第二十四話 女子会グラビティ
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「は、早ぅ! 覚悟を決めて魔法少女になるのじゃ! このままじゃ逃げることもできん! ぬしが死ぬぞ!」
「ぁ……ぅ、ぅう……っ!」
いろんなことが上手くいかんで、一人でやっていこうと決めた直後。
虚獣の出現に駆けつけてみれば、目の前に広がっていたのは魔法少女になるならない、で揉めているって状況やった。
「遠巻きだからか、まだおれらには気づいてねえようだな、めぐる。どうするよ?」
「どうするってそりゃ助けるやろ……見てみぃ、明らか無理そうやん」
虚獣はまだ建物を壊して遊ぶのに夢中っぽいが、彼らが見つかるのも時間の問題。
そしてあの場の唯一の希望やろう彼女は、見込まれた以上魔法少女としての素質はあるんやろうけど、性根の方がどう見ても不向き。
さっさと助けて、魔法少女じゃない日常に返したるべきやろう。
「…………っ」
「────めぐる?」
んじゃいくか、と踏み出そうとして一瞬、その足が止まる。
足を止めたのは別に、状況が変わったわけでも誰かに止められたわけでもなく、自分自身の奥底にある意思。
自分でも疑問に思ったそれに思考を回し……今、うちに芽生えた未練の正体に思い当たる。
────今まで、魔法少女となった子たちはみんなすでに適当になってたり、腰掛けにしかしてないような相手ばかりで、失望し続けてきた。
なら、命の危機に覚醒したまっさらなあの子が魔法少女となって、最初から自分がフォローやらでちゃんと関われたりしたなら。
もしかしたら、もしかしたら一緒に歩んでいける可能性のある、唯一の相手だったりするんじゃないか、と。
魔法少女になったからって、あの子にその意思が無かったら別に辞めることだって出来るんやし。
魔法少女になれるって言うなら、虚獣の動きだけは注視して飛び出せるようにしつつ、それぐらいは待ってもええんちゃうやろうか。
ほんの一瞬、そんな"まるできらいな大人みたいな打算"が浮かんだことを自覚して。
情けない、と頭を振って改めて飛び出そうとした────
その、瞬間だった。
「な…………っ!?」
「ちょ、おい、おいおいおい!?」
その魔法少女候補だった子がいる集団から、見かねた大人の男性が、デバイスを奪って無理やり変身した。
うちとセキオウが驚愕する間もなく、魔法少女を説得していたキツネのマスコットが止める間もなく。
彼の身体は、白い光に包まれてしまう。
この世界で、大人の……ましてや男性が魔法少女になれたなんて例はかつて一度も無い。
それでも無理に変身しようとすれば、魔力に耐えきれずに死ぬ……場合によっては魔力が暴発して身体の欠片も残らん。
(────馬鹿かうちはぁ!)
