4.ダンジョン前 石碑
「お! 石碑が青に光った! わ、すごいすごいっ。頭になんか浮かんでくる。俺、水の魔法が使えるみたい!」
飛び跳ねて喜ぶ蓮を見ながら改めてここは異世界なのだと私は実感していた。
どういう原理か、窓の外から見えていた塔は学校の玄関を出てすぐ目の前にあった。その為三歩も歩かずに私達は塔の入り口にたどり着いた。
塔は黄土色の土壁で造られており、巻き貝のようにうねりながら空へと続いていた。その入り口は私達の世界でよく見る自動ドアで出来ており、かなりチグハグ…なはずなのに違和感がなくて、とても気味が悪いと思った。
そんな自動ドアの近くにはワニの解説通り六角形の石碑があった。
これに触れれば自分の魔法属性がわかる。
魔法という言葉にあんなに胸がときめいていたのに、クラスメイト達が死んだ今は全てが怖くて疑わしくて、ワニの言葉を信じていいものかと警戒してしまう。
そんな私の心中に気づいているのかいないのか、蓮は合図もなしに石碑に触れた。当然私は絶叫したが、惨事は起きることなく石碑は綺麗な青に輝き、蓮が飛び跳ね、今に至る。
「魔法で体とか綺麗にできないのかなぁ?」
蓮は呑気に自分の体を撫でている。
私一人が心配して慌てて馬鹿みたいだ。
そんな不貞腐れた気持ちは蓮の掌から溢れた水を見た瞬間、消え失せた。
「わ! おぉっ」
「れ、蓮!?」
蓮の体がすっぽりと球状の水に包まれてしまった。
血の気が引いた。
「魔法の暴走」「大惨事」
ワニの恐ろしい言葉が脳裏に浮かぶ。
「れ、蓮が死んじゃ…や、やだ! 蓮…っ!?」
とにかく蓮を助けなければ。すぐさま駆け出し水の球体に手を伸ばす。が、手が触れる寸前でそれは水風船のように弾けた。
「え……うぎ」
残された私は勢いのままに蓮に激突するしかなく、分厚い胸板に思いっきり顔面を打ち付ける。
「あはは。熱烈だなぁ」
「鼻もげる…でもよかった。生きてる…」
よろけることなく私を抱き留めた蓮を見ればいつもの笑顔があってほっと安堵する。そこで気づいた。
「血がなくなってる!」
「すごいっしょ? 綺麗さっぱり!」
顔だけではなく、全身くまなく蓮は綺麗になっていた。
先程の水のおかげ? それなのに制服は全く濡れていない。
「これが、魔法…すごい」
「すっごいよな~!」
ぱちんと小さくハイタッチをして手を繋ぎ飛び跳ねる。
誰もが一度は憧れた魔法が目の前にある。先程まで警戒していたのが嘘のように胸が高鳴っていた。
ほんとうに現金な人間だと非難する自分もいるけれど、それでもこの興奮を抑えることは出来ない。
ドキドキとうるさい胸に手を当てていれば、何かに腕を引っ張られた。
「え、わわ」
蓮と繋いでいた手は離れ、引っ張られるままによたよたと後ずさる。
尻餅をつきそうになった私を抱き留めたのは恵だった。
「…次、由亞ちゃんの番」
ありがとうとお礼を言いながら自分の腕を引っ張っていたものを見て、瞠目する。
「これ、植物の蔓?」
私の腕には綺麗な黄緑色の蔓が巻き付き、今もうねうねと動いていた。
そんな蔓の一部からは芽が出始めあっという間に成長すると一輪の朝顔になった。私の好きな花だ。とってとってと言わんばかりに目の前で揺れる花を手折れば、蔓はぱちんと光の粉になって消えた。
「石碑が緑に光った。植物が…僕の魔法」
「え! これ、恵の魔法なの? すごい!」
恵は子供の頃、庭の植物を可愛がっていた。水をあげて成長を見守って花や野菜が病気になれば泣いて悲しんだ。早く元気になってとお祈りをしていた。
そんな恵だから植物の魔法はとても似合う。
「素敵な魔法だね」
「……ありがと」
照れたのか恵はそっぽを向いてしまった。
昔の恵は照れたらはにかんでいたけれど、成長して少し変わってしまったようだ。それをさみしいと感じるけど、今まで恵に無視されていたから昔に戻ったようにも思えて…少し違う今が、とてもうれしい。
「恵らしい魔法だね~」
いつのまにか隣にいた蓮もにこにこと笑顔で朝顔の花を食べていた。
…朝顔の花を食べる?
