第二十二話 おとなのじょしかい
「あ、来てくれたっ! すんません、ありがとうございます。
クs……えふん、えらい忙しい中やろうに時間取ってもろて、申し訳ないですわ」
「いいえ、構いませんよ。
先ほど言った通り、合間の時間となり慌ただしくなってしまいますが……」
若干あやしいところもあったが、言葉を選びながら礼を言う少女エターナルシーズに、自分は問題ないと笑いかける。
戦闘狂などという触れ込みもあり、事実押しというか芯の強さは確かに感じられるが、その根底には相手への確かな尊重もうかがえる。
これまでの短いやり取りで認識できた印象のままに、少女は続けた。
「ほんで、握手会おつかれさまです。
一発目やのに変なんに絡まれたりして、大変やったんやないですか?」
「いえいえ、とんでもない。皆さんいい人ばかりでしたよ」
『変なん』は自身のことを指した自虐のニュアンスだったが、受けたこちらとしては多少の緊張こそあれ、やり取りに問題などない。
強いて言うなら、直後の相手のほうが得体の知れなさがあったと言えるだろう。
「…………」
と、そんな返しをしながら薄く笑う自分に対し、気がつけば彼女が少し身を乗り出すような姿勢で自分を見ていることに気づく。
異様な集中と言うか、猛禽類のような鋭さすら感じるその目つき。
今、目にした自分という魔法少女に対し、強者である彼女だからこその見定めのようなものも入っているのかもしれない。
「……、っ」
「ひゅっ、おほん、すんません不躾でした。
そんで、時間取ってもろた用件なんですけど……」
が、それはそれとして今の姿をじーっと見られるのは少し恥ずかしいというか、居心地の悪いものがあり、少し身を捩ってしまうと。
はっ、となった少女は慌てて息継ぎをしながら頭を下げると、話題を変える。
「えっと……メール、見てもらってるかと思うんですが……
実際どう、でしょうかコラボ。ワンチャンあったりとか……しますか……?」
「…………そう、です、ね……」
そして切り出された本題は、事前の予想通りのコラボの打診だ。
『魔法少女同士の力比べ』……コンジキ様の判断通り、現在の自分の活動にそぐわないものであることは彼女も承知しているだろう。
先ほどまでより少し弱々しいと言うか、探るようなニュアンスで口を開いた。
「魔法少女同士で戦うのが無理やったら、例えば時間決めて虚獣の撃退数比較しようだとか、そういうのからでもええんです。
虚獣の脅威減らす分にはシラハエルさんにもメリットあるし、リスナーも盛り上がると思うんですけど」
「なるほど……むむむ……」
そうして出してきたのは、こちら側に合わせようという折衷案。
たしかにこれなら魔法少女同士戦うよりは抵抗が少なくなるだろう。
……Yes、Noの返事の前に。
そもそも、彼女はどうして直接会いに来て、妥協案を出してまで自分とコラボをしたいと思ったのか。
それは聞いておいたほうがいいかもしれない、と口を開こうとした瞬間。
一瞬考え込んだ自分に向け、彼女はぽつり、と呟くように尋ねた。
「────やっぱり、『救われない魔法少女じゃないから』ですか?」
「────っ」
「と、すんません、こんな女々しい質問したいんやなくて……
そう、シラハエルさんの考え聞かせてもらいたいんや」
「自分の考え、ですか?」
が、呟いた直後にそうじゃない、とすぐに切り替えた彼女は、再び自分をまっすぐに見つめる。
「うちの打診が、うちが予想してたようにただNGやってだけなら、多分すぐそういう返事されてますよね。
でもそうやなくて、一旦保留にしている。
もしかしてなにか、シラハエルさんの方からちゃんと時間取ってうちに伝えたいこととか、条件とかあるんちゃうかって思って、自分の都合も兼ねて会いに来たんです」
「────その通り、です」
……驚いた。
フローヴェールもそうだったが、人気配信者になるだけあって、人を見る目というか考えがしっかりしている。
まさに図星だった自分は、この流れで隠す理由も無く、認めた。
「なら、聞かせてもらってもええですか?」
「はい、もちろん。
……そうですね、まず、伺いたいのですが……エターナルシーズさんはここ最近の虚獣について、どう思われますか?」
考えを話すと言った直後に質問をする形となったからか、それともここで虚獣の話題が出るのが意外だったか。
一瞬目を丸くしたエターナルシーズは、口元に手を当てながら答える。
「呼び捨てでええですよ。…………まあ、手応え、増してるとは思います。
強さもやけど、なんというか……クマみたいな、"ちゃんとした虚獣"が増えてるっていうか……」
「自分も、そう思います」
あの連中を相手にしても「まあ」というニュアンスで済ませられる様に、彼女の余裕のようなものも感じられるが。
ともかく、見解が一致したことに安堵と、ある種の危機感も覚えながら自分は続けた。
「『救われない魔法少女』……先ほどチラッと突かれましたが、その通りです。
配信を見ていただいたならご存知かもしれませんが、自分の活動理念は“理不尽にあえぎ苦しむ魔法少女のための魔法少女”。
虚獣の脅威が増し続ける今、そのために必要なこととして……自身が強くなることともう一つ、考えていることがあります」
「考えてる、こと……」
まだ完全に固まっているわけではないが、コンジキ様とも相談し検討を進めていること。
もし、この流れに彼女が乗ってくれるなら……こんなに心強いことはない、と希望を込めて伝える。
「自分は、コラボでただ虚獣を倒すだけではなく。
魔法少女たち全体を底上げする集まり……アカデミーのようなものを作りたい、と考えています。
