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第四話 弱小魔法少女 結城 千愛(ゆうき せな)の場合


★★★



「…………すごいなぁ」


 ここしばらくの魔法少女界隈で、一番。

 そう言っていいぐらい話題の人となった、金髪の魔法少女のデビュー戦を、改めて観ながら私は呟く。


「これ、男の人なんだよね。しかも大人の。信じられない、こんなことってあるんだなあ」


 話題の理由はもちろん、男でありながら魔法少女になれた、という"トクベツ"感。

 (多分)意図せず刺激的な姿になったこともあって、切り抜きやみんなの反応まとめみたいな動画もどんどん出始めて。

 デビュー戦の視聴回数は、早くも100万再生になろうとしていた。


(100万再生……)


 100万、という単語に覚えた引っ掛かりをぶん、と首を振って払うと、言い聞かせるような独り言を続ける。


「いや、でも当然だよね。珍しいのもそうだし、ほぼ間違いなく死ぬって分かって変身して、それが成功しちゃったんだもん。

私にはそんな事出来ないよ。きっと、そういうところがちゃんと評価されてるんだ」


 うんうん、と腕を組みながら私はうなずく。

 彼はぽっと出の運だけで話題をかっさらったわけではない、ちゃんと示した勇気と成果に、結果がついただけ。

 ましてや自分に出来ないようなことを出来た彼が、相応の立場を得るのは当然のことなんだ、と。


 ────だから。


「だから……お願いだから、『いいなあ』なんて思わないで。『ずるい』なんて言葉、浮かべないでよ、私っ…………!」


 評価され、あっという間に駆け上っていった彼と、今の自分の姿を見比べて。

 文字通り胸をかきむしると、心から湧き出る黒い感情を必死に押さえつけた。



 私は、結城 千愛(ゆうき せな)は、かわいくてかっこいい魔法少女に憧れた。


「魔法のつよさ、それはみんなの応援の力だよ☆」


 そう、リスナーのみんなに向かってウィンクする、今や伝説的な存在となった最初期の魔法少女クラリティベル。

 初めて見たその映像は、私に雷に打たれたかのような衝撃を与えた。


 みんなに勇気を与えて、その力でみんなを守るために戦う……そんな素敵な存在、憧れずにいられるわけがない。

 自分の理想のような世界を知った私は、彼女みたいな魔法少女になりたい、と強く願う。


 元気に明るく、みんなのために勇気を出して戦い、最後は決め技で勝利する王道の魔法少女。

 そんな存在に私もなれたら……いや、なる。彼女みたいに頑張ればきっとなれるはずだ、と。

 そう、強く信じていた。


「魔法少女、ミリアモール! さあ、行くよ! みんな、力を貸して!」


 前回の配信アーカイブを見直すと、そこに映っていたのはクラリティベルを目指し明るく、元気に振る舞う魔法少女。

 映像の自分、魔法少女名ミリアモール。

 千の愛という本名から、さらに先へ……100万(ミリオン)(アモール)を目指して無邪気に名付けられた魔法少女は、『みんな』に応援を頼むと声を上げた。


 その配信の視聴者数は、2。

 そしてこの動画アーカイブの再生数は、今11になったところだ。

 そのうちの何回かは自分だし、あとは多分リスナーだろう。


 憧れた姿には遠く及ばず、そして後から始めた魔法少女にもあっという間に抜かされて嫉妬する、箸にも棒にもかからないような存在。

 それが今の私が、魔法少女ミリアモールが直面する、現実だった。


「なにが、ダメだったんだろうなあ……話題性? 強さ? かわいさ……色気……? ぅっ……」


 今話題の彼みたいな、目の覚めるような金髪とは違う。

 淡い栗色と黒色の間の、地味な印象の髪をいじり、私は呟く。


 あとは……時代、なのかもしれない。

 どんどん新種が出る虚獣に比例するように、今は個性豊かな魔法少女たちがしのぎを削っている。

 クラリティベルが戦い始めた最初期ならともかく、今の時代に普通の王道魔法少女が見つかる要素なんて、もう……


「ううん、違う! 私の実力が、まだ足りてないだけ!

