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8.知ってしまった事実 75階(2)


 「…ありがとう、蓮」


 エレベーターへ向かうまでの帰り道。

 隣を歩く蓮にお礼を言えば、彼はこてんと首をかしげる。


 「ん~? あ! 返り血を洗い流したこと?どういたしまして~」

 

 たしかに全身血まみれだった私は蓮のおかげで元通り綺麗な状態だが…


 「そうじゃなくて、みんなと戦ってくれてありがとうって言いたかったの。…ごめんね、嫌な役を蓮にやらせて」


 みんなが死んだのも、恵がみんなを殺してしまったのも、蓮が死んだみんなと戦うことになったのも、全て私のせいなのに。結局私は自分の手を汚さなかった。

 それなのに次また同じことがあったとしても、きっと私はみんなを傷つけることができないと思うから、本当に自分が嫌になる。卑怯者。


 「別にいいよ~。俺は気にしてないし~」


 だけど蓮はいつものように軽い調子で笑う。

 私を気負わせないように笑い飛ばしてくれているのかそれとも本当に気にしていないのか、わからないから反応に困る。


 「そんなことより俺は、恵の魔法の暴走について話したいなぁ」

 「僕の?」


 自分の話になるとは思ってもみなかったのか、恵が驚いたように蓮を見る。

 私も少し驚いた。


 「そうそう。恵は感情で魔法が暴走するんだろ?」

 「あぁ」

 「しかも、制御できない!」

 「……あぁ」


 恵の顔が沈んでいく。

 蓮はなにを言うつもり? 止めるべきか任せるべきか悩んでいたら蓮が指を鳴らした。


 「だからさぁ、思ってること全部言葉にすればいいんじゃない?」

 「どういうこと?」

 「心の中で思うから暴走するんだ。怒ってるとかうれしいとか、頭で考える前に口に出してしまえば、リスクは減ると思うんだけどな~」


 蓮は名案とばかりに上機嫌で頷く。

 デリカシー・プライバシー共に皆無の提案だ。それに賛同することは、…少し難しい。

 

 だって心に秘めておきたいことは誰だってある。

 「特別」が欲しいとか、自分が嫌いだとか…2人に依存していることとか、私は絶対に知られたくない。思っていることを全て口に出すなんて、耐えられない。


 「わかった」


 だけど恵はその提案に乗った。


 「恵、無理しなくていいんだよ。私は…蓮には悪いけど、リスクは減らない気がするし」


 感情は突発的なものだ。心の中で思っても言葉にしても原理は変わらない。暴走のリスクは変わらないはずだ。

 だけど恵は弱々しく微笑みながらも、しっかりと首を横に振った。


 「僕はもう魔法を暴走させたくない。少しでも可能性があるなら、やる」

 

 たくさん泣いて赤くなった瞳は強い意思を持っていた。

 そんな彼を見てなお横から口を出せるほど、私は我が強くない。


 「それじゃあ私は、恵を応援するだけだね」

 

 笑いかければ昔と同じように恵ははにかんだ。


 「うん。ありがとう、由亞ちゃん。好き」


 時が止まった。


 「……え?」

 「かわいい。早く結婚したい」

 「………え?」

 

 今、恵に告白された?

 小刻みに肩を震わせる蓮の隣で自問自答する。

 それにしては、緊張感もなにもない自然な流れで言われた。


 「私のことが、好き?」

 「うん」


 恵は当然のように笑って頷く。

 その笑顔は幼い頃から何一つ変わらなくて…納得する。

 これは友情の「好き」だ。

 そのことに気づくと、とたんに自意識過剰な自分が恥ずかしくなった。


 最悪すぎる。土に埋まりたい。恋愛漫画の読み過ぎ。

 今も昔も私は恵に対して幼なじみ以上の感情を抱いてない。……けど、思春期の…特に中学生の頃はちょこっとだけ想像した。自分が不良集団に攫われて、それを恵が助けに来てくれる。自分が主人公で、恵や蓮がヒーローの…そんな妄想をして一人で楽しんでいた。黒歴史だ。


 結婚したいとか恵が言っていたような気がするが、それは私の妄想が作り出した幻聴だろう。自分が気持ち悪い。恵に申し訳ない。


 「チッ。明日は恋人記念日なのに、どうして異世界なんかに」

 「え、なんて?」

 「え?」


 だけどもう一度聞こえた幻聴に、今度は聞き返していた。

 恵は不思議そうな顔で首をかしげる。

 

 「明日は僕と由亞ちゃんが恋人になってから、15年目の記念日。……忘れた?」


 私はじっと恵の口元を見ていた。彼の口の動きに合わせて、言葉は聞こえた。…幻聴では、なかった。

 ハハ…と乾いた声が口からこぼれる。え、どういうこと?

