第二十三話 永遠と闘争の魔法少女 四季織 巡(しきおり めぐる)の場合
子どもの頃、空手の合宿に参加したら
真冬の山で滝浴びさせられた作者の経験は
この話に特に活かされてはおりません
★★★
「────オウオウ、振られちまったなあめぐる! いや……振ったのか?
人気配信者のラブコールを振るなんて、さすがに四季織家ご令嬢は違うな?」
「……っ、うっさいわ、『セキオウ』」
おにいさん……白羽さんとの話を終え、用がなくなった会場から出ようと一人歩くうちに、粗野な声がかけられる。
声の主である、赤い煙のような人魂のような曖昧な塊に、顔と角っぽい突起が浮かぶマスコット、セキオウ。
少ない時間で白羽さんと話出来るよう、会話中は黙ってもらうよう頼んでいた相方の口調は、普段以上にラフなものだった。
「まあ、目線は合わなかったが、変にこじれたわけじゃねえしよくやったほうだろ。
魔法少女続けてりゃそのうち、考えや状況が変わることなんていくらでもあらあな」
「はんっ……下手な慰め言うようなキャラやったん、知らんかったわ」
「魔法少女に萎えられたら面倒ってだけだバカ」
小娘の憎まれ口に突っ込む声にも感じる、いらん心遣い。
それも余計やと軽くいさめつつ、うちは分かってたこと、と内心を吐露する。
「求めるものが……違っただけや。
なんてことない、今回もうちがズレてただけの、いつも通りの話ってだけ……」
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"成金"って言葉をかけられたことがある。
うちに……正確には、うちを通して両親に投げつけられた、一つの単語。
彼らの侮蔑が正しく伝わった上で、念の為家に帰って改めて成金って意味を調べて……うちはますます両親のことが誇らしくなった。
ちゃんと考えて、自分の全部でぶつかって、リスク取って成り上がった成金と、ただ生まれたときから決まっている金持ち。
それなら成金であるほうがずっとかっこよくて中身がある、と思ったから。
若い頃、ひどく苦労したらしい両親のもとに生まれたうちは、大抵のものを不自由なく与えられた。
勉強や習い事の強制は一切無かったし、逆に何かを始めようとして止められることも無く、望んだだけの支援を受けさせてもらえた。
「好きにやって、好きに悩めぃっ! ケツは持ったる!」が親の口癖になっとる家庭、一般でもそうはないと思う。
……もうちょいぐらい、一人娘の心配してもええんちゃうやろか、とは思わんくもないけど。
とはいえ、そんな中でうちは親に恥じないよう、勉強も運動も……クラスや周りの誰にも負けないことは当然や、と思って取り組んだ。
そうして望むままの成果が出て、両親に褒められて、周りみんなにすごいとか天才だとか持ち上げられて────
(なんか……つまらんな……)
ふっ、とそんな言葉がよぎるようになったのは、すぐやった。
多分両親はともかく、それ以外の周りの声に混じりまくった忖度も、敏感に感じ取っていたのだろう。
が、それに気づいた瞬間いやいやいやいやアホかうちは、と頭を振る。
映画やドラマのしょーもないやられ役やあるまいし、こんなガキが何を知った口利いとんねん。
と、ガキがガキにツッコミを入れ、気を取り直した。
「今知らないだけで、ちょっと探せばあるはずや。
自分を……そうや、自分の全部をぶつけさせてくれるもんが、絶対」
忖度が無い、ただの一個人として戦えるゲームとかも悪くないけど、もっともっと全部……
あの両親のもとで生まれた自分という存在、体格も知恵も知識も手先も環境も才覚も、全部ぶつけていい何かが欲しい。
そう思ったうちは、まずは動画サイトで手当たり次第、自分にあった"なにか"を探し始めた。
そして、そのしばらくあと。
「うわ……すごっ……これ、これや! こういうの、こういうのやりたい!」
部屋で一人、スマホに向かって叫びながらうちは、たまたま見つけた一つの動画に夢中になっていた。
それは、世界のスーパープレイ集やとか、オリンピックの決勝だとかいった華々しいものとは全然違う、泥臭い世界。
『────お互いにぃっ、礼!』
『『押忍ッ!』』
『構えてぇっ! 始めぇ!』
選手の顔の判別もちょっと怪しい、時代を感じさせる画質や音質で。
審判の掛け声と、それに応える声から始まったそれは、おそらく個人撮影されたフルコンタクト空手の試合だ。
向かい合う二人は、中学生から高校生ぐらいの男子二人。
抑えきれへんとばかりに前のめりな姿勢を取る短髪の男に、試合にともないメガネを外した……荒い画質ながら、ぴしっとした固い姿勢から真面目そうな雰囲気が伝わる男。
