第三十三話 間話:パトロールはマスコットのつとめです 前
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────マスコット、コンジキの朝は早い。
史上初の大人男性TS魔法少女という特異な存在であるパートナー、シラハエルを補佐するものとして。
コンジキが自身に課した役割は、枚挙にいとまがないのだ。
「うむ、良い朝じゃ。今日も頑張るとするかの────プロとして────」
最近一挙に触れたサブカルの影響を受けながら独りごちると、小さな身体をよいしょと動かし、早速マスコット用の小さなノートPCを稼働させる。
ここで行うのは配信者のマネージャー兼任らしく、コラボや企画の資料作成……ではなく、その前にまずはWebブラウザの起動だ。
といっても当然、ただネットサーフィンに興じるわけではない。
この朝の早い時間だからこそ、魔法少女の活動に異常はないか、情勢に変わったところはないか。
マスコット同士の近況共有では追いきれない情報を拾うため、各魔法少女の配信やSNSにアンテナを張り巡らせているのだ。
「ふむ……異常なし。配信も今は特にやっておらぬようじゃな」
そもそも魔法少女の年齢……すなわち活動時間を考えると、早朝や深夜に配信されることはほぼ無い。
学校や親からの指摘といった彼女たち自身の都合はもちろんとして、普通でない時間に配信をしてしまうと「なんでこんな時間に? 学校とかは?」などと、視聴者の魂が応援でなく困惑に傾いてしまう。
つまり普通の配信者のように、時間をずらしたり夜型に合わせた配信をするメリットが極めて薄いのだ。
故に、この時間に配信サイトを開いて問題が起こっていないことを確認するのは、コンジキにとって安心を得るためのルーチンワークともなっていた。
「そうなるとやはり、懸念すべきは先日の戦いを経た白羽殿周りの反応か……ずずっ、うむ、うまい」
朝一の確認が終われば、同居の形となっている家主を起こさないよう静かに淹れた熱いお茶を啜る。
早朝の冷えた空気に晒された身に流し込まれる熱をほう、と感じながら息をつくこの瞬間は、コンジキにとっての至福の時間だ。
そうしているうちに、ピクピクっとキツネの耳が動いた。
いつもどおりの時間に、いつもどおりの落ち着いた生活音が届いてきたためだ。
「おはようございます」
「おはようございます、じゃ白羽殿。茶は淹れておいたぞ」
コンジキの言葉にありがとうございますと返し席についた相方。
寝間着姿ながら寝癖一つないかっちりした様を目に収めながら、コンジキは探るように声を掛ける。
「さて、先日のファンミーティング……そこからの五つの虚念との突発的な遭遇戦、そして討伐。
これまでにない激しい戦いとなったが、その後心身の方、大事ないかのう」
そう、今日というこの日はファンミーティングの開催中に現れた五つの虚念、虚飾のヴァニタスと羨望のインヴィディアとの戦いを終えた直後。
まだ激戦の爪痕残るこのタイミングで、コンジキはいつも以上に慎重に、その当事者の様子を伺っていた。
「ええ、現在は特に痛みや特別な疲労感などはありません、なのでやはり本日から活動再開を────」
「だがダメじゃ。言っていた通り、ぬしは今日も完全休養日とする。
活動開始からこれまでほぼノンストップで走り抜けて来たのじゃ、この機会に自覚できていない疲労まで抜いておくことじゃな」
珍しく有無を言わせぬ強い口調で断言したコンジキの態度。
大人であり、『魔法少女のための魔法少女』としての意識が強い彼が相手だけに、コンジキも完全に縛る物言いを躊躇いそうになりながらも、ここは引かないと態度で示すと。
白羽は納得半分といった様子でむぅ、と返し、ひとまず大人しくすることに同意したのだった。
(すまぬのう、白羽殿。だが今はぬしらの心身を……特に精神面をしっかり見定めねばならぬ時期だと思ったのじゃ)
コンジキは今、白羽……というより白羽関係の魔法少女たちにとある心配事を抱えていた。
その心配事とは、先日の戦いの余波だ。
まず、今回現れた五つの虚念を名乗る虚獣は、これまでの常識を大きく上回る力を備えた存在だった。
この新たな敵に重圧を受けていないか、という確認はすでにマスコット同士でも優先事項として共有されている。
今のところ目立った反応は無いが、この先も配信や戦闘の様子から彼女たちの動向に注意すべし、というのは彼らマスコットに共通した考えだ。
そしてある意味、それ以上の問題。
それは、魔法少女シラハエルに救われ大きく影響を受けた……端的に言って脳を灼かれた少女たちの反応だ。
(少女たちに見せるには、少々刺激的な絵面だったからのう。
彼女たちのためはもちろん、白羽殿の願望であるアカデミー設立のためにも、不和の種は出来るだけ取り除いておかねば……)
今回の戦いを解決に導くために、シラハエルはこれまでのような天使然とした救済者ではなく、彼自身も避けていた獣のような暴力的スタイルを晒さざるを得なかった。
少女たちがシラハエルに対しいつでも頼りになる大人、として強い固定観念を持っていた場合、彼の二面性に大きなショックを受けた可能性がある。
ならば、戦いが終わった直後というこのタイミング、彼女たちが次の配信で見せる姿から目を離すべきではない、と考えていたのだ。
(突発的な思いつきから出た懸念じゃが、こういう不協和音にいち早く気づくのもデキるマスコットのつとめってやつじゃ。
今日は徹底的に見させてもらうぞ少女たちよ、ぬしたちの悩みを、その心情を────!)
