第二十九話 配信者という生き物 後編
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(まだ……まだだ……っ!)
どうしてこうなった、一体どこで間違えた、なんでこのぼくがこんな後が無い状況で戦わされているんだ────
魔法少女たちにひっくり返された盤面で、実質身一つの戦いを迫られることとなった羨望のカタチ『インヴィディア』。
“あってはならない理不尽”への恨みも泣き言も尽きない中でも、彼の生存本能は確かな希望を見出していた。
(ぼくが宿ったエターナルシーズは、戦う分には無理やり止めたりはしてこない……!
そして今戦うシラハエルの方は、本気で戦ってはいるがそれでも急所などの致命的な箇所は狙わない!
それなら、これ以上余計なことされる前にこのまま押し切って、なんとか……!)
如何に魔法少女同士の戦いを許容する空気が作れたとは言え、魔法少女である前に大人である彼は手荒な真似への忌避感を拭えないだろう。
計算が狂いに狂い続けた彼は、もはや祈るような気持ちでこの勝ち筋をたぐろうとし────
踏み出そうとした脚が突如、ダァンっと振り下ろされ地面を砕いた。
そして、縫い付けられたように脚が動かなくなったと思うと、ぎぎぎぎ、と震えながら少女は右手を前に出す。
親指だけを立てたその握り拳を、自身の顔の前に置きながら……少女は、叫んだ。
「────次ぃっ! 遠慮しとるとうちが判断したらぁ、この指で自分の目をえぐり潰すっ!
手加減しとってもあんたが勝てるようになっ!
グロ配信にしとぅなかったら、ぶち殺す気でこいっ! 大人である前に、虚獣を倒す魔法────」
「お前もうだまってろよイカれ女がァッ!!」
そんな少女を見たコンジキは、今日で何度目になるかも分からない感嘆のままに口を開いた。
「むぅ……未だ少女の身と戦うことへの抵抗があるコメントや、白羽殿自身の心労を案じ過激な発破をかけるとは。
我が身を厭わぬのはどうかと思うが、勝利につながる最適解を直感で取り続けておる……さすがはエターナルシーズ殿というべきか」
「────っで! お前はもっとはよ動いて魔力も送らんかい寄生虫! 負けるやろが! うちの身体やぞ!!」
「う……ぐぅぅ……!!」
<すまん、敵どっち?>
<この虚獣怖すぎやろ>
<wwwww>
<しゅ…ら…>
「…………いや、あれは素だな。もう本気のシラハエルに勝ちたいだけだあいつは」
「羨望のカタチ『インヴィディア』……見る目なさすぎるじゃろ……いや、ありすぎたのか……」
「────ふふ、ははっ」
少女のあまりにも真に迫った叫びと、反応したコメントの流れに思わず吹き出してしまったシラハエル。
こんな修羅場の真っ只中にありながら、久しぶりに肩の力が抜けたような感覚を自分でも驚きつつ、思う。
(自分はどこかで……守るものと守られるもの、と分けて考えてしまっていたのかもしれないな)
魔法少女として戦う姿を配信することで虚獣に対抗できる……そんな特異性から日々身を削る少女たち。
その力になりたい、という想い自体に間違いなど何一つなく。
事実このエターナルシーズも相応の悩みを抱えていたことは、先の“女子会”を考えても明白だ。
(ただ、魔法少女とは……そして配信とは、辛く苦しく悲壮であるとばかり決めつけるのもまた、大人のエゴだ)
だって今、少女たちはこんなにも楽しそうだ。
そう、『たち』……つまりこの配信で力をもらい、そして力を与えてくれる視聴者たち。
今回立ち塞がった脅威、五つの虚念インヴィディアが徹底的に視聴者の魂を狙い撃ったように、彼らの感情がこの世界に与える影響は、あまりにも大きい。
そして、そんな彼らの魂を今もっとも燃やしているのは言うまでもない、眼の前で誰よりも戦いを楽しむ少女だ。
楽しそうにしている人を見るのは、楽しい。
配信者という生き物は、そもそもがこの本能に根ざして生まれた存在なのかもしれないな、とシラハエルは思った。
(…………ならば)
この場において、エターナルシーズの窮地にあって、大人としての判断でイベントを中止する形で救いにはなったものの。
それ以降はなんとか事態を丸く収めるためという大人らしさで、後手に回り気味だったと自分を省みる。
いや、もっと言うならさらに前……ここしばらくずっと、期待に応えるだとかみんなを楽しませようだとか、そういう考えでしか動いていなかったような気さえして……こう思った。
(────自分も、バカになってしまってもいいのかもしれない)
