第三話 おとなのおつとめ
「……………………」
詳細は伏せるが、自室でしばらく頭を抱えたあとPCを閉じた、自分こと高司 白羽は、切り替えてこの先のことを考えることにした。
文字通り白羽の矢が立った、と抜擢時周りにも祝福され、精魂込めて進めていた商談を壊され。
そうでなくても目前に死が迫って、何よりなんの罪もない少女には酷すぎる重圧がのしかかっているのを目にしてしまい、半ばヤケになった勢いで覚醒した、魔法少女。
そばに居たキツネらしいマスコットに大層心配をかけてしまったが、結果的に身につけた力により、無事虚獣は撃退出来た。
「あのマスコットの子にもちゃんと謝らないと……気づいたら居なくなっていたが」
間違いなくイレギュラーだっただろうあの事態を思えば、それに居合わせた彼(彼女?)は上司やらへの説明で大変だろう。
上司といえば、無事戻る道中、元の職場の方にも連絡がついた。
彼らはまず、巻き込まれた自分の無事を喜んでくれ、次にすでに配信された魔法少女の姿でその顛末を把握しており。
どういう判断を下すにしろ、意思を尊重する旨をすでに伝えてくれた……良い会社に入れた幸運を噛みしめる。
この先、魔法少女として戦う際は、彼らに広告という形などで報いる方法も検討すべきだろう。
ただ、それもその前に、魔法少女として活動出来るかどうか、という根本的な問題があるわけだが。
「そもそも、本当に男の自分が魔法少女になれたのか……? 夢じゃないのか……?」
そう思って視線を回すと、あの日手にした……まあ、奪ってしまったデバイスは、まだそこにあった。
手にとって目を閉じると、奇妙なことに『また変身出来る』という確信のような感覚が押し寄せる。
「……試してみるか」
目を閉じていると浮かんできた設定という項目から、配信モードをOFFにしたことを確認し。
変身のイメージを強く念じると、再び身体が白い光に包まれた。
……そして、光が止むと、そこにあったのは。
「ちょ、な、なんでまた服っ……!」
またも、最初の変身と同じでほとんど何も纏っていない姿だった。
魔力が足りていない中無理やり変身した初回とは違い、今は他の魔法少女のような、何かしらの衣装を纏っているはずだが……
配信がオフだから魔力が足りない?
いや、前回の変身時に送られたらしい魔力のせいか、今でも力自体はみなぎっている感覚がある。
一体どういうことだ、と困惑しながら、確認のために持ってきた鏡に映る自身を、まじまじと見る。
「むむぅ……しかし、これは……っ」
改めて見ても、目の覚めるような金髪に透き通るような肌。
そして前回確認出来なかった顔は、普段の自分と全く違う幼気もある印象ながら言うまでもなく整っていて、特に瞳は特徴的だ。
青紫をベースとしたそれは、天使の輪っかのような特徴的な瞳孔で彩られていて、思わず自分で吸い込まれそうになった。
「それに、なんでこんなに胸が……母性……? あるか……? この自分に……?」
そう思い胸に手をかざそうとして、思わずビクッと引っ込める。
間違いなく美しい容姿だが、それを元は男である自分の手で触ってしまっていいのか、という忌避感によるものだ。
自分の身体であることはわかるのに、自分のものではないかのような、不思議なお客様感覚。
間違いなく言えるのは、やったーラッキーなんて喜びながら触るという選択肢は、一切無いだろうということ。
……少なくとも、これまで魔法少女をそういう目で見たことはない。
そもそも少女である彼女たちにそういった想いを大人として寄せるべきではない、と弁えているつもりだ。
まあ、ネットなりをすこし見渡せばいくらでもそういう人は見かけるがそれはそれ、自分がならう必要はない。
「ん……? なら問題ないのか」
ならば、単に自分が動かす身体のことを知っておくのは当然のこと、という考えに至る。
仕事で新しいデバイスを渡されたときだって、本番前に操作感を確かめて、未知の部分を無くしておくのが社会人だ。
それに、身体の状態がわかれば、そこから衣装が纏えていない問題の解決につながる可能性もある。
「よ、よし……いくぞ、問題ない、普通のことをするだけ……」
深く考えるな、深く考えるな。
そう念じながら本能的な感覚と戦い、自分は恐る恐る、まず最も未知かつ目立っている胸に手を触れようとして────
