講師役として引き合わされた直後の驚きが、すぐさま興奮へと変わった生徒のグイグイくる姿勢に、気を張っていた少女は気圧される。
「あの両雄並び立つといった素敵な戦い……! わたくしもいつかしてみたいですわ~~!! ですのであなたがいきなり先生役をしてくださるなんて夢のようっ!!
さあ、是非好きなようにしごいてくださいませっ! わたくし、一日でも早く強くなるためになんでもいたしますわ~~!!」
「……なんでも…………」
生徒が強気に放った発言にぴくりっ、と反応したエターナルシーズ。
すると彼女は、遠慮しがちに作っていたよそ行きの仮面を崩し……ほんの一瞬、能面のような表情をとった。
(……以前、うちと一緒に頑張ろうってなってた魔法少女も似たようなこと言ってたな……『出来ることはなんでも、精一杯やるからっ』……だったか。
でも、その子も結局、虚獣との戦いで一回ちょっと痛い目見てからは……)
「────エターナルシーズ様?」
「ん、あぁごめんな、なんでもない……やる気もバッチリってことやし、早速始めよか。……ええと、メニューは」
そう、少女はこのコーチングにあたって考えていた、戦いの構えや身体の動かし方を教えるといった内容に頭を回そうとして。
……どうしてもその間も、先程の生徒の言葉が頭に引っかかり、つまる。
(なんでもやる、一生懸命する、怖くない、がんばる……全部言うだけなら簡単で、実際にやりきって初めて意味の出る言葉や。
…………この生徒の子は、実績ゼロとはいえシラハエルさんが選んだ子や、ちゃんと見れるものあるんやろうし、こんな疑い持つんもほんまは失礼ってわかってる……わかってる、けど……)
「…………そう、やな、……例えば、やねんけど今ここでうちと本気で戦り合え、なんてのが課題やって言われたらどうする? ……やれると、思う?」
「……! おい、めぐるっ……!!」
エターナルシーズとして以上に、四季織 巡として染み付いていたトラウマから、自嘲気味に出てしまったセリフ。
相方であるセキオウが咎めるまでもなく、何をバカ言うとんねやうちは、と自己嫌悪に陥りながらも……返す言葉を恐る恐る待つ。
────怯えて拒否するだろうか、こいつはダメだと呆れてシラハエルに報告されるだろうか、他の子のように『大丈夫』と軽く考えて受けるのだろうか。
そもそも一体どういう回答をされれば満足するのか、自分でもわけが分からなくなっていることに。
そして自分がいかに支離滅裂となっているかに理性が追いついた少女は、なんとか謝って軌道修正しようとし────
「『やれる?』まっさかっ! 0.2秒でミンチ確定ですわっ! なんなら先生だけ変身してなくても勝てる気がいたしませんわ~~!」
その前に力強く敗北宣言が挟まれて、口を閉ざされることとなった。
「……なので、そうですわね……まずはわたくしが理解出来ていない、『戦り合う』ことの意図をちゃんと聞かせていただきますわっ!
どういう狙いがあって、わたくしに何を期待しているのか……見えてるものがたくさんある先生方の言う事ですものっ!
聞ける範囲で全部聞いて、その期待をほんの少しでも上回れるようにする……何も無いわたくしが出来ることは、それだけですわ~!!」
「────っ!」
「────と、いうわけでっ」
一息にそこまで話し終えると一度切って深呼吸を挟み……少女はおっかなびっくり構えると、続けた。
「準備は出来ましたっ、目的をお話しいただけたら、すぐにでも始められますっ……!
痛みもこけたりぶつけまくって慣れているので問題なしっ、貴重なお時間をいただいているのですから遠慮なく……
そう、組手をさせてくださいませ、先生っ……!!」
「────────ふはっ!」
少女がとった、へっぴり腰の全身隙だらけな構え。
『慣れている』という程度には痛みも知っている彼女が、それでもなんとか現実的に出来ることを直視し、ぷるぷる小刻みに震えながら啖呵を切るのを聞いた瞬間。
『────魔法少女エターナルシーズさん。自分はあなたに組手を申し込みます』
自分の思い出に色濃く残る、憧れの人の啖呵が不思議と重なって。
エターナルシーズは耐えきれなかったというように吹き出すと、直後に頭を下げた。
「……いやあ、すまんかった。戦え言うたんはくっそおもんない冗談やったんで、気にせんといてください。
…………自分の目で見てみやんと、わからんことっていっぱいあったわ。
なんで、改めてコーチングのメニューに入りたいと思う……ん、やけ、どっ……その前にっ!」
────その前に。
「その前に、自己紹介。うちだけしたところで止まってたよな?
……改めて、あんたの口からちゃんとしてもらってもええやろうか?」
そんな、自分より背の高い生徒の少女を見上げながらおずおずと伝えたエターナルシーズに。
少女はぱぁっと喜色を浮かべると、テンションを上げたまま返す。
「ああ、確かに……! たいっへん、失礼いたしましたわっ!
あなたの生徒たるわたくしの名は、セレスティフローラっっ!!
