第103話 ルナシル草、ハイポーションの材料
「じゃあ気をつけて帰ってくれ!」
「はい! ありがとうございます!」
俺たちは三階層で冒険者パーティーの捜索を行っている。
ハインリッヒさんの風魔法による探索と拡声器の効果で、冒険者パーティー四組を発見した。
先ほど四組目の冒険者を発見しサイドクリークの町へ戻るように要請した。
まだ高校生になったばかりという雰囲気の四人組冒険者で、四人は転移魔法陣がある方向へ走り去った。
チラリと腕時計を見る。
既に時間はお昼の十二時だ。
(クソッ! 三階層が広すぎる!)
誤算だった……。
以前、俺たち『ひるがお』が来た時は、訓練と階層攻略だった。
必要最小限の戦闘で次の階層へ移動した。
今日、三階層へ入った五組の冒険者はポーションの材料になる薬草採取が目的のため、転移魔法陣から離れた場所にある薬草の群生地や森の中にいたのだ。
当然移動に時間がかかる。
移動販売車を使っていることで歩くより遥かに早いが、それでも三階層に入って二時間経過している。
さらにハインリッヒさんの風魔法も無制限に使えるわけじゃない。
探知範囲があるので、風魔法で探知して人の気配がなければ移動する。
移動先で再度風魔法で探知を行い、人の気配がなければ再度移動……。
カーナビやスマートフォンの地図アプリに人が表示されないか試してみたがダメだった。
(何だかんだで、今の方法が最善で最速……)
わかっていてもじれったく感じる。
最後の五組目は孤児院の年長組であるリックとマルテの二人だ。
早く見つけてあげたい。
俺がイライラしているのを察したのか、聖サラマンダー騎士団団長のフレイルさんが声を掛けてきた。
「どうだろう? ちょっと休憩しないか? ハインリッヒも連続して魔法を発動したので、少々疲れが見える」
俺はハッとしてハインリッヒさんを見た。
ハインリッヒさんは、移動販売車の天井から下りていて、地面にあぐらをかいて座っている。
表情には出ていないが、汗で髪の毛がベッタリと額に貼り付いている。
(しまった! 気遣いが足りなかった! 結構、シンドイんだ!)
俺はシスターエレナを見た。
シスターエレナは、ハインリッヒさんを見て眉根を寄せ、俺にコクリとうなずいた。
俺はイライラした気分を切り替え、穏やかな声を出す。
「そうですね! お昼ですから、ごはんを食べましょう! 積んである物は好きに召し上がって下さい!」
俺は運転席から下りて、荷台の店舗を開く。
フレイルさん、ハインリッヒさん、マリンさん、アシュリーさんが、ぞろぞろと荷台の店舗に入ってきた。
マリンさんとアシュリーさんは、惣菜パンや菓子パンをささっと選び、ペットボトルの紅茶やジュースを手にした。
後から入って来たソフィーとシスターエレナが、物珍しそうに店内を見ていたフレイルさんとハインリッヒさんに惣菜パンや飲み物の説明をしている。
「フレイルさん、ハインリッヒさん。遠慮は無用ですからね。食べられる時に、しっかり食べておきましょう」
「うむ。そうだな」
「ありがたくご馳走になろう」
二人は惣菜パンと飲み物を持って移動販売車を降りた。
俺、ソフィー、シスターエレナは、唐揚げ弁当や焼き肉弁当を電子レンジでチンした。
ソフィーとシスターエレナも、すっかり箸になれているのである。
草原に座って、みんなで食事をとる。
移動販売車に積んである食品は特殊効果――いわゆるバフがかかる。
ハインリッヒさんの回復や魔法の一助になれば嬉しい。
俺は焼き肉弁当を食べながら、リックとマルテについて口にした。
「リックとマルテはどこにいるのだろう?」
俺の疑問にシスターエレナが答える。
「ハイポーションの材料を探しに行ったんですよね……。とすると……かなり奥の方でしょう……」
「そうなんですか?」
「ハイポーションは、回復力の高い魔法薬です。材料になる薬草はルナシル草といって、レアな素材なのです。ダンジョンでは薬草が生えている階層の奥に生えていることがまれにあるそうですよ」
「まれに生えている……。何だってリックとマルテは、そんな採取が難しそうな薬草を探しに行ったんだろう?」
俺が首をひねるとソフィーが答えた。
「リックお兄ちゃんも、マルテお姉ちゃんも、役に立ちたかったんだよ。スタンピードになったら、大怪我をする人が出るでしょう? だからハイポーションがあったらいいなって思ったんだよ」
「そうか。自分の出来ることを最大限やろうとしたのか……。偉いな……」
俺はリックとマルテが、自分なりに出来ること、町に貢献できることを考えて実行したことに胸が熱くなった。
タイミング悪くスタンピードが始まってしまったが、そこは俺たち大人がフォローするところだ。
「そのハイポーションの材料、ルナシル草はどんな薬草なんだ?」
俺の質問を投げかけると、マリンさんがサンドイッチを食べる手を休めて答えてくれた。
「ルナシル草は黄色い小さな花と銀色の葉を持つ薬草です。手のひらくらいの大きさですが、魔力の含有量が多いのです」
「ほう、そのような薬草があるのですね」
マリンさんはさすが王都から来た優秀な若手神官だ。
詳しく教えてくれた。
銀色の葉というのが、俺に取っては不思議だ。
異世界らしい。
続いてアシュリーさんが、カレーパンを食べる手を休める。
「リックとマルテがルナシル草を見つけたらお手柄。ルナシル草一株で、ハイポーションが十本作れる」
「十本も!?」
「ルナシル草は、本当にレアな素材。一つの階層に一株生えているかどうか」
「ふーむ……。そうするとリックとマルテはルナシル草を探して、あちこち歩き回っているかもしれないな」
「可能性はある。だからハインリッヒさんの風魔法が頼り」
全員の視線がハインリッヒさんに注がれた。
ハインリッヒさんは、みんなの視線を受けながらも余裕を持ってフッとダンディに笑う。
「魔力はまだある。大丈夫だ。必ず見つける」
「頼りにしています。良かったら下着を替えますか? 汗をかかれたでしょう?」
「そうだな。甘えさせてもらおう」
俺はハインリッヒさんにティーシャツを提供した。
これでさらにバフがかかる。
ハインリッヒが移動販売車の中で着替えていると、俺のスマートフォンが鳴った。
ガイウスだ。
「もしもし。ガイウスか?」
「こちらは豪腕のリーダーガイウスです。お元気でしょうか?」
また始まった。
ガイウスは丁寧に話さないとスマートフォンが怒ると信じているのだ。
俺はガイウスの口調に笑いを堪えながら状況報告を行う。
「こちらは四組の冒険者パーティーを発見した。四組は町へ帰還中。残り一組だ」
「大変結構ですね。こちら四階層は二組を発見し完了しました。一階層へ戻ってきました」
「そうか! 良かった! じゃあ、残りは三階層一組と二階層か?」
「二階層は、五階層を終えた白銀の乙女が潜って既に冒険者を回収済みです」
ということは、リックとマルテが最後だ。
ガイウスが続ける。
「既にオークは四階層へ上がってきました。オークが三階層に上がるのも時間の問題です」
「わかった! 急ぐよ!」
「一階層はこちらで確保しておきます」
「頼んだぜ!」
オークが四階層まで上がってきた。
三階層へ上がってくると、リックとマルテの探索に支障が出るし、脱出も困難になる。
(急がないと!)
俺は全員にガイウスから聞いた状況を報告し、再び移動販売車を走らせた。