第101話 静まりかえった一階層
俺たちは移動販売車でダンジョンへ向かった。
参加メンバーは、俺たち冒険者パーティー『ひるがお』から、俺、ソフィー、シスターエレナ、臨時メンバー兼魔法講師のマリンさんとアシュリーさんの五人。
ガイウス率いる『豪腕』の四人。
そして聖サラマンダー騎士団から団長のフレイルさんとダンディーな風魔法使いのハインリッヒさんの二人が参加してくれた。
たった十一人の応援だが、一騎当千の強さがある。
移動販売車の運転席に俺が座り、ソフィー、シスターエレナが助手席に座る。
ガイウスとフレイル団長は、移動販売車のドア横ステップに足を置き、特殊部隊のように車体の横に立ち乗りするスタイルだ。
近接戦闘が得意な二人は車両の護衛として、すぐに飛び降りて戦闘できる態勢だ。
残りの参加メンバーは、移動販売車の天井に乗ってもらった。
移動販売車のボディにロープを回し、天井に乗った人たちにロープをつかんでもらった。
天井は高い位置で見晴らしが良く、魔法も撃ちやすい。
俺はサイドクリークの町を出て、ダンジョンへ向かう道を飛ばす。
舗装していない土の道なので、ガタガタと車体が揺れる。
「ガイウス! 舌を噛むなよ!」
「大丈夫だ! この調子で急いでくれ!」
「ああ! 急行する!」
ノンビリと走らせる時間的余裕はない。
ガタン! ガタン! と車体が音を立てる。
(頼むぞ! 相棒! がんばってくれ! リックとマルテを救うんだ!)
ダンジョンが近づいて来ると、ダンジョンから逃げてくる人たちとすれ違った。
一階層で商売をしていた商人や若い冒険者たちだ。
みんな恐怖に引きつった顔で走って逃げている。
しかし、リックとマルテの姿はない。
「いない……」
ソフィーが短くボソリとつぶやいた。
リックとマルテがいないことに気が付いたのだろう。
「ソフィー! 大丈夫だ! 間に合う!」
「そうですよ! ソフィーちゃん! 一緒に助けましょうね!」
「うん! ソフィーがんばる!」
俺とシスターエレナの励ましに、ソフィーが決意を新たにする。
「見えたぞ!」
ガイウスが叫んだ。
ダンジョンの入り口だ!
ダンジョンの入り口は、まだ無事だった。
周囲に魔物の姿は見えない。
聖サラマンダー騎士団のフレイル団長が冷静に分析する。
「魔物がいない。まだ、スタンピードは下の階層のようだな」
「ああ、間に合った! まだ下の階層みてえだ! リョージ! 車を乗り入れろ!」
「了解だ!」
俺はガイウスの指示に従い移動販売車をダンジョンの入り口に突っ込ませる。
緩やかなスロープを下り、無事一階層に入った。
一階層はスライムが出現するエリアで、スライムはこちらから攻撃しなければ何もしない大人しい魔物だ。
いわば一階層はセーフエリアで、商人たちが商売をし、金欠の若い冒険者がテントを張って野営をしている。
町の商店街のように賑わっていたエリアなのだが、今は誰もいない。
不気味なほど静まりかえっている。
「誰もいないようだな……」
フレイル団長が移動販売車から降りながらつぶやく。
俺も移動販売車を降りて、手近なテントをのぞいてみたが人影はない。
一階層の転移魔法陣が光った!
