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第三十六話 おとなのかおあわせ


「────っ」


 泥の生物……いや、今は少女の形を取った眼の前の相手が発した言葉。

 虚念であり、五つの虚念(クィンク・ネブラ)の偏愛のカタチであるという言葉を前に自分にも、コンジキ様にも、そして流れていたはずのコメント欄にも。

 一瞬、完全な思考の空白が訪れたことを、自分は感じた。


「ちか、っ……」


 特に自分にとっては、少女のその姿は子どもの頃の記憶に残るものと瓜二つの姿。

 思わず千景(ちかげ)、と口に出してしまいそうになったところを、多数の視聴者が見守る配信中だったことをかろうじて思い出し、口をつぐむ。


 五つの虚念。

 以前魔法少女エターナルシーズと共闘した際、彼女から共有された虚獣の進化形態のような存在。

 実際に虚飾のカタチ、羨望のカタチと拳を交えたことで脅威を深く知る自分の理性は、当然眼の前のそれも恐るべき脅威として相対しようとする────が。


「…………?」

「────っ」

「し、白羽殿……」


 こてん、と首を傾げて自分を見るその目。

 現れてからというもの、これまでの虚念のような害意を一切感じない様に、コンジキ様も同じ戸惑いを覚えたような声をあげ。


<さっきの泥? どうなってる?>

<虚獣じゃないの?>

<え、なんかかわいいんだけど>


 コメント欄もまた、動揺しながらもネガティブになりきれない反応をぽつぽつと返し始める。


 ……そう、害意どころか彼女が自分を見るこの目は、勘違いでなければ────


「────っ!」


 そう思った瞬間背後から、今度こそ純粋な害意を持った複数の魔力気配を感知する。

 起こった事態による思考の空白の隙をぬって、想定以上の速さで第二波の虚獣が近づいていたのだ。


 倒すだけなら問題ない。

 だがこの少女? に背を向けていいのか、虚獣群に注意を払っていいのか。

 一瞬で様々な思考がよぎった自分は、最初の直感にまかせて少女を背に守ろうとすることを選んだ。


「危険です、伏せていてくださ────」

「これ、邪魔? じゃあ、けしたげるね」


 かばおうとした自分を突如、すっ、と逆に押しのける形で前に出た少女。

 華奢な体格に全く見合わない凄まじい膂力(りょりょく)は、それだけで存在の異質さを悟らせるに十分すぎるものだった。


「どーーん!!」


 そして、次の瞬間には。

 形容し難い、強いて言うなら肉で無理やり作られた竜の顎のような形となった少女の両手から、不可視の衝撃波が放たれていた。

 固まって襲いかかろうとした虚獣は、衝撃に薙ぎ払わられるとなすすべなく吹き飛ばされ、遅れて粒子化を始める。


<うおおおおお>

<つっっよ>

<強いけどこれ大丈夫なやつ…?>

<ひょえ~~w>

<少なくとも虚獣の味方じゃないのか>

<今一瞬おかしくなかった? 気のせい?>

<いやクィンクネブラでしょ? 敵じゃないの?>

<こういう子がめっちゃ強いところ見せたら好きになると思ってんだろ そうだよ>


「………………っ」


 五つの虚念を名乗った時点で心構えはしていたが、やはり普通の虚獣とは一線を画していた戦闘力に、自分は少し顔を歪める。

 少女の腕が変質したのは自分の動体視力で見てもほんの一瞬のことで、少なくともコメントが気づいた様子はほとんどない。

 今は裸足ではあるがそれ以外は特に変哲の無い姿のまま、少女は自分に対し期待のこもった目をしながら近づこうとして────


「ふっへっへー。見た、シラハ? たすかった……? と、わ、と、とっ」

「────っと」


 脚がもつれてしまったのか、つんのめって前に倒れようとする危うい姿をその場に晒した。

 思わず手で支えると、先ほど見せた膂力の一切を感じさせない軽さの身体が、力なく収まる。


「ん……いきなり、ちからつかいすぎちゃった……支えてくれるなんてやさしいね、シラハ」

「…………あなたは……っ」


 五つの虚念を名乗りながら、この状況でも変わらず全くこちらへの敵意も……そして、自分がやられるのではないか、という恐怖も見せないその姿。

 インヴィディアとは全く別の種類の底知れなさを感じる自分を置いて、少女は続ける。


「ま、あなたは、だなんて……ああ、なまえ、まだだった。

わたしは……そう、ルクスリア。おぼえておいてねっ」


 そのまま、自分の両足で立ったルクスリアを名乗る虚念は。

 一度だけ肩で大きく息をすると、薄く笑ったまま口を開いた。


「本当はシラハのうでにずっといたいけど、わたしは、わがままを言いません。

ちから、つかっちゃったし……今日はバイバイするね。