まるで獣対人やな、なんて第一印象を裏切らずその試合……いや、闘いは。
短髪の獣が烈火のように攻め、真面目な男が全霊で捌く、そんな展開になっていた。
闘い方は正反対やけど、どっちも自分のすべてをぶつけていることが動画越しにも伝わる、凄まじい試合やった。
……うちが見た創作やと、こういうのは大体人側がかっこよぅ技術でねじ伏せたりするもんやけど。
闘いに勝ったのは、獣のような短髪の方やった。
疲れで腕が上がらなくなったのか、本能がむき出しになったのか……
それまでの空手の構えと違う、身を低くした本来の意味の獣みたいな姿勢になったかと思うと。
審判が構えに注意しようって動く間も無く暴力的に殴りかかって、そのうちの一つ……上段回し蹴りが真面目そうな男の顔面をとらえた。
「っ、……い、一本っ!」
決着を告げる審判の声を最後に動画は終わって、この人らがその後どうなったのかはわからん。
ただ、なりふり構わず勝ちを求めた獣と、真面目そうな男が敗れた瞬間にした、まるで自分の全てが否定されたのかってくらいの悔しそうな表情。
それらを見た瞬間、今までに感じたことのない得体のしれない熱が、うちに襲いかかった。
自覚できるぐらいに熱くなった顔で繰り返し見れば見るほど、求めていた世界がそこにあると、そう思った。
と、いうわけで即、空手を始めた。
一番近所にあった、質素かつ素朴やけど雰囲気のいい空手道場。
そこには一人、大会とかでも何度も結果を出してる、えらい強い男子が通ってるって調べもついていた。
「っ……! ぐぅ、ぇっ……! ふっ、ふへっ、ふ……!」
もちろん、同学年にスポーツや勉強で全部勝ってても、空手でド素人のうちが最初っから勝てるわけもあらへん。
本来は何日か何週間か稽古をちゃんと受けてからや、と思ってたけど、稽古での動きが良かったのかうちの熱望が届いたのか、その男子との組手もさせてもらえて。
で、当たり前のようにボッコボコに突かれ蹴られでうずくまった。
身体は痛くて苦しいのに、その忖度のなさが嬉しすぎて、笑いをこらえるのが大変やった。
大げさかもしれんけど、うちの人生はやっと始まったんや、と。
ボコられた帰り道で晴れ晴れとそう思った。
生きがいを見つけられた余裕からか、今までおべんちゃら言われるなんて嫌や、と避けてたクラスメイトとも、自分から関われるようになった。
まだまだ壁は感じるけど、相手のことを知ってこっちの人となりも知ってもらえれば……同じ目線で話せる友達だって出来るかもしれない。
その時のうちには、希望しか無かった。
それからも転がされて、対策して稽古して、弱点潰して稽古して、敗因に向き合って稽古して。
みるみるうちに、その男子以外は道場内で相手になる人がいなくなって、その男子とも初日からは考えられないぐらい戦えるようになってきた。
大会とかも興味なくもないけど、どうしても女子の部とかに別れてしまうのが寂しいなって思って。
結局、どうやったらその男子に勝てるかってことをずっと考えて過ごしてた。
────はあ、楽しいなあ、楽しいなあ。
この時間がいつまでも終わらずに、ずっと続けばいいなあ。
そのためにももっと頑張って、強くならんとあかんなあ。
もちろん、考えることは空手だけやない。
せっかく出来た友達も、大事にせんなあかん。
特に最近は、本音でぶつかれることも増えてきた気がするし……本当のところ、そろそろ旅行とかにも誘ってみたい。
四季織家のバックアップがあれば子どもだけでも安全やし、なんならご家族誘ったってええ、うちの親は絶対歓迎する。
ああでも、さすがにいきなり旅行はやりすぎかな、遠慮させちゃうかな。
でもでも、普段ならうちに言いづらいこととかもあるかもしれんし、そういうの言えるような場って意味でもやってみたいな、どうやろ、どうかな。
「んねー、最近四季織さんの距離感っていうか、詰め方やばない?」
「それなっ。つうかズバズバ言って来んのうざなってきたわ。“自分が言うことは全部正しい"って思ってそう」
「なー、『間違ってたり違うな、って思うことあったらほんまなんでも言ってな』とか、アホやろ。
金持ちに本音言って目つけられたらどうすんねんって話、あれで理解者ぶれたつもりなんギャグやろ普通に」
「……………………」
もし興味があって時間の都合ついたらでええねんけど、旅行なんてどうかな────
提案をしようと思ったその日、トイレの外から聞こえた“友達"の会話。
(『めぐるん』って……呼んでくれてたやんか……
なんでも言ってってゆうて金持ちやからあかんってなるんなら、うちはどないしたら良かったんや……?)
