第十一話 生意気"系"人気配信者 風見取 衣(かざみどり ころも)の場合
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わたしのおかーさんは、わたしがちいさいころに、なくなりました。
だからわたしは、おとーさんとふたりで、なかよくくらしてます。
わたしのしょうらいのゆめは、いっぱいかせいで、おとーさんにらくをしてもらうこと、です!
いちねんいちくみ、かざみどりころも!
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「…………んん~っ……!」
配信を閉じ、魔法少女の変身を解いた私は組んだ手を上げてぐーっ、と伸びをした。
いつものルーチン動作を終えた私は、隣のマスコット、アントンにこれまたいつもの質問をする。
「────ふぅ。……どう、アントン? みんな、喜んでそうだった?」
「もちろん! リスナーはいつも通り、楽しんでたぶー! 今日もフローヴェールは"プロ"だったぶー!」
ありがと、と私はおかしな口癖が染み付いたパートナーにゆるく笑いかける。
最初は普通の喋り方だった彼だけど、「私の配信キャラ的にこっちのほうがいいかも」という提案……というかお願いに答えてくれてるうちに、配信外でもこんな口調になっちゃった。
本で書いてあった『一貫性』とかいうやつかな。
とにかく、生意気な私と、豚さんっぽいマスコットという組み合わせは多分、リスナー的にも分かりやすい属性になっている……みたいだ。
「……お空の散歩配信……そういえば最近、やってないなあ。
……だって、前より飛べないし」
途中流れたのを見て息をつまらせかけ、スルーしてしまったコメントを思い出した私は、小さく呟く。
魔法少女として飛行能力に目覚めてから毎日のようにやっていた、月夜をバックにした散歩もいつしか頻度が減っていった。
精神的な問題なのかはわからないが、悩み事が増えるにつれ身体が重くなり、前のように自由に飛べる感覚が無くなってきて。
生意気で無敵なキャラ、と演じている私は、その弱みをリスナーに知られることが許せなかったのだ。
「まあ、散歩はまた今度、落ち着いたらでいいや。
……それにしても、生意気なキャラ、かぁー…………」
改めて考えれば考えるほど。
私がこんなキャラクターでここまで来れたなんて、魔法少女以前の私に言ってもとても信じられないだろう、と振り返る。
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もともとマンガやアニメは好きだったし、あんなかっこいい主人公になりたい、と思ったことは何度もある。
だけど、はじめて魔法少女としての素質を認められた私は、喜んですぐさま魔法少女として覚醒……なんて、とても出来なかった。
大丈夫なのか? 自分に出来るのか? もっと個性的でキラキラした人がするものなんじゃないか? と。
子どもながらに浮かぶのは、夢のないことばかり。
こんな普通の、たまに大人びてるねって褒められることがあるぐらいな私には、配信で人気になって戦うなんてムリなんだって。
ただ、でも。
子どもが魔法少女として活躍している家は、職場から手当? みたいなのがたくさんもらえる、という話は聞いていて。
一人で家計を支えて頑張ってる、お父さんの助けになりたいな、という気持ちもずっとあったりして。
やりたいけど、どうしよう……そんなもやもやを抱えて過ごしていたある時。
クラスで一人本を読んでいた私に、こんな会話が漏れ聞こえてきた。
「ねぇー聞いてよゆうかぁ! 昨日おにーちゃんの部屋でマンガ読んでたらさあ、メスガキ、とかいう変なの見ちゃったんだけど、知ってるぅ?」
「メス……? ガキって子どものこと? しらない、なにそれあやちゃん」
「なんかぁー、あたしたちみたいな小さい女の子のことメスガキっていってぇー、それに悪口言われて喜んだりするんだって! あたしらのパパみたいな年の人がだよ?」
「ふえ……き、きもっ……」
(…………メス、ガキ……)
彼女たちのように、きもい、とは別に思わなかったけど、かといって当時は良く理解出来なかった、属性という考え方。
ただ、『喜んだりする』という言葉が妙に耳に残った私は、帰ってからネットで色々調べてみた。
「あ、この子……私にそっくりだ。……じゃあ、私がこんな言い方すれば、そんなにみんな喜んだり……するの?」
そこで見たのは、自分と同じ金髪ツインテールで、生意気そうに目を細めて大人の人をからかう少女。
