第102話 リックとマルテを探して
俺たちは転移魔法陣を使って、移動販売車ごと三階層へ転移した。
三階層の魔物はゴブリンだ。
二匹で現れることが多く、棍棒やナイフで武装している。
既に俺やソフィーの敵ではないが、装備の乏しい初心者冒険者には危険な相手だ。
移動販売車を転移魔法陣から出し、運転席からフロントガラス越しに三階層を見る。
広い平原となだらかな丘陵。
あちこちに森が見える。
冒険者ギルドのモナさんによれば、この三階層には五組の冒険者パーティーがいるという。
この広い空間から五組を見つけるのは大変そうだ。
俺は目をこらして辺りを見回してみたが、冒険者は見当たらない。
「うーん……。ざっと見た感じだと、誰もいないな……」
俺の言葉に隣のソフィーは腕を組んで考え、シスターエレナは予想を口にした。
「むむむ……」
「薬草採取で森にいるのかしら?」
シスターエレナの予想に、ドア横のステップに足を掛けているフレイル団長がうなずく。
「うむ。森にいる可能性が高いだろう。ハインリッヒ! 探ってくれ!」
「了解した」
フレイル団長の指示で、移動販売車の天井に乗っているハインリッヒさんが風魔法を使って探知を始めた。
風の音が聞こえ始めた。
草原の草が右へ左へと倒れ、風が走っていくのが見える。
「わあ! すごい!」
ソフィーが驚き、両手を上げて喜ぶ。
本当にハインリッヒさんのコントロールは凄い。
自由自在だ。
外からハインリッヒさんの声が聞こえた。
「ゴブリンがいるな……。数はそれほどでもない……。血の臭いはない……。いた! 人の匂いだ! リョージ殿! 右前方の森に人がいる! 右前方に進んでくれ!」
「了解! 移動します!」
俺はハインリッヒさんの指示に従って、右前方の森へ移動販売車を走らせた。
前からゴブリンが二匹近づいていくる。
フレイル団長が動こうとするのを、俺は制した。
「大丈夫です。戦闘は時間の無駄なので、はね飛ばして行きます」
俺はアクセルを少し強く踏む。
移動販売車がグンと加速した。
「ギギギ!」
「ギ! ギ!」
棍棒を振り回して近づくゴブリン。
しかし、移動販売車は止まらない。
ゴン!
ゴン!
「「ギャー!」」
哀れゴブリンは、移動販売車の障壁に弾き飛ばされてしまった。
交通事故である。
だが、ここは日本ではなく、異世界のダンジョンの中だ。
ゴブリンをはね飛ばしても咎める人は誰もいない。
俺は何事もなかったかのように移動販売車を走らせる。
ソフィーもシスターエレナも移動販売車で魔物をひき殺すことに慣れっこになっていて、ゴブリンを弾き飛ばしたところでノーコメントだ。
だが、フレイル団長は深くため息をついた。
「はぁ~。君たちは、わりとヒドイな……」
「効率的と言って下さい」
「まあ、それはそうだが。魔物とはいえ、もうちょっと何かこう……」
「ゴブリンは食肉になりませんし、魔石も大した額にならないので、戦うだけ損なんですよ。移動販売車で弾き飛ばすに限ります」
「それも、そうだな」
フレイル団長は、酸っぱい物を飲み込むような顔をした。
慣れると楽で良いのだ。
続いてゴブリン。
ゴン!
ゴン!
「「ギャー!」」
再び移動販売車ではね飛ばす。
本当に邪魔だ。
こうしてゴブリン三組をはね飛ばし、ハインリッヒさんが人の気配を感知した森に到着した。
森の木々は、それほど高くない。
日本の雑木林のような雰囲気で、一本一本の木はそれほど幹が太くない。
だが、枝が伸びていて見通しが悪い。
この森で人を探すのは大変そうだ。
俺は森に入ろうとするフレイルさんを止めた。
「拡声器を使って呼びかけてみます」
「拡声器?」
「大きい音がする道具です。森の中に呼びかけてみます。ビックリしないで下さいね」
「わかった。やってくれ」
移動販売車の拡声器は、運転席の天井についている。
日本では訪問先の村や町に着いたら拡声器を使って到着を報せていた。
結構、大きな音が出る。
俺は車内にある拡声器のマイクを手にした。
「スタンピードが始まった! すぐに町へ戻ってくれ! オークがこの階層へ向かっている!」
フレイル団長が、拡声器から出力される大きな音を聞いて力強くうなずいた。
「良いぞ! これだけ大きな音なら森の奥にも聞こえるだろう! 続けてくれ!」
「スタンピードが始まった! すぐに町へ戻ってくれ! オークがこの階層へ向かっている! 危険だ! すぐに戻れ!」
俺はマイクを持って、同じフレーズで呼びかけ続けた。
しばらくして、俺の隣に座るソフィーが森の中を指さした。
「あっ! 来た!」
森の枝が揺れている。
俺は拡声器で呼びかけるのを止めて待った。
すると森の枝をかき分けて、若い冒険者三人組が出て来た。
リックとマルテより、ちょっと年上。日本なら高校生くらいの男の子三人組だ。
若い冒険者三人組は、俺たちを見て驚いた。
「おお! ヘンテコ馬車!」
「デカイ音がすると思ったら、これかよ!」
「あんたら『ひるがお』だろ? ガイウスさんの友だちだろ?」
俺は運転席の窓から身を乗り出して、若い三人組に答える。
「そうだ! ババギルド長から頼まれて三階層の冒険者を探しに来たんだ。他のパーティーは森にいないか?」
三人組のリーダーらしき男の子が、俺に答える。
「ああ、ここは俺たちだけだ。なあ、スタンピードが始まったのか?」
男の子の表情は不安そうだ。
大丈夫と言いたいところだが、事実は覆せない。
俺は知っていることを若い三人組に伝えた。
「下の階層では撤退戦が始まっている。オークが大増殖して、地上を目指しているんだ。すぐに町へ戻ってくれ。地上は、まだ魔物が溢れていない」
「わかった! ありがとう!」
「なあ、リックとマルテを見ていないか?」
俺の質問にソバカス顔の赤髪の男の子が答えた。
「朝会った時は、奥へ行くと言ってたよ。ハイポーションの材料を探すって」
「そうか。わかった。ありがとう」
リックとマルテは、三階層の奥へ向かったらしい。
スタンピードが始まった日に、ついてない。
俺たちは若い三人組と別れると、三階層の奥へ移動販売車を走らせた。
焦る気持ちを、抑えながら……。