心が弱っていたタイミングにしてもとんでもない、ありえない判断ミス。
夢みたいな未練を未だに抱えていたせいで、死ななくていい……
どころか、おそらく見知らぬ少女のために行動を起こせた、絶対死んだらあかんような人を、死なせてしまった。
魔法少女としての、この先の自分の有り様すら歪ませ、終わらせてしまいかねない事態に蒼白になりながら、跳ねる。
せめて、せめて生き残った人たちだけでも助けないと────
その踏み出した足は、またしても止められることとなった。
「え……え……?」
「ま……まじかよ……」
信じられない事態に、うちもセキオウも、あの場の全員も呆然となる。
確定した死が待ち受けていたはずの男性は、魔法少女に変身していたのだ。
夜の闇でいっそう映えて輝く金髪に、ほとんど一糸まとわない生まれたままの姿。
後につけることになる純白の羽などもまだ無いにもかかわらず、その姿を目にしたうちは。
救いの天使か女神が生まれた、と。
素直に、そう思った。
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「……いやあ……とんでもねえもん見たな、おい」
「…………うん」
結局、魔法少女……唯一の大人の男性魔法少女として知られることになる後のシラハエルさん。
彼女……やない彼は、彼自身も想定外の事態に明らかな混乱状態に陥りながらも第一に避難誘導を済ませ、その後は一発で虚獣を撃破してしまった。
おまけに放った一撃は、うちにも馴染みのある空手の上段突きのそれ。
彼が救ったのは、あの場の一般人たちだけやない。
魔法少女になってもなお逃れられない大人の打算に嫌気が差しながら。
自らも未練がましく打算を巡らせたせいで、取り返しがつかなくなるところやったうちの心までも救ってくれた。
打算や忖度などあるはずもない、命すら投げ出した行動をした彼が自分を救って、あまつさえシンパシーを感じさせる戦い方をしてくれる……今になっても全く信じられへん。
呆然としているうちに、同じく感慨深げなセキオウが声を掛ける。
「なあ、あいつならお前の願いの『同じ目線で並べる相手』にだって、なれるんじゃねえか?」
「それは……………っ、あかん、まだや」
もちろんセキオウの言う通り、本音を言うなら飛びついてでも絡みたいし、うちに出来る協力ならなんだってしたい。
でも、ここでアホ面さらして会ってもうたら今までと一緒や。
まだ魔法少女になった彼がどういう活動をするのかもわからない段階やし、どうしてもうちからにじみ出る期待感を背負わせて……また、引かせてしまう。
だから、うちは。
「こう……あの人が魔法少女をちゃんとええ感じに続けてくれて?
割と有名になりつつあるうちから、オファーとかあっても引かれないぐらいの規模になったら?
あの人にもうまいことメリットある形で絡みまへんかって打診しようかなって……」
「めちゃくちゃビビリでコミュ障なヒソカみてえで面白ぇな────ぐわぁあ!」
いらんことぬかした人魂をゴムボールみたいに握って黙らせると、気を取り直したうちは夜を走る。
目的は家に帰る……わけやなく、宙ぶらりんやった虚獣の討伐がまだやったから。
「この流れで別の虚獣いくのかよ」って歪んだままのヒトダマからツッコミも入ったけど、うちはむしろ今の方がやる気に満ち溢れていた。
「…………ふふんっ」
もちろん、期待しすぎたらあかんことはわかってるけど。
もしかしたら、もしかしたらって懲りずに希望を抱いて戦うのは。
やっぱり、何度だって楽しいもんやった。
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そして、魔法少女としてどんどん高みに登りつつある彼、シラハエルさんのファンミーティング当日がきた。
当然、一ファンとしてグッズは事前にがっつり購入済み。
欲を言えば家族やらへの布教用とか、保存用観賞用で複数セットずつ買いたかったけど……
限定もんって考えると他のファンに悪いから自重した。
「虚獣にはあんななのに、変なところでビビるよなお前」…………うっさい。
ただでさえオファー出して、この日はついに直接絡もうってときやのに、複数買い漁ったなんて引かれかねない要素出せるか。
……特に、この人にだけは。
これまでの道程を配信で追ってみてわかったこと。
それは、シラハエルさんは期待通り……どころか、圧倒的にその上をいく人やったっていうこと。
強さはもちろん、なんというか魔法少女ってもんにものすごく……もしかしたら、うち以上に真剣に向き合っているのが、うちにも伝わった。
…………強いて無理に文句をつけるとしたら、あまりにも"他人のため"の行動が堂に入りすぎて。
この人自身の底というか、むき出しの欲望とか、楽しみみたいなのが計り知れないってことくらいか。
(戦っとるところ……なんやろ。
なーんか他の魔法少女と違うっていうか……何かを押し殺してるような感じもするんよなあ)
その上で、彼の戦っているところを見ると、変な違和感というか既視感のような、そわそわしたものも感じる。
もちろん、配信越しになんとなく思っただけで、うちの願望も混じった勘違いの可能性もあるけど。
ともあれ、この人と会ってみたい、絡んでみたいって欲が日増しに強くなったうちは、この日ついに。
うちを救ってくれた大人としてではなく、一人の魔法少女としてのシラハエルさんと握手会で対面出来て。
そして、当然のように"見とれた"。
(うーわ金髪さらっさらでキレイすぎ、目ぇも今まで見たどの宝石よりすごい、吸い込まれそう。
やばい、顔絶対赤くなってる変に思われてないやろかどないしよ。
ていうか明るいところで実際に会ってみたらほんまに天使みたいやん、これで変身解いたら男とか頭おかしなるわ、みんな平気なんか?)
