第十七話 おとなのしあん
「…………ふぅ」
自宅に戻り、変身を解除しながら一息つく。
その直後に自分はPCを付けると、とあるリストを開き、眺めた。
今の戦いを振り返り、考えたいことは色々あるが、まずやるべきことはその戦いの間にも溜まったタスクの消化だ。
もう一踏ん張り、と気合を入れた自分は、頭を切り替えることにした。
そのタスクとは、コンジキ様を中心に裏方スタッフがピックアップしてくれた、『次のコラボ予定相手リスト』の確認である。
初めの配信以来、あの凄まじい反響もあって山のように押し寄せてきた、魔法少女やそれ以外からのコラボや案件の依頼。
即座に事務所の設立を宣言したコンジキ様は、そういった雪崩の中から特に緊急性が高い、自分が魔法少女を目指した動機に沿う対象を選ぶ体制を作ってくれた。
そして、その中から絞り込まれた相手数名を念の為自分が確認。
"その対象のうち誰か"になることに自分が同意したら、改めてコンジキ様が一人を選んでコラボ打診……そういう流れで、今自分は活動をしている。
これは、この世のあらゆる物事の中で比較しても、地味ながらとてつもなく大きなエネルギーを使う『選択』という行為の代役だ。
救う魔法少女を選ぶということは、今救わない魔法少女を選ぶ、ということでもある。
日常として続けていくうちにまるで毒のように心を蝕みかねないその負荷を、可能な限り減らそうとしてくれる、コンジキ様のありがたい采配だった。
「ん……?」
何度目になるかもわからない感謝を密かに想いながら、いつも通りリストを並べていた自分は。
その中で一つ、いつも通りじゃない様子に目が留まり、声を漏らす。
まとめられている依頼の中に一つ、大きくバツ印が書かれたものがあったのだ。
最初の精査を終えた段階のはずのリストに、こういったものが付いている理由がわかりかねた自分は、疑問をそのまま口に出すことにした。
「コンジキ様、この×印が付いている依頼は……」
「うむ、説明しよう。依頼内容を見ての通り、これは通常だとそのまま弾いてぬしの目にも入らないようにする案件じゃ。
じゃが、その依頼は差出人がなかなか……いや、かなりの有名人でな。
せっかくなのでこういう人物からの依頼も来てるぞ、というちょっとした共有のため残しておいたのじゃ」
そのコンジキ様の回答を受け、再びリストに目を落とす。
……どうやら最初に見たこの名前は、見間違いではなかったらしい。
「確かに……これは、少し驚きましたね」
「お、やはりぬしも知っておったか。
まあ、彼女のクリップだけでも見たことある、という者は多いじゃろうな」
依頼の差出人は、魔法少女エターナルシーズ。
同じ魔法少女でも、フローヴェールのようにキャラクター性を先行させたのではなく。
ただただ純粋に圧倒的な戦闘センスと、時に戦闘狂とも揶揄されるストイックな姿勢で人気を博し。
いまや最上位帯ともなった、強豪魔法少女だ。
彼女に寄せられた質問への回答を切り取られた、『修羅』と付けられたクリップは。
四季を彩った着物をイメージさせる、一見おしとやかそうな風体を裏切るインパクトもあって、魔法少女視聴に積極的でない界隈にまで独り歩きしているほどである。
もちろん、自分もそんな彼女のことは以前から知っていた。
このクリップもそうだし、何より、自分は────
「と、まあそういうわけで、あくまで話のネタに見せたかっただけじゃ。
なにせ用件が、『魔法少女同士で一度力比べを申し込みたい』じゃからな。
ぬしの目的にも沿わんし、何より他の魔法少女と戦って力を誇示しよう、なんて柄ではないじゃろう、ぬしは」
「…………」
パンっと手を叩きながらに続けた、コンジキ様の判断は……正しい。
これまでの自分の活動を考えて、自分がこれを受けるはずがないというのはその通りだ。
……ただ。
「…………少しだけ、まだ断りの返事は出さず……保留させてください」
「なに……どういうことじゃ? ……いや、ここ最近のぬしの考え込む様子……なにか悩みでもあるのか?
今回やったコラボに問題でも?」
コンジキ様のほうも、ここしばらくの自分の様子に、うっすら思うところがあったらしい。
なにか深刻な問題でも、と前のめりで聞こうとする相方に、いえ、まだそこまでちゃんと形になった悩みでは無いのですが、と前置きし続ける。
「まず、今回のコラボは問題なく済んだと思っています。
ただ……そうですね、自分の力不足、みたいなものは少し感じています」
少なくとも今回、ミリアモールに頼ったように、自分だけでは立ち行かない場面もある……これは仕方ない。
彼女のおかげで目的を果たすことが出来たのは、素直に喜ぶべきことだ。
苦戦していたマギシズクも、リスナーの流入などでこの先の戦いの取っ掛かりとなることも期待できるだろう。
しかし、それとは別の懸念も、頭をもたげているのもまた事実。
……例えば、虚獣。
日を追うごとにどんどん強い個体が確認されている相手に、現状の戦い方がこの先どこまで通用するだろうか。
フローヴェールのときのように、相手によっては自分の余裕が無くなるという場面も十分考えられる。
そして、そんな相手に対し、今回助けたような子たちがこの先無事に戦っていけるか……と言うところまで考えると、自信を持って頷くことは出来ない。
(……したことは、何も間違っていない……はずなんだが)
……本当に、今やっているような活動を続けることだけが。
『魔法少女のための魔法少女』として自分がやるべきことなのだろうか。
未だ答えの出ないそんな問いすら、うっすらとだが浮かべるようになってきている。
そういった、まだ形として定まりきらない言葉も含め力不足、と漏らした自分。
そんな自分に対し、相棒であるマスコットは何やら目の前で考え込む。
「エターナルシーズじゃないが、ぬしも大概ストイックじゃからのう……
ふむ……それならば……そうじゃな」
そうして少しうなり、考えをまとめたのかコンジキ様は、明るい口調で声を上げた。
「ここしばらく、ぬしが色々と案じていることはわしも分かっておる。
ならば、いきなりその根本的解決となるわけではないだろうが。
ここで一つ、気分転換も兼ね、わしから企画を提案させてもらおうかの」
「企画、ですか?」
うむ、と力強く頷いたコンジキ様が告げたのは。
魔法少女であり、配信者でもあるからこそともいえる、そんな一つの提案だった。
「ここらで、"第一回シラハエルファンミーティング"を開催しよう! リスナーや希望者とふれ合う、握手会のようなアレじゃ!
これまで互いに、配信上でのみ認知し合っていた存在と実際に会い、互いの力に変える……
そんな、ぬしのパワーアップイベントを兼ねた、戦略的ファンサービスを行うのじゃ!」