これから何度もお世話を焼かせますが、忘れず、見捨てず、見守っていただけると嬉しいですわ~~~!!!」
「ああ……そうやな……そうや」
(────もう、大丈夫なのか、めぐる?)
(ああ、大丈夫や。……心配かけたな、セキオウ)
「名前も覚えた。……もう、忘れろ言われても忘れたらんわ、セレスティフローラ」
そう、柔らかい笑顔で呟いたエターナルシーズは、すぅっと息を吸って。
「────シラハエルさんッッ!!」
「はい、なんでしょう」
ルクスリアにコーチングをしていた魔法少女に突如、大声で呼びかけると。
今、自分の目で見たものを信じて、彼女は一つの提案……いや、決定事項を口にしたのだった。
「予定してたメニュー変更です。うちは今から……この子と、遊んできます!」
「────ええ、承知しました。いってらっしゃい、お二人とも」
「ふえっ、えぇ…………?」
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そうして、彼女たちはその宣言通り。
実戦の構えなどを教える、というコーチングを取っ払ってただ、純粋に遊んだ。
「ひぃ……ひぃ……! これはこれで、どぎっつい、ですわ~~!!」
「がんばれ、がんばれー! あと5回、こいつ倒したら交代やっ!!」
「ああ、タオルびっしょびしょ……すぐ替え持ってきます、すみません……っ!」
<がんばれええええ>
<このゲームマジで執拗にスクワットさせてくるな……>
<マスコットのネズミくんも忙しそうだな>
<ゲームだけどクソきついしちゃんと体幹とかつくんだよなこれ>
<俺達は何を見せられているんだ……?>
<たのしそうだからよし!>
プレイしているのは頑丈なリング状の器具を使った、とある人気フィットネスゲーム。
魔法少女に限らず、配信者御用達となっていた時期もあるそれを引っ張り出したエターナルシーズによって、セレスティフローラは配信上でドタバタと汗をかき続けていた。
それもセレスティフローラだけがするのではなく、交代で休憩を入れながら協力する……という、友だち同士でやるようなプレイスタイル。
当然セレスティフローラもコメント欄も思っていたコーチングと違う、と思いつつも、始めればすぐに夢中になって楽しんでいた。
「…………なるほど、まずは楽しむ、か。お前も、そうだったもんな」
そんな様を見てぽつり、とどこか感慨深げに口にしたセキオウに、エターナルシーズはああ、と返す。
「そもそもうちだって、最初の最初は練習しよ思って型とか覚えたわけやない。ただ夢中になって楽しんでいるうちに身体の使い方がうまなったんや。
動作がおぼつかんなら、まずはそうやって楽しんで、とにかく扱いに慣れればええねん。
……特に、この子は────」
「────ぜはぁーっ! ぜあぁーっ! や、やりきった……! こ、こうたい、こうたいぃっ…………!!」
続けようとした直後、疲労と汗でグシャグシャになった生徒から、半ば投げつけられるようにリングを渡され。
はは、と吹き出しながら受け取ると、先生たる少女は柔らかな表情で笑いかけたのだった。
「ああ、任せとけ。…………一緒につよなるで、あんたも、うちもな」
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そうして、コーチング企画の名を借りたフィットネスゲーム配信をやり終えた少女たちは。
途中息も絶え絶えだったセレスティフローラからの、『楽しかったですわっ企画抜きにしてもまたやりましょう、是非っ!』なんて力強い誘いもありつつ、その場は無事解散となった。
「────ありがとうございます、エターナルシーズさん、セキオウさん。あなたたちに頼んで、本当に良かった」
顛末を聞いたシラハエルの、幸福そうな表情と最上級のねぎらいの言葉。
それにエターナルシーズは自分が今日踏み出せた一歩の意味を噛み締め、セキオウとともに帰路につく。
その道中、一息ついたセキオウが機嫌よく、相方の少女に向けて口を開いた。
「いやあ、最初はどうなるかと思ったが、終わってみればなんとかコーチングできたな。おめえもちっとは戦い以外の自信がついたんじゃねえか?」
「はっ、まだまだや……うちが勝手にアホやらかしてたのを、あの子のキャラ性でなんとかフォローしてもらっただけやしな。
……シラハエルさんに泥塗らんためだけじゃなくて、あの子のために、この先もちゃんとやったらんとな……」
言葉を返す中でも腕を組みながらぶつぶつと呟くエターナルシーズだが、その表情は明るい。
相方の心配事がまた一つ減ったことに胸をなでおろしているセキオウに、エターナルシーズは今日を振り返って。
「…………しっかし、な」
……ふっ、とこれまでのトーンを変えて、とある話題……今回逆にお世話になったような形の少女を話題に出す。
「あの子。実際に見て思ったけど、事前にシラハエルさんに言われとらんかったら……いや、言われてても正直、まだ信じられんわ」
「あん……? ああ、アレのことか。……まあ、確かになあ」
セキオウの同意にエターナルシーズは頷くと、この先の道のりを憂うかのような……一つの困惑を口にしたのだった。
「そうやろ? ……あの子の、セレスティフローラの最大の弱点っていうか問題が……メンタル面の方にあるやなんて」
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