こんどはもっと、“愛”してくれるとうれしいな」


 そう、一旦言葉を切ると。


()()()()()()もね、バイバーイ……っ」

「────ッ!!」


 最後にそう言って、屈託のない笑顔とともに両手を振ると。

 遅れて少しだけ恥ずかしそうにしてから、だんっ、と強く地面を踏みしめ跳び上がり、その場から立ち去ったのだった。


<ぎゃわ"い"い">

<バイバーイ>

<おい かわいすぎる>

<今おれに手振った! 今おれに手振った!>

<お前……俺のことが……好きだったのか……>

<こっち認識してるのめっちゃこわいんだけど>

<ったく……w>

<よせよ、みんなが見てる前で……>


 ゾワッ、と。

 少女が虚獣を蹴散らしたときにも覚えなかった戦慄に肌が粟立ったのは、コメントの流れが気持ち悪かったというわけではない……決して。


 ともかく、少女が去った先の空を見上げながらに自分たちは配信を閉じると、一度家に戻ることにしたのだった。



------------



「作戦ターイムじゃ!」

「認めます! ……まあ自分も当事者なのですが」


 コンジキ様のノリに軽く合わせながらも、実際は神妙な顔を突き合わせて。

 自分たちは早速本題となる、先ほど出会った虚念を名乗る少女について話し合う。


「…………最後に放ったセリフ……あれは完全に、視聴者に向けた言葉じゃったな……少なくとも、彼女は────」

「えぇ、確実に配信というシステムを認識しています。羨望……以前戦ったインヴィディアと同じぐらいかまでは、わかりませんが」


 偏愛のカタチ、ルクスリアを名乗った少女が最後に振りまいた()想。

 それがもたらす効果を彼女がどこまで自覚していたのかは定かではないが、少なくともコンジキ様も自分と全く同じ懸念を覚えたようだ。


 今回、彼女は自分たちの前に姿を現し……というより、まるで初めて意志を持った存在として生まれたような感覚だったが。

 ともかく、配信をつけていた自分との出会いからその場を去るときまで、友好的存在であり続けた。


 それは、つまり。


「五つの虚念を名乗り、実際にその力の片鱗を見せた相手に対して、ワシらは()()()()()()()()()()()()()()()()()()……

少なくとも配信しているあの状況で、敵意を見せないどころか虚獣を倒した少女を一方的に害すなど、神が許しても民意が許さん。

……強いて言うなら、虚獣を倒して消耗したと見るや即座に配信を切って襲いかかれば、配信分の魔力を差し引いても勝てたかもしれんが────」

「論外ですね」


「そりゃそうじゃ。結局彼女が五つの虚念を名乗ったということ以外に、敵とみなす要素が無さすぎる。

心情的な面は当然、突如配信を消された視聴者の不信感とて簡単に拭えるものでは無い。

あと、あの見た目もずっこいわ。コメントの反応も見ての通りで、少なくとも理由もなしに戦うには────」

「…………っ」


 コンジキ様の言葉に同意を示しながらも、自分は先ほど出会った少女の姿を思い返していた。

 パートナーが口にした懸念点はもちろんあるが、それら全てがなかったとしてももしかしたら、自分は────


 と、そんな自分の深刻な表情に、コンジキ様も思い当たるところがあったのだろう。

 少し身を乗り出しながらに、自分に真っ直ぐな目を向けて問いかける。


「見た目と言えばそうじゃ。泥のようだったものが少女の姿となった経緯、現れた姿を見たぬしの動揺。

そして、思わず口走りかけた『ちかっ』という言葉……つい先程、夢から醒めた時にぬしが叫んだ名前とも無関係ではないのではないか?」

「……………………よく、わかりますね」

「わはは。サブカルキめてるとこういう連想もついやっちゃうのじゃ」


 若干の畏怖すら込めて図星を認めた自分に、コンジキ様はカラカラと笑う。


「……それで、白羽殿。ルクスリアが模していたのはぬしの知る『千景』という少女に似たもの……そんなわしの想像が正しいというのなら。

よければ千景殿について、差し支えない範囲で伺ってもよろしいか?」


 すっ、とからかいを含んだ笑いを収め、コンジキ様が改めて真剣な眼差しを向けてきた。

 こちらの心情を(おもんぱか)る相方の態度に、当然気分を害すこと無く答えようとする……が。


「……残念ですが、何も面白くなるような話ではありません……ただ、そうですね。

今より若く、未熟で考え無しだったころの自分が強くあろうとした理由であり……そして、強さだけで救われる人などそう多くない、ということを教えてくれた人、とだけ。

今はもう、彼女がどこでどうしているのやら……結婚された、という話を聞いたぐらいであとははっきりと分からない、それぐらいの何処にでも転がる話ですよ」