「変身じゃとッ!? 何があったっ!! 無事……か、……あ……」
「あああああああぁぁっ!!?」
突如、部屋に飛び込んできたマスコットに、飛び上がりながら叫び声をあげることとなった。
「す、すまぬっ……いいんじゃ、ごゆるりと……」
「ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがうっっ!!」
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「ああ…………衣装が無い原因を探ろうとしたのじゃな、うむ、当然ワシは信じておるぞ。
いやはや、急な変身でどうしたかと思ったが、何事もなく無事でよかった」
「ぐ……く……! た、大変ご心配をおかけしまし、たっ……!」
そういうことにしましょうね、と顔に書いてありそうな、微笑ましげな表情でこちらを見やる黄色いキツネ。
コンジキと名乗ったそのマスコットに、何故かとってしまった正座の姿勢のまま、ギリギリと歯を軋らせ応じる。
変身はひとまず解除したので、現在は男性の姿のままだ。
「あ……一つよろしいでしょうか、コンジキ様。最初に出会って、無理にデバイスを奪ってしまった件について────」
「ああ、よいよい。あの時は焦ったが、後から考えればあれ以外に皆が生き残るすべなど無かっただろうよ。
感謝こそすれ、責任を追求しようなんて動きは毛頭無い。これは、我らが所属する魔法少女協会の総意と取ってもらっても構わぬ」
下げようとした頭を小さな手で制され、確かに示された器。
抱えた問題とは別にあったしこりが幾分か取れた自分は、今度は別の意味を乗せ頭を下げた。
「はぁ、茶がうまい。それで、魔力が充填されたはずなのに、衣装が出ない問題じゃったな」
来賓用の茶を満足気に啜るコンジキ様に、コクリ、とうなずいて答える。
「まず、ぬしの見立て通り魔力は十分ある。
大人の男性の魔法少女化という類を見ない珍事に、見た目の……まあ、インパクトも相まってとんでもないリスナーが集まったからの。
事前告知も無いデビュー戦であの伸びは、ワシもまず記憶にないわ」
ある程度知識として知ってはいたが、あの日改めて実感したのが、視聴者が魔法少女に力を与える、というシステムの凄まじさだ。
配信視聴による感情の動きで放出される魂のエネルギー。
魔法少女はそれを魔力に変え、普通の人間では太刀打ち出来ない虚獣に対抗する力を得る。
その関係で現在、厳密には配信によるレーティングなどの取り決めは、ほぼ無い。
このシステムが確立された初期、下手に制限や規制をかけた結果、一般市民、魔法少女問わず多数の犠牲者が出る事件が勃発した。
モザイクや暗転により極度に失われた魂のエネルギーが、そのまま魔法少女の弱体化に直結したのだ。
当然、いたずらに過剰化されていかないよう、各々の裁量で自重することである程度の秩序は保たれてはいるが。
日増しに強く新しくなっていく虚獣と、魔法少女の人気の両極化、新規参入の難しさなど様々に抱える問題により、その均衡も危うくなってきている、というのが現状である。
「だからこそ、我らもぬしには期待しておるぞ。といってもイレギュラーが多すぎて、こちらの把握も完全とはいかぬが……
そうじゃな、衣装がまだ出来ないのは、ぬしの心持ちの問題かもしれぬな」
「心持ち……覚悟が足りていない、とか……?」
そう言われると少し心外な気持ちもあるが、事実勢いで契約した以上文句も言えないか、と。
自省しかけた自分にいやいや違う、と声がかけられる。
「覚悟ではなく、どういう魔法少女になりたいか、というビジョンじゃな。
普通は初回の変身から、心の奥底にあるビジョンを元に魔力で形作られるものじゃが、ぬしには魔力が無く、ありあわせのものとなった。
その時のイメージにまだ心中が引っ張られているから、魔力が足りた今も固定されているのじゃろう」
…………多分。と自信なさげに付け足したコンジキ様にとりあえずなるほど、と返す。
「今日来たのは急遽だったが、どのみち近いうちに伺う予定だったぞ。
ちょうどぬしの口から、改めて聞いておきたいことだったのでな」
そう、一度切るとコンジキ様は、大仰な振りで重々しく、自分に問いかけた。