今、多くの魔法少女それぞれがそれぞれの才覚だけで戦っている状況で。
”教え高め合う環境を当然のもの"としたいんです」
アカデミーといってももちろん、実際に学校を建築するわけではない。
そういう教え合う環境を作って浸透させる、というのが本分だ。
ここしばらく考えていた、自分が次にやるべきだと思ったこと。
様々な配信業界を勉強しているうち、取り入れるべきだと考えたそれは────
「────コーチング、ってやつですね。
ゲームとかで見たことあったけどそうか、魔法少女たちでやる、か……」
得心したように返したエターナルシーズに、自分は頷く。
そう、コラボレーションという形は何も一緒になって敵を倒すばかりではない。
まだ戦いに慣れない少女たちに教え、自らも勉強し高め合う……
その上で、そんなコーチングの様子自体も企画として配信してしまうのだ。
未熟な状態から始まり、成長して結果を残していくという道のりそのもの。
それが、立派に人を惹きつけるコンテンツとなることは、他の界隈でも散々証明されている。
単純に成長して強くなる、ということはもちろん。
コーチングを通して魔法少女たちの人となりも知ることができ、興味を持つリスナーの数も、応援という魂の強さも段違いのものとなるだろう。
もちろん、これは理想であって実現のためにはまだまだ課題だらけであることは分かっている。
その課題の一つが、教えられる人間、つまり協力してくれるコーチの確保、というわけだ。
「そんで、それをうちに言うってことはシラハエルさんの望みは、そういうことですよね」
「はい。エターナルシーズさ……の配信も拝見しました。
単純な魔力や精神面もそうですが……とにかく戦闘慣れしているからか、身体の効果的な使い方が素晴らしい。
あれは、力任せに暴れるだけで身につけられるものでは断じて無いでしょう」
協力をお願いするから、という忖度を抜きにした本音の賛辞に、「ふへへ」とゆるい笑い方をしながら少女は喜ぶ。
……リスナーからも散々褒められているはずだが、面と向かっては慣れていないのだろうか。
「褒めてもらえて、うれしいですわ。それにすごい、みんなのこと考えた、素敵な試みやと思います」
とはいえ、彼女の機嫌が良くなることに困ることなどなにもない。
顔を締め直しても、どこかさっぱりとしたような柔らかい微笑みで肯定する彼女に。
自分はもう一押しとばかりに、少女の希望に沿った形になるような、そんな結論を口にし────
「ありがとうございます、そして、このコーチングの企画内でなら。
例えば、最初に打診いただいた力比べに近いものも、組手……模擬戦という形で行えるかもしれません。
なので、もしよろしければ────」
「お断りします。うちは、その企画に協力できません」
「────────っ」
そして、きっぱりと。
明確な拒絶の意を乗せた言葉をもって、返されることとなった。
なぜか、なにか企画に問題があったのか、自分がそれを言葉にする前に、彼女は口を開く。
「企画や、ましてやシラハエルさんに問題があったわけやないです。
これは、うちの……しょうもない、手前勝手なワガママ」
そう、少し寂しそうな。
まるで、ようやく訪ねることが出来た探し人が、顔を合わせてみれば別人だったかのような。
そんな切ない表情のままに、独白を続けた。
「シラハエルさんの目標は……みんなで強くなって、犠牲者を出さないようにして。
で、虚獣を駆逐して、苦しむ魔法少女をなくさせること、ですよね。
すごい正しくて、優しくて、大人で。
誰が見てもええことなんやろう、とうちも思います……やけど」
────だけど。
「うちは、みんな強くなって虚獣を駆逐なんて、してほしくない。
ずっとこのまま、死ぬまで魔法少女として戦ってたい。
季節なんて……一度も巡らないまま、この瞬間だけ生きてられたら、それでええんです」
「…………あなたは……っ」
配信上や、会ってからのこれまでとは全く違う、冷たさと寂しさを感じさせる表情。
その様子を前に、自分は初めて。
彼女に対し、とある想いが芽生えることとなっていた。
「……っと、そろそろ次の予定押してますよね。
すんません、せっかく時間取ってもろたのに結局ええ返事出来んで。
うちは参加出来ませんが、取り組み邪魔したりは当然しません、遠くから応援……うん、応援します。
────助けが必要な子、救ったってください」
用件も済んだ、と時計を見た彼女は、頭を下げて足早に去ろうとする。
が、その直後足を止めると。
最後に一つ、と前置きして、背中越しに彼女は語った。
「おにいさんは、これまでの戦いも、今日の握手会も、これからの道行きも。
全部、全部他人のためになることをして、向けられる期待に応えるよう頑張ってはるけど。
うちは、おにいさんはもっと他の魔法少女みたいに、好き勝手に楽しんだってええと思う」
「……それは、どうしてでしょうか」
思わず聞き返した自分に、彼女はそんなん決まっとる、と肩越しに笑い。
少しだけ気分が上向いたような……あるいは、強がっているかのような。
そんな声色で、返す。
「みんな、何かしらの夢や希望を持って魔法少女になってるけど。
うちが今まで見てきた子たちの中で、おにいさんが一番キラキラした、子どもっぽい夢抱いて戦ってるんやもん」
息を呑む自分に、「そら、魔法少女にだってなれたはずやわ」と。
からかうように続けると、今度こそ去っていく彼女を見ながら。
(────助けが必要な子、救ったってください)
自分は、彼女こそがどうしようもなく、助けが必要な相手なのではないか、と。
そう、感じていた。




