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天下りの儀

主要な神がそれぞれの神殿を構える地、天界の都、天都《てんと》。

その中心に聳える一際大きな朱い神殿、天主てんしゅは、天界の神々を束ねる主天しゅてんの居住地であり、最上位の神々が政治を行う天界で1番神聖で厳格な場でもある。


そんな天主で、1人の少女が霊廟の前で礼拝をしていた。


「偉大たる、我らの祖の歴代の主たちよ、ところの一族インジュが挨拶申し上げる。今日こんにちより地の神としてそちらに参る旨をお伝えしに参りました。」


出自を表す土色の髪を3つに分けておさげにし、薄地の白い貫頭衣に草鞋という質素な服装。

だが、彼女もまた、黄金の瞳を持つ神なのであった。


「インジュ、私に話をせずに行くなんて……幼なじみに対して随分冷たいじゃないか。」


側で見守る内官の持つ盆に少女が手を伸ばした瞬間、ワンビョクが何もない空間から急に現れる。


「しゅ、主天様っ!恐れながら、この儀式は関係者以外の立ち会いを禁じられております!」


内官が慌てて、跪きながら指摘する。

出て行ってほしいという目で自分を見る内官に対し、ワンビョクはふっと口の端に笑みを浮かべる。


「良いではないか。彼女がこの儀式で地上と契約を結ぶ際に玉璽を押すのは、この私だ。よって、私も立派な関係者である。」


飄々とした様子だがその奥に頑なな頑固さが見えるワンビョクに、内官は困ったように言う。


「主天様!」


見かねた少女が間に入る。


「ワンビョク、内官を困らせるのはやめて。あと、見学したいんなら静かにしてよ。」


すると、自分と内官の間に入る少女を見て、ワンビョクは少し嬉しそうにする。


「インジュが、私をそう呼ぶのを久しぶりに聞いた気がする。」


「そりゃそうだよ。他の神の前で、神の王の名前を呼び捨てにするわけにはいかないんだから。」


呆れたようにため息を吐くと、少女は内官の方を向いた。


「さ、儀式を進めよう。地上で父上と継承の儀もしなきゃならないんだ。主天様のことは……一旦放っておこう。」


その言葉で内官は顔を上げる。

ゆっくりと立ち上がるとワンビョクの方に小さく一礼して、少女に再び盆を差し出す。


「祭壇に新たに地の神となる者の血を捧げる。」


そして、そう宣言すると、少女に盆の上の小刀を取るように促す。


「これで掌をお切りになって、祭壇の水瓶に血をお入れ下さい。水瓶の中が赤く染まれば……儀式の二段階目が成功となります。」


「分かった、ありがとう。」


少女はお礼を言って受け取ると、目の前の祭壇の階段に足をかける。

と、後ろでヒソヒソと話し声がした。


「インジュは生まれてこのかた、武器という武器を手にしたことがない。大丈夫だろうか?深く切り過ぎたりはしないだろうか?」

「ご安心を。あの小刀はそこまで鋭利ではありませんので。」


何とも過保護、いや、失礼なワンビョクの声に、むっとした少女は、


「そこ、うるさいよ。」


後ろを振り返って睨んだ。

怒られたワンビョクと内官は慌てて口を噤む。


二人の口が閉じられたのを確認し、少女は壇上へと上がった。

水の張られた水瓶に近づき、小刀を掌に這わせる。

そして、躊躇うことなく刃を掌に当てて引いた。

痛みに顔をしかめつつ、青緑色の液体が掌に滲み始めたのを確認すると、水瓶の上でぐっと手を握り締める。

ポチョンポチョンと、小さな水音を立て少女の手を伝い水瓶へと落ちる液体の行方を、皆が静かに見つめていると、


「あ、赤くなった。」


ふいに少女が水瓶を見つめて呟いた。

その声を聞いて、慌てて内官が祭壇に上がる。


「ほ、本当だ。せ、成功でございます。」


水瓶を覗き込んだ後、ワンビョクの方を振り返る。

ワンビョクはそんな内官の様子に興味を持ったようで、祭壇の方へゆっくりとやってきた。


「ほーう、本当に赤く染まるのだな。これは誰の血でもこうなるのか?私の血でも試してみたい。」


水瓶を覗き込むと、手を突っ込んでみようとする。


「天主様!なりません!」


慌てて内官が止めに入る。


「この水瓶の水は少し特殊でして、地上の海水と天界の川の水を混ぜたものなのです。そして、この水に反応をし、赤く染めるのは地の一族の血のみ。ですので、不用意に触られませんように。御身を汚しますので。」


