第三十九話 花が、芽吹くまで① 種の品種を紹介します
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あ、シラハっ! ……え、うそ、会いに来てくれたの? ほんと?
…………べんきょう? たたかうとか色々、おしえてくれるってこと? シラハが? わたしに?
それしたら、みんなわたしのこと愛してくれる? わたしがシラハ、もっと愛していい?
…………うん、うんまずは知ることから……それでもいいけどっ…………きまりごと…………?
う~ん……ほかのひともいて……やっちゃダメなこといっぱい……わかった、やくそくね、やくそく。
────へへへ、たのしみ、はやくいっしょになれる日がきてほしいね、シラハ。
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────────ピッ。
<お>
<きた>
<まってた>
<く、くる>
<あの告知マジなの?>
<大丈夫なんか>
<セレスティフローラって無名だよねなんで選ばれてんの?>
<なんだっていい、怪物系幼女を愛でるチャンスだ>
<偏愛でしょ……? 普通に危なすぎるよ……?>
最弱の魔法少女セレスティフローラと五つの虚念の偏愛のカタチ、ルクスリア。
彼女たちがアカデミー企画第一弾の生徒として決定した日から、数日後。
配信を始めたシラハエルに、早速コメントが集う。
コメントのペースはいつも以上に早く、また実際にすでに待機している視聴者もかなり多い。
彼がこの配信に向けて行った事前告知……虚獣と思わしき存在へのコーチングという、常識から大きく外れた企画は、すでに魔法少女界隈外からの議論も巻き起こすものとなっていた。
……白羽の想定通りに。
危険すぎる、意味はあるのか、魔法少女は了承しているのか……
当然、否を唱える意見も多々あったが、彼が以前配信でルクスリアと出会ったときのアーカイブが残り、その切り抜きも多数上がっていたことから。
少なくとも現段階でルクスリアを一方的に排除すべきという論調にはならず、まずは次の配信を待とう、という空気感が出来上がっていた。
「…………返す返すも、五つの虚念たちとの最初の戦いで、完膚なきまでに理解らせ倒せたのがでかかったのう。
もしアレ以上に苦戦したり、痛み分けとなって五つの虚念本来の脅威が浸透していたら……このような挑戦、とても出来なかったじゃろう」
「おっしゃる通りです。だからこそこの機会を大事に、そして完璧に。魔法少女たちのために使い切らねばなりません……さて」
配信には乗らない形でひっそりと決意を固め合ったコンジキと白羽……いや、魔法少女シラハエル。
彼はさて、と話を切ってこの場に集まった二人の少女を改めて見ると。
配信視聴者にも向けるように、大きな声でそれを宣言する。
「────お待たせいたしました。
予定の時刻となりましたので、これより……『ハロウズアカデミー』。
魔法少女コーチング企画の、第一回配信を行いますっ!」
<うおおおおおおお>
<きたあああああ>
<今回はメガネバージョンだああああ>
<さすがだ……コンジキ様……>
<TSメガネ女教師おじさん!?>
<せんせートイレ!!>
「よ、よろしくお願いしますわっ!!」
「わーいおねがいしまーす、みんなも、よろしくね~」
一人は緊張に少し声を上ずらせながらもぴしっと、一人はゆるく両手を振りながら視聴者にも語りかけ。
ともかくこうして、セレスティフローラとルクスリアを第一弾生徒としたアカデミー企画は始まったのだった。
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「さて、先に今日したいことを皆さんにも共有いたしますと……今日は初回配信を丸々使って、皆さんの自己紹介をしたい、と考えています」
「自己」
「しょうかい」
シラハエルが放った言葉をオウム返しにしながら首を傾げる二人。
それぞれの紹介は面接、あるいは合否発表の日にやったはずでは、と返される前にシラハエルは説明を続ける。
「この自己紹介は自分やお互いにではなく、アカデミー企画を見に来ていただいた皆さんに、がメインですね。
