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第十四話 そして少女は空をトんだ


◆◆◆



 ────魔法少女とは、自身の素質と、初期から持ち合わせる魔力と。

 そして、配信を通した視聴者の魂の動きを魔力として受け取り、戦う……そんな存在である。


 だとしたならば今、この瞬間。

 この世に存在する中で、最も視聴者が魂を熱く燃やしている……かもしれない、この配信で。

 怨念にすら似た、期待という魔力を一身に受ける少女フローヴェールは、一体どのような心持ちなのだろうか。



「んーま♪ むー、むぅー」

「ちょ……っ!? ふ、ふろ、ふぅっ! ヴェール、さんっ、待って、落ち着いてっ……!?

そ、そうだ、リスナーさん、これはっ虚獣の干渉のせいでっフローヴェールさんの、ふぅっ、本意では、ありませんので……!」



<うおわああああああああああああああ>

<やばいやばいやばいやばいやばい>

<フローヴェール様!?>

<おお>

<何やってんですかフローヴェールさん、まずいですよ!>

<こ…こんなことが こんなことが許されていいのかッ>

<この状況でもまず本意じゃないってフォローいれるの逆にイカれてるだろ>

<どうみても至福の顔してるんだよなあ……>

<あーなるほどこう見ると確かにフローヴェールのママやわ見た目も>

<クリップ班ーーー!!>



 撃退したものの、虚獣の精神干渉を二度受け、本能が表に出てしまった今。

 全ての悩みからも解き放たれた、フローヴェールの心に残った欲求は一つ。


 "眼の前のママに甘えまくる"、ただそれだけだった。


 そうして思考を介さず眼の前で揺れていたシラハエルのそれを、口に含んだフローヴェール。

 彼女は吸い始めて直後、違和感にわずか眉を寄せる。


(むぅ……かんしょく、ちがう……? すべすべ、ふく……? まあ、いいや……♪)


 ただ、どちらにとっての幸いか。

 服越しであって()()でこそ無かったことはなんとなく感じたフローヴェールだが、それをどうにかしようとまで回る頭は残っていなかった。


「ぅ……ぐ、ぐぅ……!!」


 だからといって、シラハエルとしてはもちろん、そのままにしておけるはずも無い。

 吸われ倒している、大人の男性である魔法少女のプランに、こんな状況があったはずも無く。

 魔法少女として目覚めて……いや、もしかしたらこの世に生を受けてから最も、と言っていい狼狽の中、必死に引き剥がそうとする。


「むぅーー!! ぢゅーーっっ!!」


「ひぅ……うあっ……ぐ、チカラっつよっ……!

ちょ、ちょっと、フローヴェールさんのリスナー方っ!

すみません、一旦、魔力供給っ、止めてっ……!」


 が、人数から考えても異常としか言いようの無い、膨大な魔力を送られたフローヴェールの肉体は、空前絶後の全盛期である。

 シラハエルの力を持ってしても引き剥がすことは叶わない。


 そうでなくとも、その間も遠慮容赦なく左胸を吸い続けられる感触に、どう意識しても力をいれることは難しい。

 もちろん、彼女に攻撃を打ち込んだりすることも出来ないシラハエルは、彼女のリスナーに供給を絶ってもらうことしか出来なかった。



<うおおおおおおおわかったあああああああ>

<はあああああああああああ シュインシュインシュインシュイン>

<もう これで 終わってもいい だから ありったけを>

<LETS FxxKING GOOOOOOOO>

<え、これまじで大丈夫……? さすがに止めたほうが>

<あんたたちいくわよおおおおおおおおおお>

<授乳せよ… まんじりともせず受け入れろ>

<すみませんフローヴェール様の望み叶えるためのリスナーなんで>



(…………むぅー、なんか、さっきからあたまにこえいっぱい、なにぃ?)


 当然、それでみんなが配信を落とすなんてことあるはずもなく。

 なんならシラハエルからも大挙して流れたリスナーは、虚獣が撃退されたという安心も手伝って、その大体が一番おもしろそうな流れに乗る。

 特に、ここ最近のフローヴェールから"無理をしている感"をうっすら感じていた古参リスナーたちは、幸せそうに目を細める彼女を見て、今この瞬間こそが勝負どころと悟っていた。


「くっそこいつらッ……! こんなときだけ連携完璧……!

コンジキ様は……いないっ!?