時代とか、そういうののせいにする前に、出来ることをやるんだ!」


 そう、何百回とした自問に、何百回も出した結論で、奮起する。

 まだ私はやりきっていない、それに何より、こんな自分でも見てくれているリスナーは存在している。

 ならば、彼らのためにも私は戦うことが出来るはずだ、と。


「あ、あの……ミリアモールさんっ、その……きょ、虚獣、です……近くにいるのは、ミリアさんだけ、で……」

「────ッ」


 現れた、黒い身体に白い毛を纏った羊のようなマスコット『ハクシキ』に、おっかなびっくりな声をかけられると、私は静かに深く息を呑む。

 初めて出会った時はもっと自信に溢れて案内していた彼女も、だんだんと現実に圧される声色に変わっていった。


 虚獣が現れたなら、マスコットは原則、近くの魔法少女に報告をしなければならない。

 そのルールを破るわけにもいかず、だけど勝てるかわからない……

 いや、勝ち目が薄い戦いに追い立てるような形となる、彼女の胸中にも申し訳無さが募る。


 いつからだろう、虚獣の報告に「任せて」「すぐ行く」なんて言葉をとっさに出せなくなったのは。

 

「…………変身っ……!」


 それでもっ、と私はデバイスに祈りを込めると、魔法少女ミリアモールへと変身し、家を飛び出し夜を駆ける。

 配信設定をONにしてしばらくすると、おそらく今回も固定で見てくれているリスナーが現れ、内心胸をなでおろした。


<虚獣でた?> ポロンッ

<大丈夫、勝てそう? 無理しないで> ポロンッ


(……っ)


 数少ないそれを見逃さないよう設定した、軽快な効果音とともに送られるコメントに、意識を向ける。

 今のリスナーがするのはまず、期待ではなく心配。

 その不甲斐なさを表情に出さないよう口を引き結ぶと、私は彼らの想いを魔力に乗せ、走った。


 私が走るのは、魔法少女というシステムが誕生してから整備された、魔法少女専用道路。

 虚獣のもとへよりスムーズに駆けつけるため、備え付けられた道路を私は、一般人よりはるかに速く……だけど、魔法少女平均よりはるかに遅いペースで、全力で駆けた。



------------



 そうして、たどり着いたのはとある夜の公園。

 まず、周りに逃げ遅れた人はいなさそうという幸運にほっ、と息をつく。

 他の魔法少女ならともかく、今の私が無力な一般人を守って戦う余力は、間違いなく無いだろうから。


 ざっ、と公園に現れた私の姿に。

 複数いる、ずんぐりとした人のようなクマのような二足歩行の虚獣は、目も鼻も口もついてない顔を一斉に向けた。


(また新種……だけどっ……!)


「魔法少女、ミリアモール! さあ、行くよ! みんな、力を貸して!」


<ミリアがんばれミリアがんばれミリアがんばれ> ポロンッ

<あんまり強い個体じゃないかも 落ち着いて、いける!> ポロンッ


(あっ……)