そう、密かに燃えたぎったコンジキは。
少女たちの配信が始まる時間帯を今か今かと待ちながら、まずは溜まった事務雑務を進めていくのだった。
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そして、その日の夕方が訪れた。
大体のまともな魔法少女が活動を開始するこのタイミング、シラハエルと関わりの深い魔法少女も例に漏れず、配信を始めることになる。
コンジキは趣味半分で楽しむ普段とは違う緊張感で、配信サイトを開くこととなった。
タイトル:【雑談】ここしばらくのあれこれを【魔法少女】
配信者名:ミリアモール
カテゴリ:雑談
タイトル:【救援枠】今日も元気☆
配信者名:クラリティベル
カテゴリ:救援活動
タイトル:【二人で】一歩ずつ頑張る【二人分】
配信者名:ルーチェノート・ナイトレンテ
カテゴリ:救援活動
「来たな、まずはミリアモール殿からか……む、これはっ」
そんな中、真っ先にコンジキの目に入った名前は、シラハエル初のコラボ相手となった魔法少女ミリアモール。
珍しく取られていた雑談枠の、配信サムネイルに写った一枚の画像を見て、コンジキの両耳がピンッと直立した。
少女がシラハエルに救われ、人気魔法少女としての道を歩み始めてからは見たこともない表情となっていることに気付いたからだ。
伏せられた目、寄せられた眉間、なにかをこらえるように引き結ばれた唇。
なにより姿勢、立ち振舞い全体から見て取れる曇った雰囲気は、今の彼女を知るコンジキほど非常事態を認識せざるを得なかった。
「くっ何があった……っ!」
そう口にしながら、コンジキは慌てて配信ページを開く。
<泣かないで>
<かわいそう>
<悲しいなあ>
案の定流れていた、彼女を慰めるようなコメントから自身の直感の正しさを確信すると。
事態の把握のため、ごくり、と生唾を飲みながら次のミリアモールの言葉を待った。
「ごめん、みんなが何を言ってくれても辛いし……何よりやっぱり許せないよ……虚獣……!
五つの虚念……なんてことを……!!」
「…………っ!」
そうして、コンジキの耳に飛び込んできたのは。
ミリアモールが初めて見せる憎悪すら滲ませた────
「────ねえっ! 襲ってくるなら前もって言っててよぉっ! それなら救援ってことで学校行事と被ってても天使様のファンミーティング行けたのにッッ!!
せめてあとからアーカイブ見返そうって思ってたら、襲撃で潰れたせいでファンミ部分の配信ほとんど無かったし!!
私゛も゛行゛き゛た゛か゛っ゛た゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!」
「…………………………」
<草>
<言えたじゃねえか>
<虚獣の犯行予告あったらいよいよイベント無くなるだけなんだよなあ>
<かわいそうだけどかわいい>
<そりゃ辛えでしょうよ>
そんな、逃した機会に対する慟哭の叫びだった。
バンバンバン、と机を叩きながら元気に発狂する姿に、コンジキがどういうリアクションを取ればいいのかわからない間も、リスナーは大いに沸きながらコメントを流す。
<でも戦闘配信良かったでしょ?>
「『でも戦闘配信良かったでしょ?』うん良かった♪
実はね実はね、天使様がああいう顔するのって初めてじゃなくて。
最初に私を助けてくれたときね、自分が倒すって決めた瞬間、合体虚獣に向けてすっっごい表情してくれたの。
ほんとに一瞬だったから、間近で見た私にしか分からなかったかもしれないけど、あれがあったからかな?