絶対どこかで見てるでしょ、どこ行きやがったあのサブカル狐ッ……あ、ぅぅ……っ!」


<草>

<コンジキ先輩は芸術写真を撮りに行くとニューヨークへ>

<俺がコンジキ様でもこれ止めるのは無理だわ>

<シラハエルさんこんな口調になることあるんだ……いい……>

 

 誰も止めるものが居ない焦りで、キャラクターの維持まで困難になってきたシラハエルは、羞恥心やら訳の分からなさやらで、今すぐ配信を閉じたい衝動に駆られる。

 が、この状態で自身の魔力供給まで無くなったら、いよいよ引き剥がせる可能性が0になってしまう。

 そのため、消え入りたいという気持ちを抱えながら、羞恥プレイを全世界に配信し続けることを余儀なくされていた。

 

 …………そして。


(んぅー? なんか、ちょっと、かんしょくがちがってき────)


 フローヴェールが朦朧とした意識の中、なんだか様子が違ってきた口内のモノに意識を寄せようとしたあたりで。



<きえあああああああああああああ>

<wwwwwwwwwwwwwwww>

<そ、そんなフローヴェール様あああああ……ふぅ>

<絶対に離すな出るまで吸え吸い続けろおおおおお>

<うあああああああああああああ(PC書き文字)>

<頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるってやれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだああああ>

<おまえが!!ママに!!!するんだよ!!!!!>



 加熱し続けるコメントの嵐も、もはや制御不能な領域へと突入していき────



(あーもうさっきからなんかうっぢゃいッッ!!)



 ────────プツンッ。



(あ)



 むき出しとなった少女の本能は、耳障りだったもの……つまり、彼女に魔力を送っていた配信を排除(オフに)してしまった。 

 当然力を失った少女は、まだ配信上で羞恥に耐え続けていた、シラハエルに引き剥がされ。


「~~~~~~ッッッッ!!」


 もはや半分泣きが入っていた、真っ赤になったシラハエルの顔を最後に、彼側の配信もぶち切られ……

 こうして、後に伝説として語られる時間は、終了したのだった。



------------



「ち、ちが……違うのじゃ……

ほれ、ルナシルヴァのマスコットの無事を確かめたり、ルナシルヴァの様子を見たりとか、いろいろやることあったじゃろ……?