今のあなた達がどういう立ち位置で、どういうふうに見て、どう応援すればいいのか……それを共有するために。
今回は運動による機能向上も兼ねた、お二人の体力測定を配信してみたいと思います」
「はえー」
「な、なるほど……面白そうですわねっ! ならば今のわたくしたちのスペックを見せ、目ん玉ひっくり返して差し上げますわっ!」
<なるほど>
<はえー>
<なんだこの自信!?>
<いいね>
<えーまだ虚獣倒したりはしないのか>
<スタート地点のスペック出すとかわかってるやん>
<あったほうがわかりやすいね>
<なにげに魔法少女がこういうことやる機会ってあんまないよな>
特に問題なく受け入れるコメントの流れに内心ほっ、としながらシラハエルは話を進める。
彼が言ったような狙いがあったのは事実だが、それ以上に彼女たち……特にセレスティフローラの現状を考えると、虚獣討伐を望む流れになることは是非とも避けたかったためだ。
ぶんぶんと自由に腕を振ってやる気を見せるルクスリアと、胸の前で深呼吸をしながら精神を集中させるセレスティフローラ。
思い思いの形でテストに向き合おうとする二人の姿に、コメント欄の期待も高まっていくことを感じた。
(…………よいのだな? ぬしが話した“セレスティフローラの解決の取っ掛かり”を考えると、大きく遠回りになるやもしれんが)
(……ええ、これは……受け入れます。まずは彼女たちの立ち位置を示し……なにより、彼女たちが愛されなければ、何も始まりません)
そんなタイミングでコンジキから飛ばされた心配そうな念話に、少し苦渋をにじませながらも返す。
……もしかしたら、ただ虚獣と戦わせるよりも大変、あるいは残酷なことになるかもしれない、と。
そんなシラハエルたちの憂慮を知るはずもなく、二人は体力測定に臨んだのだった。
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「ズコー!!」
「いえーいごーる!!」
<wwwwww>
<こけたあああああ>
<もうダッシュの二歩目から足の動き怪しかったもんな>
<ルクスリアちゃん早すぎぃ!>
<頑丈な身体ではあるんだな……>
「ねーたいくつー!! これいつまでやるのー!?」
「ひぃ……ひぃ……はぐぅ……っおえぇ……っ!」
<セレスさんがんばれー!>
<魔法少女仕様のシャトルランはやすぎだろwwwww>
<この音聞いてるだけで胸苦しくなってくるんだけど>
<虚獣の飽きっぽさ限度有り しかしそのスタミナ誉れ高い>
<ヒロインが吐く回は神回>
「────ふん、ぬぅぅ、あぁああァァっっ!!」
「ふっ……あれ、なげたボールどこ?」
<あの気合からクッソ微妙な記録で草>
<遠投って投げた瞬間消えることあるんだ>
<こいつ玉とか破裂させましたよ>
<測定不能何回目だ……?>
<あーもうめちゃくちゃだよ>
そうして行われた測定は、シラハエルたちの大方の予想通り……そして事情を知らぬリスナーたちからは全く想像もつかなかった。
そんな、概ね惨憺たる結果に終わった。
まず、ルクスリアはやはりというか、とにかく力の制御が出来ていない。
単純な身体能力は圧倒的……もしかしたらエターナルシーズが倒した虚飾のカタチ『ヴァニタス』以上に、暴力的と言えるスペックかも知れない。
当面の間はそのコントロールと、無闇矢鱈と振り回さないよう情緒を育んでいくことが第一だろう、と彼女には特にシラハエル自らが多めについてあたる予定となっていた。
ただ、その問題を除けば彼女のスペックと、リスナーたちのウケもいい天真爛漫な姿は、強い味方と成りうる要素を多く秘めている、と言えた。
……正直なところ、彼女自身が言うように五つの虚念なのだとしたら、現時点で敵対することもなくこの安定感は出来過ぎ、といってもいい。
彼女がシラハエルに向けての愛を口にしていることがその理由なのかも知れないし、彼女が取っている姿自体にもシラハエルが思うところは多々あるが……
逆に言えば懸念点は現状それぐらいである、とも言えた。
……故に、問題は。
「────ふ、ふふふ……! ふーふっふっふーんっ! いかがですかっ!?
皆さまが見ての通り、これがわたくしの終わりきっている現状……だからこそ見えるでしょう、この圧倒的伸びしろがっ!!
