第三十話 今日は、四季が織り巡る日 前編
★★★
────どうか、夢なら醒めないでください。
「────ふ、は、あはははッッ!」
「ッ、ラアァアッ!!」
天使っぽいビジュアルで、天使っぽい澄んだ声で、実際にうちにとっての救いの天使で……
でも今は獣みたいな声とともに、本能で繰り出される暴風雨のような攻撃にさらされ、うちはそう思った。
本当にあまりにも、あまりにも信じられない、夢みたいなこの光景。
かつての自分にとっての全てみたいな憧れの存在が、今の自分にとって一番大事な共闘相手と同じ人やった。
その上で今、あこがれの人が……いつか呼んでくれることあるかなってこっそり願ってた呼び捨てをしてうちに向き合って、本気で戦ってくれている。
この喜びに比べれば、殴られ蹴られる痛みも、一歩間違えれば死ぬかもしれないという現実も物の数ではない。
……正直なところ、ずっとこのまま一人で戦い続けて終われればいい、と思ってたうちがこの先これほどの喜びに出会えるって自信は全く無い。
今日というこの日までのうちやったら、ここを人生のピークとしていい感じに死ねたら……それもええかもってなってたかもしれへん。
「……でも、それは違うよな」
「ッ、グッ……!」
嵐の隙間に躊躇なく手を突っ込んで、うちはシラハエルさんの顔を弾いた。
一瞬の隙になんとかねじ込めただけで、ここまでにすでに三~四発いいのをもらった上で、ようやく軽く返せた一発。
それでも本能の警戒からか下がった彼を見て、一瞬息をついた。
「……ふぅ────」
最初にもらった腹への一撃はまだじくじくと痛むし、他の攻撃も容赦なし。
本当に強くなった……いや、これが本来の彼なんやろう。
『────なーんか他の魔法少女と違うっていうか……何かを押し殺してるような感じもするんよなあ』
彼を見たときにうちが覚えたおかしな直感は、間違ってなかった。
思った通り……いや、思ってたのよりもずっと何倍も、彼はとんでもないものを隠し持っていた。
そして、そんなシラハエルさんは言った────『殺されるなよ』と。
……彼が今まで築き上げてきた大人としてのキャラクターやらファン層やら……何より彼自身の矜持やら。
そういうの全部捨てることになるかもって覚悟をしてまで本気を出してくれたのは、そもそもうちに取り憑いた虚獣インヴィディア退治が前提にあるから。
そのために、お互いに全力で戦うことが出来る空気は作れたものの、それでもうちが死ぬことを望んでいるはずがあらへん。
そして彼が本来の姿で戦ってくれたのは……『ああなってもうちならそれを全部受け止められる』って信頼があったから。
その信頼にも、今までうちの強さを見て付いてくれたリスナーにも、うちを見出したセキオウにも。
ここで半端に満足してくたばるって真似で応えるなんて出来ない、出来るわけがない。
ならば、うちは全力で……いや、全力以上の自分をあの人にぶつけるだけ。
……よし、茹だりすぎて頭おかしなりそうやったけど、戦ってるうちになんとか冷静さが戻ってきた。
「お、おい……大丈夫なのか……!?」
そんなとき、うちの横……というよりうちにまだ張り付いていた仮面から、不安そうな声が聞こえてきた。
「ん……ああ、そういやおったなあんた。なんや、不安なら代わったろか?」
「ぃ……いぃぃいらない……! お前、やる気あるのならちゃんと勝てよ、なぁ!?」
実際のところ忘れてたわけやないし、ましてやこの最高の時間を代わろうなんて気はさらさらあらへんけど。
うちの身体が勝たなきゃ終わりって後が無いって状況で、あんなとんでもないことになってるシラハエルさんと戦いたいなんてヤツ。
そんなん人間も人間以外探してもうちぐらいしかおらんのかもな、と苦笑する。
(…………そういえば、もしこいつおらんかったら。シラハエルさんとの共闘も、ましてや“動画の人”と再会できるなんて奇跡も、一生無かったんやろうな)
さすがに感謝、とまでは言えないし、そもそも負の感情や言う虚念に感謝なんてしたら逆効果にしかならんかもしれん。