決して面白そうだから……いや実際クソ面白かったがそれで放置したとか、バズりの予感に金勘定してたとか、そういうアレじゃなくてじゃな……

こ……これこれよさぬか、自室で光陰の矢を構えるのは……し、しぬ、死んでしまう……あの、その、すみませんでしたっ……」



 あれから自室に戻ったシラハエルは、ノコノコとやってきたマスコットコンジキをひとしきり締め上げると、ようやく落ち着いて変身を解く。

 彼は魔法少女のために日々奔走する同志としてコンジキを尊敬しているが、それはそれとしてこういう時に、あまり遠慮は要らないことを学んだのだった。


「うぐぐぐ……ま、まだ左に感触が残っている……なんて経験をさせられてしまったんだっ……」

「……実際のところ、どうじゃ? 怒って、おるか……?」


 コンジキがおずおずと口にした、その質問。

 実際、シラハエルの立ち場としては、初めてのコラボ相手にあのようなとんでもないことを配信上でされたのだ。

 単にビジネス相手としての魔法少女なら、怒る……どころか、方針によっては絶縁すらあってもおかしくはない。


 そんなコンジキの質問に一度、ふぅっと大きく息をついてから。

 彼はやっと平常通りとなった表情で、答えた。


「────まさか、ですよコンジキ様。

それはもうとんでもなく焦りましたが、もとより不可抗力によるものです」


 そう、魔法少女のための魔法少女であるシラハエルが、少女に怒りを覚えるなど当然ありえない。

 コンジキとしても内心わかっていた問いかけではあったが、彼自身の口から聞かされたことで、これ以上自分がヘイト役になる必要も無さそうと胸をなでおろした。


「……それに」


 それに、と彼は振り返る。

 配信が終わったあの少しあと。

 正気に戻ったフローヴェールがまずその場で行ったことは、額まで地面にこすりつけた美しい姿勢の土下座であった。


 彼女は最初、全裸にすらなってやろうとしたが、「どこでそんな要らないこと覚えたんですか」と全力で止められ。

 そもそも、と土下座自体も渋る彼に、気がすまないと強硬しこの形となった。


 その行為自体を取ってみたら恐ろしく気に病んでいるようだし、実際彼女は反省している、が。

 それでも、最初に顔を合わせたときと比べれば、その表情に影が射すような深刻さはなく。

 謝りつつも何かから解き放たれたような、そんな晴れ晴れしさを感じさせていた。


 ────ブルルッ。


 彼女の気が少しでも楽になれたならそれでいい────そう続けようとした彼の意思を汲み取ったように、スマートフォンが通知を震わす。

 送られてきたのは、今、これから会って話がしたい、というフローヴェールからのメッセージだ。


 もう夜だし、また明日にでも────大人としてそう返しても、すかさず『今日、今からじゃないとダメなんです、お願い』と。

 やけに強くなった押しのままに頼み込まれたら、これまでの少女の頑張りを見ている彼は断りづらい。


 結びに付けられた"その一文"から、魔法少女の姿で会うならば、と判断した彼は、結局少女の願いを聞き入れたのだった。



 ────空で、待ってます。



------------



「…………おお……」


 夜空に飛び出してしばらくあと、シラハエルは思わず感嘆の声を漏らした。


 雲一つ無い夜空で行儀よく迎えた、騎士の姿をした金髪の魔法少女、フローヴェール。

 今日でしかダメ、と彼女が言ったのも理解できるほどの、あまりにも見事な満月のもと、その月光に照らされて佇む彼女の姿は。

 大人の彼からしても見とれてしまいそうなほど、美しいモノだった。


「ようこそ、私とあなただけの月明かりへ。

……なんてね、来てくれてありがとう、"ママ"」


 うぐ、と直前の感傷をよそに追いやりそうな呼び方にたじろぐも、何の迷いも憂いもない彼女の中では、すでにこの呼び方で決定してしまっているようだ。

 そして、彼女が選んだ口調は最初のやり取りのような敬語ではなく、あくまで魔法少女フローヴェールとして……そのうえで、最大の親愛を寄せた語り口だった。


 なら……仕方ないか、と。

 シラハエルは、彼女と同じ目線に止まろうとする。


「────とっ、と、失礼……」

「あら…………」


 が、その場で静止しようとすると、上手く飛行能力を調整出来ず、空中でつんのめるように一歩、二歩と進んでしまう。

 実のところ、シラハエルの飛行能力は、『助けを求める魔法少女の元へ一刻も早く駆けつける』ことに特化したものである。

 そのため、単純な最高速度ではフローヴェールにこそ勝るが、それ以外の微細な挙動は、眼の前の少女に劣る精度となっていた。


「そう、よね……飛行能力も……ううん、考えてみれば魔法少女としてだって、私のほうが先輩なんだから。

それなのに、あんなに強くてかっこよかったんだ……うん、それなら……」


 その場で一言二言呟いたフローヴェールは、ほんの少し斜め上からスッと片手を差し出し、シラハエルの手を握った。


「今日は、私がエスコートするね。私がいつも歩いてた夜空を、ママにも見てほしいな」



 ……そうして、少女騎士に先導されながらに。

 二人だけの夜空の散歩が、始まった。


 フローヴェールが話したのはまず、シラハエルが一番気になっていた、ルナシルヴァの状態だ。

 あの場でももちろん無事は確認はしたが、それ以降の深いところはプライベートでの付き合いがあるフローヴェールにしか分からない。


「ルナったら、私が……その、ママに甘えちゃってる途中で目、醒めてたんだって!

