過去の後悔と未来の可能性
よろしくお願いいたします。
これで私たちの知りたかったことが解決した。白山神社で消えた手紙も私の願いを聞いた白坊が過去へ届けてくれてたと分かった。しかし裕之さんはオカルト研究サークルの一環として白い光の謎を調べていたはずだ。口外できない話をどうやってサークルのメンバーに伝えるのかなとふと思った。
「ははっ久しぶりに両親のあのこと思い出しちゃったよ。あんな話聞いちゃったからかなぁちょっと羨ましいや。僕もこの町の出身だったら少しは可能性があったかもしれないのにな」
どうするのかなと考えながら歩いていると裕之さんは突然そんなことを言い始めて驚いた。お婆さんに質問していたしきっと何か後悔していることがあるのだろう。
「裕之お前……」
佑真さんは何かを言いかけて黙ってしまったので私が聞いて良い話だろうかと考えつつ、気になって訊ねた。
「あの……どうかされたんですか? 別に無理には聞こうと思ってないですけど」
本音をいえば聞きたくてたまらないが、強要するつもりはない。
「あ――ごめんさなちゃん変な空気になっちゃったね」
「いっいえ」
「まぁ気になるよね」
「そんなことないです」
「えぇ~でも私は聞きたいですって顔してるよ」
えっもしかして表情に出てる?! と思って顔をさわっていると横から佑真さんのあきれたような声がした。
「おい裕之! 小森さんをからかうな。それに無理して明るく振る舞うのももうやめろ」
無理して明るく? 私には何のことだかさっぱり分からなかった。
「バレてたのか……」
裕之さんはボソッとそんな言葉を呟いた。私の頭の中は疑問で埋め尽くされた。そして佑真さんはある話をしてくれた。後で知ったことだが佑真さんの女性関係のトラブル以来裕之さんが佑真さんに言い寄る女性の目を自分に向けさせるように努めていたそうだ。
裕之さんが勝手にやってることだしと気にも止めなかったそうだが、しかしあるとき街中で裕之さんを見かけたところ、無理して笑っているように見えたんだとか。その様に感じるようになったのにはある事故がきっかけらしい。裕之さんを気にかけるようになって気づいたことらしいが佑真さんは言いにくそうにしている。なんとなく聞いてはいけない気がした。
「あのもう大丈夫ですよ」
私がそう言うと裕之さんはまたボソッと呟いた。
「そうだったのか……」
それから意を決したように裕之さんはまさかのことを口にした。
「実は僕らの両親交通事故で他界してるんだ」
私は何と返して良いか分からず言葉を失い沈黙した。
「それも僕のせい……」
そして思った。先程の旦那さんが残した最期の手紙を読んでから2人の様子がおかしかったのは、亡くなった両親と重ねていたからなんだと。
「あれは裕之のせいじゃないと言っただろ」
何となく弟を労る兄の兄弟愛を感じてしまった。それから話してくれたのは確かに見方を変えれば自分のせいと思い込んでも仕方ないことだった。
何でも2人の両親は同じ職場で仕事上でも珍しくパートナーだった。そこで短期の海外出張が決まったがちょうど日本を出発する日が裕之さんの高校の入学式と重なってしまった。裕之さんは偶然にも新入生代表の挨拶に選ばれていた。両親は息子の勇姿を記念として残そうと動画撮影をするためギリギリまで式に参加していた。その後出発時間が迫っていたため入学式を見に行かない佑真さんと合流し動画を預けて、両親は急いでタクシーで空港へと向かった。
しかし空港へと向かう途中で玉突き事故に巻き込まれてしまったのだ。車道側は青信号だったが、歩行者の不注意で走行中の車の目の前に飛び出してしまった。運転手は歩行者との接触を防ぐために急ブレーキを踏んだが、後続車が数台続いていたため次々と車が衝突した。後部座席に座っていた両親はその事故に巻き込まれてしまったそうで、なんとも痛ましい事故である。
「僕が新入生代表の挨拶に選ばれなければ両親も入学式に最後までいなくて済んだんじゃないかなって思ったんだ」
「だからそれは、歩行者に責任があって裕之とは関係ないって何度も説明しただろ」
「わたっ私もそう思います。裕之さんは悪くないです」