ぐらり、と。
それを聞いた途端、自分が普段当たり前のように立っていた足元が、途端に頼りないものに歪んだ気がした。
だけど、その感覚に押し流されまいとぐっと踏ん張って、切り替えようと意識する。
(────しゃあ、ない。たまたまうちの求めてた感じと合わんかっただけや。
気ぃ遣わせて、悪いことしたった。
それより大事なのは、うちの最初の望みの方やから、そっち頑張ればええ)
そうだ、一つ上手く行かなかったことぐらい、なんだ。
うちには、空手って居場所がある。
動画の人のように強くなって、全部ぶつけることができるんなら、うちはそれでええんやから。
「おぉ……い、一本っ!」
そして、その日の稽古で。
うちは初めて、目標やった男子から一本を取った。
単純に強くなったからか、友達も失い、もうこれしかないって精神が力を出させたのか。
少なくともわかることは、ただのまぐれじゃなくて、この試合は明確に彼の上を行けたって手応えだ。
思わず稽古場でガッツポーズを取っちゃいそうになったぐらい、本当に嬉しい。
ようやく相手の男子の悔しそうな表情も引き出させて、また一つ世界が広がった気がした。
(……でも、浮かれたらあかんで四季織巡。本番は、ここからなんやから)
そう、強くなるってことは一度の勝った負けたで決まるものやない。
うちがボコられて対策重ねて強くなれたように、この人も"ここから強くなるに決まってる"。
そうして追い越し追い越されを繰り返して、全部をぶつけ合い続ける……それが、うちが求めた世界そのものなんやから。
「それなら、なおさらガンガン稽古していかなあかんけど……にしてもちょっと早すぎたかな」
そうして、初勝利の翌日。
気がはやりすぎて、いつもより早くついた道場。
まだ誰もいないはずのその時間、どういうわけか道場の中から……話し声が聞こえた。
「────────」
「────! ────っ、────」
話し声というよりも、片方が半ば怒鳴るような余裕のない論調であることに、尋常のものでない事態を認識しそっと近づく。
……その声が、うちがようやく勝てた男子と、その男子と比較的仲が良い道場生のものであることに気づいた瞬間────
うちは「ひゅっ」と息がつまるとともに、おぞましい寒気を覚えた。
────いやいや、ありえへん。
この人らは、この環境は一方通行の友達やったあれとは違う。
"むしろ逆"で……そう、うちに勝つための稽古に張り切りすぎてるのを止めてるとか、そういう流れに決まってる。
……だから、お願いします、お願いします、お願いします……
震え始めた手をぎゅぅっと力強く握りしめて無理やり止めると、うちはその会話を聞くために。
そして、自分の居場所がまだあることを確かめるために、道場の中に入り────
…………その後の記憶は、飛んでしまっててほとんどない。
ただ、おぼろげながらに覚えている単語はいずれも「金持ちのガキ」「忖度させられた」「せんせいも特別扱い」「道場貧乏だから」
など、聞くに耐えないものばかり。
もう片方はやめろ、恥ずかしい、お前は今冷静じゃないといさめてたような気もするが、うちが……少し、憧れた人から吐かれる呪詛は、止まらなかった。
(ああ、そっか…………)
質素で素朴な雰囲気の道場……なんて良いように言ってたけど、今日び空手道場なんてどこもかしこも繁盛するわけがあらへん。
初日から組手なんてやらせてもらえたのも、うちの本気の望みを無碍にすることが出来なかったからかもしれない。
貴重な入会者であり……ましてや、有名な金持ちのうちだったならなおさらや。
「…………ぅ…………」
「あ……っ! おい……っ!」
友達から"されていた"拒絶に続いて、二回目となる居場所の否定。
今度こそ、立っていられないぐらいの衝撃にぐわんぐわんと身体が揺れ、全身に脂汗が浮き出る。
どれくらいその場でこうしていたのかも覚えていないけど、もちろん、そんな状態で気配を殺し続けることなんて出来ず。
真っ青になってるやろううちの存在に、彼らは気付いた。
「…………あ、はは、あははは……すんません、勝手に聞いちゃいました。
気ぃつかわせてたんもしらんと、勝った気になって浮かれてすんませんでした。
精進しますんで、気ぃ向いたらまた胸貸したってください」
その時の彼らの顔も、喋ったことも……多分したんやろう弁明ももう、なんも思い出せない。
ただ、うちは最後の力……というより意地を振り絞ってこれだけを口にしながら頭を下げて。
その日のうちに、空手を辞めた。
…………あるいは、続けていたら見えてくる景色も違ったのかもしれない。
止めてた人が言ってたように冷静じゃない……それこそ、初めて負けた相手が年下の女子とかで、心にも無いことを愚痴ってしまってただけって可能性もそらある。