 混乱する私の隣で、耐えられないとばかりに吹き出す音が聞こえた。

 

 「あはは! もう無理、なにそれ…あはっ。2人とも付き合ってないよね? 恵の妄想?」


 蓮が腹を抱えて笑っていた。

 そのことに安堵する。一瞬、私と恵は交際していたかと思いかけたが、やはり違ったのだ。私は間違っていない。


 「蓮、死ね。僕たちは付き合ってる」


 だけど恵は否定する。

 眉間に皺を寄せて蓮を睨む恵は、いつも通りの彼で、ふざけているようには見えなくて……戸惑う。ほんの少しだけ、恵から距離を取る。


 「え~本当にぃ? じゃあいつから付き合ってたんだよ~」

 「2歳のとき」

 「2歳のとき!?」

 「どうして由亞ちゃんが驚く? 僕たち花畑で、将来結婚しよう。ずっと一緒にいようって指切りげんまんした…」


 覚えてるよね? 恵ははにかみながら私を見る。

 対する私は、開いた口が塞がらない。蓮は笑いすぎて過呼吸になっている。


 正直、覚えていない。

 覚えていたとしても、子供の頃の話だし、私はそれで付き合っていると思ったりしない。

 だけど恵は、2歳のころの約束を真に受けて、ずっと私と恋人同士だと…ゆくゆくは結婚をすると思っていた。サァーと血の気が引く。


 「……仮に私達が、付き合っているとして」

 「仮じゃない。付き合って明日で15年目」

 「あ、えっと。でも恵、私のこと無視してたよね? 中1からずっと…」


 初めて無視された日のことを私は昨日のことのように思い出せる。

 それで付き合っていると言えるのか。伺うように恵を見ると、彼は申し訳なさそうに眉を下げていた。その瞳は悲しげに揺れている。


 「ごめん。ずっと寂しい思いをさせて。でも全部、お前を守る為だった」

 「どういうこと?」

 「…僕がそばにいたら、由亞ちゃんは妬まれたり、嫌がらせを受けたりするから」


 恵は悲しそうに目を伏せて、もう一度ごめんと謝った。

 確かに私は子供の頃、同級生や恵を狙う大人から度々嫌がらせを受けていた。年を重ねるごとに美しくなる恵と常に一緒に行動する私は、邪魔で妬ましくて仕方なかったのだろう。

 嫌がらせは、小学校中学年からさらに悪化した。


 「小4のとき、和田と喧嘩して勝って、僕は自分が強いことを知った。そのころになってやっと、由亞ちゃんが辛い思いをしてるって気づいた。僕のせいなのに…遅すぎる。そんな僕にお前を守ることができるとは思えなかった。だから、側を離れた……ごめん」