私も転校生が学校に来なくなったのは、私がもっと気にかけてあげられなかったせいだと思い込んでいたから。
人は時に全く関係ないであろう事柄を良くも悪くも自分の思う方向へ結びつけてしまうときがある。
「でもさ言われたんだよお通夜のとき親戚の人に、僕が新入生代表の挨拶に選ばれなければこんな事故に巻き込まれなくて済んだだろうにって」
「誰だそんなことを言ったやつは! でもそうかそんなこと言うやつもいたのか」
「2人の両親が事故にあったことと裕之さんが新入生代表の挨拶に選ばれたことは関係ないのに、その親戚の人ひどいです」
私はそんなことを口にする親戚の人が信じられなかった。それに佑真さんの口ぶりは他にも何かあったような感じだったので少し引っ掛かりを覚えた。
「もう良いよ済んだことだし。2人ともありがとね。でも当時はそっか、僕が選択を誤ってしまったんだって思ったよ。特に学校にこだわりあったわけじゃなかったから高校も適当に選んでさ! 自分の偏差値に見あった高校を選んでれば新入生代表の挨拶なんてしなかったのかなとか、そう考えたら僕何やってんだろうって思えてきて、それを隠すように無理して笑ってたかな。兄さんにバレてたみたいだけど」
だからって実の両親を亡くしたばかりの子供に向かって大人が言うべき言葉ではないように思う。
「今ならちょっと分かるんだ。持っていきようのない悔しさや悲しさや怒りを解消するために誰かを責めることによって自分の心を守っていたんだろうなって」
仮にそうだとしてもおかしな話である。
「さなちゃんありがとうね。この町にこれて良かったよ」
「えっ? むしろ私がお願いしてい着いて行ったようなものです。そんなお礼を言われるようなことは何も……」
何故裕之さんにお礼を言われるのか私にはさっぱり分からなかった。
「うんん。さなちゃんがいなければきっとお婆さんの話なんて聞くことができなかったと思うんだ。だから白い光が何かも謎のままだったよ。それに色々気づかされたこともあったし」
「確かにそうだな。小森さんが白いポストの話を知っていたから得られた情報だなありがと」
まさか佑真さんにもお礼を言われるとは思いもよらなかった。
「そんなことは……」
「あるよ! それにさ無理して笑うって心を見透かされないための防衛反応でしょ。それを兄さんは気づいてた……これって裏を返せば心配かけてたことになるのかなって」
「だが俺は無理して笑ってることに気づきながら知らないふりをしたんだ。理由まで知ろうとしていればこんなに裕之が苦しむことなかったんだよな。いつか話してくれるだろうと思うばかりでこっちからは何もしなかった」
そう言いながら佑真さんはとても悔しそうな顔をしていた。
「それは違うよ! 多分兄さんに聞かれても、何でもないって答えたと思う……。だけどこれだけは言えるんだ、兄さんに心配かけないようにと取った行動が、逆に心配をかける結果になってたこと言われるまで気づかなかったんだ。そのきっかけになったのがこの町の調査だった」
私はハッとした。もしかしたら裕之さんとは出会うべくして出会ったのかもしれないと。何かを気づかせるためにその時々で自分にとって必要な人に出会わせている見えない力があるんだと。私も裕之さんも過去に縛られていた。そして今日の出来事を通して未来を見据えることができるようにと……。
もしも私が照須野神社へ行きたいと両親に伝えたときに、その両親が一緒に行ってくれることになっていたらこれまでの出来事は存在しないことになる。
もしも過去から手紙が届いてもこんなことはあり得ないと返事をしようとしなかったら、過去を振り返ることなんてしなかっただろう。
もしもなんて言い出したらきりがないけどそのときの選択によってこんなにも未来が変わるものなのだ。
「あの! 私も裕之さんに出会って白い光の話を聞かなかったら、白いポストが何だったのかを知ることはありませんでした。それにもしかしたら白坊が私たちを出会わせてくれたのかもしれません」
「確かにそうかもしれないね」
裕之さんは何か吹っ切れたように微笑んだ。それは本当に自然にこぼれた笑顔のようだった。