バカになる……つまり大人として周囲を気にするのではなく、シラハエルが、高司 白羽自身がしたいことだけをまず考える。
したいこと? 決まっている、インヴィディアを破りたいし、そのために少女に勝ちたい。
いや、もっとバカになるのなら、虚獣なんて関係なく。
魔法少女として格上だと一度でも思ったこの少女に、自分の全てをぶつけてみたい。
(そうだ、自分はもともと……なんでも守れるようになりたくて、強くなりたくて……相手に勝ちたくて、空手を始めたんだったな……)
ならばもう一度……あともう一度だけあの頃に、戻ってみようか。
大人として積み重ねたモノや立場を考えるとまだ、どうしても怖い気持ちはあるけれど。
きっとそれが今、自分がやりたいことで、やるべきことで……周りの望みにも繋がることだと思うから。
ただ強ければ、勝ち続けられれば守りたいものを全部守れると。
そう無邪気に信じて空手をしていた、あの若くて、未熟で────
「────こ、このっ……さっさとくたばれよっ!」
時折迷うような動きを見せていたシラハエルも、エターナルシーズの発破を受けた今、激しい攻撃に転じる可能性は高い。
そんな危機感からインヴィディアは飛び上がって薙ぐような回し蹴りを放つ。
本体の戦闘能力は皆無に等しいが、身体を操っての戦闘センスは並ではないこの虚獣は、この攻撃が彼にとって回避が困難であることを分かっていた。
何しろ如何に魔法少女として強くあっても、シラハエルの戦闘スタイルは基本的に空手がベースのそれ。
よく言えば基本に忠実、悪く言えば愚直な彼らしいその戦いぶりは、パターンに無い攻撃で揺さぶることが出来る。
この回し蹴りを受けるにしろ、一瞬身体が止まった硬直に即座に貫手を食らわせれば……仮にエターナルシーズが動かしても選んだだろう行動で、彼は予測した挙動に備える。
「────へっ……ぐぼえぇぇッ!?」
そんな、必中の手応えを確信した回し蹴りがシラハエルの華奢な身体に触れる寸前。
彼の身体がかき消えたと思うと、腹に重厚な槍を突き刺されたような重く荒々しい衝撃を受け、エターナルシーズの身体は吹き飛ばされた。
一体何が、どうやって、と目を向けた先にあったのは、身体のほとんどを寝かせたような低い体勢から蹴りを放っていたシラハエルの姿。
不安定な姿勢で、筋力と体幹に無理やりあかせたその一撃は、明らかに空手のものではない。
そのまま彼は、元の姿勢に戻る……わけではなく、だらんと両腕を下ろして両脚も曲げた低い姿勢を維持したかと思うと。
「────はぁぁぁぁぁっ…………!」
「え……は……?」
わけがわからない、と動揺を隠せないインヴィディアを見上げながら。
鋭い眼光とともに、口から低い唸り声のような吐息を響かせたのだった。
────ああ、もう一度、もう一度だけあの頃に戻ってみよう。
あの若くて、未熟で……ただ勝利だけを追い求める“獣のようだった自分”に。
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「な……なんだありゃ……今までのシラハエルと全然違うじゃねえか……いや、これも作戦なんだな!?
今度はどういう意図でやってんだ、コンジキ!」
<何だあの動き>
<シラハエルにもなんか取り憑いた?>
<ここまで言えば分かるわよね 説明してあげてコンジ木くん>
シラハエルが取った突然の……奇行と言っていいような、これまでとはまるで違う戦いぶり、その様子。
しかし、それにより強烈な反撃を与えられたことは分かる彼らは、例によってパートナーコンジキに希望をもって問いかける。
「わ……わがんにゃい……白羽殿、どしたん…………?」
が、大口を開けたまま呆然と固まるコンジキからしても、この光景は理解を超えるもの。
少なくともコンジキが知る彼が取り得るような戦法からも、イメージからもあまりにもかけ離れた行動だった。
「い、いや、じゃが……」
しかし、少しだけ冷静さを取り戻したコンジキは、衝撃を受けながらも。
不思議と納得感のようなものも、自分の心に芽生えていることに気づいた。
なにしろ。
────貸せっ!! 自分がやる!!
────魔法少女にとって、都合の良い存在だってあっていい……いや、あるべきだっ! そうでなければ、不公平が過ぎるっ!
(……思えば、彼は初めて出会ったときも、その後も……最も彼にとって重要な選択は、情動と衝動が突き動かしていた!
もし、彼がその強すぎる想いを、大人としての理性で無理やりに抑え込んでいたのだとしたら……そして、それを解き放ったのだとしたら……!?)
