第85話 いざという時
俺とソフィーは、教会騎士団『聖サラマンダー騎士団』とパレードをしながらサイドクリークの精霊教教会に到着した。
正直、無茶苦茶恥ずかしかった。
どうも俺はこういうスター扱いされるイベントは苦手だ。
興奮よりも、照れや恥ずかしさが先立ってしまう。
一方、ソフィーは子供らしくはしゃいで、沿道の住民に手を振っていた。
まあ、ソフィーが楽しそうだったから、これはこれで良かったのかな。
「まあ、まあ、皆さんようこそ!」
教会の前に着くと、シスター・メアリーとフィリップさんが迎えに出てきた。
美人団長のフレイルさんが、姿勢を正し丁寧に一礼する。
「メアリー先輩。お久しぶりです!」
「まあ、フレイル! 大きくなったわね! 団長になったんでしょう? 立派よ! 私も嬉しいわ!」
シスター・メアリーが、フレイルさんをハグする。
フレイルさんは、シスター・メアリーに褒められて嬉しそうだ。
ちょっと頬が赤い。
「フレイルは食が細かったし、好き嫌いが多かったから心配だったのよ。教会に来た時は、まだ、小さな子供で……。でも、大きくなって! もう、おねしょはしないのね」
「先輩! いくつの時の話ですか! もう、私は大人ですよ!」
「まあ、そうよね! ちょっと寂しいわ」
シスター・メアリーとフレイルさんの会話に、サラマンダー騎士団の団員がドッと沸く。
フレイルさんは、子供の頃のおねしょを暴露されて顔を真っ赤にしてプリプリしている。
どうやらシスター・メアリーは、子供の頃からフレイルさんを知っているらしい。
シスター・メアリーがフレイルさんの面倒を見ていたのかな?
フレイルさんにとって、シスター・メアリーは親戚のお姉さんみたいな存在なのだろう。
しかし、あのキリッとした美人お姉さんのフレイル団長が、おねしょをしていたとは……。
フレイルさんとシスター・メアリーの気安いやり取りを見て、俺はフレイルさんに親しみが湧いた。
シスター・メアリーに続いて、フィリップさんがフレイルさんと話し出した。
フィリップさんは王都から来た男性神官で、シスター・メアリーの元同僚だ。
「フレイル。遠路はるばるご苦労でした。援軍に感謝します」
「フィリップ先輩。スタンピードが近いと聞いています。早速準備をします」
「頼みます」
フレイルさんは、フィリップさんとも顔見知りのようだ。
シスター・メアリーの時と違って、かなりキチンとした対応をする。
別部署の役職者に対する雰囲気で、何となく精霊教本部の中で二人の立ち位置が分かる。
「では、こちらへどうぞ」
シスター・メアリーが聖サラマンダー騎士団の皆さんを教会の裏に案内した。
教会の裏には、広い敷地がある。
聖サラマンダー騎士団の団員さんたちは、テキパキと三角テントを張り、野営の支度を始めた。
俺は少し離れた位置で、ソフィーと一緒に様子を見ていた。
「おとーさん! 凄いね!」
「おお! 凄い手慣れてるな~!」
俺とソフィーが、聖サラマンダー騎士団の様子に感心していると、シスター・エレナ、マリンさん、アシュリーさんが、そばに来た。
「シスター・エレナ。騎士団の皆さんは、強そうですね!」
「ええ。聖サラマンダー騎士団は、教会騎士団でも最強といわれる騎士団ですから、とても頼もしいですわ!」
シスター・エレナはニコニコ笑い、聖サラマンダー騎士団の到着を喜んでいる。
一方でマリンさんとアシュリーさんは、引き締まった表情をしている。
どうしたのだろうか?