「まぁ白い光が白坊だったのなら、それがきっかけで2人が出会ったんならそう考えるのも悪くないな」
佑真さんは自然に笑う裕之さんを見てそんなことを口にした。
「私思ったんです。お婆さんが見せてくれた日記や手紙を通して未来には無限の可能性があるんだなって! もちろん悪い未来も含めてですけどね」
「無限の可能性か……」
私は佑真さんのつぶやきに答えるように続きを話した。
「はい! 私後悔ばかりして来たんですけど、10年前の私から手紙が届いたときそのことを伝えなきゃって返事書いたんですよね。それが白山神社でなくなった手紙だったんです」
「そうだったんだね、あのときは驚いたよ。兄さんに後から手紙の返事が来たって聞いて正直耳を疑った」
私も驚いたけど今なら分かる、私の後悔と白坊の人を助けたい思いが共鳴しあったのだろうと。
「私も信じられなかったんですけど、ここに来るまでに何度か手紙のやり取りがあって返事が来る度に1つずつ後悔が減っていく感覚になったんです」
「要するに記憶の書き換えが行われたんだな」
佑真さんの言葉は的確だった。言ってしまえば悪い記憶が良い記憶に差し替えられたのだ。
「まぁそうなりますね……。それで過去のと言ってももう別次元の私になってる気がするんですけど、その私は今と違う人生を歩むんだなと思ってなんて言うかそう考えたらきっと色んな私が別次元ではいるのかなって」
「別次元か……。そしたら僕らにも両親が生きている未来が存在したかもしれないんだね」
裕之さんはそう言いながら寂しげな表情をした。
「あっごめんなさい。ただ確かに今生きている私の過去はどうやっても変えられないんですよね。でもこうやって想像してそれをあたかも体験談として記憶を書き換えられれば、心が楽になると思って」
「うん。さなちゃんの言いたいことは分かるよ。僕も両親の死に囚われすぎてたのかもしれないね。あのときは悲しかったけどそれまでは良い思い出の方が多いはずなのに、それすらもなかったことにするところだったんだ。本当に僕バカだよ」
確かに悪い出来事の方が強く心に残る。そのせいで良い出来事に焦点がいきにくくなるとはなんて皮肉なんだろう。私の過去も確かに良い思い出も沢山ある。本来ならば悪いことを忘れるぐらい楽しかった出来事にこそ焦点を向けるべきである。
「そんなことないです! 私は裕之さんのことバカだなんて思いません」
「俺も裕之はバカではないと思うが、バカみたいなこと考えてると気づけたのは良いことだろ。世の中気づけないやつもいるんだから」
佑真さんの言う通りだなと思う。気づいただけましなどと言う言葉もあるくらいなのだから。気づいたときにどう行動を起こすのかが重要ではある。
「そうですよ。過去はどうやっても変えられないけど、捉え方次第でどうにでもなるんだなと思いますしこの先の未来はいくらでも想像できるんです! そう思えたのも2人が連れて来てくださったおかげだと思ってます」
私の方こそここに連れて来てくれたことに感謝しかない。
「捉え方次第かぁ。そうかもしれないね」
「そうだぞ! 思い出してみろそもそも俺らの両親どんなに忙しくてもイベントごとは毎回必ず顔出していただろ。だから裕之が新入生代表の挨拶に選ばれようがなかろうが、きっとギリギリまで入学式には参加してたはずだろう」
そんな風に聞くと本当にこの兄弟の家族仲はとても良かったんだなと思う。そして兄弟2人してお互いを思いやれる優しい人なんだと感じた。佑真さんはもしかしたら、親代わりになろうとしたのかもしれない。2人が住む家にお邪魔することになったときもやたらと裕之さんを気にしていたし、だから裕之さんが何かと心配で桔根町に行くのにも同行した。よく考えたら、女性が苦手な佑真さんがしかも同じ職場の同僚である私がいるにもかかわらず着いて来るわけがないのだ。
「言われてみればそうだよねーどうして忘れてたんだろう。僕ね実は事故以来家族4人で過ごした実家には行けなくなったんだよね。どうしても思い出すのが辛くて」
「えっ?」