 恵は苦しそうに私に謝る。

 ……そんな理由があったなんて、知らなかった。

 私のため、だったのだ。


 そのことに気づくと、先程まで感じていた戸惑いはどこかへ消えていた。

 私は恵に嫌われたとばかり思っていた。だけど違った。その逆だった。恵の優しさがうれしくて、目の前が涙でぼやける。


 「恵、ありがとう。今まで気づけなくてごめんね、寂しかったよね」


 恵は小さい頃から私にべったりだったから、うぬぼれではなく、私と距離を置くことはすごく辛かったに違いない。

 恵はやさしい笑顔で首を横に振った。


 「由亞ちゃんと話せないのは、辛かった。けど、寂しくはなかった。だって僕は由亞ちゃんの声を、()()聞いていたから」

 「………え?」


 …ちょっと、わからない。

 私は恵に無視をされても挨拶はしていた。でもそれは偶然会ったらする程度のもので、毎日などでは決してなく…


 「由亞ちゃんの独り言や生活音を聞きながら、結婚したらこんなふうに2人で過ごすのかなとか、たくさん想像した」

 「ひと、り…ごとや、生活、音?」


 怖くて、声が震える。

 そうしたらなぜか恵はパッと頬を赤く染めた。


 「監視カメラは設置してない!着替えを見るのは…結婚してから、だから」


 指と指を絡めながら、もじもじと落ち着かない様子で恵は俯く。


 …恵の言葉が理解できない。理解したくない。

 だけど私の頭はぐるぐると、私の願いとは裏腹に動き続ける。


 監視カメラ「は」と恵は言った。

 つまり監視カメラじゃないものは設置している。おそらく盗聴器。

 盗聴器は問題ないと思っているその思考が恐ろしいし。そのことに気づかなかった自分が、今まで盗聴されていたという事実が…怖くてたまらない。


 「でも今の僕なら由亞ちゃんを守り切れる自信がある。元の世界に戻ったら、堂々とデートしよう」


 恵がそっと私の指に、自分の指を絡めて握ってくる。

 私の手は震えて、顔は青ざめているのに、恵は幸せそうに笑いかける。

 異世界に召喚されてから私は何度も恐怖し怯えてきた。恵はそんな私にすぐに気づいて、いつも私を気にかけて守ってくれた。それなのに、今だけは、私の恐怖に気づかない。


 「先月、由亞ちゃんが買おうか迷ってた服を買いに行こう。青緑色の小花柄のワンピース、似合ってた」

 

 目の前が真っ暗になる。

 それは確かに私が、買おうか迷ったワンピースだ。


 「……な、なんで…知ってるの?」

 「なんで? 一緒にデートしたから」


 震える声で問えば、美しい顔がぱっと花が咲いたようにほころぶ。

 今までなら、かわいいな綺麗だな、恵は「特別」だなと思っていた。

 だけど今はその顔を見ても、…恐怖しか感じない。


 「デートした覚え…ないよ」

 「あぁ。一定の距離を保って歩いてたから…たしかに、あれはデートじゃなくてお忍びデートか」


 ストーカーという言葉が脳裏に浮かんだ。


 「も、もしかして、頻繁に私の後…つけてた?」

 「頻繁? まさか」


 恵は慌てて首を横に振る。

 そのことにわずかに安堵し、安堵する自分に恐怖した。…感覚が麻痺している。

 最悪の事態にはなっていなかったが、私は恵に尾行され、盗聴もされていたのだ。犯罪だ。


 「由亞ちゃんが外出するときは、いつだってお忍びデートを楽しんだ!」


 さらに罪科が重くなった。最悪の事態になっていた。私は外出のたびに恵にストーキングされていた。


 恐怖に後ずさり、繋がれていた恵の手が離れかける。が、離さないとばかりに強く握られた。

 腕を引かれ、体勢を崩した私は恵の胸に倒れ込む。懐かしい匂いがした。けれど、その香りに落ち着くことは、ない。


 私はどうしたらいいの?

 わからない。どこからなにを指摘すればいいのか。言って伝わるのか。…わからない。


 とりあえず恵から離れようと胸を押せば、彼はすんなりと私を解放してくれた。

 私を見下ろす顔は少しだけ悲しげだ。

 そんな彼を見て、罪悪感が胸を刺す。


 今の恵は、怖いし、気持ち悪い。

 だけど私にとって恵は…やはり大切な幼なじみなのだ。

 どうしたって嫌いにはなれないし、できることなら傷つけたくない。


 本当に、どうしたらいいのか、わからない。


 「あ~おもしろいなぁ。2人とも、エレベーターついたよ?」

 「ぁ、本当だ…」


 だから私は、思考を放棄した。

 今は緊急事態だから。7つダンジョンを攻略して元の世界に帰ることが最優先事項だから。他のことは考えない。考えてはいけない。

 そう自分に言い訳をして、エレベーターの前で手を振る蓮の元へと駆け出した。


 「恵、行こう」

 「うん」


 いつも通りの笑顔を貼り付けて、恵の手を引き、走る。



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