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1.私は幼なじみに「依存」している


 夢が途切れて、目が覚める。

 最近こればかりだ。

 まどろみつつスマホの画面をつければ、3時半。


 「はぁ」


 なぜこんな中途半端な時間に目覚めてしまうのか。

 理由なんてわかってる。だから抗って二度寝する。右へ左へ寝返りをうち、羊を数えて、柔軟して――それでも眠れないから、

 

 「…息苦しい」


 結局いつものように外に出る。

 そんな自分が大嫌い。


 終業式を来週に控えた夏真っ只中、外は昼夜を問わずじめじめと蒸し暑い。それは夜だか朝だかわからない今の時間も同じ。パジャマが肌に張り付いて気持ち悪い。

 

 なぜ自分はクーラーの効いた楽園を出て、このような地獄にいるのか。

 答えを知ってて自問する私はまるで道化だ。


 「あれ? 由亞じゃん」

 「…おはよ、蓮」


 内心で自嘲してれば真向かいの家から黒髪の青年が出てくる。人懐こい笑みを浮かべる彼は私と正反対。眩しくて痛い。


 「おっはよ~」


 ハイタッチを求める褐色の手に軽く手を合わせる。

 陽キャは朝からテンションが高い。この時間を朝と断じていいのか自信はないけど。


 「今日も眠れないのか~?」

 「まあね。そっちはいつも通り…」

 「日課のランニング!」

 「声うるさ」


 小学生の頃は見下ろしていた顔を見上げて、にかにか笑う幼なじみを軽く睨む。

 

 「程々にしなよ。学級委員が率先して居眠りなんて…」

 「示しがつきません! あははっ。先週のモト先の真似だな~」


 言いかける私の言葉を奪って蓮は楽しそうに笑う。

 …別に本木先生の真似じゃないけど、それを言ったところで場がしらけるだけだ。


 「ばれた?」

 

 にやりといたずらっ子のような顔を作る。


 「ばればれだっつ~の」


 作り笑いには気づかないまま、蓮はご機嫌で私の額を小突いた。

 

 「あたっ」

 「じゃ、そろそろ行くわ。二度寝して寝坊するなよ~」


 額を押さえる私を一瞥して、蓮は軽快な足取りで走り去っていった。

 残された私はぼんやりと大きな背中が豆粒になるまで見続ける。


 そうしてとうとう何も見えなくなった頃、蓮のランニングコースとは正反対の方角からバイク音が聞こえ始めた。

 ヴゥオンヴゥオンと空気が震わせる低い音はどんどんと大きくなり…隣の家で止まった。


 「…だる」


 小さな呟きと共にバイクから降りたのは金髪の青年だ。

 生え際が茶色い。地毛が茶色の場合も逆プリンになる? むしろプリンっぽいかも。そんなことを考えていればヘルメットを置いた彼と目が合ってしまう。


 「……おはよう、恵」

 「……。」


 家が隣同士の幼なじみで同級生。

 目が合ったのに挨拶をしないのもおかしいので声をかけるが、彼は眉間に皺を寄せるのみ。無言で家の中へと入ってしまった。

 

 バタンッ


 わざとらしく大きな音を立てて閉る扉にため息をつく。相変わらずのご対応である。

 小学生の頃は泣き虫だったのに。中学に上がって彼は荒々しい姿に変貌してしまった。

 小中高と代わり映えもなく平凡な私とは大違い。

 

 悲しい現実に涙が出そう。なーんてふざける自分に苦笑する。

 

 今なら眠れる気がして私は家に戻った。



 私には2人の幼なじみがいる。

 「羽場 蓮」と「白海 恵」


 恵は母親同士が元々友人で、腹の中にいる頃からの付き合いだ。

 蓮とは小学校に上がる少し前に知り合った。空家だった真向かいの家に羽場一家が引っ越してきたことがきっかけだ。


 蓮は出会った頃から変わらない。

 クラスでも、習い事でも、部活でも。全てにおいて輪の中心にいる。

 引っ越してきたばかりのころは不安だったのか私の側を離れなかったが、小学校に入学する頃には、生まれたときからここに住んでいたと錯覚するほど周囲に馴染んでいた。

 お調子者で人を楽しませることが好きで、周りをよく見ている。困っている人がいればすぐに気づいて、さりげなくフォローをする。

 よくできた彼に反感を持つ人もいるけど、「あなたと仲良くなりたい!」が伝わる人懐こい笑顔を向けられれば、どんなに気難しい人でも心を許してしまう。

 それに加えてバスケットボール部エースの名に恥じない運動神経抜群の高身長。子供から大人まで誰からも好かれる彼は、当然恋愛の意味でも好かれる。多くの人はコロコロと忙しなく変わる表情に気を取られ、彼が美形だと気づかないが、女子は例外だ。驚くことに小中高全ての時代に「蓮ファンクラブ」があった。

 


 対して恵は子供の頃から大きく変わった。

 彼は幼いころから美しい顔立ちをしていた。よく女の子に間違われたし、幼稚園では同じ組の子たちから男女(おとこおんな)と揶揄われた。誘拐されかけたことも何度もある。

 そのせいで恵は家族と私を除く全てに恐怖を抱き、常に泣いていた。私が少しでもそばを離れれば過呼吸になるくらい泣きじゃくった。あまりにもかわいそうで私はトイレに行くのを我慢して漏らしかけたこともある。

