第二十一話 おとなのかいとう
『エターナルシーズ』。
戦闘面において現役最強との声もある強豪魔法少女で。
自分に対しコラボの打診もかけていた少女の名前。
サイン付きの握手会で名前を尋ねた自分に、眼の前の少女は確かにこう返した。
配信で見た姿とは少し違うので、変身前の四季織 巡としての姿なのだろう。
一つ一つの要素を切り出してみれば、まだあどけなさの残る少女の顔つき……その上で、可憐な印象を吹き飛ばすような自信、自負に満ち溢れた力強い目。
それを前にしては、虚偽を疑うことすら無粋と思わされる。
『よかったら魔法少女同士あとでお話を────女子会をしましょう』
(……とのことですが、自分としてはちょうどいいので、"例の話"を────)
(ここできたかー……まあ、ぬしの負担に問題なければいいじゃろう、結果はどうあれ、彼女との面識を作っておくのは悪いことではない)
よく通る、しかし後ろの方に並ぶファンには喧騒に紛れて聞こえない……
そんな配慮も感じる声量で切り出された誘いに、自分は横のコンジキ様と念話で相談する。
相談と言っても自分の考えを伝え、許可をいただくだけだが……ともかく瞬時にやり取りを終えた自分は、返した。
「────はい、女子会というのは置いておいて……承知しました。
この握手会のあと、自分の食事休憩がありますのでその時間でよろしければ────」
「やた! すんません、助かりますわ。
……楽しみに待ってます」
実のところ彼女と話したいことがあったのは自分の方も同じ。
誘いを受諾すると、感慨を含ませた期待を口にし、彼女は去っていった。
その後ろ姿にすら強い存在感を覚え、思わず目で追ってしまいそうになるが、まだまだ握手会は途中だ。
ここで力を抜いてはいけない、と気を引き締める。
「お待たせしました、次の方────」
もしかすると、直前のエターナルシーズとの会話が聞こえていたかもしれない、次のファン。
個別に会う、という話が耳に入り不平を覚えた可能性もある。
その辺りの機微にも気を配り、場合によってはフォローなども……そう頭を巡らせていた自分の前に、その人物は現れる。
「────♪♪」
「…………っ」
その姿を前に、最初に脳裏に浮かんだのは、この人……この子は誰だろう? という言葉だった。
なんというか少し……質素な服装に身を包み、ニコニコ、ニコニコとまるで張り付けたような笑顔で佇むのは。
色素の薄いショートヘアの……おそらく、少年。
おそらく、というのもおかしな話で、背格好、顔つき、立ち振るまい、どれをとっても少年にしか思えない。
なのに、どこかそのまま少年だと認めたくないような、不思議かつ曖昧な心の動きも、自覚できるぐらいに存在している。
少なくともこの握手会が始まる前や、開始時点で一通り見渡した来場者の中に、こんな子は存在していなかった……はずだ。
もちろん見落としていたり、途中参加してきた可能性もある。
なので本来気にするようなことでも無いはずなのだが、それでも自分の中のなにか、が引っかかりを覚えずにはいられなかった。
「……っと、失礼しました。来てくれてありがとうございます。
ご希望がおありなら、ここに書くお名前など伺ってよろしいでしょうか?」
先ほどのエターナルシーズとは別方面の存在感に、息をつまらせたのは一瞬。
それでも、ただ黙ってニコニコと笑う少年に軽く頭を下げると、他のファンと同じように対応しようとし────
「"こんにちは"」
「はい、こんにちは、いつも────」
「何者でも無かったのに、降ってわいた強い力を身につけただけで、やっぱり自分がこの中で一番えらい、すごい、かっこいいって思えるの?
元の自分とは全然違う、嘘偽りの姿でみんなにかわいいーとか言ってもらうの、辛くなったりしない?
今の自分が無理をしていない、自然体な姿だって胸を張って言えたりするの?」
これまでの沈黙から一転、饒舌となった口からわっと浴びせられた言葉……いや、冷笑に。
自分は、もう一度息をつまらせることとなった。
(────『呼ぶ』ぞ、よいか?)
瞬間、隣のコンジキ様から簡潔な念話が飛んでくる。
呼ぶとは当然、警備スタッフのことで、事前に取り決められていた『迷惑行為』に抵触すると相方は判断した。
ぴりっと変わった空気感からも、自分にも容易く伝わる、言葉に乗せられた粘ついた悪意。
それを感じすぐに反応したコンジキ様の判断は、妥当なものだろう。
……ただ、これは。
(────いえ、待ってください……自分が、対応します)
「……はい、ご質問ありがとうございます。回答いたしますね。
最初の質問は"いいえ"。
戦う力をみんなに借りて、ようやく今まで助けられ続けたことに報い始めた道中です。
何者かになれるとしたら、それの終わりが来たときかもしれませんね」
「…………」
黙って聞く表情から、眼の前の相手の感情は伺いしれない。
しかし、それに構わず自分は今の自分が考える本音のままに、続けた。
「2つ目と3つ目の質問は、"まだ分かりません"。
自分がどう思っているのか、どう思われたいのか、無理をしているのかしていないのか。
……ただ、今この活動にやりがいと喜びを覚えられているか、という質問なら。
誰にでも胸を張って『はい』と言えると思います」
「へぇ……"おっとなー"。
まあ……さすがだね」
そう、おそらく満足? そうに呟いた相手は。
名乗りはもちろんサインも受け取らずに背を向ける。
去っていった相手に、自分たちがそれ以上声をかける間も無く、待ち切れない次のファンも現れ。
幸いその後は特筆することも無く、握手会イベントは無事完遂されたのだった。
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「ふぅっ……」
「お疲れ様じゃ、白……いやシラハエル殿。
リラックスなされよ」
ぽんっと渡された水とレモン味の塩飴を口に放り込む。
予想以上の酸っぱさに少し口を尖らせながらも、爽やかな味が舌に残り、気分がほぐれた。
元の姿とは比べ物にならないバイタリティを誇る魔法少女体でも、当然疲れはある。
ましてや今回は受け答えでほぼずっと喋り通しだった上、やけに緊張する相手が立て続いたこともあり。
精神面でも、なかなかにハードなおつとめとなっていた。
「ありがとうございます、コンジキ様もお疲れ様です。
……途中、すみません。せっかくのご厚意でしたが……」
「よい。……なにか、そうしたい理由があったのじゃな?」
自分が切り出した話題は、エターナルシーズの次に応対した不思議な少年との一幕だ。
正直なところ、自分でもなぜスタッフに任せず対応すべきだと思ったのかは……まだわからない。
他の真っ当に楽しんでくれているファンを考えると、毅然な対応をすべきだった、とも思う。
『子どもをスタッフにつまみ出させるようなことをしたくなかったから』と最初は思っていたが……多分それも違う。
なんとなくだが、自分以外のものが対応するのが危ういような……ざわざわとした悪寒に押されたような、そんな気がする。
そういった考えを伝えると、コンジキ様もある程度納得したようにむむむと唸る。
とはいえ、曖昧な感覚からの判断でしかないし、単に気になった疑問をぶつけただけの子かもしれない。
それに実際、無事に握手会も終わったわけでこの場で出来ることもそう無い。
念の為、スタッフにそれっぽい子が居たら遠巻きにでも少しだけ注意して見るよう願う方針で一致すると、一旦その話題は置いておくことにした。
まず直近で考えるべきことは、その少年の前に現れた魔法少女。
エターナルシーズとの……これから始まる、彼女いわく女子会の方なのだから。




