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ようやく桔根町へ行く日が来た

よろしくお願いいたします。

 それから数か月がたったある日の休日のことだった。裕之さんから桔根町(きつねちょう)に行くと連絡がきた。結局のところ白い光の出現は一貫性がなくこれ以上の検証は無意味だということ、目ぼしい情報が手に入らなかったこともあり現地に行って調査することにしたと。


 それまでの間何度か過去の私との手紙のやり取りがあった。2度目の手紙の返事を書き白山神社へ行った後で再び過去の私からの返事がポストに入っていた。もしかしてと思い同じ事を繰り返してみれば、やはり返事が来るのは決まって白山神社へ白いポストのことで参拝した数日経過した後だった。返事が来るたびにカバンに忍ばせていたはずの手紙が消えていることに、白山神社には何かあると思わざる終えなかった。私の心は少しずつ解かれていくような感覚があると同時に、この不思議な現象に動揺を隠せなかった。


 手紙の内容に触れるが、中学校の頃やって来た転校生に対して気にかけてあげられなかったことがある。転校生とはたまたま同じ係になり会話は少なかったように思うが折角同じ係になったので仲良くなりたい思いもあった。だけどその子はいつの間にか学校に来なくなった。どうしたのだろうと心の中では思っていたし連絡してみようと思ったこともあったが、そのうち登校して来るだろうとその子の家に電話を掛けることはなく、結局その子はそのまま転校していなくなってしまった。思うだけでなく、行動する勇気があれば何か変わっていたのかもしれない。


 それから学校の部活動についても本当は演劇部に興味があった。だけどひとつ上の幼馴染が陸上部にいて体験入部をした。体験したからには入らないわけにはいかないという負い目を感じてしまい、ほかの部活を選んで入部してしまうことを後ろめたく思いそのまま入部した。


 自分の心に正直になれないことに嫌気がさした。思春期特有のいざこざに巻き込まれもしたし、本当にやりたかったことではなかったため選択ミスをした私自身を呪いたくなった。


 それら後悔のことを手紙に託し過去へ送ったのだ。数日後に手紙の返事が来て、転校生とは度々話すことができ、親の転勤で何度も学校が変わるためクラスの子とは親しくならないようにしていたら、周囲に馴染めなくなり学校にいづらくなってしまったことを教えてくれた。連絡先は聞くのを忘れたけれど、その間楽しかったことが書かれていた。


 部活動のことも、特に体験入部をせずに思い切って最初から演劇部に入部届を出したようだ。発声練習にいそしみつつ今は台詞を覚えるのに苦労しているけれど楽しんでいることが書かれていた。舞台で発表するのは、緊張して台詞が飛びそうになったりどうも感情を込めるのがうまくいかず棒読みになってしまうのが今の課題みたいだ。


 そこでふと思った。過去の私はこの先どこに向かって行くのだろうか。きっともう私が私でなくなってしまうのだろう。

 

 裕之さんと日程の調整をしながら、今度の連休と有給休暇を利用して桔根町に行くことになった。一応手紙のやり取りがあったことは伝えてある。その事実を伝えたときの裕之さんは『まさにオカルトに相応しいですね』と興奮しているようだった。


 そんな話の中で何故か佑真さんもついて来ることになった。どうも2人で行くのは危険だからとか何かあってはいけないからという理由らしい。ただ調査に行くだけなのに何かあるなんて佑真さんは心配性なのかなと思った。出来ればご遠慮願いたいところだが、上手い言い訳も思い浮かばず了承した。宿の手配は裕之さんたちがしてくれるようなので、着替えだけ準備していけば良いようだ。有給休暇も無事に取れた。ただ佑真さんは有給休暇をほとんど取ったことがなく逆に申請よりも長く休みをもらったようだとこの間裕之さんが教えてくれた。


 はたから見れば単なる旅行だ。それ故に社内の人間に知られた場合、どう対処して良いのか非常に困る。私の思考などつゆ知らず計画は進んでいった。


 そしてついに今日は桔根町に行く日を迎えた。車で現地に向かうことになり私の家が通り道だというので迎えに来てくれることになった。私は今その迎えをマンション前で待っているところだ。中々寝付けなかったせいか、あくびが止まらない。車のエンジン音がするたびに音がする方に目を向けてしまう私は、思っている以上に緊張と楽しみな思いやらがないまぜになっている。それはようやく神社へ行けることへの喜びか、はたまた佑真さんのプライベートを垣間見る機会が訪れたことへの戸惑いか果たしてどちらなのだろうか。