俺はちょっと探ってみようと話を振ってみた。
「マリンさんとアシュリーさんは、聖サラマンダー騎士団にお知り合いはいないのですか?」
「私はいません。聖サラマンダー騎士団は雲の上の存在ですから」
「えっ!?」
マリンさんも優秀な魔法使いである。
王都から来た精霊教幹部のフィリップさんも太鼓判を押すほどだ。
そのマリンさんをして、雲の上の存在と言わしめるのか……。
「私も入団をしたいのですが、入団基準が厳しくて……」
「そうなんですか……」
続いて、アシュリーさんがボソボソと語り出した。
「聖サラマンダー騎士団は百人の騎士団。団員一人一人が一騎当千。数では王国軍に劣るが、単体の武力なら王国最強。各地を転戦し魔物を倒す」
「なるほど……。対スタンピードなら、望みうる限り最高の戦力というわけですね?」
「ん! 私もマリンも聖サラマンダー騎士団に入って活躍する!」
アシュリーさんはボソボソした口調ではあるが、力強く言い切った。
普段やる気のないアシュリーさんが、珍しく闘志を燃やしている。
アシュリーさんのやる気を感じて、俺は嬉しくなった。
アシュリーさんを見たマリンさんもニヤリと笑って、不敵な目を聖サラマンダー騎士団に向けた。
将来、この二人が聖サラマンダー騎士団を引っ張って行くのかもしれない。
「ねえ、おとーさん。騎士団さんたちにお菓子をあげようよ!」
「おっ! それは良いね! みなさんもお手伝いお願いして良いですか?」
「「「もちろんですよ!」」」
移動販売車から個包装されたお得用のチョコレートとペットボトルのミルクティーを持ち出し、俺、ソフィー、シスター・エレナ、アシュリーさん、マリンさんの五人で、聖サラマンダー騎士団に配り始めた。
「やっ! これはどうも!」
「お気遣い感謝します!」
「お菓子ですか! 嬉しいですね!」
「これは珍しい入れ物ですね!? 中身は紅茶ですか!?」
聖サラマンダー騎士団の団員さんたちに配って歩くと、皆さん笑顔で喜んでくれた。
配っていると、俺のところにシスター・メアリーと団長のフレイルさんがやって来た。
「まあ! リョージさん! ありがとう! さすがリョージさん。気配りが素晴らしいですね!」
「シスター・メアリーもいかがですか?」
「いただくわ。ああ、美味しいわ! ほら、フレイルもいただきなさい!」
フレイルさんは、シスター・メアリーに子供扱いされて苦笑いだ。
でも、どことなく嬉しそうでもある。
「リョージ殿。団員へのお心遣いありがとうございます」
「いえいえ。わざわざ遠くから助っ人に来ていただいたのです。これくらいお安いご用ですよ。他に必要な物があればおっしゃってください」
「これだけ人数がいると、何かと物入りですので非常に助かります。ところでリョージ殿、少々お話があるのですが……」
フレイルさんの雰囲気が変わった。
シスター・メアリーも表情を引き締めている。
「フレイルさん。何でしょう?」
「リョージさんは、我々聖サラマンダー騎士団と行動を共にしていただきたい」
「え……?」
俺は事情が分からず困惑する。
どういうことだろうか?
「フレイルさん。それは、私が聖サラマンダー騎士団に入団するということでしょうか?」
「いや、違う。私は精霊教本部から指令を受けている」
「指令?」
「うむ。スタンピードを防ぎきれない場合は、リョージ殿を守って撤退するようにと」
「は? 撤退?」
俺は意外な言葉にポカンとしてしまった。
撤退?
いや、俺はこの町を守るために手を尽くしてきたのだ。
フレイルさんの言葉は不本意極まりない。
「フレイルさん! 俺は逃げませんよ! 戦いますよ!」
「もちろんだ。リョージ殿。だが、万一の場合は我らと一緒に撤退をしていただきたい」
「万一とおっしゃいますがね――」
「リョージさん。それだけスタンピードは厳しいのですよ。私も沢山のスタンピードを経験しましたが、ひどい時は住民を避難させるので精一杯でした」
俺はフレイルさんに反論しようとしたが、シスター・メアリーが俺を諭した。
「北部の時は、ひどかったわ。領都が落ちて、私も撤退したの。教会、王国軍、冒険者で連合軍を組んで、領都を奪還するのに十年かかったのよ」
「そんなに!?」
「リョージさん。だからフレイルの言うことをわかってあげて。万一の時は、私も孤児院の子供たちを守りながら撤退するわ」
「うーん……」
シスター・メアリーの言葉に、俺は何も言い返せなくなってしまった。
それほどまでに厳しいのか……。
俺が腕を組み天を仰ぐと、フレイルさんが明るい声を出した。
「そう悲観しないでくれ。スタンピードは小規模なことが多いんだ。メアリー先輩がお話しになったような大規模なスタンピードは滅多に起きない。私とて最初から撤退するつもりなどない。あくまで万一の時は、リョージ殿を最優先にして撤退するということだ」
「なぜ、私を?」
「リョージ殿は、教会本部で非常に高い評価をされているのだ。大精霊に愛された迷い人であり、教会に協力し孤児たちに心を寄せる清らかな心の持ち主。そして有用なアイテムを提供してくれる重要人物だ」
「あー……」
俺は自分が重要人物に見なされていることに戸惑いを覚えた。
だが、精霊教の本部から見れば、フレイルさんの言う通りの評価になるのだろう。
心当たりがあるだけに否定出来ない。
「だから、スタンピードが収まるまで、我ら聖サラマンダー騎士団と行動を共にしてもらいたい。もちろん、リョージ殿だけでなく、娘のソフィーちゃんも守るぞ。どうだ?」
ソフィーのことを持ち出されると俺も弱い。
確かに万一の時の保険は必要だ。
それに俺が戦力を希望して、聖サラマンダー騎士団がやって来たのだ。
俺が一緒に行動して、聖サラマンダー騎士団のお世話をするのが筋だろう。
「わかりました。よろしくお願いします」
俺は聖サラマンダー騎士団と一緒に行動することを了承した。