あまりにも確証のない想像でしかないそれを口にすることが憚られ、結局黙り込んだコンジキ。
そして、そんな彼らをよそに起き上がったインヴィディアはシラハエルに目を向けると、困惑に満ちた問いかけを放とうとし────
「お、おい……なんだ、なんだよそれ……まるで、獣────」
「────どけぇえええええええッッッッ!!!!!!」
突如。
これまでとは比較にすらならない、桁外れな強さで飛び出してきたエターナルシーズの自我により、仮面を無理やりズラされた。
「ぐ、お前ッまた────」
苛立ったインヴィディアの声も、主導権を奪い返そうとする動きにも一切構わず。
目をこれ以上ないほど見開いた少女はただ、震えた声を発する。
「あ、あぁ……ああああ…………ああああぁぁぁぁああ…………ッッ!!」
「お、おい……めぐる……ど、どうした……?」
はひ、はひゅ、とこちらもまるで運動を終えた獣か何かのように。
過呼吸になりかけながら、浅い息を繰り返す少女の尋常ならざる様子にセキオウは声を掛ける。
「い、居た……あの人、あの人……! 嘘やろ、こんな、こんなことって────」
「────お、おい、前来てる、前来てるっ!? 動けよばか!!」
セキオウの呼びかけも耳に入らず、ただ何事かを呟く少女に、容赦なく上から被せるような蹴りが放たれた。
彼女の自我に主導権を取られたインヴィディアの方がたまらず怒号を上げると、ぎりぎりで反応した少女が腕で受け、荒々しい勢いのまま弾き飛ばされる。
「~~~~、くぅ~~~!」
「『くぅ~~~』じゃないだろ! お前、動かすのならちゃんと……!」
「あ、あぁ……やっぱり……この容赦ない感じ、間違いない……嘘や、嘘やぁ…………!!」
びりびりと痺れる手応えに歓喜のうめき声をあげた宿主に、インヴィディアは冗談じゃないと呼びかける……が、少女は一切取り合わない。
明らかに少女の様子がおかしいにも構わず……いや、意識すらせずただ攻撃できそうだから攻撃し。
今は油断なく鋭い目を向けるシラハエルに、少女はただ目を奪われ続けた。
<どないしたんだエターナルシーズ>
<インヴィディアと何一つ会話噛み合って無くて草>
<勝つって目的同じなのにこんな心通じないバディ物あるんだ>
「おった……こんな所に……! 二度と見られないと思ってた……!」
「さ、さっきから何言ってるんだめぐる、お前、あいつと何処かで会ったことでも────」
シラハエルはもちろん、パートナーの少女の激変にも頭がついていけないセキオウ。
それでも彼は、漏れ聞こえる情報をもとに、なんとか少女から答えを引き出そうとして────
「────最初に……最初にうちが憧れた…………“動画の人”……!!」
「い…………っ!?」
少女のそのつぶやきで、度肝を抜かれることとなった。
……セキオウも、傷心していた彼女からぽつりと聞いていた、原初の憧れの“動画の人”。
荒い画質で見たその姿は、当然天使のような様相の魔法少女とは体格も何もかも異なるはず。
にもかかわらず目に焼き付いたあの構えと戦いぶりに、少女は運命としか言いようのない確信を覚えていた。
「し、信じられねえ……確かに時代を感じたあの画質……年代的にはありえるのか……?
それにしたって、いくらなんでもあるか……? こんな“都合の良い”偶然が……」
傷心が続いた少女が、初めて信じてもいいかもしれないと思った魔法少女にして、唯一の大人。
この戦いでも幾度となく少女の脳に焼き付いたその姿が今、少女の原初の憧れとして牙を剥いている。
あり得ないにも程がある事態の連続で、まるでミキサーにでもかけられたかのようにドロドロにシェイクされた少女の脳。
そんな彼女に向けて、ダメ押しとしたわけではないが……最後の理性を振り絞った獣、いやシラハエルが低い声を発した。
「…………もう」
「ひゃぃっ! …………『もう』……?」
「もう、虚獣とお前のどちらが戦ってもどうでもいい、関係ない……死ぬ気で俺について来い……!
殺されるなよ、エターナルシーズ…………!!」
「~~~~~~~っっっっ!!!!」
ぶるぶるぶるぶる、とつま先から頭にかけてまでひとしきり震えた少女は。
その力強い声の全てを余すこと無く受け止め……口を開いた。
「あー…………ふひぇえへ……あかん、やばい……頭動かん、情緒おかしなってる……おしっこ漏れそう。
すまん、ちょっと漏らしてええか」
「やめろっ!」
「やめろぉっ! 配信中だぞっ!!」
<草>
<「俺」!?>
<ええで>
<たすかる>
<たすか……うーん>
<お前が配信を気にするのか……>
<ごめんまたわからなくなったなんでこの子こんな喜んでんの?>
顔に両手を当て恍惚とした表情でのたまうエターナルシーズ。
強烈すぎる自我のおもむくままとなった彼女に、保護者も大敵も揃って止めに入る以外取れるすべもなく。
<虚獣くんガチで焦ってて草>
<全然わからない 俺達は雰囲気で応援している>
<今漏らされたら連鎖的に世界初お漏らし配信虚獣にされてしまうのか そりゃ必死よな>
<シラハエルもずっと唸ってるしもうなんなんすかこれ>
<ようわからんけどなんか楽しそうだからいいや>
悲壮さも、緊迫感もすっかり抜け落ちたコメント欄は、その間も無限に加速し続けたのだった。
<やっぱ配信者で人気なる生き物ってどっかおかしいわ>
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