まさか今住んでいるところの他に実家があるとは思わなかった。当時裕之さんは高校生で佑真さんは年齢的に大学生だったであろう。そう考えると実家は持ち家か借家かなんて関係なく今後の生活のために手放していても不思議ではない。
「僕さ、両親が事故で亡くなった後に兄さんが1人暮らししている部屋で一緒に住むことになったんだよね! 実家に帰りたくなくて落ち着くまで兄さんのところに住まわせてもらうつもりだったんだけど、兄さんがある日そのままここにいて良いって、そこからはずっと一緒に住んでるんだ」
「なるほどです。だから兄弟2人で住んでるんですね、ちょっと珍しいなと思ってました」
確かに思い出の詰まった家にいるのは色々と辛くなって足が向かなくなることもあるだろう。
「うんそうなんだ、でも後で聞いた話なんだけど本当は僕どこかの親戚の家に成人するまで預けられる予定だったんだって! 兄さん的にはどの家か決まるまでの間だけのつもりだったんだろうけど。しかも実家も売却される予定だったみたいで、それを兄さんが止めていつでも帰っても大丈夫なようになってるからって言われたんだけどね」
もしかしたらさっき佑真さんの言動が引っ掛かりを覚えたのは親戚どうしで何かもめごとでもあったせいかもしれない。たまにドラマや漫画で見かけるけれども残された子供の押し付け合いや打算的な考えを持った大人のかけひきなどである。
やれうちには育ち盛りの子供がいるから金銭的に難しいだの、年頃の娘がいるから男の子はちょっと無理だとか、使用人まがいのことをさせるためだけに引き取るだとか、子供は好きで1人になったわけではないのに大人の事情に振り回される子供は見ていて悲しくなる。
「俺も実家は住宅ローンが残ってることは知っていたから、親戚連中が言うように売却以外方法はないと思ってたんだが、両親と親しかった人が住宅ローン組むときは団信に加入する義務になってるから、契約者死亡の手続きをすれば保険でローンを完済してくれるはずだからよく考えて答えを出しなさいと言われたんだ」
団信という言葉は初めて聞いたが、住宅ローンにそんな制度があるなんて知らなかった。残された家族がローンの負担を強いられることなく、居住を続けられることはありがたい制度だ。今まで私はローンが払いきれない場合はやむを得ず家を手放すしか方法はないと思っていた。
「そんな保険があるんですね」
「あぁそうなんだ。俺は親はいなくとも帰れる実家は残しておきたいと思っていたから、団信の話を聞いたときに使わない手はないなと思った」
その事実を聞いたときの裕之さんはとても驚いた表情をしていた。
「知らなかったよ。もし売却された後に気づいてたらそれこそ後悔が一生残ったんだろうな。さなちゃんの言葉を借りるとこれも未来に起こった可能性だね!」
今まで慣れ親しんだ実家がなくなるなんて想像できないが、常に思うのが可能性はゼロではないと言うことだ。住宅ローンが払えきれずに家を売却するしかなくなる人も数パーセントはいると聞く。可能性は低く見積もりつつそんな不測の事態に備えた心構えを持っておくことは大事だ。マイナスなことばかり想像してしまうと負の感情を引き寄せてしまうので、思考のさじ加減は必要だろうが。
「はい! その通りだと思います。私も桔根町に来てお婆さんに出会わなければ未来は無限の可能性があるなんて思い至らなかったと思います」
「そうだよね。僕もそうじゃなきゃ兄さんの想いに気づかなかったし、両親の事故も歩行者のせいだと納得できなかったと思うんだ。今なら僕のせいじゃないと分かるよ。それに実家に帰りたくなかったのは、一度帰ってしまうともう両親とは会えないんだと実感するのが怖かったからなんだ。心は認めていなかったから。いい加減に僕も桔根町から帰ったら実家に寄ってこようと思う」
裕之さんは涙ぐみながらそう言うとちゃんと前を向こうとしていることが伝わってきた。
「あぁそうしたら良い。裕之の部屋は当時のまま残ってあるから」
そんな2人のやり取りを見ていた私の心は温かくなったと同時に、乗り越えるべき未来へ思いを馳せていた。
お読みいただきありがとうございます。
次回最終話です。夜には投稿する予定です。