それで浄化なりされて戦闘無しで終わったりしたら最悪やし……余計なことせんと戦いに集中するに限る。
うちが負けたら吐き出されたこいつも一巻の終わりやろうし、もうこれ以上邪魔は出来へんやろ。
ただ、このインヴィディアがやられても心痛みはせんけど。
…………別に、勝敗ついても死なないなら……それはそれでまあええか、ぐらいにはうちは思ってた。
(……はっ、いらんことで意識それたな)
本来の自分のやるべきことにもう一度。
自分のすべてを没頭させて、うちは眼の前の打ち破るべき相手を見据えた。
実際、あの不規則かつ自由な戦いぶりにも、なんとか対応し始めてきた気もする。
それならば。
「────んなら、これはどうや。
うちかて、そう簡単に負けたる気はないで、シラハエルさんっ……!」
トーン、トーン。
「ッッ!!」
うちが“そのリズム”を刻んで空中で跳ねた瞬間、シラハエルさんの警戒レベルが跳ね上がる。
「うわ、出た……」
ついでになんか横からもげんなりした声がかけられた。
気散るから黙っとれと言いたいが、こいつは虚飾のヴァニタスの鎧で戦ってたとき、この技で二回してやられとるから無理ないかもしれん。
そう、この技は……十 五 夜 跳 兎は早く動いて蹴るってだけの技やない。
当たるならそのまま蹴って、反撃されそうならその動きに合わせて春 嵐 花 霞で投げ崩す選択も取れる、二段構えの必勝技や。
正直、今の獣みたいなシラハエルさんの動きに合わせきれるかって確信は無いけど……
(いや、今のうちならいける、絶対……! 集中、集中ッ────!!)
「十五夜跳兎ッッ!!」
ドガガガガガッ、と本日三発目の爆発音を響かせて、うちはシラハエルさんの四方八方を跳ね回った。
シラハエルさんは……真っ直ぐ前を見て音や風を切る感覚に集中しとるように見える。
ビリッ、とした緊張感が背筋を震わせるけど、うちはそれも楽しんで、呑み込んで────シラハエルさんの後ろに回った。
「これで────ッ!」
そのまま、爆発的な推進力で背中に向かって蹴りを放つ……と。
突如、シラハエルさんの姿が沈み込むようにうちの視界から消えた。
消えた先は、うちの身体の下。
蹴りにしても投げにしてもうちが唯一死角となって対応できない背面に、シラハエルさんは恐ろしく低い姿勢で沈み込んできたのだ。
「────せやろなぁッ!!」
「ッッ!!」
瞬間、“その予備動作”をすでに始めていたうちは、身体を無理やり捻る。
そして、うちの影に四つ足で身をかがめる憧れの人に向かって、躊躇なく拳を振り下ろした。
……シラハエルさんはインヴィディアと戦ううちが、この技を二回使うのを見ていた。
そしてうちはうちで、シラハエルさんが型にはまらない地を這う獣のような動きで戦えることを理解している。
ならば、うちが憧れた彼なら。
本能むき出しで戦っている今の状況でも、この最適解を選ぶはずや、とうちは信じたんや。
「…………!?」
そんな、完璧に読み切って上から叩き潰せたはずの、うちの拳は。
シラハエルさんが地面につけた四肢が、爆発したような粉塵を飛ばしたことを認知すると同時、空を切った。
「けほっ、ん、な────がっはあぁッ!!?」
そして、その土煙に一瞬うちが咳き込んだ次の瞬間────逆に完全に無防備になったうちの背中に。
常識外れな動きでバック宙をした、シラハエルさんの全体重を乗せた右足が、とんでもない勢いで振り下ろされた。
当然うちは受け身を取ることも出来ず地面に叩き落とされる。
「うわ……! おい、大丈夫かめぐ────」
「────ッ!」
「グッ……!?」
が、うちの身を案じるパートナーセキオウの声を認識する前には、うちはすでに寝転がったまま思いっきり蹴りを突き出していた。
ついさっきうちの身体が飛ばされたのと同じように、一瞬くの字に曲がったシラハエルさんが後退する。
「ふぅぅぅ…………!」
その姿を視界に収めながら立ち上がると、誰に聞かせるでもなくうちは呟く。
「げほ、ごほ……! なる、ほどな……あんな、動きも出来る……ただ、ぎりぎりやった……“理解った、覚えた”……!