「高司 白羽よ、この世界で初めて、大人の男性でありながら魔法少女として目覚めし特異なる者よ。
ぬしは魔法少女として、何を望む? 得た力で、注がれる無限の可能性で。この世界とこの先、どう向き合う?」
その言葉に、改めて自分の胸中にやりたいこと、やるべきことを問いかけ……始めから、決まっていた答えを返す。
「自分は……ずっと苛立っていた」
「…………」
「無秩序に破壊を振りまく虚獣という存在にも、奴らへの対抗として魔法少女に頼るしか無い現実にも。
……なにより、我々大人の、無力さにも」
「……無力なわけではない。ぬしら一般人の視聴により魔法少女は戦えている。一緒に戦っている、と言えるはずじゃ。
それに、虚獣の襲撃により命を落とす危険があるのは、一般人とて同じことよ」
コンジキ様が返したのは、この世界の多くの人が当たり前に持っている共通認識。
そして、『自分たちもまた彼女たちの力になれている、推すことが力になる』という、無力感を払拭する一種の救いだ。
自分は、それこそが許せなかった。
「そう、それなんです。その正しさを一般人も、魔法少女もみな、認識している。
……我々にとって、こんな都合のいい話はない。
最後の最後戦うことを、重要な決断の責任を少女たちに取らせながら、自分たちも一緒に戦っている、と胸を張れるのだから」
『神経質すぎる』、『堅物』、『真面目に考えすぎ、ズレてる』……昔から何度も言われてきた悪癖は、自覚している。
だが、メガネの中心を指で押し上げながら語る自分の熱に押されるように、抱えていた気持ちは止まらない。
「それなら、魔法少女がそんな、我々に都合の良い存在としてあり続けてきたのならっ!
魔法少女にとって、都合の良い存在だってあっていい……いや、あるべきだっ!
そうでなければ、不公平が過ぎるっ!」
「っ……ぬしは……」
額に汗を浮かべ小さく呟くコンジキ様。
大きく息を吸った自分はそんなコンジキ様、そして世界へと、叩きつけるように宣言した。
「自分がなれるとするならばそんな、魔法少女に対し都合が良すぎる存在!
採算も計算も見返りも無く、魔法少女が困っていたら無条件で手が届くかぎり助けられる、そんな生き物!
この世界の誰もやらないのなら自分が、"魔法少女のためだけの、魔法少女"になってやるっ!」
きっと、それが。
大人の男性でありながら、魔法少女として覚醒出来た……自分が持たせられる、唯一の意味だと思うから。
「わ、わかった……ぬしの気持ちは、聞き届けた。
おそらく次回の変身時には、その心意気にあった姿形となって現れるじゃろう」
「ありがとうございます。……大変失礼いたしました、年甲斐もなく興奮を……」
いや……と、まだ気圧された? ように曖昧に答えるコンジキ様。
ひとまず、認可と言えるものも降りたといっていい、と判断した自分は。
口にしたことで改めて固まった決意に、静かに拳を握り込んだ。
さあ、これから頑張ろう。
目指すプラン、魔法少女のための魔法少女に、ふさわしい自分となるために。
大人として、自分だから出来ることで、戦う彼女たちの一助となるんだ。
「…………大丈夫かのう……」
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彼は、高司 白羽は、気づいていなかった。
「ふむ……まずは話を合わせられる程度に、彼女たちの流行りも追うべきだろうか。詳しすぎても怖いだろうから、軽く触ってあとは聞き手に回る距離感がベターだな」
血で血を洗う……とまではいかずとも、弱肉強食が当たり前にはびこるこの魔法少女という世界において、自分がどれほど特異な存在であるか、ということを。
「カウンセリングも勉強の価値がありそうだ。この場合父親が子どもに、というよりは中学の教員ぐらいの立場が近いか? 本を探して見るか……うん、やれることが見えると楽しくなってくるな」
揺れやすく、脆い心を必死に守り、命がけの戦いに身を置く孤独な少女たちにとって、自分の行動が及ぼす影響がどれほどのものになるのかを。
ひとたび壊れきった、少女たちの価値観が戻ることは、二度となく。
TS魔法少女のおつとめで、世界がやばい。
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