さあ皆様、後のハイパー人気魔法少女候補セレスティフローラをっ!
『わしが育てた』と後方古参ヅラでドヤれるようになる、超絶絶好の機会ですわよ~~!!!」
<うおおおおおおおお>
<弱き者…>
<ふーん、おもしれー女>
<あの……虚獣と戦うの、無理だと思うのですが……>
<なんで初回から虚念より化け物みたいなやつがいるんだよ>
汗だくになりながら視聴者を盛り上げるもう一人の生徒、セレスティフローラ。
事前告知による話題性も手伝って多数のリスナーが彼女に魔力を供給している今、身体スペック自体は一般人を大きく超える魔法少女のそれ……のはずだが。
とにかく、身体が扱えていない。
走っては数歩でズッコけ、ペース配分は無茶苦茶な上無駄な動きだらけですぐへばり、力の連動性が無いので遠投の記録も一般人とそう変わらない。
当然魔力の扱いなんてもってのほかで、少なくともシラハエルと出会う前のミリアモールにも大きく劣る戦闘能力。
そんな、伊達に魔法少女最弱を自認していないことをまざまざと見せつける結果となった彼女を見て……シラハエルは思う。
(うん……これでいい、想定通りだ)
────っと。
実のところ彼女がこの場に知らしめた表面上の問題は、強弱こそあれどルクスリアとそう変わらない……要は身体や魔力の制御面といった部分だ。
そして、アカデミーを通して魔法少女として強くなりたい、という彼女の願いを聞くことを決意した瞬間からこの事態は織り込み済み。
視聴者たちにも彼女の現状を認識させることには、彼からしてデメリットもあったが後のために飲みこむべきもの、と割り切っている。
ならば体力測定という形で二人の自己紹介が出来た、ということでこの初回配信も問題なく済んだ……そう、シラハエルは息をつこうとする。
「え? ふんふん……た、確かに……そうですわね、興味ありますわよねっ!
よし……シラハエル様~!
リスナー様からもリクエストがあったのですが、せっかくなのでシラハエル様の体力も見せていただけませんか~~!!」
そうして、そろそろ彼女たちをねぎらって配信を終わらせようか、なんて思っていた矢先にぶん投げられたキラーパス。
それにはシラハエルも、思わず歪んだ顔を配信に映さないようにするのが精一杯だった。
「……………………ええと、ですね。残念ですがそろそろ配信時間が────」
「シラハもテストッッ!!!? やってやって、みたいみたい、ぜったいみたい! “みんな”もみたいよね、ねっ!!!」
<みたいみたいみたい>
<先生なら“お手本”見せてくれるよなあ?>
<なあ、一旦芋ジャージにならないか?>
(ぐっ…………!)
すかさず無邪気かつ全力で浴びせられた偏愛の期待は、ご丁寧にリスナーたちも煽っての援護射撃だ。
こうなるとさすがに、ここで自分が前に出ることのリスクを、流れを断ち切ってでも断るリスクが勝ってしまう。
(…………仕方ない)
「…………わかりました。……やるなら、言い訳なしの全力で行きます」
ここで、変に手抜きをしたことでリスナーや……ましてやキラキラと自分を見るルクスリアに悟られて不興を買ったら、築き上げた環境全てが崩れかねない。
冷静にそう考えたシラハエルはあえてこう宣言すると、その言葉通りの動きを、ここに集った全員に見せることになったのだった。
そして、その測定結果は。
話題性で普段以上の視聴者の魔力が集まったことも手伝い、セレスティフローラは当然、ルクスリアのほとんどの記録を上回る……魔法少女全体で見ても極めて高い領域を叩き出し。
シラハエルが、最強格の魔法少女にも一度勝っているという事実を、改めて知らしめる結果となった。
……その上で、そんな記録を出したシラハエルは手応えに浮かれる……などということは当然、一切なく。
「おおお~~! すごいすごい~~!! さっすが~~~!!!」
「………………あれが、わたくしが近づくべきものの高さ……っ」
<すげええええ>
<やっぱ魔法少女ってすごいわ>
<さすがに差ありすぎじゃね>
<これが見たかった>
<セレスティフローラさすがにかわいそうじゃない……?>
<これ追いつくの無理だろ>
(…………っ)