じゃあもっと獣になりきってもっと速く、もっと低く、もっと、もっともっと……!」
「お、おい……?」
「い、いい加減身体も限界じゃろうってダメージを受けて、なんちゅう気力……こっちにまで集中が伝わってくる……!
一体どっちの獣が勝つんじゃ……?」
────もう、誰が何を話していようが関係ない、うちの意識には入らない。
ただ眼の前の獣に勝つ。
勝つために、順応する。
頑丈さに自信あった身体も、さすがにここまでの戦いで受けたダメージでもうポンコツ寸前。
────問題ない。
それなら、次で決めるだけや。
「ふっ…………!」
集中が最高に高まった瞬間、うちは未だ低い姿勢で佇む彼の元へ突貫した。
迫る間も、彼の一挙手一投足に、これ以上無いほど目を凝らし続ける。
(もう、この化け物さんがどんな常識外れの動きしても驚かん、全部反応したる!!
反撃さえ見切れれば、春嵐花霞で投げてからの一連の流れを叩き込めるっ……!
こい、こい……! 見せてみろや、シラハエルさんの、底の底の本能をっ…………!!)
そうして、五感すべてを研ぎ澄ませたままうちは彼の懐に飛び込み、一撃を放つ。
彼よりも低く、彼よりも獣になりきった姿勢で。
うちは拳を振り上げながらその獣を見上げ────
「────────ふぇ??」
そう、気づいたらうちは。
彼が、どんな獣のような動きをしても反応しようと身構えていたうちは……シラハエルさんを見上げていた。
見上げた先にあったのは真っ直ぐ、キレイに、ぴしっと。
まるでお手本のような空手の構えで立っている、何度も配信で見たシラハエルさんの姿。
今までの動の動きから一転、スンッ、とばかりに静かな構えで見下ろす彼を見て……ようやくうちは、獣になりきった最後の瞬間、完璧に梯子を外されてしまったということを悟る。
そうして、渾身の拳が空を切ったことすら忘れた泳いだままの体勢で……うちは叫んだ。
「────────ずっっっっこっ!!」
「ええ、ずっこいです。────すみません、大人ですから」
そう、うちに返したのは指を口の前に置いて、目を少し細めて。
大人って言葉と裏腹に、まるでとっておきのいたずらを成功させた子どもみたいな。
そんな、今日一番に楽しそうな表情で笑う……天使の魔法少女の姿やった。
「ふひぇえへ………………しゅき────」
うちが、全部の空気が漏れたような声をふにゃふにゃと呟いたと同時、ドゴオォオッ!! と。
容赦なしの一撃が魔法少女エターナルシーズの身体に叩きつけられる。
(…………あぁ────)
「あぁぁぁあああああ!! よぉこぉせええええ!!!! ────ぷぎゃぅっっ!!?」
そうして、やけっぱちで身体から飛び出してきた五つの虚念、羨望のカタチ『インヴィディア』の本体たるヘドロが。
まるで蚊でも潰すみたいに、シラハエルさんの両手で叩き挟まれた悲鳴を最後に。
(…………どんまーい)
うちの意識は、遠くなっていったのだった。
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