どうやらこの髪型は、こういうキャラクターにちょうど合っているらしい。
そして、そんなメスガキというキャラクターは、確かな人気を確立させている、ということも知る。
────ふと、思った。
もしこんな風に強気にからかいながら、実際に虚獣を倒せてしまう魔法少女がいたら……それは、私になかった、すごい個性をもった存在になるんじゃないかって。
なにより、それでみんな喜んでくれるなら……私も魔力がもらえるし、みんなは楽しいし、お父さんは楽できるし……最高の結果になるんじゃないかって。
……ごくり、と唾を飲み込んだ。
「……う、うん……まあ、試しだけ……どうせ無理だろうし、スベったらその一回で終わればいいし……えへへ……」
そんなわけで、ちょっとした流れに押されるままひっそりと誕生した、生意気系魔法少女フローヴェール。
────結果的にそれは、大当たりだった。
似たような魔法少女がいなかったせいか、他の魔法少女はあまりこういうことを考えていなかったのか。
一貫したキャラクター付けで戦い続けた私は、想像よりずっと早く、たくさんの人に見られて強くなれた。
特に想定以上だったのは、視聴者の魔力の質、という概念だ。
ある時、視聴者数の少ない魔法少女の配信を強制的に見せたらどうなるか、と実験したことがあったらしい。
魔力量が少ない子も押し上げて、安全に戦ってもらおうだとかそういう考えだったらしいけど、結果は上手く行かなかった。
普段の"推し"とは違う魔法少女に無理やり誘導された人たちは、感情の動き……つまり魂の力が全然働かなくて。
一見の視聴者数だけは同じでも、魔力量の総量はひどいことになったとか。
……そりゃそうだ、って思う。
もしも私の友だちが魔法少女になって、命がけで戦うのを応援するために配信をつけたのに、全然知らない人に飛ばされたりしたら。
その人がどんなに頑張っていても、同じ気持ちで応援できる自信なんて、全然わかない。
そしてこれは、逆に言うと。
たとえ視聴者があまり多くなくても、感情の動きをしっかり考えた配信にできれば、数字以上に強くなれる、ということだ。
その意味で私の、"メスガキ"という分かりやすい属性は、とても上手く行っていたんだろう、と思う。
ほとんど偶然みたいに手にした強みだけど、しっかりと言葉にして認識できた私は。
それからも、自分のキャラクターをブレさせないよう、考えながら配信を続けた。
「……やっぱり。戦う配信ばっかり続くと、登録数も魔力量も伸び悩んでる。
たまに雑談枠で声を拾ったり、それっぽいリアクションを見せたほうがいいんだ」
考えて。
「アーカイブ、見直したらずっと攻めているときより、攻撃を上手く受け流した時がみんな湧いてる……気がする。
うん、騎士の格好にもイメージ合ってるし、そういう戦い方に変えてみよう」
考えて考えて考えて。
『リスナーの望む私』を、考え続けて、私は強くなった。
"需要"という概念を覚えたその頃から、私は魔法少女の中で一番考えて、一番頑張ってる、と。
これまでとは違う、プライドみたいなものもちょっぴり持つようになった。
そんな、ある日のこと。
「あ……あの……ころも、ちゃん……あ、あたしも魔法少女になれるっていわれて……
ど、どぅ、かな……あたしもころもちゃんと一緒にする……とか……あはは……やっぱ無理かな……?」
同じクラスの引っ込み思案な子、霧島 瑠奈が、私におずおずと話しかけてきた。
……私は、学校でもすでに生意気で強気な子ども、というキャラを通し始めていた。
本当は学校でぐらい疲れない、自然体な姿で居たかったけど。
同年代の子どもにそんな姿を見せて、バラされたりしないとは思えなかったからだ。
そんなとっつきづらいだろう私に、話しかけるのには相当な勇気が必要だったはず。
まずそのことに感心すると同時に、私は思った。
────この子みたいなタイプが、私の配信で絡んで……たとえば、子分とか妹分な魔法少女って立場になってくれたなら。
多分、視聴者の需要にもより合うし、配信のマンネリ化も防げる。
この子にしても、デビューで0から始めるよりも私の視聴者に知られて、いい思いが出来て……うん、今回も最高の結果になる、と。
「へぇー? いいんじゃない? 私だって出来たんだから、あんたもやってみたらいいじゃない。
どうしてもっていうならコラボとかも考えたげるけど?」
一瞬で頭を巡らせた私が返す言葉に、ぱぁぁっと顔を輝かせた彼女。
そんな無邪気な笑顔にせいぜい頑張りなさいな、と軽く手を振り、私は内心で満足しながら頷いたのだった。
……そして、その日の夜、ふと……私は気づいた。