緊張やら何やらで、内心バックバクになっているのを抑えながら、なんとか平静を装って約束を取り付ける。
拍子抜けするぐらいあっさりとOKをもらえた、"魔法少女女子会"もこのあとすぐ、となって。
うちの期待は、最高潮に高まっていた。
さすがに大人である彼に、うちの要望そのままの力比べ……というのは厳しそう。
でも、うちと彼の二人で虚獣を倒す分には、彼としても問題はないはずや。
この人が望むなら、この人がやってるような力のない魔法少女を手伝う方に寄せるのだって……まあ、ちょっと思うところはあるけどいける。
とにかく、魔法少女に向き合う彼と同じ活動が出来て……そのままずっと、魔法少女として肩を並べて戦い続けられたなら、と。
そう、思っていた。
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「…………」
約束通り女子会に来てくれた彼、シラハエルさんとうちは改めて対面した。
が、挨拶も終え、握手会のときよりは少しだけ平静になれたこのタイミング。
うちは思わず不躾に身を乗り出し……彼の一点を凝視してしまっていた。
うちとは全然違うサイズの……こう、ふよんって揺れてるモノを見て、ふと思ってしまったこと。
(この、お、おっぱいが……吸われよったんか、配信台で……? 今考えてもえらいことすぎるやろ……)
「……っ」
そして、そんなうちの視線の意味を知ってか知らずか、彼は薄く笑いつつもさりげなく腕で胸を隠しながら身を捩った。
その男やからこそ受けたっぽい恥じらいと魔法少女の身体で作られるナチュラルボーンな科っぷりにうちは、は? エロすぎやろなんやこれこんなんこの場で押し倒さんほうが何らかの罪に問われるんちゃうんか、と────
……あかん、いらん獣が出かけた。
(見過ぎだバカ、鷹みたいな目ぇしてたぞお前)
(っ……ごめんて、この人危険やわ)
セキオウの念話もあり、ぎりで理性を取り戻したうちは彼に詫びると、気を取り直して本題に入る。
そう、浮ついてしまっていたが、本題はあくまでこれからコラボとかって形で絡んでいけるか。
そして、大人でありながら、同じ目線で一緒に過ごせる人であるか、ということなんやから。
…………そして、コラボの打診から始まった会話で、彼が目指しているビジョン、考えを聞いて。
うちを温めていた強い熱は、すぅ、と。
波がかかってもっていかれたように、冷まされてしまったのやった。
この人は確かに、魔法少女について真剣に考えていた。
真剣に考えすぎて……うちよりもずっと先の、未来のことまでちゃんと見据えていた。
魔法少女たちを教え、高め合うアカデミーのような制度の設立……
彼の目論見が上手く行けば、魔法少女たちの底上げはもちろん、コラボ企画も恐ろしくやりやすくなり、リスナーの流入も狙えるだろう。
そうして一丸となってみんなで虚獣を倒せるようになれば……そら、一人二人をシラハエルさんが個別にコラボで助けるより、ずっと効率的に戦える。
やがては、虚獣の根絶とまではいかなくても、一部の力ある強豪が頑張る必要なく、虚獣の脅威を無くすことは出来るかもしれない。
────そして、そうなった平和な世界に。
うちの居場所は、無い。
(っ、……………)
また、また無くなる、また居場所が消えてしまう。
しかも今度は、うちから見ても眩しいくらいの"大人の善意"で。
うちがうっすらとした笑顔を貫いて聞いている間も、彼は語ってくれる。
うちの今までの戦いを見て、褒めてくれて……おまけに教員役として誘ってくれたことは、嬉しい。
彼の望む通りにやったら、彼と同じような教員の立ち場として、同じ目線で生きられるって言えるのかもしれん。