そのまま祭壇から降りるように促され、渋々内官と共に祭壇を降りるワンビョク。

その後ろについて、少女も祭壇を降りる。


「こちらは祝い酒です。これも儀式の一環ですので、残さず飲み干されますように。」


祭壇を降りると、内官が新たな盆を持って少女の元へやって来る。


「うん、ありがとう。」


少女はお礼を言って盆に乗った盃を受け取る。

祝い酒を前にして表情の硬い少女、複雑な表情を浮かべる内官、それを不思議そうに見るワンビョク。

異様な空気感の正体は……少女が盃の祝い酒を飲んでから分かる。


「グッ、ゴホッ。ウッ!」


祝い酒を飲み干し、少ししてから急に、少女は喉元を押さえて苦しみ始める。


「どうしたっ!?毒でも入っていたのか?」


慌てて駆け寄り、少女を支えるとワンビョクは内官を睨んだ。


「毒ではありません。」


内官は目を伏せ、静かに言う。


「ど、毒ではないのだな。」


安堵するワンビョクに、内官は言葉を続けた。


「人間にとっては、の話ですが。」


「ということは……我ら神にとっては毒ということではないか!」


内官の言葉の意味を悟ったワンビョクは声を荒げる。

今にも内官に掴みかかりそうなワンビョク、少女がその腕を掴んだ。


「だ、大丈夫……。な、慣れてきたから。」


咳き込みながらもゆっくりと立ち上がる少女。


「慣れてきた?どういう意味だ?」


ワンビョクは不思議そうに首を傾げる。


「この祝い酒は地上の物、大体の天界の神には毒となる。でも、私はところの一族だから、地上の物も体が慣れれば受け入れることが出来るんだ。むしろ、この酒が飲めなきゃ、私はところの神にはなれない。これは儀式と言う名の、私の適正を見る試験のようなものなんだよ、ワンビョク。」


少女はそう言ってニッと笑った。


「左様でございます、インジュ様。」


顔色の良くなった少女を見て、安堵した様子で内官が頷く。

そんな二人を交互に見て、ワンビョクは半分納得し、半分腑に落ちない顔をして口を開いた。


「ふ〜む、前々から思っていたが……天界の決まり事はところの一族に特に厳しいな。もう少し緩くすることは出来ないものか。」


「そ、それは……、む、難しい、かと、」


顎に手を当てて悩むような仕草を見せるワンビョクに、内官は困ったように笑う。


「さて、次は何するんだったっけな?」


聞こえないふりをするように、少女はワンビョクの話には乗らず、内官に言った。

内官はハッとした様子で慌てて少女のそばに行くと、少女の手の中にある盃を受け取る。


「儀式の九割ほどが完了いたしましたので、あとはハン内官が許可証を持ってこられるまでここでお待ち下さい。」


盆の上に盃を置きながら言うと、少女に一礼して下がる。


「ん?許可証なら私のところにまだ来てないぞ。」


内官の言葉に首を傾げるワンビョク。

霊廟を出て行こうとしていた内官が立ち止まる。


「もしかしたら、ハン内官が主天様を探しておいでかもしれません。急いで執務室にお戻りを。」


霊廟の扉の前で出て行くように促す内官に、ワンビョクは首を振った。


「いいや、大丈夫だ。霊廟にいるっていう置き手紙してきたから。ユハが気付いて託けてくれるだろう。」


その瞬間、


「主天様!どうして執務室ではなく、霊廟にいらっしゃるのですか!」


霊廟の扉が勢いよく開かれ、ヅカヅカと誰かが入ってくる。

いきなりのことだったので、扉の近くにいた内官がその人物にぶつかりそうになり、


「ハ、ハン内官!」


慌てて後ずさった。

ハン内官と呼ばれた年輩の男性はその内官をキッと睨む。


「お前。何故、執務室に主天様をお連れしなかったのだ!今日は臣下たちとの会談も控えているのだぞ。」


ハン内官の怒声に、その内官は慌てて土下座する。


「も、申し訳ありません。」


「謝って終わる話ではない。我々使用人は主天様をお支えするのが仕事。そして、主天様の公務が順序よく進むように動くのもまた、我々の仕事だ。主に進言出来ないような小心者は要らぬ。」


ハン内官はそう言うと、怒りが収まらないと言うように唇を震わせる。

見兼ねたワンビョクが土下座している内官を立ち上がらせ、ため息を吐く。


「ハン、そこまでにしておいてやれ。進言出来るのは良いことだが、お前は少し口うるさいぞ。見習ったら大変だ。」


「誰のせいで彼が怒られているとお思いで!?そもそもの原因を作られたのは主天様ですよ!」


他人事のワンビョクに噛み付くように言うハン内官。


「……さあ、誰のせいだろうね。」


素知らぬ顔をするワンビョクに埒が開かないと判断したのか、


「……下がりなさい。あとは私がやるから。」


内官を下がらせて、ハン内官は少女を見る。


「インジュ様、ここからは私が担当させていただきます。」


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