魔法陣から五人組の若い冒険者パーティーが姿を現した。
一人負傷しているようで、一人が肩を貸している。
俺、ガイウス、フレイル団長の三人で駆け寄る。
「おい! 大丈夫か?」
「ああ、なんとかな……」
俺たちは負傷した冒険者に話を聞いた。
彼らは五階層から撤退して来たそうだ。
「信じられねえぜ! 五階層までオークの集団が上がってきやがったんだ!」
リーダーと思われる赤髪の若い剣士が、興奮混じりに情報を伝える。
フレイル団長が冷静に返す。
「今回のスタンピードはオークの大増殖なのだろう。ダンジョンの魔物は転移魔法陣を使えない。しかし、魔物だけが使える階段がダンジョン内にあるのだ」
「その階段を使って五階層へ登ってきたってのか?」
「うむ。恐らくな」
「チクショウ! 俺たちじゃオークの相手は無理だ!」
「仕方のないことだ。殿は誰がやっている?」
「殿は『銀翼の乙女』のクロエさんたちだ」
俺とガイウスは目を見合わせうなずく。
銀翼の乙女は、女性だけの冒険者パーティーだが凄腕だ。
冒険者を救出しつつ、撤退戦の殿を務めることが可能だろう。
ガイウスが逃げてきた若い冒険者パーティーに言う。
「おい! 怪我は大丈夫か? ポーションを持ってるか?」
「一つ残ってるので大丈夫ッス」
「よし! ポーションを飲んだら、町まで走れ!」
「ウス!」
若い冒険者パーティーは、怪我をした男にポーションを飲ませると、ヨロヨロした足取りでサイドクリークの町へ向かって走り出した。
まだ、魔の森の中は魔物が溢れていない。
恐らく大丈夫だろう。
「リョージ! スマホンで冒険者ギルドへ連絡しろ!」
「わかった!」
こういう時は、先輩のガイウスは頼もしい。
やたらめったら動かずに、的確に指示をしてくれる。
俺はスマートフォンを操作して、冒険者ギルド受付のモナさんに電話をした。
スピーカーフォンにして、ガイウスとフレイル団長も会話に参加出来るようにする。
呼び出し音がして、すぐにモナさんが電話に出た。
「はい。冒険者ギルド、サイドクリーク支部、受付のモナです」
「『ひるがお』のリョージです。『豪腕』のガイウスと聖サラマンダー騎士団のフレイル団長も一緒です。今、ダンジョンの一階層にいます。援軍に来ました」
「良かった! 今、『銀翼の乙女』が五階層で撤退戦をやっているわ。五階層はあと一組救出すれば完了よ。四階層から上に行ってちょうだい! 四階層は二組。『灼熱』の五人と『剛剣』の四人がいるはずよ!」
冒険者ギルドが状況を正確に把握していることに、俺は安堵した。『銀翼の乙女』もスマートフォンを持っているので、適宜やり取りしているのだろう。
俺は気になったことを質問した。
「モナさん。リックとマルテの行方を知りませんか?」
「リックとマルテは薬草収集で、三階層にいるはずよ。三階層は若い冒険者たちが五組入ってるわ」
「五組も……。了解です。ちょっと待って下さい」
俺は電話を切らずに、ガイウスとフレイル団長に相談を持ちかけた。
「俺は三階層に行きたいのですが、どうしましょうか?」
フレイル団長がテキパキと組み分けを決めた。
「よし! では、ここから別れて対応しよう。ガイウスたち『豪腕』は、四階層の撤退戦をお願いしたい」
「了解した。『灼熱』と『剛剣』は、俺が教えた連中だ。顔も知ってるし、四階層の居場所も見当がつく! 狩り場を教えたのは俺だからな!」
「よし! 任せた! 三階層は、リョージ君たち『ひるがお』と私とハインリッヒが向かおう。五組もいるからな。ハインリッヒの風魔法で探知する必要があるだろう」
「助かります!」
ハインリッヒさんの風魔法を使った探知はありがたい。
五組の冒険者たちを探すのに役立つだろう。
俺はスマートフォンの向こうにいるモナさんに報告した。
「モナさん。四階層にはガイウスたち『豪腕』が向かいます。三階層は俺たち『ひるがお』と聖サラマンダー騎士団のフレイル団長とハインリッヒさんが行きます」
「頼んだわ! 幸運を祈るわ!」
「ありがとうございます!」
スマートフォンを切り、ガイウスたち『豪腕』は四階層へ、俺たち『ひるがお』は移動販売車ごと三階層へ転移魔法陣で転移した。
待ってろよ! リック! マルテ!