でも私がすっごい幸せそうだからってそのまま応援してたって言うの。

全く、初めて話した時からそうだけど、案外図太いったらっ……」


「アントンから聞いてたんだっけ? 私の本当の家族はパパだけなんだけど、配信は見せてないの。

『なんかトピック? ニュース? みたいなのでフローヴェールの話題上がってるんだけどそろそろ見ていい?』

なんてさっき言われたから、絶対見ないで、見たら家出するってすっごい怒っちゃった。

でもね、パパ嬉しそうだった。私が元気になったってわかったからかな」



「────────ふふ。それは、良かった」



 そして、フローヴェールは世間話にかこつけて、友人やマスコットたちの状況、自分のリスナーたちの影響など。

 『少女を救いきる』ことを目的としているシラハエルの知りたいことを、絶妙に過不足無く伝え続ける。


 これまでの思考する経験と、悩みから解き放たれた万能感が手伝った冴えを見せる少女に、シラハエルもまた、救われ────

 それとともにふっ、と。

 戦闘でもなんでもない、こんなタイミングで、なんとなく理解した。


 ────ああ、多分。

 今日、自分が助けになれたこの子は…………天才だったんだな、と。



「…………ふぅ────」


 そうして、フローヴェールの状況報告という名の話も一段落つき。

 突然ピタッと止まったかと思うと、手を取ったままシラハエルの正面に回ったフローヴェールは、少し息を呑んでから、口を開いた。



「改めて……今日はたくさん迷惑かけてごめんなさい。

そして……本当に、本当にありがとう。

こうして何の悩みもなく空を飛べるのも、ルナと魔法少女の話が出来るのも、ママのおかげ」


「……どういたしまして。

それでも、一番頑張ったのはきっと、あなたですよ、フローヴェールさん。

リスナーの方々もそれが分かっているから、今日の配信を終えても荒れはしなかったのでしょう」


 実のところ、フローヴェールが抱えていたキャラ付けを無理に通す問題は、彼女が思っているほど解決が難しいものではない、と彼は思っていた。

 コラボ相手とプロレスじみた言動をしながらも、コラボ相手への悪影響を防ぐよう釘を刺すなど、随所に現れていた彼女の芯の部分。


 それこそ、最初に送られた丁寧なメッセージを適当なSNSにでも流してしまえば、それで彼女の問題の多くは解決した可能性すらある。

 結局のところ多くのリスナーが、フローヴェールに求めていたのはただのメスガキとしての記号ではなく、フローヴェール自身だったのだから。


「えへへ……そっか、私のがんばり……全然無駄じゃなかったんだ」


 シラハエルのそんな考えを返された少女は、照れながらも安心したように笑う。


 そして、ふにゃっとした表情を引き締め直すと、少女はまるで本物の騎士となったかのように。

 満月を背にシラハエルに力強く、宣言した。


「────この先、ママ……ううん、シラハエルさんが困ったことがあったら何でも言って。

私は、魔法少女フローヴェールはどんなときでも、どんな状況でも、何度でもあなたの味方として戦うことを誓います。

……自分で言うのもなんだけど、今の私ね、結構無敵だと思うよ」


 最後にもう一度屈託なく笑った彼女は、ただの少女に戻り、シラハエルの手を引いた。



「……ところで、なんでも助けになる代わりに……一週間に一回でいいから、"吸"っていい?」

「NO!!!」


 直後、恐ろしく澄んだ眼差しで投げてきた爆弾を、さすがに全力で投げ返すと。


「ふふ、残念。でもごめんね、ママ呼びはもう変えられないよ。

リスナー(みんな)にも受け入れられちゃったし……

私ももう、前の私には戻れないし」


 少女はそう、冗談なのか本気なのか分からない笑顔で、責任を取ってねと言外に伝える。

 元々あった思慮深さに、たくましさと押しの強さまで兼ね備えた少女は、なるほど確かに無敵だな、と。

 シラハエルはそう、思わされたのだった。


 ────ただ。


(……まあ、いいか)


 先ほど、シラハエルがコンジキに返した意見は、今も何も変わらない。

 配信上でとんでもない姿を見せたのも、とんでもない属性を追加させられたのも、今少女に振り回されるように空を舞うのも。


 眼の前の少女が見せる、笑顔の価値に比べたら全部、全部些細なことに過ぎないのだから。



 とんとん、たんたん、くるんくるん。


 話すことも無くなった少女はそれでも、この時間が惜しいとばかりに、シラハエルの手を引いた。

 月夜を背景に、二人だけのダンスは続く。



 がんじがらめの鎖から解き放たれた金の騎士と、鎖を砕いた金の天使。



 二つの影を、月だけは、いつまでも見つめていた。



「ありがとう、ママ! 今なら、月までだって飛べちゃいそうっ!」



◆◆◆


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― 新着の感想 ―
ママのおっぱいを吸う為に、フローヴェールは今日も戦うのだ…【完】
だが奴は…弾けた。 やっぱり敵対存在に対して個人で動く事の危険性が分かりますね。 仲間がいれば足りてない部分を補えるのにと…まぁ、そこのカバー役がシラハエルな訳ですが。 次の更新も楽しみにしてます…
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