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2.異世界転移と血まみれの教室(1)



 今日は待ちに待った終業式だ。

 夏休みが嫌いな人間なんてこの世にいない。明日から学校に行かなくていいというだけで気持ちが弾む。それは他のみんなも同じで、山本先生が「静かにしなさい」と教壇で目をつり上げても友達と話し続ける。


 「やばっ。みんな、ヤマ先の雷が落ちそうっ」


 だけど蓮が声をかければ別だ。

 みんなくすくす笑いながら話しを止め、静寂が訪れる。不機嫌だった山本先生ですら仕方がないなと笑っている。

 蓮は周りをよく見ており、いつも先生の堪忍袋の緒が切れる前に動く。だけど本当に直前で動くからすごく慌てていて、そんな愛嬌溢れる彼をみんな手助けしたくなるのだ。


 さすがは蓮だ。

 胸に広がるのは優越感。私の幼なじみはすごいでしょ。口には出さないが得意げに笑ってしまう。

 だけどすぐに我に返って慌てて群衆の一人として笑う。羽場くんはすごいな。私には絶対にできないよ。一人芝居だ。馬鹿みたい。


 「チッ」


 斜め後ろで聞こえた舌打ちは、おそらく彼の席近辺の人にしか聞こえていない。


 耳に髪をかけるふりをして僅かに顔を傾けると、思った通りだ。彼は不機嫌そうに眉を寄せ窓の外を眺めていた。

 少し痛んだ金色の髪が太陽の光をすかし、稲穂のように輝いている。


 終業式だからか。恵は珍しく学校に来ていた。

 

 だけど機嫌は最底辺のようで、終始周りを威圧している。

 もし私が恵の隣の席ならみんなを怖がらせるなと軽く足を蹴って注意する。幼なじみだからできることだ。恵は渋々といった様子で私の指示に従い、そんな私たちを見てみんな驚くのだ。由亞ちゃんと白海くんってどういう関係!? 私は苦笑しながら実は幼なじみで……とそこで妄想を打ち切り、ため息をつく。


 馬鹿みたい。恥ずかしい。最悪。

 非現実的で自分しか楽しくない空想は我に返ったとき最も自分を苦しめる。


 そんな自分から逃げたくて、先程とは反対側の髪を耳にかけて正面を向く。

 今は山本先生の話に集中しよう。

 

 だが実際、話は聞けなかった。



 ドゴォンッ



 唐突に地面が揺れた。

 ドゴォンッドゴォンッと腹の底まで響く振動に襲われるたび、体は縦に揺れ、椅子ごと体が浮く。


 「みんな机の下に隠れろ!」


 遠くで蓮の声が聞こえるけれど、恐怖に体が硬直して動かない。

 みんなは動けるの? 周囲の様子を確認したいのに、揺れの間隔が短くなり常に景色がブレて、なにもわからない。

 唯一わかるのは混乱し泣き叫ぶみんなの声のみ。その騒音に埋もれ、蓮の声はもう聞こえない。


 「チッ」


 舌打ちの音が聞こえたのは私が椅子から転げ落ちたときのことだ。


 間近に迫っていたはずの床は、ぐんっと後方に腕を引っ張られる感覚と同時に遠のき、尻餅をつくように私は硬いなにかの上に座る。

 視界の端に映るのは白いシャツ。胸いっぱいに広がるのは懐かしくて落ち着く香り。

 まさかと思い顔を上げ、瞠目した。


 「め、恵…?」

 「口閉じて。舌噛む」


 慌てて口を閉じればまた強い揺れで体が縦に揺れた。

 恵は私を膝にのせたまま、器用に近くの机の下に潜り込む。


 まさか恵が助けてくれるとは思わなかった。

 安堵した途端、恐怖に体が震え始める。

 だけどここで恵に縋りつくのは今までの努力を裏切るようで嫌だった。


 「…強情」

 「わっ」


 頭上で呆れたようなため息が聞こえた。ごめん。そう謝ろうとした言葉は恵のシャツの中に吸い込まれる。大きな手が私の後頭部を包み込み、自身の肩口に押し当てたからだ。


 「…め、ぐみ?」

 「……。」


 恵は黙ったまま、私の頭をぽんぽんと叩いた。

 寝かしつけるようなそれは、幼い頃泣きじゃくる恵を慰めるときに私がしていたことと全く同じ。


 懐かしさに胸が締め付けられる。

 私は恵の肩を濡らしながら、終わることのない揺れに耐え続けた。



 ようやく揺れが収まったとき、外の景色は一変していた。


 どこまでも広がる砂漠と天高くそびえる黄土色の塔。それ以外はなにもない。

 窓の外に広がる非現実的な光景にみんなが言葉を失う。


 「ここは、どこだ…?」


 大人である山本先生ですら青ざめるのだ、恐怖に震える子や腰を抜かす子は続出した。

 私も恵が支えてくれなければ、その場にへたり込んでいたに違いない。

 私の肩を抱き寄せる恵から伝わる高い体温が、どうにか私を現実に引き留める。


 「由亞、大丈夫か?」

 

 恵の体にしがみついていると声を忍ばせながら蓮がやってきた。

 こういう非常事態のとき、率先してみんなをまとめる蓮が私たちを心配して来てくれたことがうれしい。


 「恵が守ってくれたから、一応、大丈夫」


 力なく笑えば、蓮はパァッと顔を輝かせて恵に親指を立てる。


 「ナイス、恵!」

 「黙れ。この状況どうにかしろ。得意だろ」


 対する恵の目は冷ややかだ。

 そういえば恵は昔から蓮への当たりが強かった。思い出し、苦笑してしまう。


 「得意不得意の問題で解決するとは思えないけど」

 「由亞の言うとおりだよ! さすがの俺もお手上げだって~!」


 身振り手振りでお手上げを主張する蓮を心底うざいという顔で恵が見る。

 それがなんだか懐かしくて気付けば笑っていた。


 「…え、あの3人って仲良かったっけ?」

 「おれ、知らね~!」

 「白海くんの声初めて聞いた!」


 やってしまった…。

 ざわつく声に我に返ったときにはもう遅い。

 みんなに囲まれていた。


 「あれ、言ってなかった?俺たち3人、幼なじみなんだよ!」


 そして蓮が簡単にバラす。

 わざとではないからこそ、憎い。

 

 「えー! そうだったの!?」

 「知らなかったー!」

 「俺は小学校上がるちょっと前からの付き合いだけど。なんと! 由亞と恵は生まれたときからず~っと一緒なんだ! えっへん」

 「いや、なんでお前が胸張るんだよ!」

 

 藤木君のツッコミに深く頷く。

 ほんとうに、それ。私と恵のことまで暴露するな。

 恵は居心地が悪そうに先程から連続で舌打ちをしている。


 今まで隠してきたのに、どうしてこんなことに。

 そう落ち込む自分がいると同時に、注目を浴びて喜んでいる自分もいる。みんなのキラキラとした眼差しが気持ちいい。「特別」な幼なじみを持つ私も「特別」。そんな錯覚をしかけて、学ばない自分にうんざりする。



 『おやおや、楽しくおしゃべりですか。今回の生徒さんたちは落ち着いていますね~』



 だから人を小馬鹿にするようなかわいい声が聞こえたとき、私は焦った。自分の浅ましい心を覗かれた気がしたからだ。

 否定したくて慌てて顔を上げ、固まる。



 『こんにちワニ~☆』



 机と同じくらいの身長のワニが教卓の上でタップダンスをしていた。



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