でも、ダメだ。
信じた相手が自分を別世界の人間と認識していて、忖度って単語が一度出てしまった以上、この先どうやってももう全部をぶつけ合うなんてこと、出来へん。
信じた居場所が、"大人の事情"で用意されたものかもしれないって疑念を抱いて、そのまま居着くことなんて、出来へん。
大好きな料理に泥が混じってる可能性が無視できないほどあるって分かって、安心して味わえる人なんておらん。
……そしてこれは、この先うちが別の格闘技なりスポーツなりやろうとしても、全部同じ。
この先、練習でも試合でも勝つたびに、自分にとって嬉しい結果が出るたびに。
「もしかして気を遣われたから勝てた?」なんて脳によぎるようになったら……もう、無理だ。
うちの眼の前で、あれほど明るく見えていた未来は、全部まがい物に見え……その光を、失った。
「────────っっ……」
その時、うちの胸に思わず湧いてきたのは、“とある一つの言葉”。
ただ、こんなつまらないことは言わない、言いたくないとぎりぎりで耐えて。
目を細め、歯を食いしばりながら、一人うちは帰路につく。
「オウオウ! ただでさえちっちぇえガキが縮こまって歩いてんじゃねーぜぇ!」
神の救いか、悪魔の誘いか。
存在は知っていたけど『素質があるものだけ声をかけられる』って話から、頭から消していた道。
粗暴な口調でそれを……"魔法少女という道"を指し示してきた変なヒトダマの、「命の危険がある」って言葉が耳に残ったうちは、その場で契約を決めた。
……決めた、と言っても手放しで喜んで飛びついたって可愛い話やない。
正味なんかよう分からんけど配信とか人気取りだとか雑談だとか、戦い以外のこともせんなあかんっぽいし。
直前の出来事もあって正直、そんな期待してたわけやなかった。
ただ、活動の中でほんのわずかでも、今の自分の全部をぶつけさせてくれて……
いっそその戦いの中で命が果てるなら、それもええんちゃうか、なんて。
そんな気持ちのままに、うちは魔法少女となり。
運命と、出会った。
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「は、ははっ! あははははははははははは!!!!」
<ひえっ>
<こっっっっっわ>
<虚獣ぶるぶるでクカw>
<ええぞー>
<楽しそうで何より!>
後日。
傍から見たら半狂乱といっていい自分の笑い声と、リスナーのリアクション。
そして、虚獣が弾け飛ぶ音をBGMに好き放題踊る、一人の魔法少女の姿があった。
引きちぎった虚獣の頭が粒子になる前に、別の虚獣に投げつける。
投げると同時に放っていた飛び蹴りで、怯んだ虚獣を虚獣ボールごとミンチにする。
やりたい放題に戦っているうちに付いてくれるリスナーと……何より、この魔法少女という制度には今、感謝しか無かった。
魔法少女は、多分天職やった。
戦い以外の配信とかもいるから面倒やなんて、とんでもなかった。
配信を通しての人気が戦う力に直結する魔法少女は、ただの戦闘センスやフィジカルだけで勝てるものやない。
力も技も速さも体格も、顔も性格も運も、果ては声やトーク力やキャラクター性に至るまで……
それこそ、“四季織巡っていう存在全部をぶつけるのが前提”となっている、うちが求めていた世界そのものやった。
楽しい、楽しすぎる。
この世界でならうちはどこまででも行ける。
何より、何より魔法少女は、この世界に複数いる。
それなら今度こそ、同じ目線で話せる友達もできるかもしれない。
……そんな風に懲りずに希望を抱いていたうちに、またも現実が殴りかかってきたのは、すぐのことだった。
「……えっと、いい? あのとき魔法撃ったのは、こうしたほうがいいってリスナーが言ったからで。
エターナルシーズさんみたいに強い考えがあったとかじゃないの。
ちょっと…………重いよ」
魔法少女と、話が噛み合わない。
同じ中学生ぐらいの彼女たちは、それっぽい行動こそしとるが、この魔法少女にうちほど真剣に向き合っているわけやない。
なんとなくお金がもらえそうで始めたけど、強い虚獣と戦うのは怖いし思ったほど人気出ないからそろそろ辞める、やとか。
勝手に始めたけどママに怒られたからやっぱり引退しまーす、なんてのはまだマシな方で。
この子はよう活動してるし、これから一緒に頑張れるんちゃうかって期待して声をかけた相手が、どこぞのプロダクションのアイドルの卵やったことがある。
プロダクションの企画やとかで、最初魔法少女として戦わせて箔付けて、アイドル活動の踏み台にしようとしてるって分かった時なんかは、めまいでぶっ倒れそうになった。
(嘘やろ……? 命のやり取りしとるんやぞ……?