「…………うむ、十分じゃ。言いづらいことを言わせてしまい、すまなんだな」


 自分の……おそらく遠い目をしてしまっているだろう表情に、額面通り以上の感傷を受け取ったのだろう。

 真面目な場面では空気の読める相方はそれ以上の言及を避け、うむむ、と再び唸りながら本筋に思考を戻すことを選んだ。


「ふむ……しかし、見た目もそう、となるとますます迂闊に手を出すわけにもいかんな……

仮に倒すにしても生まれたてということなら、ヴァニタスやインヴィディアに比べ付け入る隙は多そうじゃが、少なくとも配信外で倒せると判断するには未知な部分が多すぎじゃ」

「そう……ですね」


 いっそあの場で襲いかかって来たならば分かりやすく対処できたものを、と頭を抱えるコンジキ様に、自分もやんわりと同意を返す。


「かといって完全に放置するにも彼女は力を持ちすぎている……何も知らぬ魔法少女や一般人が手を出せば、どんな惨事が起こるか想像もつかんわ。

どう対処するにせよ、まず彼女を知ることから始める必要があるがその手段も……むむむ……」

「…………彼女は」

「む?」


 ぽつり、と自分が呟いた言葉に、出口のない思考にふけり始めたコンジキ様が反応する。


「ルクスリアを名乗った彼女は、自分に対しかなり好意的であるように思えました。

また会おう、という趣旨の発言もしていたことから、自分が矢面で話せば何かしらの交渉が出来る可能性は十分あります。

……自分が好かれている理由までわからないのが気になるところではありますが……」

「ふーむ確かに。好意の理由に関しては、ぬしの記憶を読み取って変身したことでヒナの刷り込みのように懐いているか、記憶の少女の感情までリンクしたか……」


 と、そこまでを呟いたコンジキ様はああ、と思いついたように、自分へと向き直りながら付け加える。


「あと、インヴィディアの言葉通り、五つの虚念が人々の念から来ているということなら、ぬしへ向けられる“偏愛”がダイレクトに作用しておる可能性もありそうじゃ。

ほら……ぬし……その、ねえ? 元が大人っていうこともあって? 色々と向けられる感情にも他の魔法少女と違う種類が混じる、というか……」

「うぐぐぐっ…………」


 あまりにも直視したくない可能性を提示されて唸るが、こうなった以上は向けられる感情も前向きに捉えるしかないだろう。


「よし、そういうことなら次回からの活動は今回と同じように外を出歩き、あのルクスリアとの接触を第一とするか?」


 そうして、ルクスリアへの対処を頭でまとめたコンジキ様からかけられた提案。

 普通に考えればそれが妥当と言える提案に、自分はいえ、と。

 ……口に出している今も大いに深く考慮しながらの、回答を返す。


「…………少し……考えていることが……無くもありません。

ただ、その結論を出す前に、先にやっておきたいことがあります」

「やっておきたいこと?」


 訝しげに首をひねった相方にええ、と自分は頷くと。

 閉塞した気分を変えるかのように、虚獣の討伐で中断されていた話題を口にしたのだった。



「あまりお待たせしてしまっても申し訳ありませんからね。

先ほどコンジキ様からいただいた資料の彼女……コーチングコラボを希望する例の魔法少女との、直接面接をしてしまいましょう」



------------



「────わたくしっ!! 参っ上っ!!!! ですわっっ!!!!!!」



 後日。


 面接の連絡をするや否や、可能な限り最速でと即返事をよこしてきたスピード感あふれる少女。


 コンコンコンッと最初だけは普通だったノックに「どうぞ」と声掛けをした瞬間、ここまでの勢いをそのまま乗せたかのように飛び込んできた彼女は、この第一声を放った。


「…………わぁお」


 驚き半分、面白いものを見た反応半分で声を出すコンジキ様を隣に、立ち上がった自分は。

 可能な限り固くならないよう、にこやかな笑顔を崩さない魔法少女シラハエルのままで、少女に声をかける。


「魔法少女セレスティフローラ様ですね、お待ちいたしておりました。

初めまして、魔法少女シラハエルと申します。本日はよろしくお願いいたします」



 そうして、自分を面接官とした……初めてのアカデミー入学面接が始まった。


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急なメタ発言はマスコットの特権
更新お疲れ様です。 社会を味方に付けて攻撃させないタイプの敵……特撮ものではたまに現れますが、共通してるのは緻密で悪辣な点ですよね。メタい事言うとヒーローが勝てないと番組終了→ちょっと油断してそこか…
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