「おはようさなちゃん」


 どうやら到着したようで、車の助手席から裕之さんが降りてきた。


「おはよう」


 佑真さんは運転席から顔を出して、挨拶をしてくれた。


「おはようございます」


 裕之さんは車のトランクを開けてくれたので、荷物をしまうと私は車の後部座席に乗り込んだ。そうしたら助手席に座っていたはずの裕之さんが、私の隣に座ってきた。


「へっ!? 助手席に座らないんですか」


 私は当然の疑問を口にした。


「うん。一応計画表を作ったから説明しておきたくて」


 そう言いながら取り出したものは、旅のしおりという修学旅行とかで見るような本格的なものだった。


「じゃーん! 調査といっても有力な情報が得られるとは限らないし、毎日だと疲れちゃうと思うんだよね。さなちゃんは神社に行けさえすれば良い感じだし、な・の・で楽しめる工夫をしました」


「すごい! ちゃんとした表紙がついてる」


 旅行の計画と言えば、A4のコピー用紙に予定を入力したものでこと足りるので、まさか社会人になってから旅行のしおりを目にするとは思わなかった。それぞれの表紙は色違いで、私はピンク、佑真さんは水色で裕之さんは黄色だった。なんとなくイメージに合っているなと感じた。


 それからひと通り予定を確認し終えると、他愛のない話をしながら目的地まで向かった。途中パーキングに寄って昼食を食べた後、佑真さんと裕之さんが運転を変わりつつ、私はというと昼食後のせいか昨晩寝付けなかったことも相まって睡魔に襲われいつの間にか眠ってしまっていた。連休ということもあり道路は割と混んでいた。


「……ちゃん。さなちゃん」


 まどろみの中から目覚めると、目の前に裕之さんの顔があった。


「ふぇ?」


「あ――ごめんね。宿泊先の宿に着いよ」


 ~宿りぎ荘~

 今日からお世話になる旅館の名前だ。どうやら私が寝ている間に到着してしまったようだ。段々と田舎に近づいて行く町並みを見たかったけれど、残念ながら見逃してしまった。


 外観は昔ながらの古めかしい木造の建物だった。車から降りて辺りを見渡すと、建物の横に狐の石像が建っているのが目に入った。稲荷神社でもないのにとても不思議な光景だった。


「さなちゃんどうかしたの」


 じっと遠くを見つめていたせいか裕之さんに問いかけられ、私は建物の横にひっそりとたたずむ狐の石像を指差す。


「あそこに狐の石像が建っているのが気になって」


「あっ本当だ!  縁でもあるのかな。狐の石像なんて稲荷神社でしか見たことないけど、この辺では普通のことなのかな」


 裕之さんの疑問に答えるかのように佑真さんが口にする。


「旅館のホームページには狐の話は載ってなかったぞ」


 疑問は残るものの、車から荷物を下ろすと旅館の入口に向かった。女将さんらしき人物に出迎えられ、ひと通り旅館の説明を受けながらチェックインを済ませる。プランは朝夕食事付きで、室内でも取ることが出来るようだが、夕食のみ室内で取ることにした。


部屋に着くと、荷物を置いてホッとひと息をつく。部屋の間取りは3名1室の和室だ。部屋にはお茶とお茶菓子が準備されていた。それから私たちは温泉に入ったり夕食を楽しんだり少しお酒をたしなみつつ夜を明かした。

 

 翌朝になり目を覚ますと、両隣に寝ているはずの2人がいなかった。辺りを見渡すと、裕之さんは布団からいくぶんか離れているところでいまだに寝息をたてていた。しっかりと掛け布団は握りしめているようで、私がぎょっとしていると洗面所から流水音が聴こえてきた。どうやら佑真さんはすでに起きているようだ。寝相が悪いと聞いていたが、これ程までとは思わなかったのだ。