セレスティフローラがほんの少し顔を歪めながら呟いた言葉と、自身の配信に流れるコメントに。
測定時に流れたものとは違う種類の汗を感じながら……このアカデミー企画が一筋縄では行かないことを、改めて認識させられたのだった。
(まだ、問題ない……次だ)
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翌日、第二回目となるコーチング配信が始まった。
今回は、前回の体力測定で共有できたそれぞれの現状を踏まえ、ルクスリアとセレスティフローラが別メニューのコーチングを受ける……
それだけを聞かされていたセレスティフローラは、今日は何をするのだろう、と昨日に続き緊張しながら佇んでいた。
同じ緊張といっても、昨日の初回コーチングならではのものとは少し違う。
最後のシラハエルと比較した自分の無力な現状に、さすがに彼女といえど思うところはあったのだ。
「えぇい、自分でコメント拾ってリクエストしたくせに情けなしっ。
“あの方”に並び立つのでしょうが、セレスティフローラ……!」
ぺちん、と自分の顔を叩いた間の抜けた音を聞きながら、少女は気合を入れ直した。
(…………それに、あの方……あのお姿っ……今こうしてみても信じられないっ……!)
その直後、ちらりとルクスリアの方を見ながら、唇をきゅっと引き結ぶ。
ルクスリアの関心が、現状ほとんどシラハか、あとは何故かコメントに向いていること。
そして、セレスティフローラ自身もルクスリアとまだ積極的に絡みに“行けていない”ことから、二人がしたやり取りは現状最低限のものだ。
「ふーんふーんふふーん……♪」
ふらふら、ふわふわと機嫌よく揺れる、見た目は清楚で儚い雰囲気の少女。
あの姿で自分より圧倒的に高い身体スペックを持っているという、彼女からして驚愕としか言いようのない事実は当然、強く意識せざるを得ないものだった。
…………それでも。
(────────っ、ふぅ……! いえ、今考えすぎても仕方ない、わたくしがやることは変わらない……!
ド底辺なわたくしでも、出来ることを一歩ずつ……!)
そんな憂慮を無理やり押し殺すと、気を取り直して少女はコーチングの開始を待つ。
今日が別メニューということは、いよいよそれぞれに講師がつくという形で進行する可能性が高い。
……おそらく、色々と目が離せないルクスリアの方はまだシラハエルがつくことになるだろう。
もちろん、それは事前に説明されて納得済みで受けているので、彼女は自分に教えることになるのが誰でもしっかり対応する……
いや、それどころか自身のキャラクター性で食ってやる、とまで熱いやる気を秘めていた。
「────お待たせいたしました」
「ふっ…………」
そうして後ろからかけられたシラハエルの言葉に、何やらデジャヴュを感じながら少女はしとやかに振り返る。
前回似たような場面で振り向いた時は、さすがに予想外すぎた相手で動揺してしまったが、今回はそうはなるまい、と。
覚悟を決めた目に入ったものを見て、少女は────やっぱり、口を開けて固まることになる。
「…………っ」
「────へ……へ……ほ、本物……ですの?」
<は???>
<まじ????>
<いきなりこの子教官!!?>
<飛ばしすぎぃッ!>
<ここで来たか!>
(さて……どうなるだろうか)
……その様を見るシラハエルがアカデミーで目指す理想はあくまで、魔法少女同士の相互互助。
それは何も、ただ強くなるために一方が教える、というだけに留まらない。
その理念を早速押し出すかのように彼が連れてきた少女の姿を見て、コメント欄もセレスティフローラも度肝を抜かれる。
「…………コンチワッス」
「……なんておっしゃいまして?」
思わず素で返してしまった少女が見たものは、恐るべきオーラを放つ着物のような魔法少女体の少女……
本名四季織 巡、魔法少女名エターナルシーズ。
かつてシラハエルに灼かれたものの、未だ他魔法少女への不信感を拭えていない最強格の魔法少女は、シラハエルの影から顔だけ覗かせて…………
最弱の魔法少女に、ビクビクと蚊の鳴くような挨拶をしたのだった。
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