 配信の方にわずか意識を回すと、いつもは2人だった視聴者が3人いることに気づいた。

 コメントもしておらず、ただ迷い込んだだけで離席しているかもしれないが、それでも心なしかいつもより強く感じる魔力を、武器に変える。


 魔力によってかたどられたのは、先が尖った小振りなハンマーのような武器。

 先手必勝と、私はその武器を虚獣の一体に振りかぶり。


「インパクトッ!」


 先っぽが命中するほんの刹那の瞬間、私はかき集めた魔力を解き放ち、打ち付ける。

 魔法少女としてはあまりにも頼りない魔力で、少しでも戦えるよう必死で身につけた唯一の技が、二足歩行の虚獣に炸裂した。


「オォォォオッ…………!!」

「た……たおせた、やった、一撃だっ……! ありがとうハクシキ、このままいこう!」

「う、うん、ミリアさん!」


 ハクシキの協力で魔力を調整された攻撃を受けると、虚獣はバラバラに弾け、破片が宙を舞う。

 一撃で倒せたという、あまりに珍しい手応えに頬を紅潮させ、久しぶりの充実感に胸を弾ませた。


<おおおお> ポロンッ

<やっぱりだ、いける! 油断せずいこう> ポロンッ


 虚獣はまだ複数体残っているが、これならなんとかなるかもしれない。

 ここしばらくは時間を稼いだり、数だけ減らして撤退がいいとこだった私も、討伐を成功させれば風向きが変わるかも。

 そんな期待を抱き、湧いてくる力をかき集めながら、私は再びハンマーを構えた。


「…………へっ……?」


 ────最初に覚えたのは、違和感だった。

 虚獣は倒されれば、やがて粒子となって何もなかったかのように消えていく、その名の通り虚ろな存在だ。

 だから、インパクトを受けて弾けたその肉片も、すぐに粒子となって消える……そのはずだったのに。


「な、なんで……なんで、増えて……?」


 倒したと思った破片から、同じサイズの虚獣がズモモモモ、と湧いて来る。

 生まれたての虚獣は、そのぬるりとした手を私に向けて伸ばそうとして────


「い、インパクト! インパクトッ!!」


 動揺に包まれながらなんとか調整出来た魔力の一撃は、私に迫る虚獣をまたも四散させる。

 が、結果は変わらず、その破片からも同じように湧いて来る虚獣の数は、すでに最初に見た数倍にも及ぼうとしていた。


<いやこれは無理だ> ポロンッ

<まってまってまって> ポロンッ


「ぶ、分裂型……! だめ、ミリアさんじゃ相性が悪すぎるっ……!」

「ぁ……ぅぅ……っ!」


 数を増やした虚獣は突如、統制の取れた動きで四方に散ると、出入り口を塞ぐように取り囲む。

 その光景を見た私の胸中を満たしたのは、単純な絶望感……ではなく、それ以上にのしかかる無力感だった。


(わ……私、何をして……必死になって殴って、虚獣の数を増やしただけっ……?)


 ただ、力及ばず敗北しただけなら、怖いがまだ納得もできる。

 でも、結果的に今私がやったことは、自分なら出来ると思って戦って、虚獣の戦力増強を助けただけだ。

 そしてこのまま死んだらいよいよ私は、何の助けにもなるどころか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになる。


(い、いやだ、いやだ……それだけは、それだけは絶対にやだぁ……っ!)


 頑張れば、主人公になれると思っていた。

 そうやって、憧れた魔法少女像を追い続けた先で突きつけられたのは、夢とはあまりにも違いすぎた、現実。


 でも、どうすることも出来ない。

 今の私に出来るのは、迫る虚獣をインパクトで散らすことだけで、それをすれば多分、時間は稼げる。

 だけどその働きがもたらすものは、みんなの脅威を増やし続けながら、死を後回しにするだけの最悪の無理心中だ。


(あ……そっか私……詰んだんだ)


 あまりにも分かりやすい絶望は、かえって人を冷静にさせるのだろうか。

 それなら……まあ……しょうがないか、なんて。

 すでに私は、死ぬことを半ば受け入れ……そのうえで、どうすれば被害がこれ以上増えないか、それだけを考えていた。


<いやだいやだがんばって> ポロンッ

<なんとか逃げられない? たのむ> ポロンッ


(……ごめん、みんな)


 まるで、悲鳴のよう。

 そんなコメントをさせてしまっていることに心で謝りながらも、より強く動いた彼らの魂に、ほんの少しだけ湧いた力を握りしめようとして……手放す。

 

 逃げるのは……多分無理そう。

 そしてこの力も、振るうことすらマイナスになるのなら、もうそれで終わり。

 そう、私は他人ごとのように悟ると、静かに目を閉じることを選んだ。



<五分、何も気にせずそのまま戦ってください> ポロンッ


<大丈夫、必ず、救援が向かいます> ポロンッ



★★★



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