 昨晩寝る時、布団はくっつけた方が暖かいからと隙間を埋め、何かあったら困ると言うことであれよあれよと私は真ん中に寝ることになった。男性に挟まれながらなんて気になって寝付けるはずもなく、しばらく目を開けたままじっとしていると、すでに裕之さんは寝息をたてて眠っているようだった。すると裕之さんがこちら側に近づいてくる気配があり、避けようとしたら反対側に眠る佑真さんにぶつかってしまった。一瞬変な目で見られたが、ことの状況を見て理解してくれた。


 寝る位置の交換を提案されたけど『佑真さんの温もりを感じてしまうのでできません』と断った。そんな発言をした直後佑真さんは額にてを当てて深いため息をついていた。私は怒られるのかとびくびくしていたのだ。けれど怒られることはなく、布団を少し離すことで落ち着いた。佑真さんは何度かため息ついてたけど、よくよく考えたらとんでもない発言をしてしまった。気まずすぎてどう接して良いのか分からない。そう考えている矢先洗面所から出てきた佑真さんと目があってしまった。


「おっおはようございます」


 とりあえず挨拶をする。


「あぁ……おはよう」


 お互いすぐに目をそらしたあと佑真さんは裕之さんを起こした。沈黙が耐えられないと思ったので、少しありがたかった。そして私たちは朝食前に温泉へ浸かりに行くことにした。普段の私は朝風呂に入ることはないが、旅先では朝風呂に入りたくなってしまうのはとても不思議だ。まぁ朝風呂に入る人は生活習慣によっては一定数いるわけで何も不思議ではないのかもしれないが、朝風呂ついでに思い出したことがある。


 あれは中学生の頃だったか、遅刻した男子生徒が先生に遅刻の理由を問われて答えたのが『朝シャンしていて遅れました』だった。しかも先生が聞き取れなかったのか、はたまた予想外の答えに戸惑ったのかその男子生徒は2度も遅刻理由を告げていた。私も最初聞き間違えかとも思ったが、事実だったのでそんな理由で遅刻!? と驚いたものだ。


 物思いにふけりながら温泉に浸かり、みんなで朝食をいただくと最初の目的地である照須野神社ヘ向けて出発した。宿からは少し離れてはいるが、散策がてら歩いていくと見覚えのある風景に徐々に近づいていた。


「あっ多分この先左に曲がると、神社の境内に続く階段が見えてくると思います」


 私は前方を指差しながら懐かしさと、不安と期待とが同居するような思いと戦っていた。


「なんだか自然豊かで住みやすそうなところだね」


 裕之さんは興味深げに辺りを見渡しながらそんなことを口にしていた。


「あっはい!  確かもう少し道なりに真っ直ぐ進むと川があるんですよ。そこでおじいちゃんたちはよく魚釣りをしていたそうです」


 そう言えばおじいちゃんが白いポストを見たのは魚釣りに行く約束をした時だったって話を聞いたことをふと思い出した。私は事前に話を聞いていたのですんなりと受け入れられたけれど、なにも知らずに突然白いポストが現れたらどう思ったのだろう。きっと怖がりつつも怖いもの見たさで近づいたかもしれない。顔を手のひらで覆いつつも指の隙間からこっそりと見るように……。


「魚釣りかぁ。僕たちも小さい頃父さんに連れられてよく行ったよね!」


 裕之さんは佑真さんに同意を求めるようにチラリと後ろを振り返った。


「あぁそうだな。そういえば海釣りに行ったときに裕之がタコを釣って、雑にもったせいか墨を吐かれたことがあったよな」


「うわぁその話まだ覚えてるの!? 確かまだ僕が小学校上がる前だったかな。あの時は散々だったね。今でこそ笑い話になるけど服汚れるは顔中墨だらけでさ泣きながら家に帰るはめになったんだよね」


 テレビとかで、実験として墨を吐かせる映像は見たことあるが経験した人の話を聞くのは初めてだった。なんとなく大変だったことが想像できる。


「俺にとっても印象深い出来事だったからな。タコに墨吐かれるなんてそうそうないだろ。だが帰るなり母さんが過剰に心配して俺が何かしたんじゃないかって怒られそうになったんだよな」


 佑真さんはそう告げるなり、哀愁が漂うような表情をしていた。怒られそうになったのに何故そのような表情をしているのか少し謎だった。


「そうだったね。僕は身体中墨だらけで泣いてたことくらいしか覚えてなかったけどずっとタコがしか言わなかったみたいで父さんが状況を説明してくれたって後になって母さんに聞いたっけ」