「私の朝顔がない!」
「お腹すいてたから、食べちゃった」
「チッ」
奪われたことに全く気づかなかった。
だけど思い返してみれば、蓮は子供の頃、気づかないうちにしれっと私のものを奪っていた気がする。気を抜いた私に非があるのかもしれない…と思いかけるが、やはり私は悪くないような…。
「ほら、由亞も石碑に触って来なよ」
「え、あ。うん」
恵に胸ぐらを掴まれながら蓮が私の背中を押す。
喧嘩にならないか少し心配だが、自分の魔法属性が気になる気持ちの方が強い。
せめて早く戻ろう。
「…意外と、迫力がある」
たどり着いた石碑は高さも横幅も私の二倍ほどの大きさだった。
手を伸ばせばちょうど石碑の中央辺りに触れる。氷のように冷たい。だけどそう感じたのは最初の数秒だけ。
「っ!?」
静電気のような熱を石碑から感じた直後、灰色だったそれが乳白色に輝いた。
脳裏に浮かんだのは、結界と治癒の言葉。
これが…私の魔法。
幼い頃誰もが憧れる魔法。
魔法を使えるようになれば飛び跳ねて喜ぶのだろうと、人生が何倍も楽しくなるのだろうと思っていた。
だけど現実は違う。
……そんな、困る。
目の前が真っ暗になった。
魔法はイメージだと、ワニは言っていた。
でも私は、結界も治癒も全く想像がつかない。
アニメや漫画に出てくるキャラクターが結界や治癒の魔法を使っているのは見たことがある。だけどそれがどういう原理で生成されるのか私は知らない。
現実的に考えるなら、結界は防弾ガラスのようなものなのだろうか。だけど防弾ガラスだなんて、テレビでその名を聞くだけで詳細も仕組みも全く知らない。
治癒だってそうだ。傷に閉じろと念じれば塞がる? 私はほぼ怪我をしないし、したとしても傷口を水で洗って放置するのがほとんどで、詳しいことは何一つわからない。
魔法を使いこなせる気がしない。
「由亞はどんな魔法だった~?」
だけど石碑が光ったのを2人とも見ている以上、問われることは必然で…
「…結界と、治癒の魔法。でも、ごめん。自信が無い…えへへ」
私は笑顔を貼り付けながら2人に報告する。
本当は言いたくなかった。
だけどこれからダンジョン攻略に挑むのに、黙っているわけにはいかない。
私も、蓮や恵のような魔法だったら、まだうまく想像ができた。扱える自信がある。それなのに、どうしてと思うのは言い訳なのだろうか。
「えー! すごい! かっこいい! 由亞らしいね」
「うん」
2人がどうして納得しているのかわからない。
私らしいってなんだろう。
私の魔法に私よりも喜ぶ2人が脳天気に見えて、私の気も知らないでと八つ当たりしたくなって、…そんな自分が嫌で落ち込む。
「じゃあ魔法もわかったし、さっそくダンジョンに進もうか!」
「え、え。ちょっと蓮!」
「チッ」
蓮は上機嫌で自動ドアを通り、塔の中に入ってしまった。
心の準備もできてないのに急すぎる。だけどそれが蓮なのでもう諦めて追いかけるしかない。
それにこのとき、私はわずかに期待していた。
今は自分に自信が無いけれど、実際に魔法を使わざるを得ない状況に陥れば、私は魔法の才能が開花する。「特別」になれるかもしれない、と。
そんな都合の良い話、あるわけがないのに。