……でも、無理や。
うちがこのアカデミーに参加しても、虚獣の根絶って目標をみんなと一緒に目指せへん。
いつまでも虚獣と戦っていたいうちが、うち以外が虚獣倒す手伝いをどうして出来るって言うんや。
そんな本音隠して無理に教えたって、シラハエルさんにも教える子にも失礼すぎる話。
彼らとうちは、交わらない。
『自分の活動理念は“理不尽にあえぎ苦しむ魔法少女のための魔法少女”……』
────うちじゃ、ダメですか。
一人で戦って勝っていけるような子は助ける対象には、なりませんか。
『みんなで教え高め合い、虚獣を倒せる環境をつくります』
────うちが五人分、十人分虚獣倒します。
あいつやれ、こいつ倒せって言われたら寝てても飯食べてても倒しに行きます。
だから、うちだけ見ててもらうわけには、いきませんか。
一人はもう、嫌です。
そのくせ、虚獣がいなくなることに協力するのも怖いんです。
だから、ずっと一緒に二人だけで、このまま戦い続けませんか。
(────はは、終わっとるわこいつ)
……自分でもいっそ笑えるぐらい女々しく、自分勝手な本音。
そんな、言ったら全てが終わる自分の奥底を、溢れそうなゴミ箱を足で踏み抑えるように無理やり畳んで。
「お断りします。うちは、その企画に協力できません」
うちは、彼の手を取らないことを選んだのだった。
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「はぁ………………」
そうして、今。
イベント会場から離れた、比較的人の出入りが少ないスペースで座ったうちは、うなだれる。
コラボの打診が上手くいかなかったことや、彼の目的と自分の目的が沿わなかったことへの落胆……それら全部がうちの背中にのしかかっていた。
「おまけに最後変な捨て台詞まで吐いてもうたし。
大人がキラキラした子どもっぽい夢抱えてるって言われて嬉しいわけないやろアホかうちは……」
「おめーそんなメンタルで良く戦闘狂とか言われたもんだな」
出会いから今まで、ひどく弱ったタイミングばかり見られている相方からのツッコミを、咎める気にもなれない。
実際、何も考えず戦ってられる間は痛かろうが苦しかろうが平気や。
ただそれ以外の、こういう人対人のコミュ系の話になったら悩むことばっかりだ。
「何も考えずに、戦ってられる間は、か……」
実際うちは戦ってる間は、何の悩みもなく生きているって実感が得られる。
でもそれだけに傾倒して人間やめるには、あまりにもまともな環境で育ちすぎた。
戦いだけに狂えたら、それ以外のことを考えなくて済むようになったら。
もっと楽に生きられたのかもしれへんな、とふと思う。
(そう、いっそ────)
「いっそ、敵側に回れたらよかったのにねぇ?」
「ッッッ!!!?」
「なッ……!?」
バァンッ、と。
弾かれたように飛びさがりながら、うちの頭は困惑に支配される。
────いつの間に? 悩んでたとはいえ、うちが気配に気付けんかった? それにセキオウも────
今、うちの心を勝手に引き継いだように粘ついたセリフを吐いたのは、いつの間にか隣に座って。
組んだ両手をアゴに乗せ、薄い笑みをたたえながら正面を見ている。
小太りのおっちゃんやった。
初対面なんやから見たこと無いのは当たり前やのに、その男を見た瞬間、何故かうちの脳裏に浮かんだのは。
────こいつは誰や? って、言葉やった。
「まあ落ち着いて。君の悩みを無くすための……お話を、しようじゃないか」
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