 恵が変わり始めたのは小学校中学年の頃だ。

 同級生と殴り合いの喧嘩をした。それまでは私にべったりで揶揄われるたびに泣いて、私が相手にやり返していたのにだ。手を出したのは恵が先らしい。なにが理由で喧嘩になったのか今もわからないが、とにかく彼は勝った。

 それからというもの恵は自分を害する者に刃向かうようになった。私はお役御免となり、そのせいか遊ぶ頻度も減り、言葉を交わすことも少なくなった。

 中学に上がる頃にはいわゆる不良と名がつく先輩たちと親しくなり、高校こそ同じだが彼とは自然と疎遠になった。

 余談だが恵もまた異性からモテる。氷の薔薇のような美貌はもちろんのこと、滅多に登校しない希少性と不良という危ない香りが女子ウケ抜群のようだ。


 そんな2人と幼なじみである私はいたって平凡。

 勉強は努力した分だけ成果が出て運動は平均以下。

 可もなく不可もない顔で、濃茶の髪はまとめるのが面倒なので下ろしっぱなし。

 陰キャとまではいかないがクラスの中心人物とは滅多に話さない。…キラキラと青春を謳歌している感じが怖いので。

 そんなどこにでもいる普通の人間だ。


 子供の頃は同じラインにいたはずなのに、今や2人は手を伸ばしても届かないほど遠くにいる。

 

 そんなことを思って学ばない自分に笑う。また私は自分の都合の良いように考えようとしていた。

 同じラインだなんて、おこがましいにも程がある。

 今も昔も、私は彼らよりうんと後ろにいる。

 子供の頃の私は幼かったからそれに気づけなかっただけ。


 今でも思い出す。

 中学に上がったばかりの頃、私はよく友達に自慢をしていた。

 

 「私は蓮と恵の幼なじみなんだ。子供の頃はよく一緒に遊んでたんだよ」


 みんなの「人気者」と怖いけど気になる「不良」。そんな彼らと幼なじみである私は他の人よりも優れている「特別」だと錯覚していた。

 いいなぁと羨ましがられるたびに、2人との思い出話を乞われるたびに、私は自分を誇らしく思った。

 だがあるとき、天狗になっていた私に友達が言ったのだ。

 

 「でも今は遊んでないんだよね?」


 恵とは遊んでないけど蓮とは今も遊んでいる。

 そもそもこれは「今」ではなく「昔」の話だ。そう答えようとして、言えなかった。

 唐突に気づいたからだ。


 なぜ私は昔の話を、ただの思い出を、自慢げに語っているのだろう。


 そのときの私は真っ赤な顔をしていたに違いない。

 恥ずかしくなった。


 幼なじみだから、なに?

 すごくて特別なのは、あの2人だ。私は何者でもない。親同士が友達だったから、家が近所だったから、たまたまみんなより早く知り合っただけの存在。

 今でも頻繁に遊ぶわけでもないし親友でもない。もちろん彼女ですらない。


 「特別な2人の幼なじみ」そんな肩書に執着していた自分が惨めに思えた。


 私は2人が幼なじみだと自慢することをやめた。

 むしろ話題にすら出さなくなった。

 「幼なじみってだけでしょ?」「あの2人の幼なじみなのに由亞は普通だよね」そう言われるかもしれない、思われるかもしれない。

 被害妄想が激しい自分が怯えて、なけなしのプライドが悔しいと叫んだ。


 それから私は、自分を誇れる、胸を張れる私だけの「特別」が欲しくて、あらゆることに挑戦した。

 勉強や運動はもちろん、料理、写生、語学…とにかく様々なことに挑戦し努力を続けた。が、どれも人並み程度にしか上達しない。「特別」には程遠い。

 努力を継続することが才能に繋がる。そんな言葉をよく聞く。

 だから私は中1から高2の今に至るまで、ずっと努力し続けているけど、なんとなくわかる。


 私は「特別」を手に入れられない。

 

 自分に幻滅して、落ち込む。

 そんなとき決まって蓮と恵の姿を目で追ってしまうのだ。

 過去の栄光に縋るように、あの「特別」な2人と肩を並べていた時期もあったのだと自分を励ましたくて。栄光ですらないのに。すぐに惨めな気持ちになるのに。

 2人に執着し続ける自分が嫌いだ。気持ち悪い。ストーカーみたい。


 そんな自分を変えたくて、2人から卒業したくて。

 2人の志望校とは違う高校に進学した。

 それなのに入学してみれば、なぜか2人とも同じ高校で、しかも2年間同じクラスだ。


 だからやっぱり私は2人を未練がましく眺めてしまう。

 今日だってそうだ。勝手に目覚めたと眠れないことを言い訳に外に出る。この時間なら蓮と恵、両方に会えると知っているからだ。

 そうしてクラスメイトにはできない、幼なじみだからできるやり取りをして、優越感に浸る。仮初めの「特別」を満喫し、気分良く布団に潜り込み、すぐに泥のような自己嫌悪に陥る。


 私だけの「特別」が欲しい。


 「特別」を得ることができれば、私は2人に依存することを止められる。

 自分に自信を持ちたい。胸を張れる自分でありたい。後ろめたい気持ちをしたくない。

 刷り込むように願いながら、閉じた瞼越しに感じる光を無視して、今日も二度目の眠りにつく。



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