表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

パンを分け合う姉弟

「……マリー姉さん。


 このパンは、姉さんが食べて。」


 ジェームスはそう言って、マリーが半分に分けたパンを力なく地面へ落した。


「何を言っているの?


 ……助けは来るから、きっと! 助けは来るから!


 だから、助けが来るそれまで、2人で生き残ろう。」


 ジェームスは痩せこけた顔に少し笑みを浮かべた。


「……優しいね。マリー姉さんは、いつでも。


 でも、僕はもう長くない。


 例え、今すぐに助けが来たとしても、僕が生き残ることは出来ないだろう。


 もう、腕も足もほとんど動かすことができないし、視界がぼやけて、姉さんの顔もほとんどよく見えない。


 それに、さっきから意識が何度も飛びそうになっている。


 次にそれが来たら、僕はもう永遠の眠りにつくだろう。


 そんな死にかけの人間に食料を分け与えるのは、無駄だよ。」

「そんなこと……。」

「姉さんはまだピンピンしているじゃないか?


 ……僕は、姉さんに死んでほしくない。」

「でも!」

「この無人島での冒険は楽しかった!


 豪華客船での旅の途中、嵐に巻き込まれて、海に投げ出された。そして、この無人島にたどり着いた。


 海岸に落ちていた瓶の中に入っていた宝の地図。


 幾重にも分かれる迷路のような洞窟。


 死と隣り合わせのトラップ。


 そして、たどり着いた海賊の財宝。


 僕はその財宝自体に魅力を感じていない。


 でも、その財宝をお姉ちゃんと一緒に探せたことが嬉しかった。


 ……それで良かった……。」


 ジェームスは薄ら開けた目をゆっくりと閉じた。マリーの腕に伝わるジェームスの呼吸の動きが無くなり、石のように重くなっていくのが分かった。


 マリーはそれからしばらくして、ジェームスの死を実感した。


 それから、数日後、マリーは肉が剥け、骨が露わになったジェームスの死体を抱きしめながら、水平線の先に救助船が近づいて来るのが分かった。


 マリーはジェームスの死体の強く抱きしめ、ありがとうと呟いた。


_____________________________________



 梨子はその小説の結末を読み切ると、本をゆっくりと閉じた。


 梨子は、この作品を生み出した西野圭子の凄さをしみじみと感じた。梨子は読後のすがすがしさに浸っていた。


 梨子は小説の世界が抜けきらないまま、背表紙の題名を見る。


 題名には「底抜けの壺」と書かれている。


 梨子は不思議に思った。作中にそのような言葉は出てきていないし、それを思わす表現が出てきていないのだ。


 梨子は読後の爽快感から題名のモヤモヤ感に襲われた。


「コラ! 講義中に何を読んでいるんだ!」


 天神教授はそう言って、梨子を問い詰める。小説の世界に集中していた梨子は、頭を切り替えて、本を机の中に隠す。


「……いや、何も……。」


 梨子は咄嗟に無理な言い訳を口にする。天神教授は溜息を洩らした後、梨子へ質問をした。


「じゃあ、互いがホモエコノミクスだと仮定した時の繰り返し最後通牒ゲームの最適解は?」

「ホモエコ? 通帳? 


 ジェンダーレスな銀行みたいなことですか?」


 その梨子の解答に、講義室は笑いに包まれる。天神教授は再び大きなため息を漏らす。


「違うに決まっているだろう! ちゃんと講義を聞きなさい!


 ……まったく、私の講義を差し置いて、どれだけ面白い本を読んでいたんだ?」


 天神教授はそう言って、梨子の座っている机の中を探る。梨子は抵抗をする前に、天神教授に机の中の本を取られる。


 天神教授は本の表裏を見て、本は何か確認した。


「……底抜けの壺。」


 天神教授は一気に険しい顔へと変わる。


 天神教授は私の読んだ小説を見て、何かを思い出しているようだった。天神教授は数十秒黙ったままだった。


 先ほどまで笑いに包まれていた講義室は静まり返り、微妙な空気となっていた。


「……教授? どうかしましたか?」


 梨子は教授にそう問いかけると、放心状態の教授はこちらの世界に返ってきて、笑顔を作った。


「……ああ、真面目に話を聞かない君にあきれ返ってしまっただけだよ……。」


 教授はそう言って、教授はゆっくりと本を梨子の机の上に置いた。教授はすぐに教卓に戻った。


「もう時間だね。


 では、今日やった最後通牒ゲームの復習はきちんとするようにね。


 話を聞いていない人は特に!」


 教授は梨子の方向を見る。


「……それと、次回はもしかしたら、特別講師を招くかもしれない。


 できれば来ることをお勧めする。」


 教授の視線は梨子を見つめたままだった。


 梨子はその教授の意図にまだ気が付いていなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