「あ……あれ……私……あの子の……瑠奈さんのこと……一回も心配してなくない……?」
あのとき考えたのは、自分の配信にとってどれだけ有用で、彼女にもメリットがあるかどうか、ということだけ。
そもそもの根本的な問題……一目みて内気で、戦う気質で無さそうな彼女に、魔法少女をさせて危なくないか、とか。
そういうことは、一度も考慮してなかった。
こんなの、私が見て憧れたマンガの主人公とちがう。
それどころか、人を利用しようとして主人公にやられる、"わるくてずるい大人"みたいじゃないか。
やばい、どうしよう、一旦止めて話さないと、と。
そう思い手を伸ばしかけたスマートフォンから、ちょうど着信音が鳴り響く。
着信を取った私を迎えたのは、昼間に勧めた今日の今日で、早速魔法少女に変身し初配信まで終えた、という。
霧島瑠奈……『魔法少女ルナシルヴァ』の、心から嬉しそうな事後報告だった。
「ころもちゃん……ううん、フローヴェールちゃんのおかげで勇気が出たよ! また今度、コラボしようね、ね!」
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(ルナシルヴァさん……あんなに喜んでる子に、やっぱり辞めろなんて言えない……けど、まだ力が足りてない、私がフォローしないと)
考えて。
(いつも同時に戦うんじゃなくて、私の配信終わり際に配信してもらうようにもして、配信レイド機能でなんとか視聴者流して……)
考えて。
(私の視聴者数もちょっと伸び悩んでる……最近出た、新人魔法少女に話題がいったからかな……なんか、イベントとか考えないと……)
考え続けて。
「────へ……?」
私はその日、ルナシルヴァが虚獣に敗北した、という報せを聞かされた。
「あ……ころもちゃん、わざわざありがとー。見ての通り、全然だいじょうぶだよ」
真っ白な頭で見舞いに駆けつけた私を迎えたのは、初めて話したときよりはずっと元気な、いつも通りな彼女の歓待。
彼女の言葉通り、怪我とかは見られないし、特に問題なく元気そうに思える、が。
「あんた、その……虚獣に負けたって聞いたけど────」
「────…………あ、えっと……ちょっとわからない、かな……ごめんねー」
これまでは一番楽しそうに話していた、魔法少女関係の話題。
アントンいわく『精神干渉系の攻撃』を食らったらしい彼女は、この話題に入ると唐突にぼーっとするようになっていた。
(……私のせいだ)
この症状のいやらしいところは現状、日常生活には問題ないということだ。
魔法少女として不安定になる、ぐらいでは他に助けを求めたくとも、別の危険な虚獣に比べ対処の優先度が落ちてしまう。
この手の虚獣は、倒せば被害者が元に戻る可能性は高いらしいが。
負けたという戦いの配信も途中で終わった上、アーカイブも彼女の手で消されたらしく、対策らしい対策も打てない。
慎重に戦うのが私なのに、ルナシルヴァのためにも早く倒しに行かないと、という焦りばかりが募っていく。
(…………頭痛い)
「…………フローヴェール」
机で頭を抱えた私に、マスコットアントンが心配そうな声を掛ける。
自分がどんどん本当の自分じゃなくなってるような感覚も怖いし、抱えているものがキャパシティを超え始めていることにも、薄々気がついている。
でも、だからって誰かに相談するなんてこと、出来ない。
お父さんは普通の人だし、そもそも何があっても絶対私の配信だけは見ないでって固く固く約束している。
最初はメスガキやってるところを見られたくないって羞恥心からだったけど、今はいろんな意味で心配をかけるって恐怖の方が勝ってる。
他の魔法少女はリスナーを取り合うライバル。
ルナシルヴァはフォローしないといけない。
口の軽そうな学校の子たちに弱気なんてとんでもない。
だから私はこのまま、頑張り続けるしか無いんだって、そう思ってた。
『────はじめまして。自分は、先日デビューいたしました魔法少女、名をシラハエルと申します』
魔法少女の理解があって、一緒に戦えて、そして秘密も守れるかも知れない……
そんな、いるはずの無かった都合の良すぎる"おとな"が。
私と同じ、金髪の空を飛ぶ魔法少女として現れたのを知ったのは、そんなときだった。
こんな人がいるなんて……そう口を開けながら配信を見ていた私に、一通のダイレクトメッセージが送られる。
差出人は、魔法少女シラハエルの事務所。
用件は……コラボレーションの打診だった。
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