うちだって魔法少女なった時は半分流された投げやりみたいなもんやったけど、なってからはそら真剣やし、普通そうなるもんなんちゃうんか……?)
少なくともうちが関わることが出来た、希望をもって接した相手は、大人や周りの事情に流されてるだけの適当な存在ばかり。
うちと同じように、自分の全部をぶつけようとしている子なんて、全然いなかった。
期待したら拒絶されて、次に期待して裏切られて、また期待して落とされて。
そして、なんとか、なんとか切り替えようと。
原初の憧れに縋り付こうとして、動画サイトを久々に開いたら。
"暴力的で不適切なコンテンツ"という大人の事情で、うちのルーツとなった動画は削除されていた。
もう名前もしらない彼らの、全てをぶつけるような戦いを見る手段は、無い。
「…………」
ことここに至って、ようやくうちは悟った。
どんな面白いものが考えられたって、ええ環境が作られたって。
そこに関わるのが人である以上、結局人と人ってしがらみは絶対に生まれる。
大人の事情からは……抜けられるわけじゃない、と。
悟ると同時、友達に拒絶されたときも、憧れの相手の醜い自己弁護を聞いた瞬間も。
真っ先に脳裏に浮かび、そのたびに噛み殺してきた奥底の本音。
それを、ついに……吐き出してしまった。
「……………………しょーもな、この世界」
もう、友達だとか同じ目線で語れる相手とか。
そういうの考えるの、やめよう。
うちが全部をぶつけられる相手なんて、物言わん虚獣だけでええ。
戦闘狂や言われて、遠ざけられるならそれでええ。
うちはこのまま、死ぬまで永遠に虚獣と戦い続ける魔法少女でいたい。
また誰かに期待して関わって、大人のしがらみに組み込まれるより、よっぽどマシや、と。
そう見限ったうちは、虚獣を狩るために街を駆ける。
「…………次はどこや。強いやつこい、おもろいやつ、こい……
と、でかいな、ええやん」
そしてその日見つけたそれは、まだ現場にたどり着く前からでもわかる、なかなかのサイズの……なんかぬぼっとした変な虚獣やった。
とはいえ、やることは変わらない。
あの辺はまだ避難も済んでなさそうやし、人様に被害出る前に、さっさと駆けつけて倒そう……と。
「…………あん?」
「んん……? なんか変だな」
そんな風に考えていたうちが声を上げると同時、相方のセキオウも訝しげに唸る。
どうも現場で誰かが騒いどる……というより、強い語調で説得? をしとる声が、近づくにつれ耳に入ってきた。
────なんやなんや、あんま人と人が騒いでるところに近づくの、トラウマやから嫌やねんけど、と。
いらん事まで思い出したうちが、そのもやを振り払うように足を早く進めると、今度ははっきりと会話の内容が聞こえてくる。
「は、早ぅ! 覚悟を決めて魔法少女になるのじゃ! このままじゃ逃げることもできん! ぬしが死ぬぞ!」
「ぁ……ぅ、ぅう……っ!」
それは、後に色んな意味で伝説として語られた、とある魔法少女生誕の一幕。
うちは全くの偶然、遠巻きながらその場に居合わせていた。
先に結論だけ話してしまうと。
うちは、その場にいた全員と同じタイミングで。
『魔法少女シラハエル』の、記念すべきファン第一号となったのだった。
★★★