天使様が獣みたいになったとき、驚くんじゃなくて、ああ……やっぱりって納得感があったりして、みんなもようやく同じものを見れたんだって誇らしい気持ち? もあったりして……」
<マウントえぐいて>
<古参アピールガチ効く>
<ミリアモールが楽しそうで何よりです>
<普段めちゃくちゃまともなのに天使様語らせたらこれ>
<隙を見せた俺らが悪い>
「白羽殿の話題になった瞬間の切り替え速すぎる……こわ……」
どっ、と疲れが来たように両肩をおろしながらも、コンジキはシラハエルばりの二面性を見せる少女に震え上がる。
「ただ、まあ……見たところ不安要素などは無い……のか……? いや、しかし……」
それでも、と念の為まだ油断なく視聴を続けるコンジキ。
シラハエルの姿にショックを受けていないのはいい。
だが、もし五つの虚念という新たな敵の脅威を眼中に入れず甘く考えすぎているのだとしたら、それはそれで彼女のマスコットハクシキを通して一喝を────
そう考えていたコンジキの念が通じたわけではないだろうが、ちょうど後押しするようなコメントをミリアモールは拾った。
「『実際あのクィンクネブラ?っていうの怖くなかった? 大丈夫?』うん、心配してくれてありがとう」
コメントの送り主の深刻さを察したミリアモールは、すっ、と真面目な雰囲気に戻ると、自分の言葉で返し始める。
「そう、だね……さっきは虚獣が来るって予告されたら行きたかった、なんて言ったけど。
実際のところ、あの場に私が居たら活躍できたかどうか……あのものすごいレベルの戦いの、足を引っ張っちゃって無かったかって言われると、絶対大丈夫、とは言えないかな」
(…………)
<強かったしやばかったよね>
<普通に途中まで人類どうなるんだってなってた>
<エターナルシーズもめちゃくちゃ強かったけど苦戦してたしなあ>
「うん、そうだね。みんなも色々不安になってるとは思う。
けど、大丈夫……えぇっと、これくらいは言っていいんだったよね確か……ごほん。
今ね、そういうのの対策するための取り組みが進んでて……私もちょっと関わらせてもらってるの。
だから、魔法少女側も全然無策じゃなくて、みんなが安心できるよう進めてるってことだけは、覚えておいてね」
<おお>
<さすがだ>
<協力出来ることあったら言って>
「もちろん、私自身もリスナーのみんなと一緒に、これからどんどん強くなるから……これからも、よろしくお願いします!」
そう、力強く宣言したミリアモールのセリフと、追従するコメントの流れを見て。
コンジキは、口を緩ませながら配信を閉じた。
ミリアモールは今、配信を通した自身の愚痴という体で……まあ、本音も多分に含まれているだろうとコンジキは感じたが。
ともかく、視聴者に対して普段通りの姿を見せながらも、安心させるために配信していたことが分かったからだ。
「…………強いのう」
元より、ほとんどリスナーが居ないままでも腐らず、折れず。
魔法少女を続けてこられた、ある意味魔法少女として最強かもしれないメンタルを持つミリアモールという存在を、コンジキは再確認することが出来たのだった。
一つ、肩の荷が降りたような気持ちになりながらコンジキは、それ以外に同時に配信されている、シラハエルと関わりある魔法少女たちも確認していく。
他も今のところ問題は無さそうだが、ここでコンジキは、次の懸念対象へと意識を向けることとなった。
『────ああ、そういえばコンジキ様、フローヴェールさんより次回の配信で自分の話題を取り扱いたい、と連絡がありましたが』
今朝、白羽に完全休養日を伝えたあと聞かされていた、この言葉。
相変わらず真面目というか、話題に出すことなどわざわざ確認を取らなくても、と思いながらに許可を返したその少女、魔法少女フローヴェール。
かつてシラハエルとコラボ共闘し……“紆余曲折”あってシラハエルを『ママ』と呼び親しむようになった相手だ。
「ミリアモール殿と同じく、アカデミーの話が通っているフローヴェール殿……ちょうど話題に出すと言っていたが彼女はどうじゃ……?
キャラ付けの上手さでここまでのし上がった彼女だが、『ママ』としてのシラハエル殿への執着は言うまでもないじゃろう。
果たして、少女が知るシラハエル像とは程遠いあの姿に、正気を保っていられているか……?」
シラハエルに救われる前は思慮深さと繊細さ故に、心労にあえいでいた彼女ならば、もしかしたら……
そんな風に考えたコンジキは、更新された配信サイトを確認するのだった。
タイトル:【緊急】ヤンママの娘です。すべてをお話しします
配信者名:フローヴェール
カテゴリ:雑談
カチッ。
「…………はっ! クソタイトルなのに吸い込まれるようにクリックしてしまった!
……って、なんじゃこりゃぁ!」
そうして、配信画面を開いたコンジキの目に飛び込んできたのは。
普段のようなメスガキ仕草でない、やたらと神妙に正した姿勢での配信を。
ベビースモックをつけ、おしゃぶりを咥えたまま行う様子のおかしい人の姿であった。
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