「結局そのタコはどうなったんですか?」


 私は先程から気になっていたことを質問した。


「あぁ裕之が驚いて手を離したすきに海へ逃げ帰ったな」


「そうらしいね。僕はそんなことを気にしてる余裕なくて、あれ以来タコが少し苦手になったんだよね」


 少し意外だった。裕之さんはオカルト研究サークルの手伝いをしているくらいだから、怖いものなんてないのかと思っていた。何だか少し可愛いと思ってしまったことは、私だけの秘密だ。そんな話をしているうちに目的の場所までたどり着いた。


「ここが例の……照須野神社ですか」


 裕之さんは興味深げに呟いた。


「はい! 階段を上りつつおそらく何度か鳥居をくぐった先の奥に、神社の境内があるはずです」


 そうして私たちは最初の鳥居をくぐり抜け神社の階段を上り始めた。しかし案の定境内にはたどり着けなかった。境内に続く階段の手前で立ち入り禁止の柵に阻まれてしまったのだ。


「あっ……」


 私はそれ以上口をつぐんでしまった。次に言葉を発したのは佑真さんだった。


「立ち入り禁止だな」


「これ以上先には進めないみたいだね」


「そうだな」


 2人の会話を聞きながら本当に境内は半壊してしまったのだと言う事実を目の当たりにし、気分が落ち込んだ。


「さなちゃん残念だけど、ここで帰るしかないみたいだね」


「あっはい。そうですね……」


 裕之さんに促されて、後ろを振り返り階段を下りようとしたら、佑真さんに心配そうに声をかけられた。


「小森さん大丈夫か? 顔色が悪いな」


「本当だ。大丈夫ですか? あっそう言えば近くに川があるって言ってたよね! 気分転換に行こうよ」


「そうだな。川のせせらぎには癒しの効果がある。だから気分が落ち着くはずだ」


「へっ!?」


 私は思わず驚いた声が出てしまった。ちょうど川で癒されたいと思ったのと、あのいつも職場では無表情の佑真さんから"川のせせらぎ”や”癒し”などの言葉が出るとは思わなかったからだ。


「なんだ知らないのか? 流水音や鳥のさえずり等は自律神経に作用しリラックス効果が得られるんだ」


 それを勘違いした佑真さんが真剣な表情で説明してくれた。


「あっいや、その……」


 これは正直に話して良いのか、折角好意的に説明してくれたことを無下にしてしまわないかと悩んでしまった。その沈黙で何かを察したのか、話題を変えるようにとにかく川へ向かうことにした。しかし階段を下りようとしたところで裕之さんがこっそりと境内の写真を撮って来ると、立ち入り禁止の柵をすり抜けて行ってしまったことには驚かされた。


 私たちは川で癒されながら沢山の話をした。そこで分かったことがある。佑真さんは昔女性にモテまくって一番仲の良かった女友達が彼女面したことでトラブルに巻き込まれてしまったそうだ。誰に対しても同じように接していたつもりが、勘違いさせてしまい、それ以来女性が苦手になったようだ。それでも近寄る女性は後をたたず、必要以上に関わることを避けるようになった。その結果が職場での佑真さんの態度につながったのだ。納得である。


 そうなると女である私はあまり近づいたり話したりしない方が良いのではと思い、その事を伝えるとある話をしてくれた。以前佑真さんの同僚で終電逃して泊まっていった男性がいたことを聞いたが、その男性が私の兄の大学時代の後輩らしく度々私の話を聞かされていたそうだ。偶然私の兄と再開したその同僚は仕事の話になった時に、妹が同じ会社に勤めていることを聞かされて佑真さんにもそのことを伝えたそうだ。


 間接的に知られていたと思うと、何だか恥ずかしいものである。兄は一体どんな話をしていたのか変な話を吹き込んでいないか気になるのであった。だからなのか多少伝え聞いていたおかげか、そこまで嫌な感じはしなかったようで、少し安心した。


 しばらく話していたお陰で私の心はだいぶ落ち着きを取り戻した。やはり自然の力は侮れないものである。そうして次の目的地である桔根町の歴史資料館へと向かった。

お読みいただきありがとうございます。


明日も投稿します。

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